
東京が大停電に遭遇したクリスマスイブの夜を12人の男女の物語を交錯させながらロマンティックに描くラブストーリー。監督は『東京タワー』の源考志。12人の男女を演じるのは豊川悦司、原田知世、井川遥、宇津井健などバラエティーに飛んだ顔ぶれ。さまざま年齢、さまざまな形の愛を見ごとな脚本と構成力で完成度の高い作品に仕上げている。ファタジックな雰囲気をかもし出している美しい映像にも注目。[もっと詳しく]
どうせ一夜のファンタジーなら、複雑な人物相関図に、悩む必要などないのに。
●北米・カナダ大停電 2003年8月14日 アメリカ東部時間午後4時過ぎ、米北東部から中西部までの幅広い地域とカナダ南東部で一斉に停電が起き、ニューヨーク他大都市の約5千万人が影響を受け、史上最悪の広域災害となった。停電の原因は、送電線に対する不十分な投資、中西部における地域間共同運用の不備、運営者間の連絡不十分などによるもので、送電管理システムがダウンし連鎖反応が起きたため。全体の停電の規模は6000万キロワット相当。経済損失は約7200億円。
公式サイトによれば、NHKハイビジョン・ドキュメンタリーの仕事で、監督の源孝志および脚本の相沢友子がそれぞれ、構成・演出/ナレーションの立場で参加した「N.Y.大停電の夜に」の制作が、この映画の端緒となった。
そのドキュメンタリーは、2004年第21回ATP賞ドキュメンタリー部門優秀賞を受賞している。
まだ、テロの記憶も生々しい。
「その時、あなたは何をしていたか」をテーマに、信じられないほど大規模な大停電を経験したニューヨーカーを取材した。

相沢友子は女優・歌手・小説家・脚本家と多才。
意外なことに、ニューヨーカーは沈着冷静。それどころか、この状況を楽しんでもいた。
「電気が消えたことに自由を感じた!」「コミュニケーション不足を解消するいい機会」「停電は“人生は祝福するべきもの”ということを教えてくれた」というポジティブな感想。
そして、ニューヨークでの取材登場者は、次のようなエピソードを提供してくれたのだった。
望遠鏡を担ぎ出し、夜空に向かって走る青年。停電によって2人の時間を持てた男女。エレベーターに閉じ込められた少女。地下鉄に閉じ込められた女性。高層ホテルでお客の対応に追われるホテルマン。出産間近のファッションスタイリスト。お腹を空かせたお客でごった返すピッツェリア。85年の歴史を誇る飲み屋の亭主。そして、大停電の夜に誕生日を迎えた老夫婦…。

このドキュメンタリーを、僕は見逃している。
しかし、自らが参加して制作したドキュメンタリーに触発され、それを、東京のクリスマス・イブという時空に置き換えて、突然、光が消えた夜を主題に、群像劇によるファンタジーを創ろうという発想自体は、愉快なものがある。
ニューヨークロケの打ち上げかなんかで、酒に酔ったスタッフの誰かが、冗談で思いついたのかもしれない。
企画提出に、悩んだスタッフが、苦し紛れにトリッキーな企画を思いついたのかもしれない。まあ、事実は、どうでもよいのだが・・・(笑)
クリスマス・イブの東京の突然の停電劇に登場したのは、主要には12人である。
劇中の名前はさほど意味を持たないので、役者名で整理してみる。(相関図があればそれでよいのだが、中学校の国語の読解のつもりでやってみよう!!) 

田口トモロヲは不倫相手の井川遥に、その妻原田知世は昔の恋人の豊川悦司に、イブの日に誘いがかかる。
トモロヲは、入院している父の見舞いで、本当の母親である淡島千景の存在を打ち明けられ、動揺するが電話をして「息子です、父は重病です」と名乗る。
千景は夫の宇津井健に重い口を開く。宇津井は興奮して家を飛び出し、車を失敬して都心に向かう。
その途上、刑期を終え娑婆に出てきた吉川晃司と、昔の彼女寺島しのぶに出会う。
寺島は新しい男との赤ちゃんが出産間近で破水状態。宇津井はふたりを病院に送り、赤ちゃんの誕生を見守ることに。
不倫関係を打ち切られた井川はホテルのエレベーターで、上海に待つ恋人との逢瀬を楽しみにしていたホテルマン阿部力と閉じ込められる。
ジャズバーのマスターは、知世を待ちながら、今日で店を閉じようとしている。
その路地の前には、キャンドルショップがあり、店員の田畑智子は停電のおかげで大忙し。
トモロヲはローソクを買い、家に戻り、久しぶりに知世と食事をする。
トモロヲは、こらえきれずに、千景を訪ね、知世はジャズバーの入り口までは足を運ぶ。そのとき、ジャズバーには、仕事が終わった田畑智子と宇津井健そして吉川と井川が偶然のように集まっている。
吉川は、寺島との間に出来た娘の存在を知り、サンタに扮装してプレゼントを届けることになる。
そうした人々の停電の夜の慌しさとは別に、天文好きな少年本郷奏多は夜空でサンタ探索衛星を観察していたとき、病院の屋上に不審な女性香椎由子を発見し、訪れる。
香椎は翌日が乳癌の手術で、気が滅入っている。奏多は自転車に彼女を乗せ、秘密の場所に連れて行く。
離婚届まで用意していたトモロヲと知世は、再び家の近くで出会う。いろいろあった、大停電のクリスマス・イブ。ふたりは手をつないで、家に入る。
あー、しんどい。やはり、図解チャートは偉大だ(笑)。この読解力は点数をつければ、こりゃ、赤点だな。
結局、クリスマス・イブそして大停電このふたつの特別な時間で、みんな、それぞれの秘め事を相手に打ち明ける。そのエピソードの連鎖を「奇蹟」として、ファンタジーに仕立て上げている。この特別な夜を舞台にした「連作短編集」といってもいい。
けれどファンタジーにケチをつけてもしょうがないが、「それはないよ」といいたくなる。
たとえば、トモロヲ。この1日で、死期の近い父親から実の母の話を聞かされ、初めて母の声を聴くだけでなく、家を訪ねて、抱擁を交わす。一方で、不倫の相手に別れを告げ、離婚も考えている妻は自分の知らない昔の男と、再会しようとしている。母に会ったことを報告しに寄った同じ病院で、赤ちゃんをみて喜ぶ、実母の夫と、お互い認識していないが、隣り合わせになる。
お忙しいことだが、それは、ない、ない。
荒木美也子と永田鉄男。ふたりの存在は大きい。
プロデューサーは小泉尭史監督「雨上がる」「阿弥陀堂にて」「博士の愛した数式」の三作を担当した荒木美也子。
音楽は、才人の呼び声高い菊池成孔。
撮影監督は、「アメリ」のジュネ監督など海外で定評の高い永田鉄男。
映画化が難しいといわれていた江国作品に「東京タワー」で指名監督となった源孝志は、こうしたスタッフに囲まれて、とても恵まれた若手監督である。
僕は夢想する。
僕なら、こんな不自然な「物語のための物語」を創らないだろう、と。
「N.Y.大停電の夜に」は、ドキュメンタリーだが、それと同様の宝石のようなフィクションをいくつも用意すればいいだろうに。
それぞれのショートストーリーに、無理に相関線をひく必要はどこにもない。
たとえば蝋燭の光を重ねるとか、天使のような存在を、水先案内人にするとか、この奇蹟の夜を連作にするためのイコンは、いかようにも暗喩できる。
どういう、連作短編の構成にするか、どういう登場人物とシーンをもってくるか、ショートストーリーになんらかの約束事を設けるのか、それを、読者(観客)には秘密にしておくのか・・・。
こんな、楽しくてやりがいのある脚本創作は、ないはずなのに。
そうだな。
ビル・エヴァンスの「マイ・フーリッシュ・ハート」でも聴きながら、ウイスキーを片手に、自分の「大停電の夜に」を、紡ぎだす事にしよう。













最後の一文で、すっかりjazzyな気分になってしまいました。
>それぞれのショートストーリーに、無理に相関線をひく必要はどこにもない。
……ホントですね(笑)
この映画はちょっとつなげ過ぎ^^
エピソードてんこ盛り!でしたもんね。
人って、どうしても人と繋がりたいというか、
人生の出来事になんらかの意味づけをしたい生き物なのかも。TBありがとうございました。
>宝石のようなフィクションをいくつも用意すればいいだろうに
=同感!相関図いらないと思った一人です。自分は突っ込んでばかりで終わってしまいましたけど。汗
ぜひともkimion20002000さんが考えた珠玉のストーリーをお聞きしたいものです。
映画のオムニバスに良作はほとんどないけど、小説の連作短編は好きなんですね。いろんな、仕掛けできるじゃないですか。この映画もね、ちょっと、入り組ませすぎですね。
>challotteさん
珠玉のストーリー・・・そういわれると、焦りますが(笑)。こっちは、それが職業じゃないから、まあ、BARでの夢想ということで
・・・・
当初は観る予定は無かったのですが、方々から「素敵な映画でした」と聞いたので観に行ったら、ホントに素敵な映画でした。
沢山のエピソードが有るのでどれか一つを上げるのは勿体無いのですが、個々の話がそれぞれ何かしらリンクする中で、只ひたすら夜の街を走った翔太と麻衣子。
これは「走れ少年!クリスマスに愛を語るのは10年早いぞ」と感じました。
ロウソクの仄かに暖かい灯りが作品全体を照らしていて、クリスマスに相応しい作品です。
この頃、「有頂天ホテル」も制作されましたね。同じ、群集劇で、有頂天のほうが、評判は圧倒的に高いですが、僕は、どちらかというと、こちらの作品のほうが好きでしたね。
普段、食わず嫌いで邦画をほとんど観ないのですが、きれいな映像で洒落た雰囲気が秀逸でした。
ちょうど、一つ前のコメントにも登場する「有頂天」は、あたしは好きになれず、明らかに「大停電」派です。
原田知世が社内不倫の夫:田口トモロヲを受け入れる表情が、非常に怖かったです。
いやー、女はコワイ。
自分は昔の恋人:トヨエツになびいてたくせに。
この二人の溝は、生涯続くんでしょうね。
でもまあ、あれから、「停電の夜」おなじみの「子供ができる!」というオマケがつくかもね。
そっかドキュメンタリーで放送されてたのね<NYの大停電
なんか、そっちのほうも観たくなっちゃいますね(笑)
TBありがとうございました。
僕も未見だけど、再放送してくれないかな?
実は突っ込みどころ満載なんですが(あんなにキャンドルつけたら火事でるぞ、とか・笑)
でも、東京大停電という設定からすでにファンタジー。
なにが起きてもいいじゃあないかぁ。と楽しみました。
>それぞれのショートストーリーに、無理に相関線をひく必要はどこにもない。
同感です。作り手の自己満足的結末を押しつけないで欲しいと思うのは、私だけではないのですね。
そう、ファンタジー。だけど、突っ込みいれたくなるなあ(笑)
>skywaveさん
これ、カメラに助けられていますけど、シナリオとしてみたら、僕は、落第点だと思います。脚本家は美しい人ですけどね(笑)
ん〜、、やっぱり、ウイスキーですよね。
ワインや日本酒じゃない。
「N.Y.大停電の夜に」・・・知りませんでした。この状況を楽しんでいたというあたりが、さすがニューヨーカー!このドキュメンタリーみてみたいです。
どうせ一夜のファンタジー ←イヴ×大停電のシチュエーションなら許そうと思える設定でした。しかも映像が美しすぎて☆
ロウソクの灯りにそんな偶然もいいかと結構楽しみました。
30代の前半ごろまでは、あんなBARにも、ときどき、通っていたんですけどね。いまじゃ、焼き鳥やか小料理屋だ。
それに、やっぱ、LP盤だよな。
>happy−cloverさん
映像、美しかったですね。あんな、映像監督さんがおられるなんて、僕ははじめて知りました。
偶像劇は大好きなのですが、どうも不用な人物もチラホラいたような気がして(笑)
トヨエツのジャズバーのシーンだけがなんだかとても印象に残っています。
たぶん、僕のほうが、もっと上手な脚本書ける!なんていったりして(笑)
トヨエツは、その前が、妖怪の映画だったな。ほんと、おもしろい役者さんだね。
「N.Y.大停電の夜に」というドキュメンタリーがあったんですね。
面白そうですね。観てみたいです。
僕はあまり気にならなかったのですが、確かに、あそこまで人物間に
相関をつけなくてもよかったかもしれないですね。
それぞれが個々に独立したストーリーでも、十分楽しめそうだし。
あらすじ書いてて、いやになってきちゃった(笑)
「相関」することが奇蹟ではなくて、奇蹟のようなお話があって、もしかしたら「相関」が仮定できる・・・という方が、僕は好きですね。
NHKの今の朝ドラがいい見本です。
“おぉ!停電だがや!”
“でら、暗いでかん”
全然ムードありませんね(爆)。
「なんちゅうこっちゃ。停電やんけ」
「わややなあ。ほんま真っ黒、ちびくろサンボやんけ」
「なにいうてけつかるねん。ちびくろサンボは差別語とちゃうんけん、われ、いてこましたろか」
どうにも、ムードがでませんね。
TBありがとうございました。
キャンドルの灯りの温かさに心が包みこまれるような気分で観てしまいました。
メイキングDVDを買ったいたことを最近思い出しまして、これからじっくり観ようかなぁって思っています。
それから数日前にTBいただいたのに、ご訪問が遅くなってしまいまして申し訳ありませんでした。
これからも、よろしく。
僕はメイキングとかスペシャルDVDを買ったことがありません。
でも、いいろいろ、思い返しながら、見るのは、楽しいものでしょうね。
結論から言えば、映画は可もなく不可もなく、
まずまず楽しめた映画ではありました。
愛の群像劇として、手を変え品を変え見せてくれてはいるんだけど、
どれもが同じようなトーンで描かれているせいか、
映画終盤にそれぞれのエピソードが絡み合ってこない。
ただ、お目当てだった原田知世嬢の美しさに出会えたので、
マイナス面は帳消し、トントンかな(笑)。
知世嬢は、この間、のってますね。
もう、「嬢」でもないけど、やっぱ、春樹プロデユースのイメージがありますからねぇ。
音楽活動もともあれ、映画では、彼女が主役でじっくりみせる映画が、そのうち、製作されるでしょうね。
kimionさん(でイイんですかね)みたいに深い考察を持って映画を見た事が無いので、文章読んでて感じ入りました。
映画って、色んな見方が出来るから楽しいんでしょうね。
大先輩の記事を見習って、オイラもガンガリたいと思います。(ってホントかなぁ・・・)
オジサンにあるのは「年の功」ぐらいなもんでね。所詮、blog。
「ガンガって」ください。
【映画生活】へのご訪問、そしてTB・コメントどうもありがとうございます。
大停電が本当に起こったら恐怖だな・・・なんて冷静になる前に、ロウソクの灯りにうっとり。
そしてトヨエツのマスターぶり、失恋ぶりにうっとり。
そんな間にいろんな(ちょっとありえないですけど)出会いやすれ違い、別れなんかがちりばめられていてとても時間が早く感じました。
記事、とても参考になりました。
いろんな方の様々な見方を知ることができる現代のネット事情に感謝する日々です。
映画に関してもまだまだ未熟な私ですがどうぞまた【映画生活】へのご訪問もお待ちしております!
私もちょくちょくこちらに遊びにきます!
映画は前提として、楽しくなるのが一番ですね。
人によって、感想はさまざま。正解なんか、ありません。
映画もたくさん観ていくと、自分のなかに、たくさんの引き出しができるんじゃないでしょうか。知識というのとも、ちょっと、違って、映画的文法というきあな。それがわかるろ、また、新しい楽しみ方もできるような気がします。
これからも、よろしくね。
確かにファンタジーなのであまりつっこまずにおきましょう・・・
>図解チャートは偉大だ(笑)。この読解力は点数をつければ、こりゃ、赤点だな
十分つたわりました^^
僕も、ファンタジーという言葉をよく使うけれど、本当は、それでOKにしちゃうと、よろしくないんですけどね(笑)
要は、シナリオが練りこまれていないんですよ。
映画の出来た背景とか全然知らなかったので、こちらのブログを拝見して、そうだったんだ〜という発見がありました。
ありがとうございます!
アメリカの地震のドキュメント、結局、僕はみていないままなんです。
実話というのは、それはそれで、いろんな人間ドラマがあるんでしょうね。
キャンドルが幻想的な映画でした。雪が・・・いまひとつ臨場感が無かったことが残念です。
文章で描かれた相関図。結構いいっすね。これから見よう!という人にはわかりづらいかも・・
撮影監督は、なかなかの人ですからね、あの美しいキャンドルの光は、彼の技ありでしょう。
なのでベリーもTBやってみました(初体験w)
また遊びに来ま〜す^^
いつでも、足跡、残していってくださいな。
\"クリスマスに停電\"というだけでも十分ドラマチックなんだから、あそこまで色々盛り込まなくてもいいのに・・・・と
個人的にはキャンドルの灯だけで大満足です
キャンドルの灯は、barの周辺も、遠景も、ロマンチックでしたね。撮影監督の力量でしょう。
確かに、不自然なほど人間関係が繋がってしまいますよね。
私は逆に、そのあからさまな不自然さがいいと思った人ですが・・・。
あぁあ、いっそ停電でもすれば、もっと人間、素直になれるのかもしれませんねぇ・・・。
>あぁあ、いっそ停電でもすれば、もっと人間、素直になれるのかもしれませんねぇ・
そうですね。停電は不便だけど、なんか、一瞬、非日常の空間でドキドキしますね。一緒にいる人の、気配が伝わります。僕たちが、喪ってきた、暗闇での察知能力!
撮影も上等。
惜しむらくは、少年と少女のエピソードが連鎖の輪から完全に浮かび上がってしまうこと。狂言回しというには役不足でしたしね。私は彼らは削除すべきであったと思います。そうすれば上映時間が2時間を切りました(笑)。
撮影などは、丁寧で味わいがあったんですけどね。
少年、少女は、登場人物の誰かの近親でしょうと深読みをして、見事にはずれました〈笑)
TBありがとうございます。
確かに、複雑すぎる!人間関係でしたね。
でも、なにか引き込まれるものがあって、最後まで一気に見ちゃいました。
基本、ファンタジーって苦手なんですが、これは、なーんかよかったです。
そうですね。今日の今も、この空の下では、無数のドラマがからみあって、進行している訳ですからね。
それを、実際の僕たちは、ふだんは意識していない。
こういう物語で、切り取られると、ああそうかな、と。
でも、歓迎するむきが多かったことは初めて知りました。まあ、1日だけと思えば確かに割り切ってエンジョイするかも知れませんね。ただ、停電の恐ろしさを知る私としては、東京が1日でも停電になるというのは、考えただけでもぞっとしますが・・・。
「大停電の夜に」は複雑な(相関図が必要な)人間関係にやや批判的な意見が多いように思いますが、私は肯定的な意見です。人は他者とつながって生きています。そのつながりをかなり大きく、網ですくうようにとらえる手法は、こうした映画でないと実現できないのではないでしょうか。そのつながりがやや強引だとしても、人は常に自分が主人公であり、つながっている人は、みんな自分が主人公の人生を生きているわけですから・・・。
ショートストリーの寄せ集めとかは、深田恭子主演の「天使」とかですでに実現されていますしね!
相関図の複雑さ自体はいいと思うんですね。
でも、脚本と演出が、弱くて、群集劇ということを、過剰にいしきしてしまいます。
同列に論じてもしょうがないけれど、ハギスの「クラッシュ」なんかは、とても、見事な脚本と演出で、一日のある地点の、人間のつながりと孤独とぶつかりあいを描いています。
だから、映画を学ぶあるいは脚本を学ぶ人たちに、この「大点伝の夜は」という映画をテキストとして、自由に作り変えてもらえば、いい教材テキストになるんじゃないかと思っています。
僕は、舞台を通天閣にして、大阪弁で、この物語をカスタマイズしてみたいですね。
浪速の町にも、キャンドルライトは、あいまっせ!(笑)
いい雰囲気の話だとは思うんですが、どうしても浸りきれませんでした。
つなげ方が無理やりなんでしょうか。もう少しさりげない方がよかったのかもしれないですね。
田口トモロヲなど、一生のうちのドラマが総てこの夜に収束しているかのようですし。
そうだねぇ。トモロオ。
普段は面白みのない男で、なんで、あんな奥さんと愛人がもてるのかが不思議なほどなんだけどな。この一晩で、盆と正月が一緒にやってきたみたいな・・・(笑)
そっかぁ〜あたしはニュース映像ぐらいしか見てなかったから、
よく分からなかったのですが、
ドキュメンタリーの出来自体良かったんですね。
いやいや、僕もこのドキュメンタリー見逃しているんですよ。
どうも、この映画よりも、面白そう(笑)