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サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

mini review 10466「キャピタリズム マネーは踊る」★★★★★★★★☆☆

2010年07月02日 | 座布団シネマ:か行

『ボウリング・フォー・コロンバイン』のマイケル・ムーア監督が、キャピタリズム(資本主義)支配下の経済問題に迫るドキュメンタリー。巨大企業が利益を追求すると、世界にどのような影響が出るのかを検証する。デビュー作『ロジャー&ミー』で元GM(ゼネラル・モーターズ)会長に突撃取材を敢行したムーア監督が、GMが破綻した20年後の今、生活を支配する経済をテーマに選択。原点に立ち返ったムーア監督の覚悟と怒りが熱く伝わる。[もっと詳しく]

この作品のマイケル・ムーアは、なんだか泣き出しそうな顔をしている。

マイケル・ムーアは、僕とほぼ同年齢だ。
彼の反骨心は筋金入りだ。
高校卒業と同時に、校長と副校長の解雇を求めて教育委員会選挙に出馬して当選、辞職に追いやっている。
『キャピタリズム マネーは踊る』でも繰り返し、ムーアの少年時代の映像が出てくる。幸せそうだ。1950年代から60年代はじめだろうか。
ミシガン州フリントにあるGMで、母は秘書、父と祖父は組立工、叔父は労働組合の創立者の一人だった。
家族は、仕事や職場や仲間に誇りを持っていた。
労働者階級といえばそうだし、その当時も圧倒的な金持ちも資本家もいた。
しかしまだ「アメリカングラフィティ」に希望が持てた時代だったし、「不正」や「不平等」も変革できると考えられていた。
家族が勤める工場も、座り込みストライキを辞さぬ職場でもあった。
もちろん、人種差別もあれば、銃の所持の危うさもあり(ムーアもライフル協会会員であったが19歳でベトナム戦争に抗議し返上している)、金融資本は着々と大戦後のグローバル資本主義を準備していたりはしたとしても。



しかし1989年、すでにジャーナリストとして頭角を現わしつつあったムーアにGMの工場閉鎖が伝えられ、彼ははじめての長編ドキュメンタリー映画を自分の故郷で、家族の職場であるGMを素材にして撮影した。
GMのロジャー・B・スミス会長に、その後すっかりムーアのスタイルとなったアポなし取材を敢行した。
カメラを持って、突撃するムーアがいる。もっとも20年前のそのシーンでは、ムーアの後姿は、ずいぶんほっそりしているが。
その後もムーアの突撃取材は、テレビのルポルタージュに、ドキュメンタリー映画に、如何なく発揮された。
グローバル企業が国内の労働環境を崩壊させていくさまを『ザ・ビッグ・ワン』(97年)で、ライフル協会会長のチャールトン・ヘストンに苦虫を噛ませた『ボウリング・フォー・コロンバイン』(02年)でアカデミー賞長編ドキュメンタリー部門オスカーに、鮮烈なブッシュ批判の『華氏911』(04年)でカンヌ映画祭パルムドール賞に、そしてアメリカの医療問題で医療機関や保険会社を徹底的に槍玉にあげた『シッコ』(07年)に続き、本作ではサブプライムに端を発する金融恐慌をテーマとした。



本作では、サブプライムローンの崩壊から来る、下層階級の住宅追い出しからカメラは追いかける。
誰もまともに説明も出来ない、複雑怪奇なデリバティブ手法による住宅を対象としたマネーゲームは、最初はダムの小さなひび割れであったかもしれないが、あっという間に決壊し、その溢れ出た水は世界中の金融システムに混乱を招いた。
一体、この責任はどこにあるのか?
ムーアはウォール街に詰め寄る。
アメリカ政府の金融政策の重鎮たちは、ほとんどがゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどのCEOやCOOで占められている。
ことに、レーガン以降の「新自由主義」からこのかた四半世紀、アメリカの格差社会は一挙に拡大した。
普通に働く普通の生活者が、満足な医療も受けられず、教育もローンづけとなった。
虎の子の保険も401kですべて金融商品に組み込まれている。
そして今回の金融恐慌でも、投資銀行は結局、税金の巨額な資本投入で救済されたではないか。
議員にロビー活動を仕掛けるのもウォール街や国際資本だ。
たった1%に満たないウォール街を中心とする富裕層が、この世界を牛耳っている。



いったいいつからアメリカはこんな不平等社会になったのだ。
昔は大金持ちもいた。その大金持ちには9割以上の所得税がかけられ、それでもセレブはセレブで「成功者」として存在した。
レーガン以降ブッシュに至る支配層は、ウォール街と一体となって法律を改正し、貧富の差、社会的生存権の脅かしをここまで進めてきたのだ。
「独立宣言」は、資本主義の自由競争など謳っていない。
「平等」であることが独立宣言の魂であった。
ニューディール政策を推し進めたルーズベルトは、1944年1月11日、終戦前の最後のホワイトハウスからの演説で、病を押して<新しい権利章典>を提案した。
それは、以下のような趣旨だった。

 社会に貢献し、正当な報酬を得られる仕事を持つ権利
 充分な食事、衣料、休暇を得る権利
 農家が農業で適正に暮らせる権利
 大手、中小を問わず、ビジネスにおいて不公平な競争や独占の妨害を受けない権利
 すべての世帯が適正な家を持てる権利
 適正な医療を受け、健康に暮らせる権利
 老齢、病気、事故、失業による経済的な危機から守られる権利
 良い教育を受ける権利

すべてが「国民の権利」である。
これがアメリカという国の「理想」であった。
しかしかなわなかった。
むしろ、理想主義者たちによって、その基本の精神は敗戦国のドイツ、イタリア、日本などの大戦後の「憲法」規定に反映されることにはなったが、アメリカではもうそんな「権利章典」が唱えられたことなど誰が覚えているのか。



ムーアは現実主義者であり、楽観主義者であり、悲観主義でありといったいくつかの顔を持っている。
明確なのは、ムーアはことここにいたっては、キャピタリズムそのものに「否」を唱えているということだ。
そして、キャピタリズムに対抗するのは「民主主義」であり、「平等主義」であり、ある種の「社会主義」であると強調している。
こうした論理の建て方の陥穽は、簡単に指摘することが出来るし、揚げ足をとることも出来る。
けれども、ムーアの「正義感」は本物であり、そのことに僕たちは共鳴する。
たしかに、世界は金融資本主義、金融グローバリズムに巧妙に操作され、結局のところ、その秘密を知る一握りの富裕層と支配権力に、コントロールされているからだ。
多くのメディアや官僚や大学教授やエコノミストたちもまた。



『キャピタリズム マネーは踊る』は冒頭、パンクの神様イギー・ポップの歌で始まる。
 
 共産主義世界は崩壊したけど
 資本主義者には失望させられるだけ
 金こそがその理由だ

そして、ラストにはウディ・ガスリーの歌が用意される。

 イエスは金持ちに言った。「貧しい者たちに施しなさい」
 だから奴らはイエスを葬り去った
 イエスは病める者、貧しき者、飢えた者、傷ついた者を救った
 だから奴らはイエスを葬り去った

POP調の「インターナショナル」が変奏されている。
奇妙だが、ひきつけられる。
もうその本家では、「ベルリンの壁」崩壊以降、誰も口ずさまない「インターナショナル」が・・・。
ウォール街に出掛けて、ムーアは金融資本のビルに黄色いテープで囲いを作り、メガホンで叫ぶ。
「君たちを逮捕する!」
ここではいつもの毒舌とブラックユーモアのムーアは少し影を潜めている。
というより、ムーアはどこか泣き出しそうな顔をしている。
見ているこちらまで、泣きたくなってくる。
日本ではこの参議院選挙でも、能天気なマニュフェスト合戦に議論が誘導されている。
安全な図式の中での、対立軸の仮構!
世界金融にも本当は蚊帳の外にしかいないくせに、金融資本の出身あるいは所属しているエコノミストたちが、得意気に世界経済を解説している。

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シッコ





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4 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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TB有難うございます (MIEKO)
2010-07-05 10:12:44
「ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~」へのTB・コメントと共に、有難うございました。

ムーア監督の「正義感」実践には、感服します。丁度試写会に同監督が来場して、上映後サインと握手頂いたのでしたが、間近で見るご本人は、映像での感覚より、さらに結構大柄で、この巨体を揺すりながら、毎回身体張ったパフォーマンスしてる、と、少し感慨あったりしました。
返信する
本人 (kimion20002000)
2010-07-05 17:20:33
こんにちは。
本人とお会いになったんですか。いいなあ。
僕もちょっとあのおなかをさわらせてもらいたいですね(笑)
返信する
弊記事までTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2010-12-11 21:59:49
ムーアの構成力はいつもながら絶妙で、実に面白く出来ていますね。

>ある種の「社会主義」
この作品に出てくる平等な会社は、空想的社会主義を思わせます。

リーマンショックで下がった投信の価格が一向に戻って来ないので頭が痛いですよ。
返信する
オカピーさん (kimion20002000)
2010-12-12 01:43:26
こんにちは。

>リーマンショックで下がった投信の価格が一向に戻って来ないので頭が痛いですよ。

ご愁傷さまです(笑)
全世界で低落した与信分だけ、大儲けした勢力もいるのでしょうね。
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