サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 07222「やわらかい生活」★★★★★★★☆☆☆

2007年04月11日 | 座布団シネマ:や・ら・わ行
肉親や恋人、友人を失い、すべてに無気力になり、東京のとある街、蒲田に引越した橘優子・35歳。下町だが「枠」のないこの街は、今の彼女にとって、とても居心地がいい所だった。 続き

走り続けてきて、見落としてきた。小さなスナップショットにも、意味がある。

現在は地下鉄南北線、都営三田線に乗り入れて、目黒からは東京目黒線という名称になっているが、少し前までは、目黒と蒲田をつなぐ路線が、目蒲線と呼ばれていた。
僕がこの目蒲線沿いに住みだしてから、約20年になる。
だから、この映画の舞台になっている蒲田周辺にはそれなりの土地勘がある。

もともと、銭湯好きな僕は、品川の黒湯が好きで、この作品に出てくる(撮影に使われた)風呂屋も主人公のアパートの隣の風呂屋も、知っている。
ユニークなタイヤ公園には、幼かった息子を数回連れて行った。
こぶりな観覧車も乗ったことがあるし、池上本願寺の力道山のお墓の前では、同じように、自分を入れて撮影した。
六郷土手も、商店街の迫った踏み切りも、ラーメン餃子の店も、縁日の神社も、大衆居酒屋も、深夜屋台も、たぶんあそこだろうなと、推定できる。



主人公は、蒲田に住み始めて、「LOVE KAMATA」というサイトを開いて、自分でデジカメで撮った蒲田の点景をアップする。そして、蒲田のことを、「粋がない下町」と形容する。
たしかにそうだ。
JR,京急、東急の三つの路線が乗り入れ、それぞれの出口から、いくつかの商店街が延びている。その商店街は、それぞれ、微妙に空気が異なっている。日曜日の親子連れの買い物街から、ちょっと迷い込むと猥雑なキャバレーの呼び込みにあうことになる。また、ちょっと歩けば、土手沿いに、間隔の短い駅をいくつか散歩で遠征できる。小さな駅と小さなそれぞれの商店街に、思わぬ昭和史の記念をみることもできる。
もともとは、蒲田撮影所もあったが、品川区、大田区の工場労働者が住み着いた街だ。出稼ぎの人たちも多かった。景気のよかったときに、一気に人口が増え、歓楽街も形成された。どこか野暮ったい。気取ってはいない。ちょっとガタのきたそれでもどこか懐かしくウキウキするおもちゃ箱のような・・・。
「粋」というのは、土地っ子が何代もかけてつくった文化である。
蒲田に、住み着いているとしても、何代もさかのぼれる人などほとんどいない。
戦後の闇市からの発展もあったろう。だから、どの店に入っても、気取りようも無い。
お国言葉もさまざま。アジアからの出稼ぎや留学生も、住みやすいという理由で多く見かける。



主人公の橘優子(寺島しのぶ)は、一流大学を出て、一流商社に勤め、総合職キャリアで頑張ってきた。しかし、両親と同じ総合職の親友の死を契機に、心身に変調をきたし、躁鬱症と診断される。
男とも別れ、ネットで出会った自称50歳の建築家Kさん(田口トモロヲ)の痴漢ゲームにつきあい、場末の蒲田にやってきた。「全部、捨てよう!」と決意した優子は、蒲田で一人でアパート暮らしをはじめることになる。
そして、大学時代の友人で都議を目指す本間(松岡俊介)と偶然会い、アパートに連れ込むが、本間はマザコンのEDであり、寝ることが出来ない。
また、幼げで気の弱そうなチンピラ安田(妻夫木聡)に懇願されタイヤ公園に案内するが、彼も鬱病であった。
そんなとき、博多から従兄の橘祥一(豊川悦司)が尋ねて来る。離婚寸前の一文無しで東京に出てきた愛人を訪ねてきたが、追い返されたので、居候させてくれ、と。優子は、気心の知れた祥一との掛け合いで躁になったり、また突然激しく鬱になったり・・・。

優子は孤独である。
小さい頃、祥一とのおままごとで、自分のことを「姫」と呼ばせていた。
たぶん優等生でどこか気位が高かった。キャリアウーマンとしても、勝ち抜いてきたのだろう。
でも、本当は、激しく疲れていた。この時代に、そうして気位高く生きていくことに。少し前まで、そうして、虚勢を張ってきたのは、多く男であった。けれど、現在では、優子のような女性が、たぶん、そうした気位や孤独を引き受けていることが多いように思える。
両親の死や、友人の死や、付き合っていた男の死。
優子は、その死に、神戸震災や9.11やサリン事件に巻き込まれて・・・と物語を仮構する。死んだのは事実だから、そういう物語を仮構したほうが、他人に説明がいらない。「事件」を語ればすむので、それぞれの死の状況を説明する必要が無い。
悪気があるわけではない。人に説明するのが、物憂いだけなのだ。
そして、自身は、リアリティを喪失していき、病は進行していく。



僕たちの周囲に、優子のような資質を持った女性はどれほど多いことか。
もう、何もかも捨てて、誰も知らない町で、誰からも見られない町で、ひっそりと生きたい。
見るのは自分。デジタルカメラで、なんということもない光景をスナップしていく。それをネットにアップし、自分で感想をつける。写真をプリントして、アパートの部屋にベタベタ貼る。
近くの商店街に買出しに行く。土手を散歩し、夕暮れに佇む。
この無名の町で、無名の人となって、ささやかに生きていく。
銭湯に入り、仕舞い湯につかり、独り言を楽しむ。
それは、惰性なのか、気儘なことなのか、逃避なのか、深い関係の拒絶なのか、ある種の虚無なのか。
どれでもあってどれでもない。少なくとも優子にとって、「やわらかい生活」であったかもしれない。

けれど、優子は自分から求めるのではなくて、「発見」されるのだ。
痴漢男によって、鬱病のチンピラによって、EDの同級生によって、気安い従兄によって。
「発見」された優子は、不器用に、関係線を模索していく。男たちは、一様にダメな男たちだ。しかし、優子にはもう気位は無い。男たちは優子の心の空隙に、自分の安堵をみつけていく。それは、淡い傷の癒しあいかもしれない。
唯一、欝で苦しむ優子にしばらく寄り添った祥一は、もう一度、ふたりの関係を構築できるかもしれない。自分の過去にケリをつける。祥一は、博多に戻る。優子も博多に行こうとしたとき、祥一の訃報が届く。



癒しと新しい幸せを求めて、人生を転回する。
タイトルからはそんな物語を連想させるが、本当はもっととても苦い物語だ。
優子は、湯船につかりながら、男風呂から祥一の「おーい」と呼びかける声が聴こえる。
鬱病のように、しっかりと処方される薬など、人生には無い。
だけど、鬱病の何日間を脱して、暗く閉ざした部屋のカーテンを開き、太陽の光を浴びて喜ぶように、きっと、優子は、自分で回復する事ができるだろうと、予感されて、映画は終わる。

寺島しのぶと豊川悦司。
演技と表情が素晴らしい。
蒲団にもぐりこんで病気をやり過ごす優子がいとおしくてしかたがない。
100円傘をズボンのうしろにひっかけて優子のために買い物をしてあげている祥一がいじらしくてしかたがない。
ひとつの舞台から降りて、しかしようやくそこからはじまる人生は、たしかに在るのだと、信じたい。






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34 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
こんにちは (デジタルカメラどっとcom のJun)
2007-04-11 07:12:32
おじゃまします!

私のサイトでこちらの記事を紹介させて
頂きましたのでご連絡させていただきます。

紹介記事は
http://dejikamedaisuki.blog98.fc2.com/blog-entry-41.html
です。
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はじめまして (いちご)
2007-04-11 13:17:12
はじめまして(^-^)TBありがとうございます♪
本当に、この映画っていいですよねぇ☆大好きです。
ゆるーい感じが何ともいえません。
もう一度DVDで鑑賞しようかなと思います(*^^*)
これからもブログ、よろしくお願いします。
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いちごさん (kimion20002000)
2007-04-11 22:17:59
こんにちは。
やっぱり優子は等身大のヒロインですよ。
みんな悩んでる。優子が幸せに近づいたかどうかは、だれにもわからない。だから、いやし系物語として、受けとりたくないですね。
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こちらにも・・・ (ミチ)
2007-04-11 22:36:36
この映画、好きでした。
トヨエツも寺島しのぶもとっても良かったです。
『愛ルケ』の二人とは思えませんでしたよね。
ラストですが、私もきっと優子は自分で回復できるだろうと予想しました。
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ミチさん (kimion20002000)
2007-04-11 22:45:12
こんにちは。
「愛ルケ」は、怖くて、まだ見に行く度胸ができません(笑)
気弱なkimion20002000です。
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この映画が (sakurai)
2007-04-12 08:04:09
あったのからこそ、「愛ルケ」が出来たのだと思いますが、到底見る記もなく、未見のままで終わりそうです。
蒲田をよーく知ってる人なら、膝を打つような映像でしょうね。
東京のご当地映画という範疇で考えてもいいのでしょうが、どこか無機質なものを感じました。監督の色かもしれませんがね。決して嫌いじゃないです。役者のうまさを上手に引き出す人だなあ、と思いました。
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sakuraiさん (kimion20002000)
2007-04-12 09:15:06
こんにちは。
家族愛や恋愛などをベースに据えていませんからね。
生きることが困難な人間たちを描いていますから、演出も、少し突き放すように客観的においているところがあります。
ベタな博多弁が、緊張をやわらげていました。
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お初ですv (PEN)
2007-04-12 19:31:32
こんにちわぁv

記事、すんごい分量ッスね、オレこんなに書いたことないかもw
自分のBLOGに「ムービー」っていう映画の書庫、置いてるんですが、なんか色々恥ずかしくなっちゃいましたぁ(*ノェノ)キャー
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PENさん (kimion20002000)
2007-04-12 21:10:48
こんにちは.
短くてもなんでもいいんじゃないですか。
おじさんは、理屈こねのおしゃべりなだけですよ(笑)
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心のバランス。 (BC)
2007-04-13 01:11:33
kimionさん、お久しぶりです☆
トラックバックありがとうです。(*^-^*

私見ですが・・・
人って、大人になるにつれて辛いこと悲しい事苦しい事があっても
発想を前向きに切り替えたり、趣味に夢中になったりしながら乗り越える方法を見出していくけど、
それが優子にとっては物語を仮構する方向へ行ってしまった為に
現実と虚構の分別がつかなくなっていき、
心のバランスを崩していってしまったのかもしれませんね。
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