先週の「のだめカンタビーレ」を観たので、ようやくじっくり映画侍さんのブログを読ませていただいた。
のだめが楽しそうに、Beethoven交響曲弟7番をピアノで演奏している姿に、恥ずかしながらも(私の場合は、しごく単純に)感動のあまり涙ぐんでしまった。
私は巷にあふれている”感動”という安易な単語はなるべく使わないようにしているのだが、これを”感動”と呼ばなければ私にとってなにをもって感動となるのだろう。それぐらい、このテレビ番組にはひとり盛り上がりして熱くなっている。
あののだめとSオケの姿には、ベートーヴェンが酔っ払って作曲したのではないかという冗談もあるくらいの7番の曲想があまりにもぴったりあてはまる。ベートヴェン好きの者にとっては、他の曲に比較していまひとつ元気のよいことが、まず印象に残りがちな7番の喜び再発見でもある。
ところで、職場であれほど話題になり「のだめ普及委員会」まで発足した「のだめ祭」であるが、周囲のテレビ放映への反応は少々トーンダウン。おいおい、みんなもっとついてこいよ、、、と毎週月曜日は職場で番組宣伝をする始末。その冷めている理由のひとつとして、竹中直人さんのキャスティングにある。さすがに、ヨーロッパ人の設定を竹中さんが演じるには無理がある、あの姿を観ただけで観る気が失せたという意見もある。確かに、竹中さんは才能のある俳優だが、生理的に受け付けない腐女子はけっこういる。かといって、他に演技力のある白人の俳優はみあたらないし。主役のふたり、真澄ちゃん、峰君、清良をはじめ脇役もイメージにあっていて、なかなかノリがよいので残念ではある。
しかし私と他の普及委員のメンバーとのこの温度差の決定的な理由は、音楽にあることに気がついた。音楽があるから、そこに映像とともに実際のクラシック音楽が鳴っているからうるうるしちゃう人間と、極論すれば音楽は必要ない人とでは、この番組に対する気合の入れ方が違うのだ。
のだめが、バレーボールやテニスの選手だったらどうであろう。ニッポン・チャチャチャの世界である。玉木宏さん演じる千秋さまが、華麗なサーブを決める”カレー”の王子さまだったり、今の親父臭いコーチではなくクールな全日本女子バレーの鬼コーチだったらどうであろうか。多分、私はテレビまでは観ないだろうが、彼女達はテレビも観るだろう。
つまりここでクラシック音楽に対する熱の度合いで、この「のだめカンタビーレ」テレビ版に対する感想がわかれていくように思われる。惜しいことではあるが、彼女達には、こたつに占拠された千秋の部屋やふたりのかけあい漫才のような応酬に笑いのツボがありこそすれ、音大を舞台にした音楽家の卵たちの成長過程は必ずしも必要ないのである。たまたま設定が音楽家の卵だったが、美大生、あるいは医大の医師の卵たちでもよかったのだろう。それも個人の好みの範疇で致し方がない部分ではあるが、あらためて考えるとクラシック音楽の分野で、よく構成もねられ演出もすぐれてここまでよくできたコメディは、クラシック音楽ファンにとっては僥倖のようなものかもしれない。
嗚呼。。。「いかづき」思わずベートーヴェンの「田園」を思い出したが、こののだめのひと言には、しびれてしまった。
こんな楽しい番組なのに、観ることができないところさま、お気の毒・・・。
のだめが楽しそうに、Beethoven交響曲弟7番をピアノで演奏している姿に、恥ずかしながらも(私の場合は、しごく単純に)感動のあまり涙ぐんでしまった。
私は巷にあふれている”感動”という安易な単語はなるべく使わないようにしているのだが、これを”感動”と呼ばなければ私にとってなにをもって感動となるのだろう。それぐらい、このテレビ番組にはひとり盛り上がりして熱くなっている。
あののだめとSオケの姿には、ベートーヴェンが酔っ払って作曲したのではないかという冗談もあるくらいの7番の曲想があまりにもぴったりあてはまる。ベートヴェン好きの者にとっては、他の曲に比較していまひとつ元気のよいことが、まず印象に残りがちな7番の喜び再発見でもある。
ところで、職場であれほど話題になり「のだめ普及委員会」まで発足した「のだめ祭」であるが、周囲のテレビ放映への反応は少々トーンダウン。おいおい、みんなもっとついてこいよ、、、と毎週月曜日は職場で番組宣伝をする始末。その冷めている理由のひとつとして、竹中直人さんのキャスティングにある。さすがに、ヨーロッパ人の設定を竹中さんが演じるには無理がある、あの姿を観ただけで観る気が失せたという意見もある。確かに、竹中さんは才能のある俳優だが、生理的に受け付けない腐女子はけっこういる。かといって、他に演技力のある白人の俳優はみあたらないし。主役のふたり、真澄ちゃん、峰君、清良をはじめ脇役もイメージにあっていて、なかなかノリがよいので残念ではある。
しかし私と他の普及委員のメンバーとのこの温度差の決定的な理由は、音楽にあることに気がついた。音楽があるから、そこに映像とともに実際のクラシック音楽が鳴っているからうるうるしちゃう人間と、極論すれば音楽は必要ない人とでは、この番組に対する気合の入れ方が違うのだ。
のだめが、バレーボールやテニスの選手だったらどうであろう。ニッポン・チャチャチャの世界である。玉木宏さん演じる千秋さまが、華麗なサーブを決める”カレー”の王子さまだったり、今の親父臭いコーチではなくクールな全日本女子バレーの鬼コーチだったらどうであろうか。多分、私はテレビまでは観ないだろうが、彼女達はテレビも観るだろう。
つまりここでクラシック音楽に対する熱の度合いで、この「のだめカンタビーレ」テレビ版に対する感想がわかれていくように思われる。惜しいことではあるが、彼女達には、こたつに占拠された千秋の部屋やふたりのかけあい漫才のような応酬に笑いのツボがありこそすれ、音大を舞台にした音楽家の卵たちの成長過程は必ずしも必要ないのである。たまたま設定が音楽家の卵だったが、美大生、あるいは医大の医師の卵たちでもよかったのだろう。それも個人の好みの範疇で致し方がない部分ではあるが、あらためて考えるとクラシック音楽の分野で、よく構成もねられ演出もすぐれてここまでよくできたコメディは、クラシック音楽ファンにとっては僥倖のようなものかもしれない。
嗚呼。。。「いかづき」思わずベートーヴェンの「田園」を思い出したが、こののだめのひと言には、しびれてしまった。
こんな楽しい番組なのに、観ることができないところさま、お気の毒・・・。
多分、明確にはいないと思います。変人は多いようですから。
>竹中さんの役に不満な方は指揮者を理想化しているのでは!
決して理想化しているわけではなく、単純に竹中直人さんが嫌いなようです。指揮者が、実はどろどろしているというのも、あれほどカリスマ性がありビジュアルにこだわったカラヤンが、暴露したようなものです。さすがに、現代ッ子は、指揮者にマンガの白馬にのった王子さま的キャラは求めていませんよ。
>文化経済学の理論はおもしろいかも?
あ、それいいですね。
でもところさまのコメントを読んで、やっぱり「のだめ」をご存知ないのがわかりました。