たんなるエスノグラファーの日記
エスノグラフィーをつうじて、ふたたび、人間探究の森へと分け入るために
 



Kくん(24歳くらいだと思う)は、さる8月いっぱい、プナンの暮らしを体験して、ハンターになる(?)という野望を持つにいたったと、わたしに語ったが、彼が、狩猟民社会のフィールドワークに出かけてみたいと思うようになったそもそもの動機は、かつて観た「もののけ姫」にあったということを、フィールドワークが終わりに近づいたある日、聞いた。彼の熱い勧めもあり、帰国後、見よう見ようと思いながら、見ることができなかったのだが、ようやく、昨夜になって、「もののけ姫」のDVDを見ることができた。Kくんが、「イノシシを殺す場面を見たいと強く思っていた」こと、「たたら場を見たいと願った」ことが、なんとなく分かった気がする。前者は、Kくんの寝坊で、後者は、たまたま洪水があって見に行くことができなかったのであるが・・・

「もののけ姫」のなかでは、森のなかで、ことばを介して意思疎通する人間と動物たちの「神話的な世界」が描かれている。そこでは、動物たちが、人間と同じように、意思や心を持つ存在として描かれている。そして、動物たちは、森を破壊する人間に対して憎しみをつのらせて死にゆき、恨みの心を持って、「祟り神」になる。動物が、恨みゆえに「祟り神」になるとする考えの背後には、動物たちが「人間のために」死んでくれていると捉えるような世界観、世界の捉え方があるように思われる。そこには、人間側の都合で森を破壊し、動物の住み処を奪い、殺すことに対する罪悪感のようなものが見え隠れする。

そういった動物に対する人間の態度は、北東アジアから東アジアの狩猟文化に共通して見られる。捕獲したクマに対して、「南無財宝無量寿岳仏」と7度、「光明真言」を3度唱え、最後に「これより後の世に生まれてよい音を聞け」と唱えるような秋田県阿仁のマタギの習慣(田口洋美「クマを崇め、熊を狩る者」)、クマを仕留めるとクマの頭を東に向けて、「自分たちを恨まないでください」と祈りを捧げるアムール川の先住民の儀礼的なしきたり(上掲書)、アイヌのイヨマンテ(クマ送り)の儀礼など。
そのような儀礼や習慣のベースにあるのは、動物を殺すことに対する罪悪感なのではないだろうか。人間が罪悪感を持つからこそ、動物にとって理不尽な死を、動物が恨みへと転換することがないように、いましがた殺した動物に願い、祈るのだ。

他方で、プナン人たちの動物に対する態度には、罪悪感や、それをベースとした祈願というようなものは見当たらない。プナンは、動物にも意思や心はあるというが、動物が、人間によって、住み処を奪われたり、殺されたりすることに対して、恨み心を発する存在として捉えるようなことはない。つまり、彼らは、人間との関わりにおいて、動物のなかに蓄積され
やがてかたちをもって表出されるような「心」を読み取るようなことはない。プナンはよく言う。動物は、たんに殺して食べるだけだと。しかし、殺してから食べるまでの間に、動物をおとしめるような行為をしてはならないという、強いタブーも存在する。わたしは、それは、別のかたちでの、人間の動物に対する、素朴な敬意の表明であると考えている。

ところで、 「もののけ姫」では、森を破壊する人間の象徴として、たたら場が出てくる。それは、また、森の近くに陣取って、(石火矢によって)暴力を生み出し、富を生み出す「力」として描かれている。そのような意味で、たたら場と森の結びつきは深い。森を開拓して鉄を探し、木炭を燃やすからである。森の民プナンは、ある意味で、ボルネオ島の「たたら衆」である。それは、まずもって、プナンたち自身が、森の動物を殺し、料理することによって生きながらえてきたのであり、つねに、刀剣を必要としてきたからである。イノシシやシカなどの中・大型動物を解体するときには、切れ味の鋭い、手ごろな刀剣が欠かせない。そのために、彼らは、独自の鍛冶技術を発達させてきた。ジャングルの奥深くの川の中に赤い石を見つけて焼くと鉄になった、という昔話が残っている。
いまでも、プナンの家には、必ず、小さなたたら場が敷設されていて、周辺の他民族もプナンに刀鍛冶を頼みにやって来る。

動物に恨み心を読み取るにせよ(日本、北東アジア)、読み取らないにせよ(プナン)、人は動物との間に、広い意味における宗教儀礼をつうじて、倫理的な契約というか、規範とでもいうべきものを確立してきた。「もののけ姫」のなかで描かれているような、動物と人間との戦いは、動物と人間の間の倫理的な契約や規範が踏みにじられたり、危機に陥ったことを示しているのではないだろうか。 それは、まさに現代社会の問題でもあるのだろう。


とりいそぎ、メモの代わりとして。

(写真は、プナンのたたら場の風景。左上の男は、足ではなく手で、二つのふいごを組み合わせて、連続して送風している)



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