千の天使がバスケットボールする

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「東京物語」奥田英朗

2006-04-10 23:35:42 | Book
いったい人は、いつからおとなになっていくのだろう。女の子はいつから?そして男の子たちは、いつから青春に別れを告げるのだろうか。

1978年「マルチュク青春通り」で、ムンチャなクォン・サンウ演じる主人公のヒョンスは腐りきった高校に背を向けた。
「東京物語」の作者である奥田英朗氏の投影図ともいる久雄は、その年4月4日エリック・プラントンも素通りするような退屈な名古屋から、兎に角東京に出たかった。大学受験に失敗して予備校に通うため、”長男である”という鎖を断ち切ってやってきた東京は北池袋、家賃15000円の北に向いた4畳半のアパート。一緒についてきた母が帰ると、にわかに寂しさがつのり始める。夢は、音楽評論家になること。けれども、とりあえず部屋におく小さなテーブルとファンシーケースを設置すると、音ひとつしない孤独感にちょっっぴりとらわれる。
不図思い出したのが、出会いがしらに東工大に合格した広瀬の顔だった。早速彼に会うために、JUNで買ったバギーパンツをはいて出かける。電車の中では、サーファールックの女の子が自分に微笑んでいるようだ。決まっている。この調子で話題の映画「スター・ウォーズ」を観たら、地元の大学に進学した友人に手紙を書いて、さりげなく自慢してやろう。意気揚々と出かけた広瀬の下宿先である「大岡駅片岡さん宅」は、見つからない。東京のあまりの広さに驚き悄然とする。そのうち腹はすいてくるが、蕎麦やさえひとりで入ることがままならぬ。
やっと買ったマクドナルドのハンバーガーを手に持ち、呆然とする久雄。ようやく次の訪問先、芸大に入学する平野を思い出して実家に電話、彼の下宿の住所を聞き出す。途中水道橋駅で降りると、若者で溢れてかえっている。キャンディーズの解散コンサートの3人の歌声、そしてスタンドの歓声が聞こえてくるではないか。
「1・2・3 3歩めからは
 1・2・3 3 それぞれの道
 私たち歩いて行くんですね
 歩いていくんですね」

平野と並んで鳴り止まない拍手歓声のなか、久雄は東京の夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「あの日、聴いた歌」1980/12/9
「春本番」1978/4/4
「レモン」1979/6/2
「名古屋オリンピック」1981/9/30
「彼女のハイヒール」1985/1/15
「バチュラー・パーティ」1989/11/10

本書は、久雄が上京した11年間のうち、ある一日を書いた作者の自伝に近い小説である。必ずしも時系列になっておらず(但し、この並べ方が抜群!)、父親の会社が倒産して大学を中退し、ちっぽけな広告代理店で朝から深夜まで使い走りをしている80年12月9日から物語は始まる。青学に進学した高校時代の同級生の女の子が流行の女子大生ルックに身を包み、スキーバスに乗るところを、久雄は昼食を食べる暇もなくクライアントのために駆けずり回っている。今日は、ジョン・レノンの音楽がよく流れている。彼は、まだジョン・レノンが凶弾に倒れたのを知らない。

そして友人の結婚式前夜のパーティ、独立してコピーライターになった彼が家賃15万円のマンションに住み、バブル崩壊前夜に恋人との結婚を決意するまでの一日で終わる。

この時代を感じさせる当時の事件やエピソードをふんだんに盛り込み、ひとりの18歳の男の子が30歳になるまでの成長を鮮やかに書いた本書は、青春グラフティ日本版である。
特に久雄が、お茶の水にある大学の文学部に入学し、美人の菜穂子さんの勧誘で入部した演劇部での一日「レモン」が最もお気に入り。登場人物のひとりひとりの描写を読みながら、煙の向こうの酔っ払った懐かしい顔と空気を思い出してしまい、たまらない気持ちになった。多分、誰もがもっとも共感できる章だろう。

今年大学生になる人へのお薦め本として新聞の書評でとりあげられたのは、この「東京物語」に、久雄の過した同時代に重なっていても、被らなくても、そこに若さ特有の愚かさや失敗、甘酸っぱくてほろ苦い恋に普遍性があるからだ。この春新生活をスタートする若者だけでなく、かって若者だったおじさまにも、そして勿論女性にも献呈したい一冊である。

「青春は終わり、人生は始まる」
そう言う友人の顔は、いい顔だった。30になった、男の顔だった。


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