今日は現在への不満を評者と同じ位置にいると感じた書から始める。とうしてヒステリックな社会なのかという点だ。そのカギは才能ではなく器量なのだ。そのことを説いたのが、福田和也『人間の器量』(新潮新書、680円)-読売ーだ。例の腰パン姿のオリンピック選手へのバッシングには驚いた。入場行進でならわかるが、カナダの空港に現れた彼になぜああしたバッシングが生まれるのか。私の分析では、われわれの世界は才能、能力主義の世界だ。無能な者は去れというわけだ。電子メディア時代になり一層加速した。コンセントもつなげないもの、スイッチすら入れられないもの、キーボードをたたけないもの。次々と除外されていく。電子が飛び交い交流するものは、そこでこうした除外したものへの視点などまるっきりない。私にもあるかもしれない。次の展開だ。画面に映し出される文だけで対峙、物事を判断する。一点集中する。人間同士のコミュニケーションが損なわれることはいうまでもない。それに匿名性が高じて、いままで感情の一部として当然処理されていたものが煽られていく。すぐたたき出す。キーボードで。それが日常生活でも出るからおかしくない。少し気にくわないものへの異常なバッシングがその代表事例だ。言葉の乱れもはなはだしくなる。言葉とは、若者言葉の乱れを言わない。相手を批判する言葉に節操を欠いていることだ。人間としての尊敬の念など感じさせないという意味だ。思慮深さということだ。よくこれほどひどいことを言うと思わず感じさせる場面によく出くわすようになった。発する人はその言葉の刺を知らないのだ。無言の相手にキーボードをたたく習慣が人間としての節操も奪いかけている。自覚すべき現代的課題なのだ。本書はそのことにふれているわけではないが、著者は人間の最大関心事は才能ではなく器量にあると説く。明治以降の日本人に求める。器量からまず見渡そうこの世をというわけだ。文明批評の書だ。評者は本郷和人。
宗教関連の書では、藤本龍児『アメリカの公共宗教』(NTT出版、2940円)ー毎日ーがある。宗教社会学といわれる分野の若手研究者の注目の書である。ブッシュ大統領時代に耳にしたネオコンとキリスト教の結び付きはよく知られたことだ。カウンターカルチャーの隆盛による危機感は外交の中立的価値観外交を弱腰と責め、ブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言を生む。福音派は宗教右派となりアメリカの政治に圧力を加えた。神と直接交われる「回心」体験を得られるとする流行は、千年王国説を奉じる原理主義を盛んにする。聖書批判に対しては聖書無謬説を唱えるのも原理主義だ。著者の主張はこうした多様な宗教の共存が「最大多数として共有され愛や救済よりも秩序や法を重視する、公共宗教への道を育んだ」(評者松原隆一郎)と主張だ。日本ではそれでは天皇制は公共宗教なのかとの疑問を評者は投げかけるのだが、公共宗教とは心の習慣ということだが、それでは儒教がそれだし、神道や仏教的日常的所作を求める年中行事や、そのおおもとは先祖崇拝に突き当たる。私がこの書で是非読みたいのは先住民であるネイティブ・アメリカンなのだ。そこがどう書かれているのか。近代化の中で蹴散らかされきたのではないか。そのことと、アメリカの聖書的伝統はどうした整合性をもっているのかということだ。
おもしろい歴史書は文芸評論を書いてきた野口武彦『鳥羽伏見の戦いー幕府の命運を決した4日間』(中公新書、903円)ー毎日、日経ーだ。以下は毎日の書評から。鳥羽伏見の戦いでは新政府軍と旧幕軍双方で約400人の死者を出した。そこで野口が問うたのは徳川慶喜の人間像である。本意でなく旧幕府軍が京都を目指したとする渋沢栄一の説は無言の死者たちの悲哭に対する敬虔さが欠けると批判的視点から歴史研究に入る。いかにも文学者だからできる歴史への視角だ。慶喜は強そうな相手に恐怖を感じる指導者としてはとてもふさわしくない人物であり、旧幕府軍のおしとよしぶりは薩摩藩と接触したときに開戦に踏み切れなかった史実をあげている。ひとえに慶喜の指揮官としての卑怯さを問う。歴史に「もし」はないが、慶喜がもう少し勇気ある人なら天皇の政治利用も薩長中心専制体制もない、別の展開があったと。それは明治維新を評価しない妄想かもしれない。評者は山内昌之。日経は歴史の法則はなく「歴史は生き物だ」という立場に立つ野口の考え方を中心にまとめた書評だ。
アマンダ・リプリー『生き残る判断 生き残れない行動』(光文社、2200円)ー日経ーは9・11テロで生き残った人と出会いから誕生する。生存者は意外にも経験を伝えてほしいと望んでいる。どう感じどうした行動をとったか。そこには生死をわかつ判断があった。現状認識を拒む「否認」という災害心理学の説明があるが、その「否認」から抜け出せるかがカギなのだ。貿易センターから2687人の社員を救い出したモルガン・スタンレー社警備主任モリック・レスコラーの感動的エピソードが紹介されている。レスコラーは上司の不満をものともせず地上まで歩いて降りる避難訓練を励行させてきた。テロ当日、レスコラーの指揮の下、社員はそれに従った。説得に応じない上司のためビルに上がり犠牲になったという。著者は災害報道で全米雑誌賞を受けている。評者は滝順一。
まだなおわれわれは核戦争の危機から脱していないのを痛感させるのが、アミール・D・アクゼル『ウラニウム戦争』(青土社、2400円)ー日経ーである。ウランの発見から核分裂が起こるまでの歴史がまず書かれている。イレーヌとジョリオ・キュリー夫婦は核分裂を起こさせながら気づかなかった。物理学者マイトナーの協力でハーンが突き止める。ナチスドイツに留まり原爆開発に協力したハイゼンベルグの姿を先ほど公開された未投函書簡から明らかにしている。評者池内了。
日経では小学館刊行の『伊藤若冲 動植物●(糸へんに采)絵 全30幅』が紹介されている。1999年から6年にわたり行われた大規模な修復に伴う科学調査による。裏彩色という手法は知られているが、どの部分を拡大しても絵になると言っていいという出版プロデューサーの弁が紹介されている。素材にも絵の対象で異なることもあげている。B4判で2分冊、5万円。
後藤正治『奇蹟の画家』(講談社、1700円)ー読売ーは石井一男を描いた作品だ。名が知れてからも棟割り長屋に一人で住む石井を描くと同時に、石井の絵を愛する人たちも描く。
宗教関連の書では、藤本龍児『アメリカの公共宗教』(NTT出版、2940円)ー毎日ーがある。宗教社会学といわれる分野の若手研究者の注目の書である。ブッシュ大統領時代に耳にしたネオコンとキリスト教の結び付きはよく知られたことだ。カウンターカルチャーの隆盛による危機感は外交の中立的価値観外交を弱腰と責め、ブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言を生む。福音派は宗教右派となりアメリカの政治に圧力を加えた。神と直接交われる「回心」体験を得られるとする流行は、千年王国説を奉じる原理主義を盛んにする。聖書批判に対しては聖書無謬説を唱えるのも原理主義だ。著者の主張はこうした多様な宗教の共存が「最大多数として共有され愛や救済よりも秩序や法を重視する、公共宗教への道を育んだ」(評者松原隆一郎)と主張だ。日本ではそれでは天皇制は公共宗教なのかとの疑問を評者は投げかけるのだが、公共宗教とは心の習慣ということだが、それでは儒教がそれだし、神道や仏教的日常的所作を求める年中行事や、そのおおもとは先祖崇拝に突き当たる。私がこの書で是非読みたいのは先住民であるネイティブ・アメリカンなのだ。そこがどう書かれているのか。近代化の中で蹴散らかされきたのではないか。そのことと、アメリカの聖書的伝統はどうした整合性をもっているのかということだ。
おもしろい歴史書は文芸評論を書いてきた野口武彦『鳥羽伏見の戦いー幕府の命運を決した4日間』(中公新書、903円)ー毎日、日経ーだ。以下は毎日の書評から。鳥羽伏見の戦いでは新政府軍と旧幕軍双方で約400人の死者を出した。そこで野口が問うたのは徳川慶喜の人間像である。本意でなく旧幕府軍が京都を目指したとする渋沢栄一の説は無言の死者たちの悲哭に対する敬虔さが欠けると批判的視点から歴史研究に入る。いかにも文学者だからできる歴史への視角だ。慶喜は強そうな相手に恐怖を感じる指導者としてはとてもふさわしくない人物であり、旧幕府軍のおしとよしぶりは薩摩藩と接触したときに開戦に踏み切れなかった史実をあげている。ひとえに慶喜の指揮官としての卑怯さを問う。歴史に「もし」はないが、慶喜がもう少し勇気ある人なら天皇の政治利用も薩長中心専制体制もない、別の展開があったと。それは明治維新を評価しない妄想かもしれない。評者は山内昌之。日経は歴史の法則はなく「歴史は生き物だ」という立場に立つ野口の考え方を中心にまとめた書評だ。
アマンダ・リプリー『生き残る判断 生き残れない行動』(光文社、2200円)ー日経ーは9・11テロで生き残った人と出会いから誕生する。生存者は意外にも経験を伝えてほしいと望んでいる。どう感じどうした行動をとったか。そこには生死をわかつ判断があった。現状認識を拒む「否認」という災害心理学の説明があるが、その「否認」から抜け出せるかがカギなのだ。貿易センターから2687人の社員を救い出したモルガン・スタンレー社警備主任モリック・レスコラーの感動的エピソードが紹介されている。レスコラーは上司の不満をものともせず地上まで歩いて降りる避難訓練を励行させてきた。テロ当日、レスコラーの指揮の下、社員はそれに従った。説得に応じない上司のためビルに上がり犠牲になったという。著者は災害報道で全米雑誌賞を受けている。評者は滝順一。
まだなおわれわれは核戦争の危機から脱していないのを痛感させるのが、アミール・D・アクゼル『ウラニウム戦争』(青土社、2400円)ー日経ーである。ウランの発見から核分裂が起こるまでの歴史がまず書かれている。イレーヌとジョリオ・キュリー夫婦は核分裂を起こさせながら気づかなかった。物理学者マイトナーの協力でハーンが突き止める。ナチスドイツに留まり原爆開発に協力したハイゼンベルグの姿を先ほど公開された未投函書簡から明らかにしている。評者池内了。
日経では小学館刊行の『伊藤若冲 動植物●(糸へんに采)絵 全30幅』が紹介されている。1999年から6年にわたり行われた大規模な修復に伴う科学調査による。裏彩色という手法は知られているが、どの部分を拡大しても絵になると言っていいという出版プロデューサーの弁が紹介されている。素材にも絵の対象で異なることもあげている。B4判で2分冊、5万円。
後藤正治『奇蹟の画家』(講談社、1700円)ー読売ーは石井一男を描いた作品だ。名が知れてからも棟割り長屋に一人で住む石井を描くと同時に、石井の絵を愛する人たちも描く。