ブログ「かわやん」

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 金曜インタビュー 韓国の作家李浩哲(イホチョル)さんに聞く 下

2010年01月22日 11時57分29秒 | Weblog
 詩人高銀さんとともに韓国文学者で有名な李浩哲さんのインタビュー(です。

   ――先生は若いときから文学に親しまれたのですか。
李浩哲さん そうです。中学1、2年の時は解放直後です。本などありませんでしたが、新潮社の世界文学全集をすべて読みました。次いでロシア文学に親しみました。

   ――最も影響されている作家は誰でしょうか。
李浩哲さん チエホフですね。それからゴーリキーです。ドストエフスキーもいい。思想関係では最近はヴィドゲンシュタインを読んでいます。日本関連では『世界』と『中央公論』を30年間読んできました。国際問題の編集をしていましたから。毎日、朝日新聞も読んできました。ですから丸山真男、加藤周一、上原専禄、坂本義和、森嶋通夫など日本の論者はよく知っていますよ。ソウルで集会があり、加藤周一、坂本義和、森嶋通夫各氏と出会いましたよ。加藤周一さんは亡くなりましたか。朝日新聞の夕刊に連載を書いておられましたね。残念なことです。

   ――表現者は詩の場合もあれば、評論もある。小説もある。先生はなぜ小説を選ばれたのですか。
李浩哲さん 運命ですよ。書けるという自身がなぜかありました。日本語教育をやられた時代ですが、私は姉に朝鮮語を教えてもらいました。ですから朝鮮語の読み書きができないということはなく、解放後も不自由なくできました。

   ――先生は朝鮮戦争で国連軍につかまり自ら意図せず南に来られた、越南されたわけですね。
李浩哲さん 1950年12月9日ですよ。釜山に船に乗せられて来ましたよ。でっかいトラックの荷台に乗せられて慶尚南道を連行されるのですが、道すがら出会う人はポカーンと私たちを見ています。北では見たことがない光景でした。
 南に来たときは、避難してきただけで1週間くらいで帰れると思っていました。それが60年たちましたよ。北の体制で5年間生きたのですが、現実を生きたことは作家として大きい。運命かもしれませんが、人間は運命を切り開かないといけない。運命として諦めてはならない。

   ―― 日本の作家についてはどうでしょうか。
李浩哲さん 安岡章太郎さんが高齢ですが、老いてもいい作品を書いていますね。明治以降でいいますと、夏目漱石、徳田秋声、横光利一、川端康成ですね。翻訳はたくさんしました。谷崎潤一郎、大江健三郎など多くいます。日本に来ると金時鐘さんと会いますね。今回お会いして顔色もよく元気でした。私より3歳先輩です。
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