瀬間正之『記紀の表記と文字表現』(おうふう、2015年2月。索引含め470頁。12000円)が刊行されました(瀬間さん、有り難うございます)。
若い頃からこの分野の研究をリードし、『記紀の文字表現と漢訳仏典』(おうふう、1994年)によって学界に驚きを与えた瀬間さんが、以後の研究成果をまとめたものです。これまでの著書に収録されていない80年代後半の論文から、つい最近までの論文がおさめられています。内容は以下の通り。
序に代えて 記紀に利用された転籍--出典論の研究史と展望--
第一篇 文字文化の基盤としての<百済=倭>漢字文化圏
序章 古代半島・列島の文字文化
第一章 文字表現から観た『弥勒寺金製舎利奉安記』--典拠を中心に--
第二章 <百済=倭>漢字文化圏の観点から観た古事記難語試解
第三章 三輪山型神婚譚と須恵器
第二篇 記紀開闢神話生成論の背景
第一章 日本書紀開闢神話論の背景
第二章 古事記序文開闢神話生成論の背景
第三篇 古事記の文字表現と成立
第一章 記序は何故「進五経正義表」に依拠したのか
第二章 古事記「尓」再論
第三章 古事記の漢語助辞--「還」の福祉用法を中心に--
第四章 記載されない求婚譚--『古事記』雄略天皇のカラヒメ求婚譚の探索--
第五章 古事記は和銅五年に成ったか
第四篇 日本書紀の文字表現と漢籍仏典
第一章 仁徳紀後半部の述作--仁徳紀五十八年条「連理」を手がかりに--
第二章 「未経」「既経」--師説「太安万侶日本書紀撰集参与説」をめぐって--
第三章 雄略紀と仏典語
第四章 孝徳紀詔勅の訓読的思惟
第五章 日本書紀の類書利用
第五篇 記紀歌謡の表記と表現
第一章 文字記載と歌謡
第二章 記載文学としての八千矛神歌謡
第三章 古事記に於ける歌謡詞章の更新
第四章 「下娉ひに」と「とひ(樋)」
第五章 記紀歌謡の原表記
第六篇 神名の表記と解釈
第一章 古事記神名へのアプローチ序説--神名表記の考察を中心に--
第二章 ヒルコの変容
第三章 古事記神名の語構成とその表記
注
関連論文一覧
後記
総合索引
以上です。
第一篇の「文字文化の基盤としての<百済=倭>漢字文化圏」という篇名が示すように、国家主義の源流となってきた『古事記』『日本書紀』を研究するにあたって、<百済=倭>の漢字文化圏における表記・表現の問題を中心にして見て行くという研究姿勢は、かつてなら考えられないことです。
瀬間さんは、韓国の新出資料その他を手がかりとして、粘り強くこの問題を追求しています。『古事記』『日本書紀』の編者論については、表記・表現と出典に関するこうした基礎的な研究を無視してあれこれ論じることはできません。
この内容の中には、このブログで論争になった問題に関わる考察もかなり含まれています。その一例は、「記紀歌謡の表記と表現」です。この章では、『古事記』と『日本書紀』の歌謡の表記で共通するもの、すなわち、この両者以前に文字で書かれていたと思われるもの、「記紀編纂当時、宮廷歌謡として実際に謡われており、その歌唱法にいくつかの型が存した、あるいは歌唱者によって謡い方に多少相違があったと見た方が理解されやすい一群」、そして、その中間的なものに分けています。
そして、結論において、「それぞれの原表記を翻音した者、それを耳で聴いて文字記載した者」に関心が向かうと述べています。その一例としては、「足結」はα群では「あよひ」と聞いているのに対し、β群では「あゆひ」と聞いていてこれは『古事記』と一致していることが指摘されています。これは非常に興味深いところです。
また、聖徳太子に関わる部分で重要なのは、瀬間さんの術語として広まりつつある「訓読的思惟」に基づく部分、それも漢訳仏典に基づく部分が『日本書紀』にはかなりあるという指摘でしょう。『日本書紀』の仏教関連の記述は道慈が書いたとか、道慈が編纂したという説がありましたが、瀬間さんは漢訳仏典に基づく訓読的思惟によって書かれた部分は、『日本書紀』のあちこちに見られ、α群にも存在することを指摘しています。
(これは、潤色・加筆の問題にも関わります。上と同様の事態については、先日刊行された私の論文でも指摘してますので、次にはその論文を紹介します)
瀬間さんのこの本には、他にも重要な指摘、今後検討すべき現象などが多く示されており、『古事記』『日本書紀』の研究に関わる人にとっては、必読の文献です。
若い頃からこの分野の研究をリードし、『記紀の文字表現と漢訳仏典』(おうふう、1994年)によって学界に驚きを与えた瀬間さんが、以後の研究成果をまとめたものです。これまでの著書に収録されていない80年代後半の論文から、つい最近までの論文がおさめられています。内容は以下の通り。
序に代えて 記紀に利用された転籍--出典論の研究史と展望--
第一篇 文字文化の基盤としての<百済=倭>漢字文化圏
序章 古代半島・列島の文字文化
第一章 文字表現から観た『弥勒寺金製舎利奉安記』--典拠を中心に--
第二章 <百済=倭>漢字文化圏の観点から観た古事記難語試解
第三章 三輪山型神婚譚と須恵器
第二篇 記紀開闢神話生成論の背景
第一章 日本書紀開闢神話論の背景
第二章 古事記序文開闢神話生成論の背景
第三篇 古事記の文字表現と成立
第一章 記序は何故「進五経正義表」に依拠したのか
第二章 古事記「尓」再論
第三章 古事記の漢語助辞--「還」の福祉用法を中心に--
第四章 記載されない求婚譚--『古事記』雄略天皇のカラヒメ求婚譚の探索--
第五章 古事記は和銅五年に成ったか
第四篇 日本書紀の文字表現と漢籍仏典
第一章 仁徳紀後半部の述作--仁徳紀五十八年条「連理」を手がかりに--
第二章 「未経」「既経」--師説「太安万侶日本書紀撰集参与説」をめぐって--
第三章 雄略紀と仏典語
第四章 孝徳紀詔勅の訓読的思惟
第五章 日本書紀の類書利用
第五篇 記紀歌謡の表記と表現
第一章 文字記載と歌謡
第二章 記載文学としての八千矛神歌謡
第三章 古事記に於ける歌謡詞章の更新
第四章 「下娉ひに」と「とひ(樋)」
第五章 記紀歌謡の原表記
第六篇 神名の表記と解釈
第一章 古事記神名へのアプローチ序説--神名表記の考察を中心に--
第二章 ヒルコの変容
第三章 古事記神名の語構成とその表記
注
関連論文一覧
後記
総合索引
以上です。
第一篇の「文字文化の基盤としての<百済=倭>漢字文化圏」という篇名が示すように、国家主義の源流となってきた『古事記』『日本書紀』を研究するにあたって、<百済=倭>の漢字文化圏における表記・表現の問題を中心にして見て行くという研究姿勢は、かつてなら考えられないことです。
瀬間さんは、韓国の新出資料その他を手がかりとして、粘り強くこの問題を追求しています。『古事記』『日本書紀』の編者論については、表記・表現と出典に関するこうした基礎的な研究を無視してあれこれ論じることはできません。
この内容の中には、このブログで論争になった問題に関わる考察もかなり含まれています。その一例は、「記紀歌謡の表記と表現」です。この章では、『古事記』と『日本書紀』の歌謡の表記で共通するもの、すなわち、この両者以前に文字で書かれていたと思われるもの、「記紀編纂当時、宮廷歌謡として実際に謡われており、その歌唱法にいくつかの型が存した、あるいは歌唱者によって謡い方に多少相違があったと見た方が理解されやすい一群」、そして、その中間的なものに分けています。
そして、結論において、「それぞれの原表記を翻音した者、それを耳で聴いて文字記載した者」に関心が向かうと述べています。その一例としては、「足結」はα群では「あよひ」と聞いているのに対し、β群では「あゆひ」と聞いていてこれは『古事記』と一致していることが指摘されています。これは非常に興味深いところです。
また、聖徳太子に関わる部分で重要なのは、瀬間さんの術語として広まりつつある「訓読的思惟」に基づく部分、それも漢訳仏典に基づく部分が『日本書紀』にはかなりあるという指摘でしょう。『日本書紀』の仏教関連の記述は道慈が書いたとか、道慈が編纂したという説がありましたが、瀬間さんは漢訳仏典に基づく訓読的思惟によって書かれた部分は、『日本書紀』のあちこちに見られ、α群にも存在することを指摘しています。
(これは、潤色・加筆の問題にも関わります。上と同様の事態については、先日刊行された私の論文でも指摘してますので、次にはその論文を紹介します)
瀬間さんのこの本には、他にも重要な指摘、今後検討すべき現象などが多く示されており、『古事記』『日本書紀』の研究に関わる人にとっては、必読の文献です。