新古今和歌集の部屋

今昔物語 安義橋の鬼

こんな話がある。

昔々、近江の守○○の○○という人が、その国に赴任していた間に、国庁の館に若い元気な人が集まって、昔話や碁や双六を打って飲み食いして遊んでいたが、そのうちの一人が

「この近江の国の安義橋という橋は、昔は人通りがあったが、無事通ったものがないという噂が広まって、今は誰も通るものがない。」といったら、

「オレならその橋を渡ってやる。お館の鹿毛の馬に乗ったら」といったら、皆がけしかけ、それが守の耳に届き、

「馬なら持って行け」と言われたので、男は

「ばかげた冗談です」といったら、周りが「卑怯者」と罵り、ついに男は行くこととなり、馬の尻に油をたっぷり塗り、出かけていった。

肝が潰れるほど怖く心細かったが、引き返す訳にもいかず、行くうち、その橋に着くと、橋の真ん中に人が一人立っている。

「これは鬼だな」と思うと、ドキドキしながら見れば、薄紫色の衣のしなやかで、濃い単衣、紅の袴を長々とはいて、恥じらい口を覆ってなんともいじらしげな目つきの女が居て、ぼんやり視線を流している様子も哀れげである。呆然と人に置いて行かれた樣子で、橋の欄干に寄りかかっていたが、男を見付けて、恥ずかしそうにしながら、うれしく思っている樣子だった。

男は、これを見ると、前後の見境も無くなり、「女を抱き上げて乗せていこうか」と馬から女へ身を乗り出そうと思ったけれど、「この樣な所にこういう女がいるはずがないから、きっとこれは鬼だろう」として「とにかく通り過ぎよう」とひたすらに思いこんで、目をふさいで馬を鞭を打って走らせて通ると、この女「今、私に声掛けてくれる」と待っていたのに 、声を掛けずに通り過ぎたので、

「ちょっと、そこのお方、何故たいへんつれなく行ってしまわれる。思いもよらず、思いがけないこんな所に人が私を置き去りにして行ってしまったのです。人郷までお連れ下さいませ」
と言うも最後まで聞かず、全身が総毛立った樣に思えたので、、馬を早駆けして飛ぶ樣に行くと、この女、 「なんとつれない」と言う声は、大地を響かすほどであった。(そうして男を)追っかけて来れば、「やっぱり鬼だったか」と思うと、「観音様、助け下さい」と念じて、驚くほど早い駿馬に鞭を打って走らせると、鬼は走り掛かって、馬の尻に手を掛け手を掛けて、引っ掛けて馬を止め樣とするのに、油を塗っていたので滑って、【引□し引□して】、捕えることができなかった。

男は、馬を走らせながら後を振り向くと、真っ赤な顔の約2.7メートルの一つ目の鬼で、指三本で爪は15センチメートルくらいで、見た途端肝が潰れ恐怖に襲われていたが、観音様を念じ、やっと人里に駆け込んだ。

鬼は「いつか捕まえにいくから」と言って消えた。男はあえぎながら館に着くと、一部始終を語り、守は「つまらぬことであやうく犬死にするところだった」と言ってその駿馬を与えた。

その後異変があったので陰陽師に聞くと、「これこれしかじかの日は特に慎め」と占った。その言われた日になると門を固く閉じていたが、東北にいるはずの弟が突然やって来て、入れてくれと言うので、最初は断ったがついに入れ、食事を出しているうち、兄弟で取っ組み合いとなり、男は

「太刀をよこせ」と言ったら

「気でも狂ったのですか」と妻が言い、

「オレに死ねというのか」と言っているうちに、弟が兄の首をぷっつりと切ってしまった。そして妻の方を振り返って、

「うれ~し~い」

と言う顔をみると橋の鬼で、かき消す樣に消えた。妻と家の者は皆泣き騒いだがどうしようも無いので止めてしまった。

 

今昔物語集巻第二十七
近江國安義橋鬼喰人語第十三
今昔、近江ノ守、□ノ□ト云ケル人、其ノ國ニ有ケル間、舘ニ若キ男共ノ勇タル数居テ、昔シ・今ノ物語ナドシテ、基・雙六ヲ打、万ノ遊ヲシテ物食、酒飲ナドシケル次デニ、「此ノ國ニ安義ノ橋ト云フ橋ハ、古ヘハ人行ケルヲ、何ニ云ヒ傳タルニカ、今ハ『行ク人不過ズ』ト云ヒ出テ、人行ク事无シ」ナド、一人ガ云ケレバ、オソバエタル者ノ口聞キ[キラ]々シク、然ル方ニ思エ有ケルガ者ノ云ク、彼ノ安義ノ橋ノ事、實トモ不思ズヤ有ケム、「己レシモ其ノ橋ハ渡ナムカシ。極ジキ鬼也トモ此ノ御舘ニ有ル一ノ鹿毛ニダニ乗タラバ渡ナム」ト。
其ノ時ニ、残ノ者共、皆有ル限、心ヲ一ニシテ云ク、「此レ糸吉キ事也。直ク可行キ道ヲ、此ル事ヲ云ヒ出テヨリ横道スルニ、實・虚言モ知ラム、亦此ノ主ノ心ロノ程モ見ム」ト勵マシケレバ、此ノ男、弥ヲ被早テ諍ヒ立ニケリ。此ク云ヒ立ニタル事ナレバ、互ニ強ク諍フヲ、守、此ノ事ヲ聞テ、「糸□ク[ノノシル]ハ何事ヲ云ゾ」ト問ケレバ、「然々ノ事ヲ申ス也」ト集テ荅ケレバ、守、「糸益无キ事ヲモ諍ケル男カナ。馬ニ於テハ早ク得ヨ」ト云ケレバ、此ノ男、「物狂シキ戯事ニ候フ。傍痛ク候フ」ト云ケレバ、異者共集テ、「弊々シ、弱々シ」ト勵マセバ、男ノ云ク、「橋ヲ渡ラム事ノ難キニハ非ズ、御馬ヲ欲ガル樣ナルガ傍痛キ也」ト。異者共、「日高ク成ヌ。遅々シ」ト云テ、馬ニ移置テ引出テ取セタレバ、男、胸□ルヽ樣ニハ思ユレドモ、云ヒ立ニタル事ナレバ、此ノ馬ノ尻ノ方ニ油ヲ多ク塗テ、腹帯強ク結テ、鞭、手ニ貫入レテ、装束軽ビヤカニシテ、馬ニ乗テ行クニ、既ニ橋爪ニ行懸ル程、胸□レテ心地違フ樣ニ怖シケレドモ、可立返キ事ニ非ネバ行クニ、日モ山ノ葉近ク成テ、物心細氣也。况ヤ此ル所ナレバ、人氣モ无ク、里モ遠ク被見遣テ、家モ遥ニ[ケブリ]幽ニテ、破无ク思々フ行クニ、橋ノ半許ニ、遠クテハ然モ不見エザリツルニ人居タリ。「此ヤ鬼ナラム」ト思フモ、静心无クテ見レバ、薄色ノ衣ノ□ヨカナルニ、濃キ單・紅ノ袴長ヤカニテ、口覆シテ破无ク心苦氣ナル眼見ニテ女居タリ、打長メタル氣色モ哀氣也。我レニモ非ズ人ノ落シ置タル氣色ニテ、橋ノ高欄ニ押懸テ居タルガ、人ヲ見テ、耻カシ氣ナル物カラ、喜ト思ヘル樣也。男、此レヲ見ルニ、更ニ来シ方・行末モ不思エズ「掻乗セテ行カバヤ」ト落懸ヌベク哀レニ思ヘドモ、「此ニ此ル者ノ可有キ樣无ケレバ此レハ鬼ナムメリ」トテ「過ナム」ト偏ニ思ヒ成シテ、目ヲ塞テ走リ打テ通ルヲ、此ノ女、「今ヤ物云ヒ懸」ト待ケルニ 、无音ニ過レバ、「耶、彼ノ主、何ドカ糸情无クテハ過ギ給フ。奇異ク不思懸ヌ所ニ人ノ弃テ行タル也。人郷マデ将御セ」ト云フヲモ不聞畢ズ、頭・身ノ毛太ル樣ニ思エケレバ、馬ヲ掻早メテ飛ブガ如クニ行クヲ、此ノ女、「穴情无」ト云フ音、地ヲ響カス許也。立走テ来レバ、「然レバヨ」ト思フニ、「観音、助ケ給ヘ」ト念ジテ、奇異ク駿キ馬ヲ鞭ヲ打テ馳レバ、鬼走リ懸テ、馬ノ尻ニ手ヲ打懸々々引フルニ、油ヲ塗タレバ、引□シ引□シテ、否不捕ズ。男馳テ見返テ見レバ、面ハ朱ノ色ニテ、圓座ノ如ク廣クシテ目一ツ有リ。長ハ九尺許ニテ、手ノ指三ツ有リ。爪ハ五寸許ニテ刀ノ樣也。色ハ禄青ノ色ニテ、目ハ琥珀ノ樣也。頭ノ髪ハ蓬ノ如ク乱レテ、見ルニ、心・肝迷ヒ、怖シキ事无限シ。只観音ヲ念ジ奉テ馳スル氣ニヤ、人郷ニ馳入ヌ。其ノ時ニ鬼、「吉ヤ、然リトモ遂ニ不會ザラムヤハ」ト云テ、掻消ツ樣ニ失ヌ。男ハ喘々グ我レニモ非デ、彼レハ誰ソ時ニ舘ニ馳着タレバ、舘ノ者共立騒テ、「何々ニ」ト問フニ、只消ニ消入テ物不云ズ。然レバ集テ、抑ヘテ心静メテ、守モ心モト无ガリテ問ケレバ、有ツル事ヲ不落ズ語ケレバ、守、「益无キ物諍ヒシテ、従ニ死ニスラムニ」ト云テ、馬ヲバ取セテケリ。男、シタリ顔ニテ家ニ返ニケリ、妻子・眷属ニ向テ此ノ事ヲ語テ、恐ケリ。其ノ後、家ニ物恠ノ有ケレバ、陰陽師ニ其ノ崇ヲ問フニ、「其ノ日重ク可慎シ」ト卜タリケレバ、其ノ日ニ成テ、門ヲ差籠テ堅ク物忌ヲ為ルニ、此ノ男ノ同腹ノ弟只一人有ケルガ、陸奥ノ守ニ付テ行ニケルガ、其ノ母ヲモ具シテ将下リタリケルニ、此ノ物忌ノ日シモ返来テ、門ヲ叩ケルヲ、「堅キ物忌也。明日ヲ過シテ對面セム。其ノ程ハ人ノ家ヲモ借ラム」ト云出タレバ、弟、「糸破无キ事也。日モ暮ニタリ。己一人コソ外ニモ罷ラメ、若干ノ物共ヲバ何ガセム。日次デノ悪ク侍レバ、今日ハ態ト詣来ツル也。彼ノ老人ハ早ウ失給ヒニシカバ、其ノ事モ自ラ申サム」ト云入レタレバ、年来不審ク悲ク思フ祖ノ事ヲ思フニ、胸□レテ、「此レヲ可聞キ物忌ニコソ有ケレ」ト云テ、「只疾ク開ヨ」トテ、泣キ悲テ入レツ。然レバ庇ノ方ニテ先ヅ物食セナドシテ後ニ、出向テ泣泣ク語フニ、弟服黒クシテ泣々ク云居タリ、兄モ泣ク。妻ハ簾ノ内ニ居テ、此ノ事共ヲ聞ク程ニ、何ナル事ヲカ云ケム、此兄ト弟ト、俄ニ取組テ、カラカラト上ニ成リ下ニ成リ為ルヲ、妻、「此ハ何ニ々ニ」ト云ヘバ、兄、弟ヲ下ニ成シテ、「其ノ枕ナル大刀取テ遣セヨ」ト云フニ、妻、「穴極ジ。物ニ狂フカ。此ル事ハ為ルゾ」ト云テ不取セヌヲ、尚「遣セヨ。然バ我レ死ネトヤ」ト云フ程ニ、下ナル弟押返シテ、兄ヲ下ニ押成シテ、頚ヲフツト咋切落シテ、踊下テ行クトテ妻ノ方ニ見返リ向テ、「喜ク」ト云フ顔ヲ見レバ、彼ノ橋ニテ被追タリキト語リシ鬼ノ顔ニテ有リ、掻消ツ樣ニ失ヌ。其ノ時ニ、妻ヨリ始メテ家ノ内ノ者共、皆泣キ騒キ迷ヘドモ、甲斐无クテ止ニケリ。然レバ、女ノ賢キハ弊キ事也ケリ。若干ク取置ケル物共・馬ナドト見ケルハ、万ノ物ノ骨・頭ナドニテゾ有ケル。由无キ諍ヲシテ、遂ニ命ヲ失フ、愚ナル事トゾ、聞ク人皆此ノ男ヲ謗ケル。其ノ後、樣々ノ事共ヲシテ鬼モ失ニケレバ、今ハ无シトナム語リ傳ヘタルトヤ。

始めの部分は、名馬を獲るための虚構と思う。陰陽師に占わせた辺りにそれまで何も無かったことが窺える。しかし、それが本当になり鬼が来て殺された。

よく、心霊スポットに肝試しとして興味本位で出掛け、本当の幽霊に会って一緒に行った友達が取り憑かれてノイローゼとなり自殺したり、家出し行方不明になったりするビデオを見る。もやは鬼と化した幽霊。近付くのは将に自殺行為。ご用心ご用心。

私は、滋賀県の○○八幡市と蒲郡○○町と境の旧橋、そして○○唐橋には決して近付かない。過去に何があったか知っているから。

 

あなたは、この話を信じますか?

コメント一覧

jikan314
@honu_diary 天瀬様
授業の古典って、文法ばかりでつまらないと思っている学生が多い(私もそうでした)と思っております。こんな面白い話もいっぱいあるのにと言う事で、平安ミステリーを書いています。
鬼👹に会い、捕まりそうになる事を前提に、馬の尻に油を事前に塗っておくなんてあり得ないですので、前半は近江守の名馬を得る為の嘘だと思いました。
ところが、本当の怪異に出会い、陰陽師に占わせ、鬼👹に殺されたのは、本当の事だと思います。
男と鬼の本当の話は、この男が他の者に話さなかったので、伝わらなかったと思います。創作ならこの辺も詳しく書きますよね😃
又御來室頂ければ幸いです。
拙句
肝試し本当の事闇の中
honu_diary
こんにちは😃
地響きを伴う「なんとつれない」は、想像したら迫力あって怖いですね。女性の鬼だったのでしょうか?「いつか捕まえにいくから」と言っていたのに、首を斬るとは理不尽です😅

馬の尻に油を塗るのは、当時は魔除けで普通にやってたのでしょうか?この話の中だけのことだったのでしょうか?
jikan314
紫音様
コメント有難うございます。
安義橋は、とても怖い話なので、ついにその心霊?スポットヘは行きませんでした。
ラジオドラマでも迫力が有ったかと存じます。
他の物語の心霊?スポットは、何気に京都市内写真を撮りに行き、載せてはいますが基本怖がりなので。
今昔物語などを訳す時には、日本昔ばなしの市原悦子、常田富士男さんが話しているのをイメージしております。
又御来室頂ければ幸いです。
紫音
四半世紀ほど前、NHK-FMのラジオドラマで
この「あぎのはし」を聞いたことがあります。
何故か録音してあって、MDに入っています。
(それもまた怖い…(笑))
男:田中信夫
殿様、ナレーター:鈴木瑞穂
鬼、女:山本百合子
鬼、弟:銀河万丈
という、豪華な配役でした。
jikan314
人生色々あらーな様
コメントとても嬉しいです。
学校の古文の授業って、やれ已然形だとか係結びだなど全然つまらないですよね。こんなに面白い物語がたくさんあるのに?と思いアップしています。
安義橋はとても好きな話で2~3日位かけて訳しています。
安義橋は、今の安吉橋とは違う旧安吉(安儀)との事。
踊下テ行クトテ妻ノ方ニ見返リ向テ、「喜ク」ト云フなんてぞくぞくしますよね。
近江話題をまだまだアップしていますので又御來室頂ければ幸いです。
拙句
秀郷も弓を構へむ初木枯らし
(瀬田橋の秀郷のムカデ退治をモチーフに)
人生色々あらーなぁ
あんきちばし
こんにちは、近江の国の者です。
上記安吉橋の近くに住んでおります。
日野川にかかる橋ですが水は絶え間なく、今も流れています。
車は多く渡り、この時の雰囲気とは違いますが、川のほうを見ると昔の名残が今もあります。
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