ものぐささんの短歌日記

日々の気づきを短歌にのせて・・・

うおぉぉぉ~!!

2013-02-27 | ものぐさの独り言
こんばんは

2月ももうすぐ終わりだと言うのに、寒い日が続いてますね

最近、更に時間が経つのが早くて、1日の間にこなすべき業務が追いつきません。
しかも体は冬眠モードなので動きも鈍い。

子供達の学校や習い事のスケジュール管理だけでも手一杯なのに勤務日数も増えてしまったら・・・
得意じゃない家事が更に疎かになって、あっという間にプチゴミ屋敷からセミゴミ屋敷にランクアップ!!
(そんなランクアップいらなーい

・・・・要するに部屋が更に汚い
そうすると、「部屋の乱れは心の乱れ」とばかりに気持ちがイライラ、カリカリしてきて余計に疲れてきちゃって

そして限界まで来ると、「うおぉぉぉー!!」と雄叫びをあげたくなってしまいます

でも叫んだところで、現状は変らないので、一つずつ片付くところから片付けたら、プチゴミ屋敷程度まで改善されました。

そしたら、イライラ・カリカリも少し落ち着きました

それにしても、時間が経つのが早いこと早いこと・・・

子供の頃から「泣き虫のグズ」で家族には名の通ったものぐさでした。気持ちの切り替えが下手だったのだと思います。
それは「拘る」ことで気持ちがそこに縛られ、状況が変っていくのに気持ちは拘る故に動かない。
・・・そんな状態を「甘える」ではなくて「甘ったれる」と表現している方の本を読んだことがあります。

自分が変ることではなく、周りが自分に都合よく変ることが優先だと思うと、「甘ったれ」が発動してしまうのかも知れません。

でも、結局自分を動かしている、もしくは動かせるのは他ならぬ「自分」だけなんですよね。

甘ったれると、現状と心に大きな時差が生じるので、心身共にきつくなってしまう時があります。

そうなる前に、甘ったれの時差ぼけを早く解消した方がスッキリです。

そう、ものぐさみたいに雄叫びをあげる前にね

今日もどうでもいい独り言にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

そんな今日の一首は・・・

自らは 動かず変化を 求めても

「今」と心に 生じる時差ぼけ
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勝手なもの・・・

2013-02-24 | ものぐさの独り言
こんにちは

ただ今、夫婦喧嘩(私の一人相撲での)中・・・夫婦喧嘩というか私が勝手にイライラして
八つ当たりをしている状況です

元々、わりと自由気ままな自己中な性格・・・これが私達夫婦の「似たもの同士」な部分でもあります。

特に、私の方は「感情的な」というオプション付です

一度、このブログを始めてすぐぐらいに、大きな夫婦喧嘩をしてたのをアップしたことがありました。

喧嘩の流れはいつも一緒、私の不満が蓄積して、許容量を超えると沸々と怒りに変り、そして「不機嫌」をもうアピール

旦那様にしたら、よく分からないけど何だか機嫌が悪い?どうして?と鳩が豆鉄砲という感じでしょう
そしてひたすら「忍」の一文字に徹します。と言うか、ほっとかれてる感じなのかも知れないですけどね

不満の爆発は、自分の心に相手のことを思うシェアがなくなり、自分の不満や辛いでいっぱいになって余裕がなくなると発生します。

こないだ「ちょっとの不満は幸せの証」なんてアップした舌の根も乾かぬうちにで、面目ない限りですけど

自分は悪くない、自分ばかりが我慢している、ズルイ、なんで私ばっかり、なんで気づいてくれない?分かってくれない?
・・・等々、相手への不満と自分のことだけを思う気持ちで胸がいっぱい

その不満の回し車にハムスターのように乗ったら最後、堂々巡りの思考は高速回転で回りだし、なかなか降りられません

お陰様で、自分の気持ちと向き合う為のブログに言葉を並べていたら、頭が冷えてきました
(こんなもの読まされる皆様のことを思うと申し訳ないのですがすみません

ずっとイライラしてるのも苦痛なんですよね・・・自分の吐いた悪い雰囲気の毒に相手だけでなく、自分もダメージ受けてるし

本当に心なんてお天気のようなのです。さっきまで雷鳴轟く嵐であっても、自分の気持ちひとつであっという間に晴天になります。
単純なものぐさならではの業と言われれば、返す言葉もございませんが
根性のないものぐさがずっと怒っているのにも疲れた・・だけという話かも

生まれ育った環境も、考え方も、感じ方も違う者同士が「夫婦」という形で共に生きていくわけです。
 
一人で走ってたって思い通りに行かないことが多いのに、二人三脚で走って、両脇に子供を抱えながらなら尚のこと
走りづらいどころか、足並みをそろえて歩くことだって難しい・・・。

でも、紐で括られた同じく不自由な足なはずなのに、自分だけ痛くて、自分だけきつくて、自分だけ力を使ってると
思っているからこそ生まれる「不満」。

きっと、「不満」は多かれ少なかれ生まれてくるでしょう・・・「お互いに
これを忘れなければ、喧嘩はしなくて済む気がします・・・

今日も独り言にお付き合いくださいましてありがとうございます。

そんな今日の一首は・・・

相手思う 心の余裕 なくしたら 

不満の迷路で 疲弊するのみ
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ぬるま湯

2013-02-17 | ものぐさの独り言
こんばんは

仕事(パートですけど)がいつもは1~2日置きなのですが、ここのところ連日の勤務で少々お疲れのものぐさです

たった、週何回かのパートなのに・・・自分のヘタレ具合には困ったものです
仕事があるだけ有り難い限りなのに・・・

仕事も会社がいつまで存続するかは分からないんですけどね・・・小さな会社で従業員も数えるほどしかいませんし、何より
仕事の要の社長の体調がいまひとつ芳しくないようなのです。

まだ、50代ですから若いんですけど、持病がここのところ悪化していて、辛そうなんですよね・・・

社長が倒れると、きっと会社の存続は難しいでしょうから・・・そのまま退職することになるでしょうし・・・

同じところに長いこと勤めてしまったので、今更、他で働く勇気はないなぁ・・・自称「人見知り」なもので

ちょっとの不満なら、不満があるうちが「花」ですね。

どんなに望んでも、現状維持はできませんからね・・・いずれ全てのことがゆっくり、時には急に変化していってしまいますから。

そう思うと、こうして仕事があってお給料がもらえて、仕事ができる環境にあるだけでも本当に有り難いことなんです。

「不平・不満・足りない」を考える余裕がある自分は、本当は「幸せ」の中にいると言うことなんでしょうね。

あまりに深刻な現状への不満なら、きっと回避しようと行動に出る気がするからです。

幸せは「ぬるま湯」に似てるんです。長く入ってると物足りなくなるけど、外に出ればとたんに寒さで身が縮みます。
かと言って熱くすると、そうそう長くは入っていられなくなるし・・・時間が経てばまたお湯は冷めて「ぬるま湯」になるし

だから、あぁ仕事疲れる~と言えるものぐさは、まさに「幸せ」のぬるま湯につかってるだけなのでしょう。
それを有り難いと思えたら、明日も頑張って仕事してこよう、子育てに四苦八苦して行こう!!そんな気分になれるのもまた
有り難い限りです

今日も独り言にお付き合いくださいましてありがとうございます。

そんな今日の一首は・・・

ぬるま湯に 長く浸かると 物足りず

出ればぬるま湯 恋しくもなる
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感謝の重り

2013-02-12 | ものぐさの独り言
こんばんは

明日はまた雪が降るらしいですね・・・積もることはないとの予報でしたけど

珍しいことをすると、「明日は雨だな・・・」とか揶揄されますけど
2日続けてブログ更新したらものぐさの場合は珍しすぎて、「明日は雪だな・・・」です

ブログも5年目ともなると、何だかワンパターン化しちゃって・・・

時々、ふっと「」ひらめく「あぁ~そうか、そうなんだぁ・・・」を上手く
表現できれば、更新が楽しくてしようがないと思うのですが・・・なかなかどうして・・難しいです(T-T)

さて、今日はその「ひらめき」を思い出したのでアップしようと思いました。

ひらめきを要約すると「感謝は人を重くする、感謝できない人は軽い」・・・・?

ことわざの中にある「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を想像して頂ければ、ほとんど同じことです。

感謝の深い人ほど、重みや深みが滲み出てるような気がします。一方感謝ができない人は、どこか軽率で浅い感じがするのです。
感謝の深い人は、在ることと難しさ(在り難さ)を知っているけれど、感謝ができない人には全てが「当たり前」「当然」なのです。
感謝の深い人ほど、どこまでも謙虚です。感謝できない人ほど尊大な態度をとりやすいです。

だから、日々の言動をよ~く見ていると、見えてくる気がするのです。

感謝できる人は、受け入れようとします。感謝できない人は責任転嫁します。
感謝できる人は、慎重に物事を見極め、感謝できない人は思い込みで見定めます。
感謝できる人は、自分にできることを必死にやります。感謝できない人は助けてもらって当然と思います。
感謝できる人の人との関係は深く太くなりますけど、感謝ができない人の人との関係は浅くすぐに切れてしまいます。
感謝できる人の見つめている先にあるのは利他的で、感謝できない人の見つめる先はいつも利己的です。
(もちろん、ものぐさの超、個人的な印象ですけどね

「感謝」を「愛」に置き換えても、面白いことに同じになります。

「愛」と「感謝」は成分が同じなんでしょうね

そうは言っても、「感謝」は意図的にするものじゃなくて、湧き上がってくるような感じですよね・・・
湧き上がり易くするためには?と問われれば、ものぐさが今時点で持ってる答えは「自分を知ること」ただ一つのみです。

自分の内側を観察しなければ「自分を知る」事はできません。

自分が今ここにいられるのは、生きていられるのは「お陰様」が表すように
目に見えぬ、耳には聞こえぬ多大な「他力」があったから。

そのことにどれだけ想像力を働かせ、思いを馳せることができるか・・・

そんなひとつひとつに感謝がもてるほど、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」を地で行く人に自然になるのでしょう・・・
そうにしかなれなくなって行くという方ががピッタリきますね。

とまぁ・・・ひらめき(ストレート球)を文章化すると、何故か変化球のようになるので、もどかしさが拭えない
ものぐさのブログなのです

更に言えば、「気づき」をちっとも実践に移せないものぐさなので、説得力がないこともまた切ないところではあります


今日も独り言にお付き合いくださいましてありがとうございます。

そんな今日の一首は・・・

感謝と言う 重みがつく程 入り行く

心の深く 安堵と喜び
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旅行

2013-02-11 | ものぐさの独り言
こんばんは

時の経つのは、なんと早いことか!!を言い訳に「ものぐさ営業中」のものぐさです

もう、2月も10日が過ぎてしまいました・・・あぁこうやって歳だけとっていくんだわ

さて、あっという間に人生終わってしまいそうな勢いの中で
一生に一度は、行ってみたいところってあるかな?と思ってタイトルにしてみました。

基本「ものぐさ」なだけあって、旅行はあまり好きではありません

ものぐさにとっては、お互いの実家への帰省だけで、十二分な「旅行」です

年末、旦那様の実家へ帰省するついでに、「伊勢神宮」に行ってみました。

旅行好きの旦那様は、一度行ったことがあり、ものすごいパワーを感じたと話していたので、興味がありました。
パワースポットと呼ばれるところなので、鈍感なものぐさでも「パワー」を感じられるだろうか?と
ドキドキとワクワクで行ってみたのですが・・・
期待したほどのみなぎるパワーは残念ながら感じませんでした(←やっぱり鈍感

ものぐさが感じたのは、どこまでも澄み渡るような清浄な空気感と厳かな静寂・・・パワーとはちょっと違う気が・・・あぅ

でも旅行に興味なんてないものぐさでしたが、今回の旅行を機に日本の古来からある神社仏閣は
訪ねてみたいという気になりました。
今後は帰省ついでに、寄れるところは行ってみようと思っています

海外はと言うと、これまた、ほとんど興味はないのです。
強いて行ってみたいところと聞かれれば・・・う~ん
・・・あっタヒチの海と南米の遺跡めぐりに行ってみたい!!

海はタヒチじゃなくてもどこでも良いです・・・
どこまでも青く澄んで、空と海の境目が分からないようなほど、綺麗な海に行ってみたいな・・・。

南米の遺跡は、マヤ文明やインカ帝国・マチュピチュ・ナスカの地上絵等々に興味があるから

コンドルが飛んでいくを聞くと、何故か懐かしい感覚になります・・・たぶん昔観た、アニメの影響でしょう
もうタイトルすら思い出せないのですが、手塚治虫さんの「火の鳥」や「三つ目が通る」と似たような感じのものだったかな・・・
それらのアニメを通して、マヤ文明やインカ文明に興味を持ちました。いつか行ってこの目で見てみたい!!
と思っていた時期がそう言えばありました
(どちらにしても、パスポートすら持ってないものぐさなので・・・いつの話になることやら

ご縁があればきっと行ける・・・くらいに思っているものぐさです

今日も独り言にお付き合い下さいましてありがとうございました。

そんな今日の一首は・・・

一生に 経験できる 事柄は

思っているより 少ないのかも

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雪の予報

2013-02-05 | ものぐさの独り言
こんばんは

昨日は、「立春」でした。暦の上では「春」到来です・・・・とはいっても
まだまだ寒くて明日は東京でも雪の予報になってます・・・困るぅ~・・・

あまり積もっては欲しくないですが・・・こればっかりは、自然のことですからね
人間側が自然に沿うよりほかないですね

皆様もくれぐれもご注意くださいませ

昔の人は、不便な中で自然と共に生きていたんですよね。
でもその代わり、やはり生きていくのには厳しいから寿命も短かったのでしょう。

今は快適な生活で人生の時間もぐ~んと延びましたがその代わり自然の一部であることを
いつの間にか忘れがちになってしまいました。

いつか、人生は終わり、いつか大事な人との別れがくる・・・自分がどんなに失いたくないと思っているものも
必ず失うときが来る。

諸行無常の対抗勢力が「執着」ってことになるんでしょうか

ものぐさなんて、「失う」ことへの想像力すら欠いてしまっている気がします。

それは一見「無欲」に見えるのですが、実際には「何も考えられない」状況なんだと思います。

ひとたび「失う」ことに直面すると、その「執着」は半端ではないと思います

雪の予報に直面し、やっと困る状況への想像が掻き立てられ雪が積もると困る~!!仕事にいけない~!!と
雪が降らないことを断固として願う自分の「執着」ッぷりが笑えるほど見えたのでこんなお話になりました。

備えあれば憂いなし・・・備えがあれば、恐れも心配も最小限になるのであれば、物質的にも時間的にも気持ち的にも
「備え」はしておいた方が良いのでしょう。

と言うことで、明日は徒歩で仕事にいく覚悟を決めることにします(気持ちの備え=覚悟

今日も他愛無い独り言にお付き合いくださいましてありがとうございました。

そんな今日の一首は・・・

雪積もり やがては溶けて 流れ行く

拘りなどない 在るがまま故
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