ブログ「かわやん」

森羅万象気の向くままに。

生駒で飲む

2007年05月31日 22時30分19秒 | Weblog
 昔と違い、飲むところが増えた。昔は「生駒は大阪の奥座敷」と言われ花代をめぐる芸者さんのストがおきた。そのころ取材に走った。当時取材協力してくれた理髪店などまだ元気だ。店は繁盛しているようだ。

 古本屋さんがあるのには驚いた。大変だ。営業を続けるのは。歓楽街にあって古本屋さんがあると何かホットする。

 お客さんの話題は前市長、議長の逮捕。利権の巣にしていたのだ。生駒市行政を。市長が替わり膿が出てきたーというのが大方の意見。そのまま前市長が勝利していたら不正は表面化しなかった。

 閉鎖性はいかんーということだが、市議などの取材はおおじょうしたことを思い出す。変わるのに30年かかったのか。



    


  
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

年金問題の元凶は官官支配

2007年05月31日 14時30分09秒 | Weblog
 前総理の小泉純一郎さんはどうしているのか。安倍政権誕生以後、その動向は聞こえてこないが、東京政治部の記者に聞くと「1年間は取材に応じない」と語っていると聞く。小泉さんは政権担当者ではもうないのだからそれでいいのだが、しかし参議院選挙後に安倍政権誕生後1年目を迎えるから、だんだん騒がしくなりそうだ。


▼また今回の年金問題は安倍政権の命運を左右するとも言われている。だいたい、立法の府が法案審議を1日で切り上げるなど聞いたことがない。まるで有事体制のようだからおそれいる。功を急ぎ墓穴を掘るのではないか。野党側は「国民世論は我にあり」ということで、対決色を鮮明にしている。

▼ここにきて安倍政権の支持率低下し30パーセント台に落ちた。一時持ち直したが、低下し始めている。世論政治では支持率の動向は決定的だ。松岡農水大臣の自殺で世論は「安倍さんが辞めさせなかったのがいかん」とか「政治と金の問題に蓋はできない」と、安倍さんほどうも不利である。

▼現職大臣が自殺をはかるというのは戦前に敗戦の責任をとり割腹自殺した大臣がいるが、今回の金権スキャンダルとは性質が違う。だから世間の今ショックな大きいはずなのに、それほど沸騰していないのはどうしてか。あまりにも闇が深いからか。

▼同じ目線の高さの問題に関心が高まる。いまの政治環境ではてわからないことが多すぎる。その点では年金問題は関心が集中する。メデイアは騒ぐ今回の年金問題は相当安倍政権にパンチが入るとみる。消えた5000万件の年金とは一体どういうことなのか。これでは若い人に国民皆年金を訴えることはできない。社会保険庁の責任は重大。天下りの官官支配が元凶である。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カンヌ映画祭グランプリ主演俳優宇多さん余波

2007年05月30日 22時45分08秒 | Weblog
 テレビで映画を放送したからだ。「映像がいい。カメラが素晴らしい」。肝心の監督のメッセージはあまり絶賛する友人はいなかったが、宇多さんの演技がいいというのだ。

 そういう友人に「監督の指導があったからで、素直な宇多さんは監督の注文を十分咀嚼されたのでしょう」と答えた。

 ズブの素人が絶賛される演技をするとはたいしたもんだ。私と会うと、いつも景気がいい話などない。それがこんな景気のいい話をたぐり寄せるとは。「アルバイトなどしておれないでしょう・マスコミが詰めかけて仕事どころではないのでは」と言う。それが生活に直結するかどうかは未知数。

 映画ではものすごく体を動かす認知症の老人役らしいが、「60才にしては肉体が元気だ」と評価する人も。

 テレビはないし、ビデオも壊れている。だから劇場かDVDしかない。早く見たいものだ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宇多さん主演の映画がカンヌ映画祭でグランプリ

2007年05月28日 16時32分25秒 | Weblog
 私はすかさず、「生活での寄与できるよう考えたって」と冗談とも言えない本音を出す。主演だが、役者じゃない。彼が経営する喫茶店にドノドン行ったってほしいーというのが私の偽らざるメッセージ。
 
 映画のことが皆目わからない私の現実的反応である。夢がなさすぎるか。しかしこの年になると生活が重くのしかかる。どうか受賞を期に喫茶店のお客さんが増えますことをと願う。

 あとはどうでもいい。しかし、映画上映で海外に招待されることがあれば結構なことだ。人生に他人から拍手で賞賛されるときなどめったにない。平々凡々と生活費を稼ぎ生きねばならない。その意味では宇多さんは一時であるかもしれないが、「人生の楽園」の主人公にがなったのかもしれない。ご憧憬に存知ます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宇多さんばカンヌ映画祭に

2007年05月27日 12時31分27秒 | Weblog
 河瀬監督の映画で主演、これがカンヌ映画祭に招待作品となり、上映されることは知っていたが、主演の彼がカンヌまで行くとは驚いた。

 しかし考えたら映画の主役だから当然の話であり、羽織袴姿でフラッシュを浴びる彼のテレビ報道を見て、「これで彼の活躍も広がる」とつぶやいた。

 とにかく苦労されている方だ。幸運の風が彼に吹くことを願うのみ。

 もう一人の友人は参議院選大阪選挙区から出る。たくさんの票を集めてほしいものだ。というより当選してほしいものだが。嘉手納基地包囲の沖縄でいっしょだったが、全く選挙モードになく、市民運動のいつもの姿であったが、19日の西山太吉さんの講演会では少しは選挙モードに変わっていた。カンヌから帰る宇多さんはどうか。

 28日朝に入賞が決まる。「宇多さんどうですか」と宇多さんの店でお茶を飲みながらのいつもの会話。「川ヤンもええことあまりないなあ」というのが常だったが、今度会うときは会話の内容が違うゾ!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

効率性と人間性は反比例する

2007年05月27日 00時06分22秒 | Weblog
 27日に普通の写真屋さんに出すと、いつ現像できるか知っていますか。一週間後です。なんということか。いまのスピード時代に逆行している。その理由は。

 まとめてやるから。私が昨日夕方持って行った写真屋さんは今日の午前にプリントしてくれた。たった半日である。この差は何か。普通の写真屋さんはやる気がないのである。

 大阪のその写真屋さんは腕はたしかだが、入っているビルが大阪の一等地なのに、6階建てビルに店を構えるのは3軒だけ。あとは空き屋。新たに入居させないという。その写真屋さんは30年間このビルで営業しているからまだ店を開けられるという。

 そのビルは本当に薄暗く、何かが出てくるような不気味さがある。すごいビルだ。写真屋さんに行くと、店の看板が掛かっているわけでもなく、ガラーンとした部屋に机らしいものもない。すごい。

 ビルは薄暗く、ここに店が3軒営業していると思いもしないだろう。どうしてオーナーは建て替えて一儲けしないのか。欲がない。こういうビルの姿はアメリカ映画によく登場する。レトロというか。しかしここで営業している経営者は極めて人間的感情が豊かな人だとみた。それは効率性を追い求めていないから。今度はあとの2軒を訪ねて私の効率性と人間の関係をたしかめてみたい気がする。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

集団的自衛権の最終段階とは何か

2007年05月26日 09時55分02秒 | Weblog
▼しかし元の状態であり続けるというのは幻想であり、固定して継続するなどありえない。固定した関係を維持すると考えるところに悲劇、あるいは喜劇が始まる。

▼日米関係はどうか。いま最も友好な関係ということだそうだ。ブッシュ大統領は「対等なパートナーショップ」というが、どこが対等か。米軍基地が日本にあるが、アメリカに日本の自衛隊基地がない。これはだいたい対等ではない。そこで現在とりうる友好な関係とは、「対等でない関係」を維持することが大命題になる。米軍が日本に司令部を移動することだ。いまの在日米軍の再編の要がそこにある。

▼対等になるには、そうするとアメリカに日本軍が常駐すると言うことか。集団的自衛権の目指す対等の究極は実はそこに落ち着くのではないか。「元の状態の維持」とは、要はアメリカに付き従うことの選択しかいま政府はとらない。しかし将来的に「民意の離反」が必ず現われ。そこで選択は。どうするつもりなのか。

▼そこに、復元力としての集団的自衛権の役目が見えてくる。対等なパートナ
ーシップはこの時点で完成する。反米に収斂しない対等な関係の構築。はたしてこれでいいのか。いいはずがない。この最終段階まで見越して憲法9条問題を考える必要がある。「対等な関係」がアメリカの戦略とも距離をおき、なおかつ9条を維持できるかどうかーなのだ。この論を6月2日のネット新聞ではさらに論理的につめて書きたい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

冤罪44年・狭山事件の再審を求める市民集会

2007年05月25日 09時41分52秒 | Weblog


狭山の日比谷公園野外音楽堂には5000人くらいの人が集まっていただろうか。100万人署名達成が報告され東京高裁へ差し出された。

こんない明々白々な石川一雄さんの無罪物証(3大物証)があるのに、なぜ無罪を勝ち取れないにのかーと思う。

この日の石川さんのメッセージの一部は以下、メールで転載自由だったのでここに記す。

「思えば政治的意図に因って狭山事件の犯人に仕立て上げられる運命にあったとは露知らず、別件で逮捕され、今日で44年を迎えてしまいましたが、未だ冤罪が晴れず、真の自由の身になっていないからといって私は泣き言をいうつもりはありません。何故なら犯人にされる過程で如何なる事情があったにせよ「自白」したのは紛れもない事実であり、其の責任の一端は自分にあるからです。然し乍ら、獄中で文字を取り戻し、自分の身は自分で守る術を知って以来、32年間の長い拘禁生活の中で、自分を見失うことなく、常に自分を戒め、不退転に闘ってこられたのは、私の「無実」を信じて支援し続けてくださった多くの支援者のおかげであります。

 今度こそ此の第三次再審の実現を通して無罪を勝ち取り、支援者共々に喜び
を分かち合える様に最大限の努力を続けて参る心算です。」

無罪率が最近の司法界では上がっているーとの指摘が何人かの弁護士からあった。つまり冤罪に対する司法判断の増加である。その事が追い風にーという発言だが、極めて政治性が強い狭山裁判判決である。無罪率増加と関係するかどうか。また裁判長が代わったことが報告されたが、そのことがどうなるのか。運動側からは評価が高い人ではない。

難民支援協会は四谷に移り、明日に延びた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

プロとアマチュアの世界

2007年05月23日 06時43分51秒 | Weblog
 名うての装幀家のドキュメントを2本テレビで見たが、編集にかかわっては、私がやっているのはおもちゃのようなものだと痛感した。編集の現場から撤退すべきだと確信した。敗北宣言だ。

 まだおもちゃではない部分に猛進すべきだろう。

 おもちゃとは手習いごとのようなもので、少しおもちゃから脱したのは「沖縄をどう教えるか」が最近の仕事だろう。これは嘱託をしていた出版社の仕事としてなんとか恩返ししたい思いで2006年の半年没頭したものだ。没頭しないととてもできない。それとその背後の沖縄への思いがある。それがないとできない。

 ほかの書くことも同じだ。大学では毎年論文を書いているが、これも没頭しないとできない。その前に多量の資料を読み込むことが必要だ。だからこれも片手間ではできない。いうまでもないがテーマへの深い思いがないと駄作になる。

 現代思想の本を読み出したが、原稿量を稼ぐための仕事のラッシュで遠おざかっている。なかなか生活とは両立できないものだ。

 最初の装幀家の仕事に戻るが、その仕事ぶりには驚く。何処が違うのか。おそらくお金を才能に惜しまない背後の関係が違う。ではお金が乏しいものはどうなるのか。ここが思案のしどころだ。多分、中身で勝負するしかない。本の中身である。お金に勝つのは形が見えない部分での勝負である。だんだんと観念的になってきた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

海自母艦派遣にも沈黙する安倍首相の「見識」

2007年05月22日 21時26分39秒 | Weblog
この「軍隊」出動を暴挙と言わずに何と言おうか。これまで市民運動に自衛隊が背後でにらみをきかせるなどなかった。えらい時代になった。ところがである。定例会見で記者団に感想を聞かれた安倍首相の弁だ。「どうでしょうか」と実にあいまいな返事で何ら意見を言わなかった。その姿がテレビで映し出された。

なんという首相か。靖国参拝もそう、海自母艦出動もそう。「どうでしょうか」で済む話なのか。ご自分の意見を言われないことに、呆れかえり、事ここに極まれりの感の意を深くした。

環境アクセス法の手続き上でも違反しているのが今回の沖縄・辺野古・大浦湾沖の海洋調査だ。新基地建設反対住民の運動に対峙するため日本の「軍隊」が乗り出したというから、なんたることか。これをたたかないメディアは何なのか。もっとメデイアが情報を提供してくれないと、何もわからないではないか。沖縄の新聞は別だが。しかし、これは沖縄の「県版」で済む話ではない。

海自母艦は21日には調査を終えたことで引き揚げたらしいが、非暴力で臨む住民運動に武器をそなえた母艦が背後でにらみつけるとは、逆に在日米軍再編で新基地を約束させられた日本政府のあせりがすけてみえる。しかしそれにしても安倍首相という人はどういう方なのか。「どうでしょうか」というようなニュアンスの会見で終えるとは…。はっきりご自分の意見をいわれるべきだ。「美しい国」日本ではない「あいまいな国」日本ではないのか。

なぜ母艦を派遣したのかは防衛大臣が「住民運動の反対があるからだ」とはっきり言ったが、安倍首相は新基地建設のためくらい言わないものなのか。官邸からの指示が下りてきての派遣であることは誰の目にも明らか。国民は沈黙の裏を読んでしまっている。わかりきった沈黙で佇む首相を見るのはだ寂しいというか、悲しいというか。もう言葉がでない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

15才でプロを負かす

2007年05月21日 23時11分01秒 | Weblog
 15才のときキャディーのアルバイトをしていて「こんなつまらないスポーツはない。どこが面白いのか」と心の底で思い、だからキャディーのバイトをやめてからはゴルフはやったことがない。

 時代は変わったものだ。僕らは想像もしなかった。高校生がプロを負かすとは。発想が違っている。アルバイトの対象ではなく世界的選手になるーという考えもつかない発想だ。そこに未来の可能性があるのだろう。

 5月3日「憲法記念日」の社説を5全国紙と沖縄の2紙を配り体育学部の学生に読んでもらった。新聞を読む習慣が希薄化している学生には「難行」だっただろうが、国際貢献をどうとらえるかが護憲、改憲、加憲の分かれ目という本質論までつきつめたからすごい。憲法を読むことに柔軟だから、最大のポイントがわかるのだろう。発想が違う。若い人は。だから憲法の読み方もいまの課題に迫れる。

 この国際的関係、国際貢献から憲法9条の重要性を説かないと説得性がなくなるだろう。 

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

西山太吉さんの講演

2007年05月19日 21時41分27秒 | Weblog
 友人の放送関係者は「田中宇さんの分析のように西山さんの分析も秀逸であり、定期的に活字化されねばならない」。そのとおりだ。日米安全保障、日米軍事同盟の分析はその知識量の蓄積からなされるだけにこれまで疑問に思っていたことがスパッと頭に入ってくる。

 いまの情勢も見えてくる。海上自衛隊母艦が乗り出した辺野古・大浦湾沿岸の新基地建設の位置づけは、グアム米軍基地とからめて見るとよくわかる。中東までを視野に入れた日米軍事再編であることがわかる。そして西山さんは政権が説く抑止力のウソを喝破された。テロへの布陣なのだが、返って安全が脅かされる状況に追いやられる。

 沖縄密約から34年。その時点から考えると、今のウソが見えてくる。70人余の参加者は満足されたと思う。問題はこれからどうするかである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

伊藤若冲の作品が一堂に会される

2007年05月18日 12時13分46秒 | Weblog
 美の世界に圧倒されるとはこのことか。これが200年以上も前の作品だから驚く。というより絵にかける情熱はすごい。絵とは何か、芸術とは何かに思いをいたす。

 改めて若冲を論じたいが、箇条書きに印象を記す。

1 まず6月3日まで開かれるこの作品展は必ず観賞されることを薦める。もうこうした作品展は不可能だからだ。

2 絵画は単に自分のために書くのではなく、そうさせるものがあるようだ。若沖は仏教徒であったが、その信仰心は釈迦三尊像を模写した作品にあらわれていると同時に、動植綵絵にも現れた。

3 展覧会の解説では仏教の悉有仏性論の体現を説くが、アニミズム的な感想をいだいた。しかし愛情、関心の深さが作品を生んだ。

4 鹿苑寺大書院の芭蕉の絵は、生命力を縦横に示している。ようは日本画という淡泊な世界を生命力の充溢に変えた革命的世界がこの人の先駆性であり、誰も真似できない色彩をえたのではないか。

5 国宝でもないところに不思議さを感じる。これは共通の文化遺産ではないのか。宮内庁の所有でとどめてはいけない。動植綵絵、釈迦三尊像の部屋は平日にもかかかわらず身動きできなかった。人を惹き付けるとはこういうことなのか。所有性ではく、共通に開かれるからだ。一部のものの所有とか特定の人物の賛美ならこうは人は佇まない。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「あんたの仕事は道楽や」

2007年05月16日 07時53分26秒 | Weblog
 それは3日間で3-4時間しか睡眠をとらず、月1万キロ近く走る長距離トラックの運転手の近親者と比較してーの評価だ。

 たしかにいまのままでは私の仕事は道楽のような気がする。それに、寝ずしてまで労働に就くなどまでムリして稼がないから、一層そうした評価がでる。

 しかし3時間睡眠のトラックの運転はムチャクチャだ。こんな労働条件を規制せず見逃している日本の国とは何なのか。どこが先進資本主義なのか。

 規制緩和した結果、競争が激しくなり、労働者にムリを強いる。規制緩和で労働者個々の労働条件が良くなるわけではない。資本競争の障壁がなくなり、社会的に保護すべきものが次々と撤廃され、「さあ。競争して勝て」というわけだ。

 この社会の分析をきっちりして反撃を加えないと、われわれは人権侵害を黙認して資本と国家のいいなりになっていることになる。この分析と改善の提言をやってこそ、「あんたの仕事は道楽ではない」とやっと言われるだろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

原点に返る取材

2007年05月14日 17時46分14秒 | Weblog
 沖縄の嘉手納基地包囲行動での取材で14日まで滞在した。ジャーナリズムの原点を確認する意味でも取材活動に走り回った。9日夜は嘉手納基地爆音訴訟事務局長、会長に会うため沖縄市へ。10日には爆音訴訟事務室にいた。

 基地包囲の記事のためには爆音訴訟団で被害者のコメントをとるのが重要と、事務局にねばって交渉したがダメだった。1回限りの取材で多くの証言者に出会えると思うことが間違いだ。午後には「沖縄をどう教えるか」の著者3人とあった。

 11日には嘉手納基地包囲の責任者の1人にインタビューをしたが、実に誠実な人で、「この人は多分沖縄の革新陣営の指導者になる」と直感した。インタビューが終わったのが午後8時。那覇の夜で一杯とはいかずすぐ寝てしまった。

 12日は大阪の沖縄行動のメンバーと合流、ヘリパット予定地のヤンバルの地や名護まで連れていただいた。ここではヘリ基地反対協の代表にインタビューできたのは大きかった。運動への圧力をかけるためか、海上自衛隊母艦が横須賀から沖縄に向かったというニュースの直後にこの方のコメントをとれたのは大きい。大阪の沖縄行動のメンバーのおかげだといえる。

 13日は辺野古の海でのフィールドワーク、読谷村での金城実さんの100メートルレリーフの展示会参加、そして午後は嘉手納基地包囲の取材で走り回った。少し息が切れたのは年からか。

基地包囲の結果は包囲できない部分があり、午後4時からの記者会見では大勢の記者がつめかけた。なかには「包囲行動をしてきたこれまでの先輩に対してどうした責任を」「今回の責任問題は」と質問する記者がいるので驚いた。この記者の質問によくがまんして事務局長など聞いているのかと思ったが、同席していた包囲行動の共同代表の1人に聞くと、苦笑いされる。言わずもがなの運動側とメディアの関係がわかった。

情報提供者からの信頼を受けるとはどういうことかの反面教師にもなった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする