熱川温泉ぐらし

伊豆の自然と人とのふれあいを紹介するサイトです。

第二スモーク釜か゛完成した

2006年08月31日 | Weblog
第二スモーク釜が完成した。鉄板の穴あけ、ハンマードリルのあの大きな騒音に、デリケートな日本ミツバチに、逃げられずにすんだのはラッキーだった。知り合いのM君は二ヶ月目で逃げられたと、ついこのあいだ知らされた。次は実際にスモークを試みて、煙や臭いにどう反応するか、其の結果がどうなるか。不安と期待が、半半、胸の中でくすぶっている。

国宝、ギャラリーへ

2006年08月30日 | Weblog
学生達の緊張感が伝染したのか、私の緊張感も抜けていなかった。私のお面ギャラリー、日本仮面歴史館に、野村先生と学生を案内した。ここには、自作面九百面のうち五百面の展示してある。作品の評価は、私の三十年間の評価でもある。自分の顔は自分の精神であり。結局、作品は私自身である。振り返ると何一つ自信の作品はない。近かずけば遠のく幽玄の世界、ING、何時までも進行形、そして壁。一生涯、一千面の目標が、ここ、二年半、百面を残し面制作はストップだ。厚い壁だ、中断は百歩後退だ、私は計り知れない後退をしている。命をかけてことに当たる覚悟のない証だ。人間国宝の野村万之介師は、どれだけの壁を打ち破って、ここまでたどり着いたのであろうか。落ち着け、ゆっくりと静かに、と言い聞かせるのだが、、、未熟だ。帰り際、先生から握手を求められた。ネット上の先生が書かれた、初心不可忘の文字が思い出された。写真は三メートルの鯤

Aさん

2006年08月29日 | Weblog
Aさんは、不動産会社の社長である。景気の動向は株屋に聞けと言う人もいるが、私は何時も、この人に聞く。田舎暮らしの私達にとって、最新の情報に非常に明く、センスも抜群だ。ギャラリー、日本仮面歴史館の開設時、正面ウインドウの配置、内装、照明、その他諸々の提言を頂いた。大切な時間を割いての懇切丁寧な指導に、今でも頭が下がる。食通の彼から戴く、ポンパドールのパンは、妻の大好な物のひとつだ。私達から差し上げるものは、これといってないが、唯一、手作りベーコンだけは、彼のお気に入りだ。其れと我が農園の野菜は口に合うらしい。固くなった私の頭に、何時までも油を、じっは、このブログに火を付けたのも、Aさんである。

人間国宝との対面

2006年08月28日 | Weblog
 先入観も捨て切れなかった。緊張も解けなかった。。学生に混じり、野村先生を駅頭に出迎えた。ネットで見た、写真と違って見えた。先生の、ご主人ですか、との、言葉を堅く受け止めたのは初対面であったのか、私に門があったのか。バナナ、ワニ園を、見学したいとの先生の要望で、入り口まで案内した。その間、何度か言葉を交わし、先生から話の共通点を探してくださったので気分が和らいだ。夕食時、学生のF君に、先生のご機嫌を聞くと、良いです、との返事だった。I君に用意しておいた、色紙に先生のサインをお願いすると、恐縮して、私が直接に頼んで下さいという、I君の緊張感がひしひしと伝わってきた。勇気をもって当たるしかない。学生の練習の舞台を提供して頂いたFホテルの女将の口上を代弁し、無理を承知にお願いし、二枚の色紙にサインを戴いた。先生自身も、この様なことは稀らしい。数人の学生が、めずらしいと思ったの報道陣のように、色紙を、写真に収めていた。私もゴリ押しを少し反省している。その後、妻、先生と私と写真に納まり。合宿の最後の夕食を終えた。

人間国宝が!

2006年08月25日 | Weblog
早稲田大学と東京大学の合同の狂言サークルのメンバーが当館で三日間合宿を行うことになった。何と、なんと、この狂言サークルの指導しているお方が、無形文化財保持者、ひらたく言うなら、人間国宝、かの野村万之介師匠である。何故、当館が選択の対象の第一候補に挙がったのか、その理由を学生に伺うと、私が面を作っているからとのこと、益々緊張度が、、、、、。早速ネットで師匠の情報を、ふむふむ、なるほど。以前、東京都指定無形文化財保持者の松本源之助師匠が来館されたときは大変気さくな方であった。今度は、はたして、どんな出会いになるのか。今回もやはり、案ずるより生むが安し、先入観は捨てよ、これしかない。