竹と遊ぼう。伊藤千章の日記、

小平市と掛川市の山村を往復して暮らし、マラソン、草花の写真、竹細工、クラフトテープのかご、紙塑人形の写真があります

バリ島旅日記その4 ウブドの乞食

2012-07-06 22:37:36 | 旅行
6月26日、朝食は9時、インドネシア風のクレープ、量は少ないけれど美味しい。間もなく欧米人の青年が来たので、どこから?と訪ねると、ドイツのミュンヘン、学生かと聞くとまだ独身でファーマーと答えました。農夫かと思ったらメディスンがどうとか言っています。ファーマシー、製薬会社のようです。ドクターか?と聞くとイエス。ゆっくり話したかったけれども今日は一番長いコースを歩く予定なのでそうもしていられません。宿の中庭の池の睡蓮が咲き始めました。脇に小便小僧に似た像があります。

 

 

大きな神像がある交差点をウブド市街へ行く方向と逆の方向に曲がると、大きな竹籠の店がありました。観光客用ではなく地元の人のための店で、闘鶏用の六つ目籠や、私も持っている椰子の葉で編んだ鶏を運ぶ籠もありました。帰るころにまた来て見ましょう。

 
道は田圃の中を通り、バイクも通らない細い畦道になりました。畦道の脇には小さな石灯籠のような社があります。家にも田圃にもあっていつもお供えをあげるのは大変ですね。
 



ところどころに凧が上がっています。バリの子供達は凧揚げが大好き、凧揚げの上手さが女の子を惹きつける元になっているとか。


直進する畦道は途中で消えて、右に左に畦道を移って前進します。前方に家並みが見えて来ました。もう大丈夫。家並みを抜けて自動車道路に入ります。石材や石造の店、家具店などがところどころにあります。

 


お昼は道端の地元の人のための食堂でナシ・チャンプルーを食べました。どこで食べてもそこそこ美味しい料理です。
 
そこから洞窟寺院ゴア・ガジャへ。入場券を買うとロングスカートのように足を隠す布サルンを貸してくれます。これで腰を巻くとバリ島の正装の簡略形になります。谷の方に降りていくと石の洞窟があって、中に神像が彫られています。

 
洞窟の番をしている青年が私を日本人と見て日本語で話しかけてきます。この神像は日本で言えば天神様の菅原道真、学問の神様で、11世紀頃の建造ということでした。

 
洞窟寺院を出るとまた道に迷いながら、石のレリーフがあるイェプルに行きました。11~14世紀の神々や当時の生活を描いた浮き彫りです。石のレリーフのそばにお婆さんがいて、花で水をかけてくれます。何か言ってるのはお賽銭を求めているのでしょう。50円ほどあげました。

 

戻る途中カフェがあったので一休み。そこでも青年が日本語で話しかけてきます。彼は欧米人夫婦のガイドをしてきたらしいのですが、せっせと私に話しかけてきます。次のガイドの相手を探しているのでしょう。明後日ブサキ寺院に行くなら、一人ではツアーに参加できないので私の車を使えばいい、一日4000円だと言います。その時は相乗りの人がいればツアーに参加できる、そちらは1400円ほどだから、そっちにしようと思いました。本当はタクシーの中から時々見かけた籠屋を見るには、車を使うしかないのです。それに気がついたのは彼と別れた後でした。けちな性分がこんなときに禍します。
 
そこからペジェン村までゆっくり歩き、直径160センチ、世界最大の銅鼓があるプナタラン・サシ寺院に行きました。その銅鼓は紀元前3世紀のドンソン文化の遺物だとか、そこでもサルーンを貸してもらって、寺院の中に入りました。
 

ペジェン村で道を左折、ウブドに向かいます。途中地元の若者からコンニチワと声をかけられます。どうして日本人と分かるんでしょうか。中国人はツアー客が多いから、一人でてくてく歩いたりしないのかもしれません。
 
観光案内所に行ってブサキ寺院ツアーについて聞くと、明日は催行するが明後日もその次も日もしないと言う。明日は韓国女性と会うので行けず、がっかりするがバリ島の宗教文化の研究に来ているのじゃないので、諦めました。土曜日に空港へ行くプラマ社のシャトルバスは12時発、とても飛行機には間に合いません。宿でタクシーを呼んでもらうしかないようです。これは2500円、バスなら500円、仕方がないね。
 
この日夜はやはり宮廷でレゴンダンス(宮廷女性の踊り)とバリス(戦士)のダンスがあります。時間がたっぷりあるのでスターバックの店に入り、久しぶりにフラパッチーノを飲みました。甘いものはいいですね。

 

店の向かいにCDを売っている店があります。昨日聞いた竹の木琴、リンディックのCD
が欲しくなって店で買いました。それとジェゴグという竹の木琴の合奏のCDもあったので買いました。旅行中なので中身を聞くことは出来ません。後のお楽しみ。
 
ウブドの街を歩いていると時々乞食に会います。やせこけた女が黙って手を差し出すだけ。子連れのこともあり、子供も手を差し出します。冬の無いところだからどこでも暮らせるでしょうが、ちょっと悲惨な光景です。でも見慣れれば当たり前になります。食べ物を地面に悪霊への奉げものとして供える習慣もあるので、そんなに困らないのかもしれません。
 
ウブドの道はゴミだらけです。ゴミ収集車もあるようですが、道端にはゴミがいっぱい。歩道も中心街を離れると穴だらけ。ぼんやり歩いていると危ないのです。そんなゴミも何も含めてウブドなのです。汚いものときれいなものが入り混じっています。
 

現代文明はそんなゴミや汚いものを隠して、いわば隔離してしまって清潔な世界を作り上げました。でも人間は常に汚いものを持っているし、作り出してもいます。それらはシステムによってうまく処理されています。
 
イギリスの田舎道にはゴミ一つ落ちていません。でもそこには村がありません。農業労働者の家があるだけで、農民の家がありません。ウブドでは家の周りに鶏やアヒルが放し飼いにされています。道も当然排泄物で汚れます。村にはがっちりした農村共同体があり、祭りも葬式も共同体が行います。東南アジアの米作地帯の特徴として日本もその中にはいっていました。
 
こういう場所って私達の気持ちを落ち着かせます。昔の故郷に帰ってきたような。バリ島が観光客に愛され、多くの移住者を生む由縁かもしれません。
 


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