気付きの科学 新世界版

ここで言う 「気づく」という意味は、空(くう)の状態から、在る状態に引き出す意識的行為・・すなわち創造のことです。

わたしとは・・・何か?(2)わたし!への気づき

2017-03-20 07:14:36 | 意識の拡大
あらゆるすべては波動である。
わたしが・・観察する対象物とはすべて波動であるということだ。

わたしが見ている、観ている世界は1つのもれもなく、
エネルギーの波動によって作られているということだ。

わたしの・・外側とされるもの、事物、事象、
それら時空間での表現、現象は、
すべて波動エネルギーの動きによって行われている。
簡単な言葉表現ではあるが、世界の根本構成説明はそれ以外にはない。

あらゆるものが揺れ動いているがゆえに、
1つとして固定されたものはなく、
常に変化変遷してやまない、常無き変遷、無常の世界である。
それは、それ自らがその無限性を表現し続ける、
ダイナミックな宇宙を顕現し続けているのである。

事物、事象、現象、世界、宇宙を観ている人間は、その無限の宇宙を観ているのだ。
大きいとか小さいとか、宇宙空間とか、身の回りの生活空間とか、
そういう物量比較、区別などまったく意味をなしていない。

人間とは、それに「気づいて」いる存在なのである。
無機物ではない有機生命は、その「気づき」の意識というべきものが、
無限の段階で発現している諸形態ともいえるものだ。

猫や犬、動物にも人間ほどではないが、しっかりと意識がある。
そして感情もあることは今はもう誰でも知っているだろう。
嫌だ、好きだ、欲しい、いらない、嬉しい・・など、
誰でも観察できているはずである。

それは生命の本質である「意識」の働きなのである。
何かを・・意識する、気づいている・・のである。
あらゆるすべてにある「気づき」、それを「意識」と言っている。

意識といわれるものに、数式表現やら物質相互間の説明をして、
すべては脳の生体化学反応によって行われているとして満足する行為は、
例えれば、本を見て、それが紙でできているとか、
そこに文字や写真が印刷されているとか、
ページ数は何枚だとか、紙の材質がもとは木であるとか、
そういうことばかりを挙げて満足しているようなものである。




本の材質、体裁、形、値段などばかりを見ているだけで、
その本に書かれている・・<肝心な内容>のことを全く見ようとしない行為に似ている。

唯物論的世界観というか、意識的精神的なものを全く度外視して、
現れている形態、動き、プロセスだけを追いかける行為だ。

書物の目的であるその・・、肝心な内容を読まずして、
書物の外側ばかりをあげつらっているわけである。
ただ本を買うだけで、全く読まずに積んでおくようなものである。(笑)
あるいは人生を生きていて、それが何なのか?気づかず通過してしまうようなもの。

書物の中身は、いったい何が書かれているのか?・・・
あるいは、人生で生きている意味は、何なのか?・・・

目に見える、あるいは観測される世界、物質形態状で現れた世界、宇宙、
そして日常の周囲世界は、なぜそこにあるのか?

なぜ、「わたし」はここにいるのか?

いや、そもそも・・・、

それらすべての経験のもとにある・・わたしとは何か?


人はまず、ここにたどり着かねばならない。

これは個人の自由だとか、考え方の違いだとか、人によって異なるとか、
そういう価値観、つまり思考の多様性のようなものではなく、

意識ある者、気づいている者、俗にいう生命体の
通らざるべからざる・・通過点なのである。
そして、そこを通るのは・・・わたし・・しかいない。

大勢で和気あいあいと、誘導された集団で通れるものではなく、
ラクダは針の穴を決して通れないという比喩のように、
あの人、この人、大勢が気づいていなくても、
気づいた者から、ひとり通ってゆかねばならないものである。

なぜならば、

自らの意識自体に・・気づくこと・・。

世界の現象がどうなるこうなるではなく、
他者が悪いとか良いとかではなく、
世界が続くとか終わるとかではなく・・、

物でもなく、五感感覚でもなく、時空間でもなく、ことさらマネーでもない。

それらすべてに・・気づいていること・・わたし感覚。
世界経験、観察のおおもとに在るのがそれだ。



ここに留まることが、純粋な気づき、意識へとつながってゆく。
あるいは赤子の神々しい姿態や、
全宇宙がわたしと観じている「宇宙意識」へとつなってゆく。

針の穴をとおるのは、ラクダ、つまり物量・物質の「わたし」ではなく、
質量、大きさ、荷重、さらに次元さえも超えているところの、

・・・意識、気づきなのである。

その道は、あるいは自らに・・故郷に・・戻る道ともいえるが、

ああ、それはまさに、禅のようでもある。


頭で考え、覚えるのではなく、つまり「知」だけではなく、

まさにそうである・・、今あるがままの・・中に留まること、

そうだ、それは、

在ることの・・実践・・なのである。


気づきの階梯(ルバート・スパイラ)
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わたしとは・・何か?(1)我思うゆえに、我あり

2017-03-18 19:43:44 | 意識の拡大
わたしとは何か?という質問は、
多くの人にとってわかりきったことだと思っているだろう。
例えば、こんな感じ・・。
・・・

ある男がいた。

そして、誰かが、その男に問いかけた。

「私とは何かって?・・おっ、俺のことか?
そりゃ決まってるだろう・・俺はおれだよ、 へへっ。」

・・・
「なに?俺をもっと詳細に言えってか?
そうさな、俺は田中弥次郎ってんだ。そう、見てのとおり男だよ。
名前が古臭いって?・・ちっ、余計なお世話だよ、自分で決めたわけじゃないし~。
そう、年は47歳さ、まー、結構生きてきたよ・・・。」


「趣味はな・・、え?、それ聞いてないって?、・・あーそうかい。」
・・・・
「えー?、そうじゃなくて、俺は何か?・・って、うーん・・」

「身長は172cm、体重67kg、ちょっとメタボと言われてる。
仕事はしがないサラリーマンさ、機械の営業なんで・・。
内緒だけど、頭の上のほうに十円禿(はげ)があるんだ・・
ストレスが多くてね(泣)。」


男は自分の頭を指さして苦笑いした。
・・・・
「なんだって?そうじゃないと?
俺は何だってか?・・、あ、わかった・・そうそう「人間」だよ、
どうだ!・・これなら合ってるだろ、人間に違いねーからな」

・・・
「えー?そうじゃなくて・・俺にとって、わたしとは何か・・?だって?」


「この野郎、俺、つまりそう「私」のことはさっきからいろいろ説明してるじゃないか!
あんた、それでもわからないのかっ!馬鹿にしてんのかア~?」

・・・
「えー?そうじゃないって?・・・
あんたに説明するのでなく・・?わたしは何かを自問するってこと?」
・・・
<ムムっ、自分とは何か、わたしとは何か・・と自分に問うことで、
あんたに説明することではないっていうこと・・?>
男はちょっと考え込んだ。

「何だ、そういうことか。」

「って、ちょっとヤヤコシイじゃないか!」

「ふーっ、つまりは、自分とは何か? 私とは何か? を自分で問うってことだな。
へっ、なんだ、そうならそうと、最初からそう言えばいいじゃないか」


「わたしとは何か・・・・?」

「わたしとは何か・・・・・・ブツブツ・・・・・」

男は明るい顔をして言った。


「・・オオっ、やっぱ簡単じゃないか・・、
男、47歳、職業・・・趣味は、・・
身長、体重、生年月日は・・家族構成は・・、
要するにまー、身体的特徴と行動範囲、人間関係の事とも言えるかもだな。」

「それが俺だよ、世界に一人しかいない俺だ、文句あっか!
そうそう、それだ、それが俺だ・・。
それ以外にあるわけもない。」

・・・


そう、普通はここまでの問いで終わっているかもしれない。
「わたしとは何か?」 なんて問いかけもしない世の中で、
ここまで自問するのは、実際ナカナカのことでもある。

ここでは特にその続きがある。


・・・

「なんだ、なんだ、あんたその顔は~?
俺が、俺がだな~、男、47歳、職業・・・趣味は、・・
身長、体重、生年月日は・・家族構成は・・って、
どこが間違っているってんだ?


なに?・・それが俺だって、≪誰が決めた≫かって?・・・」

男は一瞬難しい表情をしたが、すぐに怒ったように言った。

「ちょっと、あんたね、意味不明なこと言うね・・!
決めたわけじゃない、事実そうなんだよ、それを言っている。」


「なに、なにイ?、そう思っているだけだって?
バカ、思っているんじゃなくて・・事実だろ!と言っているんだよ。」

えーーーー?、事実だろって、≪思っているんじゃないか≫・・って、いうのか?
・・・
男は少し考え込んで、こころの中でつぶやいた


<このやろー、何か魂胆がありそうだな、・・・ちょっと冷静に考えてみるか・・>


<・・んまー、確かに、そういう風に思うから・・言葉に出している、・・と、
自分はそうだと思っていることは確かだ・・。
事実だと・・思っていることを喋っている・・、まー、そうだ。>

<事実が勝手にしゃべっているわけではなく、
それが事実だと・・俺・・が考えている・・フム。>


<事実があって事実がしゃべっているわけではなく、
俺が・・・そう認識している・・ことは確かだ。>

しばらくして、男は勝ち誇ったように誰かに言った。

「わかったよ・・、わかった、そうそうそう・・・、
そう「思う」からこそ、あんたにそれが言葉で伝えられるし、また、
自分に言い聞かせることができるわけだ、

ホホー、なるほどね・・、

それを言いたかったんじゃないのか?・・どうだ図星だろ!、
危うくあんたに馬鹿にされるところだった・・。」

・・・

「えー?、なになに?、今度は何っ?・・

それじゃ、俺とは・・俺の思うこと・・なのかって?、

思うことがなければ、俺は俺を説明できないのかって?・・・

つまり俺は・・思考なのか?だって・・?」


男は頭が混乱してきた。
「ムムっ・・難しい・・。」

「わ、わたしは・・わたしが<思うことでしか>認識できない・・って、
そんな馬鹿な・・!」


とうとう、男は混乱してつぶやいた。

それでは、いったい全体・・「私は何なの?」(笑)

「ひょっとして・・私は思考でしかない?・・マジに?」


・・・

人間にとって様々な「客観」と言われるものは、

つまるところ、客観に対する「思考」の表現でしかないともいえる、

「私とはあれだ、これだ・・」の規定は、つまりマインド・思考の産物である。


それでは、いったい全体・・「私は何なの?」
(笑)



・・・
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あらゆるすべては波動(15)古い波動物語の終わり

2017-03-12 04:52:19 | 宇宙時代の考え方
身の回りのあらゆる事物、そして同じようなカテゴリー内にある、
わたしの身体、肉体もすべて、
0.0000000000000001程度のエネルギー密度の存在である。
これは原子の構造からいえること、
ビヨンと飛んだ、思わせぶりなスピリチュアル言葉ではなく、
単に今までの科学的成果をそのまま言っているだけ。

そう人間の身体も、それ、
10のマイナス15乗程度の確度の存在集合体だ。
時間をとって原子構造のサイトでもちょっと調べてみるといいだろう。

何度も言うが、我々の身体もほとんど空っぽということだ。

「なにっ?・・たったそれだけかい?」
まったく、そのとおり。
ぎっしり詰まった物質なるものではない。
我々はもとは・・「空(くう)」なのである。

またここで、空っぽ・・・という表現は、
何も無い、虚無、などという観念から出てくるもので、
物質的な充足、いっぱい物があること・・が良いこと・・などの
世の中に広められて信じ込んだところの物質偏重観念から来ている。

さらに、
その空(くう)にある、わずかばかりの「波動エネルギー]、
それが<私の身体>というものを形作っているのだ。



の中の・・・、


というか、また


のような、無限小の波動、運動エネルギーの<集合体>・・・。

・・というのが、かなりまともな「自己像」ということだ。

わたしとは・・99.99999999999999パーセント程度・・空(くう)なのである。
また物質なるもの・・あらゆるすべてがそれである。

まったくもって、色即是空、空即是色。
それを無理やり、ありがたそうな教訓として・・イメージする・・わけではなく、
全く・・それだということだ!
・・・

しかしながら、・・空(くう)だといっても、
今そこにいるあなたは・・<存在している感>をもっているだろう。

目で見て、聞こえて、味わって、お尻や足の皮膚接触感覚を伴って、
今そこに・・いる感覚がしっかりあるはず。

そう、
99.99999999999999パーセントの空(くう)さんが、
我ありという感覚を持って、この記事を見ている・・ということだ。

そういう、
もともと・・空(くう)の存在が、
それにまったくと言っていいほど気づかず、知らず、
世の中というバーチャルな世界の慌ただしさの中で・・
汗まみれ、嘘まみれ、感情の傷だらけ・・、

やれ、金が足りない、税を払え、年金資金を外国に貢げ、
あそこが痛い、頭がぼけた、剥げた・・(笑)
やれ、
売り上げ倍増が目標だ、今度は一位を目指せ!
泣くな、我慢しろ、もっとがんばれ、がんばれ・・、

もっと知力・財力を得て、尊敬を勝ち取れ、
民衆のように、お人よしの馬鹿になってはいけない

ひとかどのエリート目指せ、栄冠を獲得せよ・・、
他者の上に立って、安楽な生活をするのだ・・などとやっている。

良いとか悪いではなく・・・、

それらすべて・・空(くう)に描かれた、
0.0000000000000001パーセント程度の波動エネルギーなのである。
科学者たちも気づき出してきたこの世のバーチャル物語、
これは全くのホログラムのようなものなのである。

それも、・・かなりな部分、
ろくでもない?エゴまみれの価値観でプログラムされた、ホログラムだったのである。

なるほどながら、どこか面白く、また刺激的ではあるものの、
実に不思議なことに、
誰も幸せを感じていない・・物語だった。

しかしながらそれらはすでに終わったのだ。
ただ、ゲームは終わったのに気づかない者たちがいまだ多いため、
今少し、古い世界の残照が色濃く残っている・・・とそういうことだ。

今はもう誰にも、・・でもないが、すでに情報が回っているように・・、

思想家ベンサムが目指したという、資本主義による最大多数の最大幸福は、
1パーセントのさらに、1パーセントの者が、地球の富の半分以上を持っているとかで、
めでたく結末を迎えたということだ。
それとも、ガラガラポンでもう一度?あるいは仮想通貨でリベンジ?・・



気づけば、実際、どうでも良いことではないか?

この世界での約束事である、限られた人生において、
気づかず知らずに、社会体制というもので、どこかいつも騙されつつ、
それでも必死になって、生き死にを繰り返して来た<魂>たちは、
いくらなんでも、目覚める時が来ているわけなのである。

そう、
今のこのとき、永遠の今・・それを見逃さぬように・・・すべきであろう。



・・・

それぞれのわたしが、物質、肉体、知的動物というのは、
まったく妥当な表現とは言い難く、
それは、なぜかしら自らをかなり貶める、おとしめる観念である。

繰り返すが、まともな科学的な見解で言うならば、
人も皆、空(くう)に描かれた、微小な波動エネルギーである・・
ということになるし、

またその0.00000000・・・000001パーセントの波動エネルギーは、
空っぽのように見えてまったくそうではなく、
ちっぽけな物質なるものも、そして身体も、
実に膨大な<エネルギーの集合体>でもあるということだ。

仮に、体重50kgの人の質量をエネルギーに換算するとして、
アインシュタインの有名な公式、E=mC^2 で計算してみると、

50×1000×25×10^6 kwh(キロワットアワー)
=約1.25×10^12 kwh(キロワットアワー)
=約12500 億キロワットアワー。
・・ちなみに、1億は10^8(8乗)である、
(あー、頭がくらくら・・・)


単純な科学計算をしても、
体重50kgの人のエネルギー保有量は、・・・実に膨大、というか、
抱腹絶倒?・・でなかった(笑)、いや、空前絶後・・もいえるわけだ。

物質というのは、我々が知覚可能な範囲の「波動エネルギー」であり、
つまりある一定の範囲の、エネルギー周波数帯域に限って認識されるもので、
いわゆる3次元(物理的には4次元)レベルのものだが、
それすらも無限のエネルギーを有していることがわかるだろう。

量子論で有名なディラックが言ったように、
空(くう)は虚無ではなく、またエネルギーの充満なのである。

えー?どっちなんじゃい・・(笑)

さらに、
波動の性質でいえば、
1つの波動も、さらに多くの、
より高い周波数による複合形成波で構成されているのである。

例えば、人間のボディとは、単に今目視可能な「肉体」のみならず、
メンタル、アストラル、エーテル、コーザル体と言われてきたような、
肉眼では目視不可能な、より高次の波動体を含んでいることが理解されるだろう。

そしてそれらも、人間の意識・・による観察によって・・現れてくる。
何事も、すべては、それと認めることで・・
それ相応に、現れるということだ。

ここでいう「意識」は、また「気づき」といってもいいし、認識といってもいいし、
「あー、そうだ!」という”迷うことのない直観”といってもいい。

わたしが感じ、わたしが・・観る・・・こと、これがすべてだ。

観ている者は、他者ではない、
TVの中の、それが仕事なので笑う人々ではない、
道歩く、多くの眠れるような人ではない、
さらに、政府や国や世界のお偉いさんでは毛頭ない、

わたし・・が、すべてを・・「観ている」のだ。

それに気づいている・・のが・・真のわたし・・

それは、物的対象でもなく、さらに観念的対象、つまり思考でもない、

気づき、意識そのもの、

時間や空間など影響あるわけもない、それ、

本当は定義などできっこない、それというしかない、

身近すぎて、自分自身でありすぎて、

決して「対象」ではない、、

なんでもないそれ・・。

ある意味で・・、まったく意味不明なのである。(大笑)


・・・

わたしとは、

空(くう)であり、また、

そこから生じている”揺らぎ”とも言える

”存在”という波動を有している、

また「存在」としての”それ”は、

微細な波動の様々な複合波、多次元存在であり、

如何様にも表現可能な無限の可能性である。

ただ・・今・・在る!

ここからすべてが生まれているのだ。







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あらゆるすべては波動(14)心魂を磨く

2017-03-06 06:18:45 | 宇宙時代の考え方
あらゆるすべては波動に帰せられる。
物体に見えるものも、目に見えない思考や感情も、波動なのだ。
波動とは・・波のような動きのこと、
振れる動き、振動、またそれらをエネルギーと呼んでいる。
科学者がかつて叫んだように?あらゆるすべてはエネルギーだというのはその通りだ。

またそこに無秩序でランダム、いい加減な偶然で起きているものはない。
それは宇宙、地球の大自然を観察すれば嫌というほど分かるものだ。
無際限の調和と、無限の叡智の表れで満ちている、
満ちているというよりも、まったくそれでしかないことを見て取れるはずである。




上には満天の星あり、銀河の流れあり、下には山あり、川あり、
草木あり、土あり、そして様々な、様々な命がある。
人間という肉体を持つ生命体も、無限数のクオーク、原子や分子、
50兆個ともいえる可視可能なレベルの細胞で造られ
人間のやたら忙しいだけの、ノイズだらけの思考、想念にかかわらず、
何年も何十年も生かし続けている。

気付いているだろうか?

あなたが自らを生み出し、表わしてきた個人生命といえども、。
宇宙大自然の中で、完全なる調和と無限の叡智で生かされているのである。
まったく、これが「ほんとう」の「現実」なのである。

もっとも、現代人はそういう当たり前の自然の奇跡から目を背けられ、
目先の肉体維持、個人の存続、物質環境の飽くなき豊かさを追いかける、
まるでアリや蜂ような「精神形」に落ち込んできたわけだが、

毎日の生活が、いつの間にか投資と回収という聞こえの良い物質収奪ゲームに組み込まれ
富、金を追いかけるようになって、あいつが偉いこいつはくずだ・・等と、
全くもって、生きることの意味さえ忘れた刹那的な欲望動物に成り下がった、
そういう人たちが、社会の上層部という、見栄えが良いだけの、精神汚濁の掃き溜めで、
嬉々として踊り上がっているさまを見るがいい。

笑うに笑えない、そんなところに来てはいないだろうか。



そんな愚かさの原因を、どこか宇宙の闇の勢力、ダースベイダー?(笑)のせいだと、
そういう事にする人もいるだろうが、それらはたとえそうであっても、
それは、反面教師を見破れない魂のための得難い試練だと言っておこう。
さらば反面教師、そして感謝である。

周囲の時空間を創り上げている、様々な波動の中の、様々な不都合なノイズも、
一人ひとりの意識のフィルターによって除去できることが分かれば、
ただ行うべきは、外の世界の刹那的な騒ぎや混乱への入り込みではなく、
自らの時空間領域を生み出す意識波動、想念、想い、思考感情を、
つまり、おのれを演じるところの「シナリヲ」を書き換えることなのである。
そのためにはまず、原因たる意識・・その想い、思考を観察しなければならない。


内面を観るとはそういうことだ。
原因:内面に気づかすして、決して、・・決して、
結果:外面が変わるわけもない。

外を変えること、制度や革命等では・・決して・・何も変わらない、
フランス革命? 社会主義革命?・・血みどろの思考と肉体の闘いで、
どんな世界が出来たと思うのか?
こんどはトランプ革命?・・AI人工知能革命で儲ける?
余計なお世話だが、バカもほどほどにしたほうが良い。(笑)
今あと半歩で文明崩落の崖っぷちで、そんな遊びをしている暇はない。




今すべてを根本的に転換すべき時が来ている!
他人でもなく、他者の創る世界でもなく、
これと交差しているものの、
変えるべきは・・、
すべての「わたし」という魂の出力ポイント、
その自らの原点を転換するのである。


そのためには、生きているこの時点で、
自ら静寂を創り出す意識的努力と、
その静寂の中で沸き起こっている、
様々な想念、感情を、
それがたとえ苦しくとも、
それが何だったのか?直視してゆかねばならない。

その先にこそ、本当に心やすらかな意識があるし、
本来在った・・無限性・・が確実に分かるのだ。

心魂磨き等とも言われるそれは。
ただ磨くこと、碧玉の上面(うわつら)にこびり付いた、
歪、汚れ、闇、波動的にはノイズともいえるものを、
それを認め・・感謝とともに、磨き、清めるのだ。






毎日自分のきれいな顔?を、鏡を見ているように、
整髪やら化粧やら、洗顔やらを行うように、

自分の意識内面で・・・心模様に気づく・・それを観るのだ。

わたしとは何か?

どこからきてどこに行くのか・・。

そして、その<わたし>を・・描き出し・・ている、

その「想い」を自らで映し出すのである。

気付ける者から、古い世界は終わりを告げる。
それは決して他者がやるのではない・・、

創造者たる・・それぞれの・<わたし>なのだ。

全ては、空(くう)という無限の何かに波動で描く、
無限の叡智に他ならない!






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あらゆるすべては波動(13)わたし=空(くう)

2017-03-03 06:35:17 | 宇宙時代の考え方
今までの人類の、物理科学的な追及の先にあったのは、

原子であり原子核、そして素粒子だった。

我々の知る世界で、見る・聞く・感じる・・五感をフルに使って、

外の世界を追求してゆくと、

それはクオークという微小エネルギー波動だったということだ。

我々が物質だとか、物だとか、金だとか、肉体だとか言っている、

人生を賭して・・必死になって追い求めている?・・それは、

その存在というものは、・・空(くう)のなかの・・ほんの小さな「シミ」程度にもならない。

これがまともな常識というものだ。

空(くう)なんて嫌だ! といっても、意味はない。

・・・あー、何もない、悲しいではないか!・・それも幻想だ。

本当・・、真実は実にリアルである(笑)




絵ではこんな感じなのだが、

原子核と電子の間の空間はものすごく広大で、物質密度たるや、

10のー15乗程度。って、スカスカどころではない・・スカ(笑)

図で描くならば、あなたの存在とは・・ほとんど白紙で、

その中のどこにあるのかわからない小さな点がブンブン振動しているという話だ。



これは仮のSF話ではなく、量子物理的科学の結論である。

こんな話、学校の先生もわからず言わず、親も先祖もわからず言わず、

皆が何となく「幻想」を真実だと思い込み、

この世界がリアルで、しっかりした、みっちり詰まった現実であると、

どこか楽しみつつも、集団で信じ込まされ、結果、支配されてきたといえる。

それらもフェイク・嘘だったというわけだ。
信じられる?

それでも優しい人たちは、

歯を食いしばって必死に生きなさい・・、がんばれがんばれ!

目に涙を浮かべてそう励ましてくれただろう、


嗚呼・・そうではあっても、

・・この世界は・・・間違いなく幻想世界であり、

存在密度は・・確度、確かさは・・10の-15乗



・・・だった。

この中に、できるだけ小さな点をボールペンで、チョンと描いてみよう。

思考実験的でもよいし、近くにある紙に書いてもよい、

それが・・物質イメージとしては近いものだ。




私が・・私が!・・俺が・・~俺がああーっ・・と言ってきたあなたや私は、

実際、これなのだ。(大笑)

これって、何でもない・・ではないか?

え、そうなの?と、道歩いている人に聞いても無駄だ。


あなたの身体は、振動する微小エネルギー波動で作られ、

それが分子になり、細胞となり、様々な生体組織を作り上げ、

ひとまとまりのあなたの肉体を創り上げている。

・・なので日常の世界では、いや正確に言えば・・今までの常識的世界観念でいえば、

見る聞く感じるなどの五感によって、、あたかもぎっしり物質で詰まったものだと感じているわけだが、

これはリアルで厳しい?現実が・・というものでなく、

まったくのバーチャルなリアリティ、つまり幻想だといいうことである。

例えば人間の肉体の存在密度は、あるいは存在する程度というのは、10の-15乗程度なのである。

え、そうなの?と、近所のおじさんに聞いても無駄だろう。

いまだ幻想観念の世界で、苦労活躍しているのだから、無理であろう。


存在確度の極めて薄い世界、

あなたの後生大事に思っている肉体のみならず、

身の回りの、あらゆる事物がそうだということだ。

そしてあなたとは、空(くう)であり、元は何でもなく

なんでもないものが、そこに描き出した波動なのである。


ルパート・スパイラさんの言っていることは、まったくその通り。

苦悩と苦痛を描き出した幻想観念という刷り込みを解除するのは、

他者や金は全然頼りにならない、

それらすべて、マインドという波動の描いた幻想なのだ。

よく言われるように、一緒に生まれ、一緒に死ぬわけではない。


解除のためには、だれでもがそうしてきたようにすればよい。

しかしながら、方向が真逆、外の世界の汚れたマインドを入れるのでなく、

こびり付いたマインドを観察し浄化して「リセット」しつつ、

神々しく楽しいことを、魂の波動に照合しつつ、

内面から・・、思い巡らし、実感することだ。

それが想像、またの名を創造という。


わたしは無限の空間(ルバート・スパイラ)

余計な話、幻想を解く残り時間は、今サイクルでは・・あと少しかもしれない。





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