たんなるエスノグラファーの日記
エスノグラフィーをつうじて、ふたたび、人間探究の森へと分け入るために
 



「セックスの人類学〜ヒトの性への多様な接近〜」
 
講師:奥野 克巳(桜美林大学)

http://www.jssm.or.jp/3rdmeeting/sub3.html

【はじめに】 
人の性の多様性について考えてみたいと思います。人も霊長類ですが、とりわけ人以前の霊長類では父の存在はまれです。父親がいなくても子は育つと一般には言われています。ところが、人には父親、あるいは父親的な存在がおります。人の社会では父子の関係というふうなものが非常に多様なものとして現れます。ここでは、性と関連づけて父子関係について少し考えてみたいと思います。
 一つ目にご紹介しますのは、南米のベネズエラのバリという社会です。彼らは、アマゾン川の流域に住んでいる人達ですが、その社会では女性は結婚後、妊娠をした段階で複数の男性と性的な行為を行います。そういったことが推奨されています。愛人は胎児の健やかな発育を促すと考えられているためです。その後、妊娠して出産した女性は、森のなかで出産をするのですが、妊娠中にもった愛人、すなわちセックスをした相手の男の名前をその場でに明かします。そのことを耳にした女性達は、村に戻って、その女性に名指しをされた男達に子どもが生まれたことを伝えます。すると、父親になった男達は、肉であるとか食料をプレゼントとして母と子どもに送り届けます。
 子どもが成長すると、母親は、父親たちが歩いているところを指さして、あれがおまえのお父さんだよ、魚や肉をもらえるよ、というふうに言います。なぜこういうことをするのかと言うと、この社会では食料へのアクセスが男だけに限られています。男が狩猟に行って、採集をする、そういった社会です。そういった社会では母と子、つまり女性と子どもが生き残るためには、女性からのセックスが必要とされるわけです。セックスはこのバリ社会では、女と子ども、あるいは母と子の生存のための戦略となっているというふうにみることができます。
 二つ目です。ニューギニア島の東部にトロブリアンド諸島という島々があります。トロブリアンド諸島は母系社会ですが、母方のオジから甥に対して権利や義務が継承されます。そうした社会を調査したマリノフスキーによると、今から100年くらい前の20世紀の初頭には、父と子どもの間に生物学的な繋がりが認められていなかったのです。
 人は死ぬと、この人達の考えでは、死の国に旅立つわけです。これは海の彼方にあるのですが、死霊となった人は、やがてそこでの暮らしに飽きると、再びこちら側、現世に戻ってくるのだと考えています。その時に、霊児、精霊の子どもとなります。精霊の子どもは女性の頭部、あるいは膣から女性の体内へと戻ります。セックスがどういうふうに考えられているのかといいますと、セックスは霊児が膣を通るための道を開けるための行為であるというふうに考えられていました。
 
精液についても認識をしているわけですが、それは霊児が通る道を滑らかにするためのものである考えられていたという報告されています。霊児が通るための道を開けるために行われるのがセックスであって、精液は道を滑らかにするものであるわけですから、精液が受胎、あるいは妊娠に関係がないとされるわけです。だから、精液が受精に繋がって、妊娠し出産するというのです。夫が長い留守中に生まれた子どもは、戻ってきた夫によって喜んで受け入れられて、慈しんで育てられたというエピソードが、マリノフスキーによって報告されています。
 
民族誌(エスノグラフィー)とは、ある文化を体系的に記述したものですが、民族誌を読んでゆけば、セックスの多様なあり方に接近することができます。以下では、視野をもう少し広げて人類史を視野に入れながら、人の性への接近のその諸事例を示しながら、人のセックスの多様なあり方について描き出してみましょう。

【ハヌマン
・ラングールにみられる子殺し行動と性】
 14億年くらい前に、その頃に性というものが生まれたとされていますが、そこまでさかのぼると大変なことになりますので、ここでは、人に近い種である霊長類を取り上げることによって、生き物の性の営みについて見てみましょう。 ハヌマン・ラングールは、インド亜大陸とセイロン島に生息するサルです。ハヌマン・ラングールは、集団で、樹上生活ではなくて、地上には頻繁に降りてきて暮らしてます。大人の雄は、実はこの中では1頭だけです。8頭前後の雌と、その子を連れていわゆる「ハーレム型」の社会を形成しています。雄が1頭で、多数の雌ですから、雄が必然的にあぶれてしまいます。そのあぶれ雄達は、このハーレムの周囲を常にうろうろしながら暮らしています。
 
ハーレムに君臨する雄が弱ってくると、あぶれ雄の集団は攻撃を仕掛けて乗っ取ろうとします。ついには、あぶれ雄の集団が襲いかかって、乗っ取ってしまいます。そのうちの1頭が、今度は新しく、またその集団のボスになるわけです。乗っ取った雄は、次々に今度はハーレムの中の子どもを殺していきます。これは直接的には行動としては、雌に対して攻撃行動をするんですが、結果的に弱い子どもが傷を負ったりして、次々に死んでいくわけです。ハーレム内の雌は子どもを亡くすと授乳しなくてよくなって、発情徴候を示すようになります。 
 サルは、雌が発情することによって、雄がそれに応じて交尾をするという一般的なパターンがあります。発情兆候を示すようになると雄、この場合にはハーレムに君臨する雄が交尾をするのです。雌たちは、新たにハーレムを率いる雄のハヌマン・ラングールと交尾して、やがてそのうちに子どもを出産します。なぜその雌が自分の子どもを殺した雄を受け入れるのか、あるいはなぜ雄はそんなにまでして子を殺すのか、こういった疑問が色々出てくると思います。それには、ハヌマン・ラングールの「子殺し行動」の発見者である杉山幸丸さんが答えています。自らもいつ乗っ取られるか分からないからではないかと杉山さんは言っています。子殺し行動については、その後アフリカのライオンや、新大陸のアカホエザルなどでも見つかっています。子殺しというのが動物行動の基本にあるんではないか、本能でもいうことができるかどうか分からないですが、動物行動の核の所にあるのだということがこれまで言われてきました。『子殺しの行動学』という本のなかに、そうした記述があります。

【乱交するボノボ】
 ボノボは、チンパンジーに近い種です。従ってヒトと近いサル種です。この高等霊長類であるボノボは、実は全方位的なセックス型の社会というものを作り上げてきたことで知られています。雄、雌の交尾だけではなくて、雄同士の尻つけすなわち睾丸同士をすりつけ合わさせる性行動、さらには、雌同士の性器のすりつけ、これはGGラビングというふうに呼ばれる性行動などを行います。さらに、マスターベーションを行います。行うというよりも、暮らしのなかで常に彼らの活動の中に見られます。ボノボは、人の性行動とかなり違いますが、非常に手短に性的な行動を行います。雌は妊娠可能かどうかに関わらず性皮を腫らして交尾をします。
 どうしてボノボは、こんなにセックス好きなんだろうかということが疑問として浮かんでくるのですが、これは、先ほど見たハヌマン・ラングールの子殺しを基礎に考えることができるのではないかとい言っている人がいます。フランス・ドゥ・ヴァールという霊長類学者が、子殺しは社会進化を考えるうえで、重要ではないかという意見です。
 先ほど言ったように、動物行動の基本に子殺しがあるとすると、ボノボはある意味においては、セックスを頻繁に行うことによってそれを回避していると言えます。ボノボの雌は子殺しから子を守るために、できる限りのことはしようとする。しかし、大体その雄の方が体格が大きいし、雌の抵抗はしばしば無駄です。
 雌ができることは何かというと、子の父親が誰だか分からなくするという戦略です。雌の対策はなるべくたくさんの雄の求愛を受けておくということになります。そうすれば雄は、子は自分の子かもしれないので、子殺し行動をしなくなるというふうに雌が仕組んだ、あるいはそういうふうに進化したとみることができるわけです。
 な
ぜあれだけ頻繁にボノボがセックスをするのかというと、性が単に交尾だけにとどまらず、進化の過程で他の性行動を頻繁に生活に取り入れるということで、子どもが誰の子どもなのか分からないようにして、つまり乱交型の社会をつくって、そのことによって子殺しを回避したのではないかと仮説が立てられます。ボノボは、生理機能を含めて、セックス主体の生き方を極めていったと、フランス・ドゥ・ヴァールは述べています。
 一方
でチンパンジーは非常に攻撃的で、ある意味で人に似ているというふうに言われています。実は、チンパンジーは肉食もするのですが、相手を殺した後に、足の骨を折ったり、あるいは目ん玉をくり抜いたりするという、攻撃的な性格が発見されています。
 それに対して、ボノボという非常にセックス好きな、社会調節の機能をもつものとしてセックスをしているという種もいます。人間は、その両方の特徴を受け継いでいるというのがフランス・ドゥ・ヴァールの主張ですが、私たちのなかには、サルが潜んでいるというのです。 

【核
家族化したヒト】
 
これに対してヒトは、子殺しという動物がもっているその基本的な行動に照らせば、ボノボのような乱交型の社会をつくってはきていません。
 ヒトでは、男女が一対一でペアとなって、核家族をつくっています。そのなかでセックスの相手というのは一人に限定してきました。これは、ヒトが核家族をつくることで、配偶者を必ず得るということができるようになったことに結びついていくのですが、性的な接触を決まった相手に限定することを、核家族化のなかで実現したわけです。ヒトは父子、つまり父と子の関係というものをはっきりさせることによってボノボとは違う道を歩むようになったというふうにみることができます。ヒトの女は、保護者である男が他の魅力ある女性にとられないように、男にセックスを提供したんではないのだろうか。
 逆に男は、食べ物をとってきて女と子どもに与えることで、そのことによって子育てに参加し、父性というものを獲得していったという仮説が立てられています。また、男は誰が父であるか分からない子を育てるつもりはないので、あの手この手で女の行動を自らの管理下においたとも考えられています。これが最近の議論の大まかな方向です。
 ヒトの女性にも他の霊長類の雌と同じように月経周期があって、周期的に性促進、抑制ホルモンの分泌量が変動します。しかし、ヒトの性行動の一番大きな特徴というのは何かというと、ヒトは発情徴候がないということです。これについては何人かの人類学者が仮説を立てていますが、ヘレン・フィッシャーは、ヒトの女は男をつなぎ止めるために、日常的にセックスを可能にして発情兆候を隠した、そのことによって性の強者だというふうな見方をします。ラブジョイも、ほとんど同じなんですけれども、男が食糧確保をし、女が子育てをするというそういった分業のなかで、女は男をつなぎ止めるために、発情兆候を失ったという説明をしています。
 男女が一夫一婦的に繋がって、核家族化することによって、女は男の攻撃、とりわけその子殺しから身を守ることができるというようになった。ヒトの男は誰でも満遍なく、その生殖の機会というものをもつことができるようになりました。このことが、人間社会の発展、進化に有効に働いたのです。男同士が協力し合って、個人ではできない大きな仕事をやり遂げることに繋がっていったわけです。昼間、男同士で協力して働いて夜に家に帰ると、そこは核家族で、性の相手の奥さんがいる、そこでセックスが保証されるわけです。それが平等に、男に機会として与えられたと。男たちは、協力して、いがみあってその女性のためにけんかをするのではなくて、協力をして大型獣を倒したり、さらには大陸横断鉄道を敷いたり、政府や軍隊を組織したり、そして多国籍企業を作り上げたりした。今日のヒト社会の発展っていうのは、じつは、女が発情徴候を失い、男女のペアがつくられて、核家族が築かれたというあたりにあったのだということを、フランス・ドゥ・ヴァールは主張しています。
 いずれにせよ、そうした進化の過程において、ヒトの女は発情徴候をなくしたのです。例え自覚があったとしても周期的ではなくて、男には分からなくなった。そのため、発情徴候が見えないわけですから、その見えないものに対してはどういったかたちで進化したのかということですけれども、ヒトは、性的な想像力を別のレベルにおいて高める、そのことによって性幻想というふうなものに感応させてセックスを過剰なかたちで発展させることになったんではないかのではないでしょうか。 

ホモセクシュアルの進化】
 
ホモセクシュアリティについても、生物進化の産物であるというようなことが最近言われています。ホモセクシュアルである動物というのは、ヒトだけではありません。私たちだけではなくて、例えばオランウータンであるとかゴリラ、私たちに近い種の動物達も発情徴候を示さない場合があります。こういった種では、雄同士の性的な興奮をともなう同性同士の交渉を行うように進化してきました。同性同士で交渉が行われているわけです。このあたりからやがて、性的な魅力を感じる対象というのは、異性というような枠を超えるようになって、例えば相手の声であるとか、仕草であるとか、あるいは身体のパーツ、こういったものに性的な魅力を感じるということへと進化したのではないかと見られています。ヒトは身体に対して性的な魅力を感じるわけですから、そのことは進化の産物だとみることができるだろうということです。
 しかし、ここからお話しする、人の性の多様性という話では、ホモセクシュアリティというのは生物学上の同性同士による性交渉だけではないということ、つまり、そのように理解するということだけでは、あまりに単純すぎるということについてお話をしていきたいと思います。ヒトの諸社会をみると、ホモセクシュアリティについても非常に多彩な相貌に出会うことになるわけです。

 
【ニューギニア高地サンビアにおける儀礼的同性愛】
 ニューギニアは、日本の南の方に位置する世界で2つ目に大きい島です。ニューギニアの高地に住む人たちのしきたりについて少しお話をします。そこでは、人が生まれると、人は男であるとか、女として生まれるのではありません。全部女性性をもったものとして生まれると考えられていて、男になるためには、女性性を取り除くイニシエーション儀礼をしなければいけないと考えられています。男達は森の中に連れて行かれて、イニシエーション儀礼を施されるわけですが、そこの一番重要な眼目は何かというと、女性性の象徴である胃液を吐かされたり、あるいは鼻血や、舌の血を出すような処置を施されることです。 
 ニューギニア高地の社会では、一般に、女性性を取り除いて、男になることが必要とされています。ここでは、サンビア(仮称)社会を取り上げたいと思います。ここでも、男は生まれながらに女性性を備えていて、それは男性性を枯渇させるというふうに考えられています。男らしさ、男性性というのは自然に獲得されるものではなくて、儀礼の介入がなければ、少年というのは男の能力を獲得することができないと考えられています。
 ここでは、イニシエーション儀礼の第一日目に少年達たち連れて行かれて、女性の汚れを取り除くために、鼻から流血させられます。実はここからが、このサンビアという社会のユニークなところですけれども、その後、少年達は年長者たちのフェラチオを命じられます。口唇性交を命じられて、そのことの口外を禁じられます。少年達は年長者達との秘密のホモエロティックな関係を次第に定着させていくということになります。
 どういうことかというと、女性性を取り除いた後に、今度は男性性を注入しなければいけないと考えられているわけです。ここの社会では、男性性を注ぎ込もうとして、そうしたホモエロティックな関係を続けるのです。年長者と年少者の間でそうした関係を続けて、年長者から、いわゆる男性性の象徴である精液をいただくのです。そのことによって、少年たちは成長のための精液を与えられてたくましさと、生殖能力を徐々に獲得していくのです。1日だけでは終わりません。ずっと続く関係の中で、男性性を獲得するわけです。
 精液を、いわゆるフェラチオをして飲み込んで注ぎ込むとともに、食べ物にかけて食べるということも報告されています。その後、今度は15歳くらいになると、精液を注入される側ではなくて、今度は逆転して年少者へ精液を提供する側へとなるわけです。そのようにして、精液が充満し、男らしくなると、妻を娶ることができるようになるのです。女性とのセックスを行うようになっても、少年との秘密の関係を続けるのだけれども、父親になるとそういったホモエロティックな関係を終了させます。
 男は最初精液の受け手になるわけですね。受ける側になって、精液を注入してもらって男らしさを獲得するのです。次には、年少者への精液の与え手となるわけです。この過程で男はホモセクシュアルです。後に、その関係を続けながら女性と結婚するわけですから、ある時はバイセクシュアルになる。最後にはそのホモセクシュアルな関係をやめてしまって、ヘテロな関係だけになります。こういったことが報告されています。
 この社会ではホモセクシュアル、ホモというのは、私たちが考える人の属性のカテゴリーとして考えられているわけではありません。サンビア人は、私たちが考えるホモであるとかゲイの概念を理解することができなかったと報告されています。そこではホモセクシュアリティとは何かと言うと、儀礼的なプロセスなのです。ホモセクシュアルより大きな社会的な背景から独立しては存在しないのです。

【第三のジェンダーという性】
 インドネシア、スラウェシ島のチャラバイという第三のジェンダーについて見てみたいと思います。この辺りは、いわゆるその第三のジェンダーが多く報告されています。多いだけではなくて、それらは社会的にかなり認められています。
  インドネシアにスラウェシ島というのがあって、そこにブギスという人が住んでいるんですけれども、そこにはチャラバイと呼ばれる第三のジェンダー、第三のジェンダーとは、男、女とはちがうそれ以外のジェンダーのカテゴリーのことです。そこには、チャラバイと呼ばれる第三のジェンダーがあります。チャラバイというのは、ブギス語で偽りの女という意味です。そのカテゴリーに属する人の性別は基本的に男性です。異性装をして言葉、仕草なども女性のように振る舞う存在です。彼らはしばしば結婚式を盛大に行うのが好きなブギス人の結婚式のビジネスに携わって、客をもてなす料理の準備であるとか、あるいは披露宴を盛り上げる歌謡ショーなどの担い手として役割を与えられています。
 チャラバイは性転換の手術をすることは全くありません。男が女性の心をもつとチャラバイへと進んでいくわけですけれども、最終的に性転換の手術等をしません。チャラバイになった人のほとんどが幼い頃から女の子と遊ぶのが好きであったとか、母の仕事を一緒に手伝っていたという経歴があります。自分の性器にコンプレックスを抱いていて、民間治療師なんかにチャラバイになるというような可能性をほのめかされたという経験をもつ人もいます。
 ふつうは、中学を終えるかどうか、14、5歳くらいに両親の家を出て、結婚ビジネスをやるボスの所に行って、手習い仕事を始めて、チャラバイの世界に入ります。チャラバイは、コミュニティでは、基本的には同性愛者であることが期待されています。多くは同性愛者なのですが、チャラバイのなかには、妻子をもった男がチャラバイになったり、つまりヘテロの性愛傾向からホモの性愛傾向へと変換するというふうなことをしたり、あるいはチャラバイになっていても、ある時期にそれをやめて女性と結婚して、つまりホモからヘテロへと転換する、こういった事例もたくさんあります。
 ブギ
スの社会では、男性という生物学的な性をもって生まれてきたものの、自分を女性として自覚した場合には、女装であるとか、女性らしい振る舞いをすることでチャラバイになろうとするわけですが、そういった人をブギス社会では緩やかに受け入れています。そうした性別と性自認とにずれを示したとしても、性自認を優先させる、つまり自分が何になりたいのかということを優先させて、ある人物が男とチャラバイの間を行き来したとしても、そのありのままを受け入れるのです。
 こ
こは少し日本や先進国と違うところなのですが、ブギス社会と比べてみるならば、私たちの社会は、そのずれを大きな社会的な障害ととらえて、性同一性障害と位置づけるわけです。ブギスのチャラバイを生み出すような社会の姿勢というのは、東南アジアであるとか、ポリネシアに広くみられます。私たちはジェンダー交代といえば、性転換手術、あるいは性同一性障害に結びつくと考えがちですけれども、地球上を広く見回してみるならば、それが交代可能なものとして受け入れられているところもあります。だから、今日から女になろうとか、私がきょうから女の心をもとう、チャラバイになろうというふうに言ったら、それになって女装し、女の仕草をすることができるわけです。コミュニティに入って、そこで生活をしていくことができる。また男に戻りたいなと思ったら、今度は帰ってくるというように、ジェンダー交代が許されているというような社会なのです。

 
【ホモセクシュアリティの多様性】
 今日の主題は、ヒトの性への多様な接近というものでした。ヒトが進化過程で獲得したホモセクシュアリティは、同性同士による性交渉としてとらえるのは短絡過ぎます。なぜならばここで見たように、ニューギニアのサンビアではホモセクシュアリティは、人の属性ではありませんでした。そうではなくて儀礼を通じた人生の一時期の性のありようでした。また、インドネシアのブギス社会には、ホモセクシュアリティというのはヘテロセクシュアリティと交換可能な性のあり方でした。ここで見たように、人類には非常に多様なかたちでホモセクシュアルというのが存在するわけです。ヒトの社会におけるホモセクシュアリティの見取り図が示すのは、ヒトのセックスへの多様な接近のあり方だということです。これで私の話題提供を終わらせていただきます。 



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 『現代のエスプリ 521』の献本をいただいた。

 特集は、「性とこころ」。

 「この巻のために」として、「性は心の問題であり、人格の問題であり、性とこころとは深く結びついている。現代社会には愛と性の革命が起き、性愛はエデンの園となった。近年「性とこころ」は多様化し、結婚し(でき)ない男女、シングル化、非婚化、晩婚化、婚活、不倫、性依存症が増え、草食系男子と肉食系女子が現れた。この特集では性とこころの歴史と文化と社会を幅広く考えたい。」とあった。

総論の最後には、「近年、我が国における『性とこころ』の多様化には目を見張るものがある。そこで、「性とこころ」に関する実践知を交換し議論し合うことにより、我が国の「性とこころ」に関する諸問題への対策や発展を目指す学術団体として、日本『性とこころ』関連問題学会を平成二十一年五月九日、ホテルメトロポリタン(東京・池袋)で創立した」とあった。
http://www.jssm.or.jp/index.html

 問題の射程については特集を眺めることで初めて知ったのだが、「性と文化」というパートで、「ヒトのセックスの多様なあり方」という駄文を書かせてもらった(pp.158-170.)。『セックスの人類学』のまえがきにあたる「セックスの人類学の手ほどき」の焼き直し+プナンのペニス・ピンの話題であり、文化人類学の観点からの、セックスをめぐる観念と実践の多様な広がりについての紹介である(プナンのペニス・ピンの写真掲載は、編集部から丁寧なかたちでお断りを受けた!、まあ、当然でしょう)。これとほぼ同じ内容を、大学の授業で講義しているが、、今年から、こころの進化の観点から、愛についても少し取り上げ始めている。性愛というときの、性の片割れとしての愛について。感情・情緒の問題は、扱いがなかなか難しいが、面白い。


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【サトーくん元気かな?】
ktmが知っているなかで最も早く性に目覚めた男の子・小3のときの同級生・Sくんの話。Sくんは、
女の子の下半身を手で触りはじめた。おそらく自分にあるものが女の子にはないことを気づき、それを確かめたくなったにちがいない。若き経験主義者Sくん。まるで人類学者みたい。フィールドは学校だ。クラスの人気者・MさんとYさんに、彼の興味は集中するようになった。たまりかねたYさんは、担任のA先生に、Sくんのその変態行動をやめさせるように訴えた。ある日のホームルームで、A先生はこの問題を取り上げた。Sくん、女の子がいやがっているでしょ、そんなことは学校でやるものでないでしょと、A先生は言った。じつは、同じクラスに、Sくんの同じ家に住んでいるSくんのいとこにあたる、同じS姓のBさんがいた。A先生の提案は明瞭だった。もし女の子にそんなことしたいのなら、家に帰ってから、Bさんにお願いして触らせてもらいなさい!それを聞いたとき、A先生ってなんて頭がいいんだろうと、さすがだと、ktmは思った。でもいま考えると、その解決は、なんかおかしい気がするらしい。

【天井への飛翔】
中1のときだった。勉強机の前に座って、ktmは、なにげなく下半身をいじっていたという。なぜそんなことをしたのかは覚えていないとも。マスターベーションは知らなかった。一瞬何が起きたのか分からなかったが、液体が勢いよく天井の梁まで飛んだ。精通したのだ。距離にして3メートル弱、しかも上向きで。この話は、たいていの場合、そんなの嘘だと否定される。しかし、液体の染みついた
跡が、その後長らく、そこにクッキリと残っていたのだ。お見せできないのが残念だ。ktmの実家は、すでにずいぶん前に建て直されている。

【数学とノーパンの微妙な関係】
男にとって、夢精というのは至上の快楽である。物理的な力を加えずに、絶頂を経験することができる。次から次につくられる精子が、脳内の妄想を手がかりとして、自然のメカニズムによって放出されることで、この上ない快楽を得ることができる。夢精とは、夢を見ているときの射精という意味だろうか、いったい誰がつけたのか、センスにかける。英語では、ウェット・ドリーム、濡れた夢、湿った夢。英語のほうが上だ。夢精を経験したことのない男もいれば、30歳過ぎまで夢精を経験する男もいる。後者は、幸せである。ktmには、これまでの人生で3回の夢精経験がある。初回の中2のときのこと。隣のクラス担任は、女性の数学教師だった。20代後半か30代か。切れ長の目が印象的な美人。妊娠していた。月日が経つとともに、お腹がどんどんと膨れ上がった。ktmは、数学の授業中、繰り返し考えていた。妊娠ってのは、いったいどういうことだ?そうか、セックスをしたのだ。そのことが、いつしか頭から離れなくなった。妊娠=セックスをしたという記号。この人やったんだ。そのうち、数学の授業どころではなくなった。数学の先生×妊娠=セックス。そんなとき、夢を見た。夢のなかで、数学の方程式か何かの問題を解いている。なかなか解けない。背後から、あの数学の先生が・・・どうしたの、何が分からないの?と近づいてきた。ktmは、問題を解くどころではなくなった。右手で先生の身体に触れてみた。徐々に、下のほうに下のほうに手を滑らせていった。股のあたりを触った。割れていた。その感触と同時に、なんだか得も言われぬ快感が全身をドクドクと貫いた。ktmが、朝起きると、パンツの前の部分がカサカサになっていた。母にそのことを見つかるのが気まずくて、家に帰ってから洗おうと思って、パンツを脱いで、その日はノーパンで学校に行った。

【バンコックのサックアッパー】
大学の先輩Iさんがktmに、バンコックに行ってきた話をしてくれた。中央駅前を歩いていたら、お姉さんが声をかけてきて、着いていくと、アパートの一室に案内され、
もう一人お姉さんが出てきて、酒を飲み、戯れたのだと。その後、ふと目が覚めると、現金がなくなっていた。天国と地獄を味わったと。ktmは、その話を聞いて、すぐさま、バンコックに行くことを決めた。バングラデシュに行くのに、バンコックは素通りすることはない。おれのほうが、頭がいいかもしれない。所持金を預けておいて、駅前をうろうろすればいい。しかし、ことはそううまく運ばなかった。そんなお姉さんは、中央駅前のラーマ4世通りを足が棒になるまでほっつき歩いたところで、いやしなかった。ktmは、企てを半ばあきらめかけていた。出国前のある日、ふつうに町を歩いていたとき、一人のグラマラスなお姉さんが、いま時間ある?と声をかけてきた。よっしゃ!ついて行くことにした。タクシーに乗る。お姉さんが、わたしはレディーだからあんたが払いなさいといって、お金を渡してくれる。やさしい。モーテルの部屋に入ると、シャワーを浴びてらっしゃいという。ktmが戻ると、彼女はベッドの上で寝ていて、カモンベイビー。ktmは、飛びかかる。サックアップ!ktmその英語理解できず。女舌なめずり。お〜、カチン。何か硬く当たるもの。なんじゃこりゃ。女ではなく、男だったのだ。プリーズ・トライ・ミー。ktmにはできず、退散したという。



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ちょうど2年前の4月に、Nさんと飲みに行った。1年間のフィールドワークから帰国してすぐのことだった。人類学は、このところ外から見ていると元気がない。そのあたりを意識しながら、本をつくろうということになった。テーマは、性。わたしには手に余るといった。Nさんは、一人で作れないならだれかパワフルな人を連れてきたらいいと言った。わたしは、即座に、Sさんに話をした。本づくりの方向を打ち出し、Sさんの大活躍で、若手&中堅で、人材を集めた。広義の人類学としての霊長類学、動物行動学からも。そのうちに、性を含めて、人類学のクラシックなテーマを、人間探究の線に沿って、シリーズ化しようという話になった。人類学の学問の歴史性という内部の問題に閉じこもったきり、マスターベーションで快感を得ているだけのようなポストモダン人類学、同時代的には示唆的であるかもしれないが、現代の価値観に従属していることを起点にする、むなしいだけの応用人類学という、今日の人類学の流れを断ち切り、それらとははっきりと一線を画するような、人間探究をベースにおく人類学を発信しようと。来るべき人類学の展望を示すようなシリーズをつくろうと。性はやがて、セックスということばに置き換わり、グロテスクなまでにセックスの民族誌記述を追い求めるなかで、一冊の本ができ上がった。来るべき人類学の第一巻として、『セックスの人類学』が、4月15日に刊行される。

目次
序 「セックスの人類学」手ほどき 奥野克巳
第I部 セックスの霊長類学/人類学
1 ニホンザルのセックス〜同性愛行動から見えてくる「能動的受容性」 竹ノ下祐二
2 ケニア・ルオ社会の「儀礼的」セックスとは 椎野若菜
第II部 セックスと社会
3 セックスをめぐる葛藤〜オランウータンを中心に 久世濃子
4 セックスをめぐる男性の「不安」〜パプアニューギニア・テワーダ社会から
5 男が戦いに行くように女は愛人をもつ〜
  南部エチオピアの父系ボラナの結婚と紺外のセックス 田川玄(←タイトル長すぎ!)
第III部 生殖から遠いセックス
6 ヒジュラとセックス〜去勢した者たちの情交のありかた 國弘暁子
7 「遊び」としてのSMプレイ〜「おんなのこ」の視点から 熊田陽子
第孤堯.札奪スと身体
8 性器の正規利用とは?〜鯨類のセックスのユニークさを概観しつつ 篠原正典
9 セックスと性具〜プナンのペニス・ピン 奥野克巳
10 越境としての「性転換」〜「性同一性障害者」による身体変工 市野澤潤平

奥野克巳・椎野若菜・竹ノ下祐二<共編>『セックスの人類学』春風社、2009年。

(写真;矢萩多聞さんが、谷中安規の版画を、天才的な直観で表紙にしてくれた;手にとってみれば、分かると思う、この方の装丁にかけるパッションが。矢萩さんは、いうならば、本は読むものではなく、触れて味わうものだという、未開人的な思考を、本の装丁に導入した。)



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話は前後するが、先週の月曜日から火曜日にかけて、春風社から3月に刊行される「来たるべき人類学シリーズ1」の『セックスの人類学』の編集者と共編者で、伊豆に行ってきた。編集者と共編者計4名で、全体のなめらかさと原稿の精度アップを目指して、合宿を行ったのである。本づくりのための最終合宿は、この本に賭ける関係者の意気込みを示している。あと一本、完成原稿を待って、2校を終え、印刷に回る予定であるが、今の段階で、表紙の図案もある程度決まっているようである。構想から人選、執筆、まとめに至るまで、丸2年かかった。内容的には、ポストモダンの批評理論の影響を受けて内向的になり、このところ、停退気味の人類学の大胆な組み換えを視野に入れながら、来たるべき人類学の展望を示すシリーズの初回配本の役割を果たしているのではないかと、わたし個人としては、感じている。動物行動学者、霊長類学者、人類学者総勢10名が、フィールドワークによって得られたデータから、行為としてのセックスに絞って執筆している点が、この本の大きな特徴である。エロス的な想像力などを含む観念としてのセックスではなく、ヒトと動物に共通する根源的な行為である性行動(=セックス)に焦点をあてて、ワクワクするような人類学を目指している。乞うご期待。写真は、プナン社会のペニス・ピン。本物ではなく、木を削ったつくった模型で遊んでいるところ。だから、お願いだから、このページは、削除しないで。本には、プナンのペニス・ピンの生写真は掲載されるのかどうか。社内では、リジェクトされたらしいが・・・



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I happened to hear a story of animal sex in Penan society.   An old hunter gained a wild boar in the jungle.  When he walked down from the jungle mountain, he met a younger member of his family. The young boy proposed to bring the wild boar down.  He ran down with the game animal.  When an old man reached a certain place he found the boy committing sexual intercourse with the female wild boar (kunyi mere mabui)!, without noticing the old man coming by.  This is only one story of animal sex I heard from Penan.  My supposition is that this story suggested potenciality of animal sex in Penan society.

(I am writing at Kuala Lumpur International Airport; the picture is a red morning sky along the Belaga river)



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さる2008年6月28日(土)に、桜美林大学・国際学研究所主催、リベラルアーツ学群文化人類学専攻共催で行われた公開シンポジウム「セックスの人類学〜動物行動学、霊長類学、文化人類学の成果」は、予想(せいぜい、70名くらいと予想した)を超える、のべ約100名の参加を得て、無事終了した。参加していただいた方々、有難うございました。準備は、この上なく大変であったが、国際学研究所研究員のFさんの配慮の行き届いた働きのおかげで、なんとか乗り切ることができた。わたし一人では、どこかで放り出していたはずである。Fさんには、この場を借りて、深謝申し上げたい。

さて、シンポジウムの内容については、参加者や他のパネリストの方々の評価を待たなければならないが、わたしの個人的な感想を述べるならば、そのような二項的な見方は必ずしも正しくはないのだろうが、動物行動学・霊長類学の研究に、文化人類学の研究は、圧倒されてしまったということである。
動物行動学・霊長類学は、敵ながらあっぱれであった。いや、敵ではない。それどころか、われわれ文化人類学が、研究手法や態度などを、深く学ばなければならないアニキ的学問領域なのである。そのことをわたしは強く感じたし、今後、もっと接近したいとも思った。イルカの擬似性交、オラン・ウータンのフランジとアンフランジのセックス、ニホンザルを性行動をめぐる考察。それらは、どれも、フィールド観察をベースに、発表が生き生きと組み立てられていた。スリリングであった。

このシンポジウムに照らして比ゆ的に述べれば、彼らは、フィールドとセックスしている(フィールドでセックスしているということではない!)。このフィールドとのセックスとでもいうべきものが、文化人類学には欠けているのではないか。それが、このシンポジウムをつうじての、わたしが強く感じた点である。
Iさんは、眠気が吹っ飛ぶようなセックスの人類学をと、わたしに呟いた。おそらく、求められるのは、それである。

セックスの人類学、とりわけ、文化人類学の性研究が扱う性行動は、解釈・考察・分析がいかにすぐれたものであれ、しょせん、下ネタである、エロ談義である。まずは、フィールドでの観察の視角を重層化させることで、なんとかして、性行動の描写力をこそ磨かなければならない。それが、わたしが、<性の営みをめぐる「グロテスク」なまでの記述>、<性行動の「息づかい」までをも含めたかたちで記述考察>ということばで、たくらんでみた問題提起であった。それは、今回のシンポジウムでは、たぶん、あまりうまく行かなかったのだろうと思う。この主張は、「フィールドとセックスする」ほど、いかれポンチになってみなければ、分からないことなのかもしれない・・・

もう一つの問題は、「人類」という、動物行動学・霊長類学と文化人類学の共通項を互いに結び合わせるような試みが不足がちだったという点である。発表を一列に並べてみて、どれが一番面白かったとか、動物行動学のほうが現代社会の文化人類学よりも迫力があったというようなことを決するためのシンポジウムではない。文理融合プロジェクトなのではない。それらを「つなぐ」ことによって、セックスという営みについて、「人類」内外の尺度でもって、理解を前進させるということが、目指されるべきであったのではないだろうか。いずれにしても、おぼろげながら、今後の課題が、このシンポジウムをつうじて、明らかになったのではないだろうか、といまわたしは思っている。

とりいそぎ、思いつくままに。

 (写真は、ミッシェル・シュリア著、西谷修他訳『G・バタイユ伝』1991年、河出書房新社、より抜粋。ジョルジュ・バタイユは、この写真を、1925年に友人から譲り受けたという。「百刻み(百回肉を切り刻まれる)」の刑に処せられる中国人の青年は、注射されたアヘンの効果で、頭髪を逆立てて、白目をむいて恍惚の表情を浮かべている。バタイユは、その苦痛とも悦楽ともつかぬ表情に注目した。セックスの苦痛は、どのように快楽へと転じるのか?・・・という、わたしの個人的な発表との関わりから)



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はたして、どこまで考えていたのやら憶えていないが、とにかく、ペニス・ピンについて書いておきたい。

霊長類学は、近年、ボノボやゴリラなどにおいて、同性愛やマスターベーションなどの性行動が見られることを報告している。それに対して、初期人類の段階で、どのような性行動が行われていたのかは、ほとんど分かっていない。

新石器革命以前の主生業であった狩猟採集を生業とする社会は、地球上に現存する。プナン社会もその一つである。現代の狩猟採集民の性行動のパターンが人類の初期形態だということはできないが、それは、狩猟採集の社会形態と性行動の関係を考えるための手がかりとなるのではないだろうか。

しかしながら、狩猟採集民の性行動の研究蓄積はきわめて少ない。カラハリの女性ニサのライフヒストリーのなかで語られる性経験や、カラハリのグイ社会において行われている夫婦交換をめぐる研究などに限られている。

狩猟民たちは、どのように、性的な欲望と快楽を、暮らしのなかに埋め込み、文化のうちにおさめようとしたのだろうか。それは、ヒトの性行動を、人類の起源にまで遡って考えるための出発点である。

ところで、ヒトは、手づかみで食べることから、箸やスプーンなどの道具を用いることへと移行・進化したとされる。道具使用については、そのように考えるのが適当であるように思われる。

しかし、狩猟民プナンは、主食のアメ状のサゴ澱粉を食べるときに、箸状のもの(pit)を用いてきた。1960年代以降、米を食べるようになっても、周辺の焼畑民のように手づかみではなく、逸早くスプーンを用いるようになった。プナンは、サゴヤシを食べ物として採集し始めた時期に、食事のさいに道具を用い始めたのではあるまいか。

そのようにして、周囲の環境に合わせて道具を製作し、使用することは、道具使用を行うようになった
人類の最初期からの顕著な特徴だったのではないだろうか。ペニス・ピンについてもまた、そのような道具の一つとして考察することができるのではないだろうか。

しかし、問題は、石器などの道具使用ではなく、より進んだ認知をベースとして生み出されたと考えられる道具が、どのようにして、ヒトの社会において生み出されたのかを考える手がかりを探すのが、一般に、難しいことである。
性的快楽を高める道具としてのペニス・ピンは、どのように、ボルネオ島の人びとの間で、生み出されて、広まったのだろうか。いまのところ、謎は謎として残る。

(写真は、淵野辺駅前キャンパスに掛かる「セックスの人類学」の懸垂幕)



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さる3月に、プナン人のキャンプに滞在したとき、わたしは勇気をふりしぼって、夫がペニスピンを付けている何人かの女性に、その性具の快楽の度合いについて尋ねようと試みたが、ことごとく、笑ってはぐらかされたり、うまくかわされたりした。で、男たちによる女の快楽の代弁が、幾つか集まった。ペニスピンを知った女性にとっては、それは、「味の素」で味をつけた料理のようなものであり、もはや「塩味」だけの料理では満足できないようなものであるという喩えがなされた。ペニスピンを使うと膣が広がり、もはや、それを使うことなしでは満足できないのだ、という言い分もあった。すべて男たちの解釈である。快楽を表わす表現は、どうやら、プナン語には、「いい(jian)」という言い回し以外にはないようである。快楽をめぐる言語は、月並みであるというか、単純明快であるがゆえに、逆に、深い趣があるようにも感じる。ペニスピンの脱着性について。それは、容易に脱着できる(写真参照:横から見た図)。ある男は、川での水浴び(ふつうパンツ一丁でする)のときに、石鹸をつけて洗っていたら、川の中に落としたことがあると語った。町の娼館などには、娼婦が痛がって困るので、それを取ってから、ポケットに入れてから行くようになっているという話も聞いた。まるで指輪か何かのように。以上、ひさしぶりに、ペニスピンについて。



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公開シンポジウム

セックスの人類学
動物行動学、霊長類学、文化人類学の成果


桜美林大学・国際学研究所 主催

桜美林大学・リベラルアーツ学群文化人類学専攻 共催


2008年6月28日(土)

桜美林大学町田キャンパス

A408教室

(明々館4階)


 桜美林大学・国際学研究所は、本年度2度に渡って、人類学をベースとして、人類の重要な課題である、セックスと宗教を取り上げ、公開シンポジウムを開催いたします。
 6月の公開シンポジウムでは、動物行動学、霊長類学、文化人類学をベースにして、セックスを取り上げます。この公開シンポジウムでは、人間を含む動物が行う性行動の、「グロテスク」なまでの記述を目指します。その意味で、このシンポジウムは、性行動の人類学、セックスの人類学のシンポジウムです。動物の、人間の性行動への肉迫とその描写。そのことが、哲学や歴史学などの思弁的な性研究からセックスの人類学を隔てるものです。
 さらに、動物の性行動は、もっぱら、人間によって表象・理解されますが、そのような「擬人主義」の問題に、従前とは異なる観点から挑みます。「交尾」と「性交」という従来の二分的な用語法を、実験的に放棄しようと思います。前者はもっぱら動物に対して、後者はもっぱら人間に対して用いられることが、問題含みだと考えるからです。セックスという共通の用語を用いることによって、動物と人間の性行動をつないだ上で、新たな性研究の可能性を示したいと考えています。

 この公開シンポジウムは、学者・研究者、性研究および人類学とその周辺領域の学者・研究者だけでなく、大学生・大学院生、さらには、当該領域に興味関心を抱く一般の方々に向けて、開かれたものです。

 どうぞ奮って、ご参加ください。

詳しくは、以下のホームページをご覧ください。

http://www.obirin.ac.jp/la/ant/sympo2008.html

(写真は、ペニスピンの模型をつけられて困り果てた様子のプナン人の男の子)



 



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本年度秋学期に初めて試みた授業「比較文化特論(性の人類学)」を、とりあえず、全日程27回分を終了することができた。受講者は、70数名と、初年度としては多かったように思う。授業概要としては、当初、以下を掲げておいた。

わたしたちすべてがもつ深い性の悩み。それは、いまから14億年前に、生物進化の過程で性が誕生したときから、すでに、ひそんでいた。この授業では、人類学の観点から、とりわけ、性行動に焦点をあてる。第一に、人間へといたる長い進化の道筋において、どのような性行動がおこなわれてきたのかを概観する。第二に、文化人類学のこれまでの蓄積をふまえて、人類社会の性の文化の多様性に照準をあてる。さらに、第三に、現代のわれわれの社会の性をめぐる問題について考えてみる。

これに沿って、以下のシラバスを提示し、多少の入れ替えを含めて、ほぼすべての項目を網羅的に講じた。

1.性の人類学入門
*第一部 性の進化史*
2.基本事項の整理(『みんな気持ちよかった!』第1部)
3.生き物の多様な性〜14億年前の性の誕生から〜(配付資料 
4.霊長類の性(1)〜発情と交尾のメカニズム〜(◆
5.霊長類の性(2)〜子殺しの行動学〜()
6.霊長類の性(3)〜ボノボに見られる性行動〜(ぁ
7.ヒトはなぜパンツをはくのか?〜ヒトの過剰な性について〜(ァ
*第二部 性の文化人類学*
9.性の文化人類学研究〜比較文化考察から民族誌へ〜(配布資料Α
10.生まれた子の父親は一人ではない〜英文読解〜(Α
11.性の民族誌(1)〜マリノフスキー「トロブリアンド諸島民の性生活」〜(А
12.性の民族誌(2)〜菅原和孝「カラハリのブッシュマンのザーク関係」〜(─
13.性の民族誌(3)〜椎野若菜「ケニア・ルオ社会の寡婦」〜()
14.性の民族誌(4)〜松園万亀雄「ケニア・グシイ社会の性」〜()
15.中間試験 論述試験
16.性の民族誌(5)〜若杉・縄田「女子割礼をめぐる諸問題」〜()
17.性の民族誌(6)〜須藤健一「ミクロネシアの性」〜()
18.性の民族誌(7)〜ギルバート・ハート「ニューギニアの儀礼的同性愛」〜()
19.性の民族誌(8)〜伊藤眞「ブギス社会のチャラバイについて」〜()
20.性の民族誌(9)〜奥野克巳「プナンのペニスピンとその背景」〜()
*第三部 現代の性*
21.映画(110分の映画)を観る(『予告された殺人の記録』)
22.性の歴史(1)〜古代から中世(『みんな気持ちよかった!』第2部9章まで)
23.性の歴史(2)〜ヴィクトリア朝の反セックスブーム(同書・第2部10〜13章)
24.性の歴史(3)〜性解放の現代(同書・第2部14〜16章)/”sex and the city”
25.性をめぐる権力について考える〜フーコーをめぐって~(配布資料亜
26.ラブホテルにみる現代の性
27.期末試験

性の進化から説き起こし、性の民族誌を読み、ヨーロッパの性の歴史を踏まえて、今日の性を辿るというのは、少し、詰め込みすぎであったのではないかと、いまは思っている。来年度に向けて、まだまだ改良の余地はある。

わたしとしては、第二部の<性の文化人類学>で示された、人類における性の多様性のところが、じつに面白かった。受講生には、すべての項目にわたって、プリントを事前に配布していた。事前に受講生がすべてを読んできたということがなかったことは、期末試験の結果を見ていて分かるが、他方で、受講生がそうした事前読解の時間を十分に取ることができないというのもまた事実であり、そのあたりは、来年度には、授業として、すっきりとしたかたちで、工夫をしてゆかなければならないと思っている。実践面での改善の余地は、まだまだある。しかし、
性をめぐる描写と議論、とりわけ、その重要な部分を、エスノグラファーのことばを追いながら、わたしなりにまとめてゆくことは、おそらく受講者よりも、むしろ、わたしにとって、ひじょうに味わい深く、示唆に富むものであった。

中間試験(論述)では、
地球上に「性」が誕生した理由
動物行動学の観点からの「ホモセクシュアルの進化」
ヴェネズエラのバリ社会の「複数の父親」について
を出題した。
全体的に、できがよかった。
他方、期末試験(論述)では、
.屮ス社会の「チャラバイ」からみた日本のジェンダー観
▲戰奪ーの「性肯定社会」と「性否定社会」について
「誘惑のシナリオ」という恋愛の実践知について
という問題を出題した。こちらは、全体的に、できが悪かった。たしかに、中間試験に比べて、抽象度が上がって、難易度がアップしているような気もする。事前に、問題内容を詳しく教えなかったこともあるかもしれない。

 (写真は、本日朝の崇貞館)



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今学期やっている「性の人類学」という授業の明日の講義のために、『複数の父親の文化:南米低地における父性の分割についての理論と実践』という本を読んでいる。民族誌的な事実が、とびっきり面白いのだ。以下、忘れないために書き留めておきたい。

Stephen Beckerman & Paul Valent(eds.), Cultures of Multiple Fathers: The Theory and Practice of Partible Paternity in Lowland South America. University Press of Florida, 2002

スティーヴン・ベッカーマンが調査したヴェネズエラのバリ人社会(上の地図の左上のほう参照)の社会的・経済的な(生産と消費の)単位は、かまどを一つにする血縁集団である。男がマニオクの耕作や狩猟に精を出し、男たちには豊富な食糧があるが、食べ物は子どもたちにはなかなか行き渡らない。 バリ社会は、男の15%が複数の妻をもつ一夫多妻の社会である。女の側から言えば、結婚した状態では、ふつうは、一人の男=夫がいるだけである。というのは、土地所有者たちが、殺し屋を雇って、バリ人を殺そうなどするので、男性の死亡率が高い。男女の人口比が、女性に傾いているからである。

興味深いのは、女が、結婚後、妊娠すると、インセストタブーの範囲の外にある姻族の複数の男性と性交渉をするということである。男性の「恋人」は、胎児の健やかな発育にいいと考えられているという。出産の後、母親になった女は、森のなかで、村の女たちの前で、妊娠中に性交渉した相手を明らかにする。それを聞いた女たちは、村に帰って、性交渉の相手と名指しされた男たちに、子どもができたことを伝えるという。そうして、その複数の男=父親たちは、狩猟の獲物やマニオクなどの食糧を、贈り物として、子どもに授ける。その後、その子どもが成長すると、母親は子どもに向かって、父親を指差して、「あれが、おまえのお父さんだよ、魚や肉をもらえるよ」という。

ところで、バリ社会の「乱交」的な性行動のあり方を、ヒト以外の動物のセックスのあり方と単純に比較することはできないと思うのだが、知的な試みとして、以下では、バリ社会の性行動のありようを、ボノボの性行動と比較してみたい。ボノボについては、ドゥ・ヴァールの『インナー・エイプ(邦題:あなたの中のサル)』の記述分析を取り上げる。

ボノボは、交尾、マスターベーション、GGラビング(メス同士の性行動)、尻つけ(オス同士の性行動)、性器マッサージ・・・など、じつに多様な性行動をたえず行っている。ヒトが圧倒的にヘテロセクシュアルであるのに対して、ボノボはバイセクシュアルであり、その意味で、全方位型セックスを行っている。ただし、ボノボはけっして、ヒトの乱交パーティーのようなものを繰り返しているのではなく、親密な性的接触をスパイスのようにまぶした社会生活を送っているのであり、多様な性行動は、社会調節機能をもっているように思える。

そのような性的接触をひんぱんに行うことによって、ボノボは、ライオンやラングール、チンパンジーに見られるような、オスによる「子殺し」を回避することができている。子殺しとは、ハーレム型の社会集団を形成する霊長類のオスの繁殖戦略のひとつである。ハーレムを乗っ取ったオスは、次々と、集団内の子を殺し、メスの発情を促して交尾し、自分の子を産ませる。そのような子殺しに対抗するかたちで、ボノボのメスは、オスに限らず、メスとも子ボノボともセックスをするという、セックス中心の社会をつくり上げた。メスは、誰とでも寝ておけば、オスが自分の子と自分以外の子を峻別することができず、子を殺すようなことはないと判断したのではあるまいか。つまり、ボノボのような「乱交」型の社会は、父親が誰だか分からなくするという、メスの戦略によって支えられている。そういうふうに、ボノボ研究者・フランス・ドゥ・ヴァールは考えている。

Frans De Waal, Our Inner Ape. 2005

(1)男性にたよって食糧にアクセスするバリ社会では、社会的な要因によって、男性の人口が少ないため、女性たちは、誰とでも寝て、子どもが、複数の父親経由で、食糧にアクセスし、生存できるように「進化」した。(2)他方で、ボノボは、子殺しという、残虐さを伴うオスの繁殖行動を回避するために、メス主導でセックス中心の社会をつくりあげ、子の父が判然としない社会を「進化」させた。メスは、「誰とでも寝る」ことで、子の生存を確かなものとしたのである。

父親は一人であること、父親の背中を見て子どもは成長するということ、家父長的で厳格な父親像が崩壊し、子どもと仲良くする父親が現代の理想の父親像であるということ・・・などは、
じつは、それほど自明のことなのではないように思える。わたしたちは、父親幻想を見ているのかもしれない。



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ニューギニア・サンビア社会(仮名)の「儀礼的同性愛」の研究者であり、自らの同性愛経験を核として、同性愛をめぐる研究を行っている文化人類学者、ギルバート・ハート。日本語にも翻訳されている著作(『同性愛のカルチャー研究』現代書館)のなかで、彼は、日本の同性愛文化にふれ、三島由紀夫の『禁色』(新潮文庫)の質の高さを賞賛している。数年前に、そのことを知って、今学期からO大学で、「性の人類学」という授業を始めるにあたって、ずっと、その本をぜひとも読んでおきたいと思っていた。この週末に、一気に読み終えた。わたしのなかでは、サンビアの儀礼的な同性愛と日本の同性愛が、線でつながったような気がする。

川端康成をモデルにしたとも言われる頽齢の小説家・檜俊輔は、母に愛されず、三度の結婚に失敗し、すでに女に絶望している。彼を慕う娘・康子を追ううちに現れた、希臘彫刻のような精悍な美青年・南悠一。悠一は、自分が女を愛することができない男であることを、俊輔に告白する。俊輔に芽生えた目論見。それは、悠一を自らの分身として、自分を愛すことがなかった女たちに復讐をすることであった。俊輔は悠一に50万円を与え、女を愛せない悠一に、その美貌を用いて、女たちに不幸を与えるというはかりごとを画策したのである。

俊輔の言いつけどおりに、悠一は康子と結婚する。しかし、康子は、夫に愛されることがない。悠一は、そのことで、康子が、夫の男色にすでに気づいているのではないかと疑うようになる。

もし康子が、その良人は女一般を愛さないという事実に直面するならば、はじめから欺かれていたことになって、救いがない。しかし妻だけを愛さない良人は世間に数多く、この場合、今愛されているというその事実は、妻にとって、昔愛されていたという事実の逆の証跡にもなるであろう。康子だけを愛さないと知らせることこそ肝要である」(235ページ)と、悠一は、身勝手に考える。

倒錯した感情の微細なまでの心理描写が光を放っている。

俊輔の復讐の対象である鏑木夫人が、彼女の夫と悠一の男色の濡れ場を覗き見てショックを受けて、京都へと逃げた。鏑木夫人が悠一に対してつづった手紙を読み終えて、悠一が鏑木夫人に対して感動した、愛してしまったと告白したのであるが、そのとき、俊輔は悠一の情動を冷徹に分析する。

「・・・この世に肉感以外の感動はないことを。どんな思想も観念も、肉感をもたないものは、人を感動させない。人は思想の恥部に感動しているくせに、見栄坊な紳士のように、思想の帽子に感動したようなことを言いふらす。むしろ感動というようなあいまいな言葉はやめたらいい・・・君は心の中で、肉感を伴わない感動が何ものでもないことを知っているんだ。そこであわてて愛という追而書をつけたのだ。すると君は、愛をもって肉感を代表させたことになる」(310ページ)。

その語り口には、女になぞ、感動するものではない、愛したなどと軽々に語るものではないという、俊輔の女に対する怨念のようなものが宿っているように思う。

悠一は、ますます、男色の深みへとのめりこんでいく。

「・・・もし彼が、青年に合意の徴笑を示す。二人は夜おそくまで落ち着いて酌み交わすだろう。二人は店が看板になるとそこを出るだろう。酩酊を装って、ホテルの玄関先に立つだろう。日本では、通例、男同士の泊り客もさほど怪しまれない。二人は深夜の貨物列車の汽笛を間近に聴く二階の一室に鍵をかけるだろう。挨拶の代わりの永い接吻、脱衣、消された灯を裏切って窓の摺硝子を明るくする広告灯、老朽したスプリングがいたいたしい叫びをあげるダブル・ベッド、抱擁とせっかちな接吻、汗が乾いたあとの裸の肌の最初の冷たい触れ合い、ポマードと肉の匂い、はてしれぬ焦燥にみちた同じ肉体の満足の模索、男の虚栄心を裏切る小さな叫び、髪油に濡れた手、・・・そしていたたましい仮装の満足、おびただしい汗の蒸発、枕もとに手さぐる煙草と燐寸、かすかに光っているおたがいの潤んだ白目、堰を切ったようにはじまる埒もない長話、それから欲望をしばらくして失くしてただの男同士になった二人の子どもらしい戯れ、深夜の力較べ、レスリングのまねごと、そのほかさまざまの莫迦らしいこと・・・」(408ページ)。

男たちの情欲とその果て。それらがまざまざと浮かび上がるような描写である。

悠一と出会った青年・稔の心中。

「『この人もアレだな』と稔は思っていた。『でもこんなにきれいな人が、アレだということは、なんて嬉しいんだろう。この人の声も、笑い方も、体の動かし方も、体全体も、匂いもみんな好きだ、早く一緒に寝てみたいな。こんな人になら、何でもさせてやるし、なんでもしてやろう。僕のお臍を、きっとこの人も可愛いと思うだろう。』--彼はズボンのポケットに手を入れて、突っ張って痛くなったものを、うまく向きをかえて、楽にした・・・」(448−9ページ)。

稔と悠一の関係に嫉妬した、やはり男色家である稔の養父は、悠一の妻・康子と悠一の母の元に、悠一が男色であることを密告する手紙を送る。悠一の母は、その手紙が真実であるのかどうかを、実地に確かめようとする。

彼女は目をつぶって、この二晩に見た地獄の光景を思いうかべた。一通の拙い手紙のほかには、かつて彼女が予備知識をもたなかった現象がそこに在った。たとえようもない気味の悪さ、怖ろしさ、いやらしさ、醜さ、ぞっとする不快、嘔吐をもよおすような違和感、あらゆる感覚上の嫌悪をそそる現象がそこに在った。しかも店の人たち客たちも、人間のふだんの表情、日常茶飯事を行うときに平然たる表情を崩さぬことが、まことに不快な対比を形づくる。『あの人たちは当たり前だと思ってやっているんだわ』と彼女は腹立たしく考えた。『さかさまの世界の醜さはどうでしょう!ああいう変態どもがどう思ってやっていようと、正しいのは私のほうだし、私の目に狂いはないんだ』」(475ページ)。

男色の世界を驚愕のまなざしでもって眺める悠一の母の思いが、閃光のごとく表現されている。 悠一に恋心を寄せながら、彼の男色行為を覗き見して、ショックで京都に遁走していた鏑木夫人が、上京して、その窮地を救ったのである。

最後に、俊輔の身代わりであることを拒むために、俊輔と会った悠一は、俊輔の自殺に立ち会うことになる。俊輔は、悠一に、1千万円という財産を残したのであった。

人間の過剰なる性の叙述。性の人類学は、過剰なる性へと経験的に接近し、その息づかいまでをも含めて、活写しようとする点に、その最大の特徴を抱懐する。マリノフスキーの古典的な名著『未開人の性生活』は『禁色』に肩を並べる読み物、性のエスノグラフィーだったのだと思う。悠一の母のいうように、同性愛が「感覚上の嫌悪をそそる現象」であるかどうかは別にして、ある意味で、身近な他者の現象であるならば、性行動の記述にあたって、『禁色』は、性の人類学が目指すべき叙述のある型を示しているのではないかと思う。



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Nさんが言うように、性をめぐる問題に対して、哲学的・思弁的な研究の蓄積(たとえば、フランスの性研究)の観点から眺めるならば、人類学は、性をめぐる行動を、経験的に、より近い地点から解読しようとする点で、スリリングである。人類学の醍醐味は、経験としての性行動、セックスおよびその(社会的文化的)背景へと漸近し、その息づかいまでをも含めて、エスノグラフィックに活写しようとするところにある。他方で、人類学は、そうしたミクロなアプローチとは真逆の、マクロな時間枠のなかで、ヒトをヒトたらしめている過剰なる、蕩尽的な性の始原・淵源を求めて、ヒト以前(以外)の生き物の性行動へとまなざしを向け、探究しようとする欲動を、そのうちに抱え込んでいる。前者が、エスノグラフィーをベースにして、人類の(ときに過剰な)性のありよう、その多様性を明らかにしようとするのに対して、後者は、主に、生き物の生殖へといたる行動などの観察をつうじて、性行動の進化・適応過程を解読しようとする。

Sさんの関心は、東アフリカに見られる「儀礼的(特別な)性交」について。喪明けや屋敷建築のさいに、屋敷内で決まった順番で「性交」がおこなわれる。そうした「性交」は、そのような社会では、じっさいには、どのようなものとしておこなわれ、どのようなものとして捉えられているのだろうか。性交そのものが、儀礼的に、新たな秩序を構築するために使われるとは、いったいどのようなことなのだろうか。
「儀礼的な性交」は、屋敷内では誰もが知っている事実で、性交の相手は、そうした騒々しい雰囲気のなかで、上手く性交がおこなえなかったというようなことがあったという。その行為を取り巻く、前後のそうしたざわめきのようなものを含めて、全貌について知りたい。

Tさんは言う。問題は、「ヒト以前」のサルには、同性愛行動やマスターベーションというような「人間的な行動」をおこなうことがないと思われているがゆえに、そういった(過剰な)性行動の報告が、人びとの関心を引くということである、と。性の人類学は、サルに、ヒトの性行動を重ねあわせて、読み取っているのではないか。攻撃的であり、残虐的なチンパンジーに対して、頻繁にセックスをし、社会関係の調節をはかろうとするボノボ。そういった類型は、サルの行動を、ヒトの行動の延長上に読み取ることの典型ではないだろうか。サルは、人間あるいは人間性の起源を求める対象でしかない、とも。そういったものではない、性の人類学からのサルの性への接近を。

以上、新宿での性の人類学の打ち合わせ(2007.9.14.)の個人的なメモ。Sさん、Tさん、害獣対策のあり方などを含めて、いろいろと勉強になりました。ありがとうございました。

写真は、夜這い旅行の帰り道でのプナンの男女。



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ドナルド・ブラウンのペニスピンに関する論考を読んだ。
Brown, Donald, E. 'The Penis Pin: An Unsolved Problem in the Relations between the Sexes in Borneo'in Sutlive, Vinson (ed.) Female and Male in Borneo: Contributions and Challenges to Gender Studies, 1991, Borneo Research Council.

ボルネオ島先住民社会でかつて広く見られたペニスピンをめぐる先行文献を渉猟したブラウンは、それが、おおむね、二つの目的をもつものとして、論じられてきたことを指摘している。
(1)ひとつには、それは、女性の性的な快楽のためのものであるということであり、(2)ふたつめは、男が「男らしさ」を獲得するためであるというものである。

今日、プナンは、ペニスピンを装着することによて得られる快楽について、「女が気持ちよければ、男も気持ちいい(lake jian tegen daun redu jian rasa)」というような言い方をすることが多い。女が装着を要求するのか、男が自ら付けるのか。
女性が男性に付けるように頼むということはよくあると聞く。ペニスピンを付けていた男性と別れた後に結婚した男性が付けていなかった場合、付けるように頼むことがあるということを、プナン人の年寄りの男性から聞いた。妻からペニスピンを付けるように言われて、それがひとつの理由となって、別れたと語った30歳代の男性もいた。

他方で、父親や「兄」にあたる男性など、身近にいる男性がペニスピンを装着していたから、自分も付けたと語る場合が多い。ペニスピンを付けるかどうかは個人の裁量に任されているが、一般には、装着することを、周囲が自然に後押ししているのではないかと思う。

プラウンのペーパーには、ペニスピンと多産との関わりに関して調査研究を行った研究者がいたことが紹介されている。クールワインは、1930年の論文で、2500人のボルネオ人の生殖器を調べて、ペニスピンを装着する確率が高い集団において、子どもの数が多いというようなことはない、と報告したという。つまり、ペニスピンを付けたからといって、(それで快楽をむさぼりあうようになり)、より多産になるというようなことではない、というのだ。

ところで、 ペニスピンを付けることが、男らしさの獲得に関わるかどうかについては、少なくとも、今日のプナン人たちからの聞き取りからは、明らかにはならなかった。B川流域では、LやPの家の男たちのなかに、ペニスピンを装着している人が多いという噂がある。そして、誰がペニスピンを付けているのかという情報は、かなり精確に、周辺の人びとに知れ渡っている。

(写真:ペニスピンをめぐるわたしのしつこすぎる
質問に対して、あるプナンは、植物の茎を削って、ペニスピンの模型をつくってくれた)



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