風来坊参男坊

思い付くまま、気が向くまま、記述する雑文。好奇心は若さの秘訣。退屈なら屁理屈が心の良薬。

BAC111 111号

2007年06月20日 10時08分27秒 | 随想
1970年は日本で最初の万国博覧会が大阪千里丘陵で開催された大阪万博EXPO'70の年である。将来の発展が予感され、夢と希望が膨らんだ、明るい時代であった。
その年にヨーロッパを旅した。ジャンボジェットは就役して間もないので、国際線の主力旅客機は、ボーイング707やダグラスDC-8である。客室は6列で新幹線の客室が空を飛んでいる。ジャンボジェットの広胴客室の幅は6m程あり、中央高速道の恵那山トンネルが飛んでいる。

ジャンボジェットは、アメリカ空軍の次期大型輸送機のロキード社との競争に敗れた屈辱のボーイング社が、苦肉の策として民生用に開発したのである。その後の経済発展で中産階級の海外旅行需要が増加し、大量輸送の時の流れに乗り、民間旅客機の主役になったのである。負けるが勝ちの諺の見本である。
欧州では超音速旅客機コンコルドを就役させたが、高額の運賃と客席確保が難しい為に需要が伸びなかった。最大の欠点は航続距離が短く、遠距離の旅では、ジャンボに叶わないのである。兎と亀の童話の世界である。亀さんジャンボは速度は遅いが、こつこつと距離を稼ぐのである。

欧州の国内線で乗ったのが、イギリスの短距離旅客機BAC111(British Aircraft Corporationワン・イレブン)で、フランスならシュド・カラベルである。アメリカの競合機は夢のジェット機・ボーイング727である。アメリカの庇護下にあった当時は、欧州の飛行機は日本に無かった。リア・ジェットがブームであった。

欧州と米国は飛行機の設計思想が、違うように感じた。欧州機は、余裕の設計で、安全重視であるが、無駄が多いし、乗り心地が悪い。乱気流に遭遇すると機体が大揺れする。翼の面積が大きく、エンジンが止まっても、滑空出来そうである。過去の人類最初の大型ジェット旅客機のコメットの事故の教訓から、安全性の冒険が出来ないのである。

アメリカ機は、高度の限界科学理論で、安全と危険が紙一重である。旅行傷害保険に入らないと安心できない。乱気流に突っ込むと、翼がブラブラして客室は揺れないのであるが、精神衛生の視点では最悪である。翼は小さく、エンジンが止まれば、落ちそうである。無駄が無いので、経済的優位に有り、欧州の頑丈な設計思想は、機体の大型化に伴い消滅する事になる。

極限まで安全性を犠牲にして、経済性を追求した機体は、絶対事故が許されないのであるから、運航に携わる人々の質の向上は徹底しないといけない。東洋の魔女を育てた、「鬼の大松監督」の登場が必要である。教育されたプロの職人芸の従業員は高額の報酬を受けても不満が無いが、報酬を目当ての甘い守銭奴が増えている報道が目立つので、高所恐怖症を理由に飛行機は敬遠しているのである。

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