さいえんす徒然草

つれづれなるまゝに、日ぐらしキーボードに向かひて

毒素の源

2007-01-31 22:17:56 | 生態学・環境
 ヤマカガシ Rhabdophis tigrinus は日本で最も普通に見られるヘビの一種ですが、このヘビが人を殺すほどの毒を持っていると知られるようになったのは比較的最近のことのようです。彼らは奥歯の根元にその毒腺を持っていますが、それとは別に頚部にも別の毒腺があり、捕食者などに襲われた時にここから別の弱い毒素を分泌して追い払います。この毒素はブファジェノライドと呼ばれる物質で最初ヒキガエルから発見されたようですが、今では昆虫など広範囲の生物が持っていることが確認されています。


 米オールド・ドミニオン大と日本の京都大学らのチームは今回、ヤマカガシはヒキガエルを食べることでこのブファジエノライドを獲得していることを突き止めました。もともと、ヒキガエルのいない金華山島などのヤマカガシはこの毒素を持っていないという観察事例も以前からあったようです。

 
 毒のある生物を食べることで、自らその毒を蓄積して利用するというやり方はその他の生物にも見られます。例えばオオカバマダラという蝶の一種はトウワタを食べることで、アルカロイドを体内に蓄積します。以前紹介したマダガスカルのドクカエル類では餌の昆虫から毒素を蓄積しているようでし、フグのテトロドトキシンは細菌が作り出したものが貝類を通じて生物濃縮されたものであると考えられています。


<参考>
Snake Bites the Toxic Toad That Feeds It--and Spreads Its Poison(Scientific American)
ヤマカガシ(Wikipedia)
生薬の話(求心HP)

サイレント変異は時に雄弁に語りき

2007-01-29 23:58:36 | 分子生物学・生理学
 DNAに書き込まれたタンパクのアミノ酸配列の情報は、コドンという暗号を介して翻訳されます。コドンは3つの連続した塩基配列からなっており、それぞれの全64種類(4×4×4)のコドンがそれぞれに対応した20種類のアミノ酸と翻訳停止信号をコードしています。(コドン表)

 通常1つのアミノ酸に対して複数個のコドンが対応することになるので、コドンの中で対応アミノ酸を変えない点突然変異はコードタンパクの一次構造を変えることは無く、こうしたDNA突然変異はサイレント変異と呼ばれます。(例えばCCCがCCTに変異しても同じプロリンをコードします。) 

 米国立癌研究センターのKimchi-Sarfatyらは、こうしたサイレント変異でも場合によっては翻訳されるタンパクの機能に影響を及ぼす可能性があることを示しました。MDR1(Multidrug resistance 1)は薬物などの物質を細胞外へ排出する輸送ポンプの一種ですが、DNA上に書き込まれたサイレント変異がこのタンパクの各種阻害剤に対する感受性に対して影響を及ぼすようです。調べてみるとサイレント変異の起こった遺伝子産物では、どうやらタンパクの3次元構造が異なることが分かりました。この理由として、サイレント変異によってその部分がレアコドン(滅多に使われないコドン)に変わったために、(対応するtRNAの濃度が低いから)リボゾーム上でのタンパクの翻訳スピードがその部分で下がり、通常とは違う折りたたまれ方をしたのではないかということです。

 タンパクへの翻訳スピードがかわるとタンパクが適切に折り畳まれないことがあるとは以前から考えられていたようですが、今回のKimchi-Sarfatyの報告は初めての事例となるようです。これまでサイレント変異となる一塩基置換は機能に影響を与えないとして無視されがちでしたが、ひょっとしたら他のタンパクでも重大な影響を及ぼしているのかも知れません。


<参考>
A "Silent" Polymorphism in the MDR1 Gene Changes Substrate Specificity, C. Kimchi-Sarfaty et al., Science 315, 525 (2007);published online 21 December 2006 (10.1126/science.1135308).

ラブカ

2007-01-26 16:05:58 | 生態学・環境
 生きた化石と言われるラブカザメの生きた映像が静岡県沼津市の内浦湾で撮影されました。普段は水深600-1000mの深海で暮らしている彼らの生きた映像は非常に稀だそうです。今にも死にそう(実際数時間後に死亡したようですが)に見えるのは弱っているからなのか、それとももともとこういう顔なのでしょうか。



<参考>
Rare shark captured on film(CNN)映像有り
「ラブカ」(wikipedia)

同性愛の遺伝学

2007-01-12 23:50:02 | 生態学・環境
 同性愛という現象はヒト以外の生物でも見られるのかどうかは知りませんが、生殖という生物にとって本質的に重大な行為を全てまたは一部でも犠牲にするという意味で(あくまで生物学的に)不可思議な現象であるとも言えます。同性愛を引き起こす要因は環境的なものが大きいと考えられますが、ある程度遺伝的な傾向も観察されるようです。

 今のところ同性愛を引き起こすような遺伝子が特定されたという事実は無いようですが、もしそのようなものが存在している場合、はたしてどのようにしてそのような生殖に直接的に負の影響を与える対立遺伝子が個体群の中に維持されてきたのかということは非常に興味深い問題であると思われます。通常そのような遺伝子は進化の過程で淘汰されるはずであり、負の効果以外にそれを打ち消すような何らかの仕組みがあると考えられるからです。提唱されている主な仮説としては、超優性説、sexually antagonistic selection(性拮抗的淘汰とでも訳すのでしょうか?)、血縁淘汰の3つがあるようです。
 
 超優性説においては劣性遺伝子である同性愛遺伝子aは、ホモ接合時(aa)は個体に同性愛的行動を引き起こし生態的に大きなコストを掛けるが、ノーマルの遺伝子Aとヘテロ接合(Aa)すると、ノーマルのホモ接合型(AA)よりも繁殖力が高くなるという説です。遺伝学の授業でよく引き合いに出される鎌状赤血球症候群の遺伝子が淘汰されずに維持されているメカニズムと同じです。この仮説では、同性愛遺伝子とノーマル遺伝子のヘテロの場合、例えばより性的な魅力が増したり、精子の競争能力が高くなるなどが考えられるようです。

 Sexually antagonistic selection 説においては、同性愛遺伝子はその遺伝子が同性愛を引き起こす性にとっては有害な遺伝子であるが、他方においては何らかの適応的効果を与えるというものです。例えば男性おいて“ゲイ遺伝子”が発現した場合、その男性にとって(あくまで生物学的な)負の効果をもたらしますが、女性においてゲイ遺伝子が発現した場合逆に正の効果をもたらすという説です。

 最後の血縁淘汰説ですが、同性愛遺伝子は自分の兄弟や近縁者を助けることで間接的に適応度を上げているというものです。ハチやアリなどのワーカーは自らは生殖に参加せず、兄妹の生殖カースト個体をサポートすることで自分の持っている遺伝子を次代に伝えようとしています。

 これらの仮説はいずれも、今のところ証拠を伴わない理論でしかありません。米テネシー大学のGavriletsらによると、単純化したモデルにおいては前者二つの仮説はいずれも同性愛遺伝子を個体群中に維持するメカニズムとして成立しうるようです。

 一応断っておきますが、これらはいずれも単なる生物学的な議論に過ぎません。


<参考>
Evolutionary biology: Genetics and bisexuality, Vincent Savolainen and Laurent Lehmann, Nature 445, 158-159 (11 January 2007)

メンデルが発見した遺伝子の単離に成功

2007-01-10 23:33:03 | 分子生物学・生理学
 約一世紀半ほど前、オーストリアの司祭であったグレゴー・ヨハン・メンデルはエンドウマメの研究から、遺伝に関する重大な法則の発見(優劣・分離・独立)をしました。残念なことに当時それは理解を得られずに、彼の死後別の研究者によって再発見された後、やっとその功績が認められたのでした。生物の教科書には必ずと言っていいほど彼の肖像画と皺くちゃとツルツルの豆の絵が載っているはずです。

  1866年に発表されたメンデルの論文には例の“種子の形状”に関する形質の他に全部の7つの彼の遺伝の法則にのっとった形質(他に“種子の色”“鞘の形状”“鞘の色”“茎の長さ”“花の色”“花の位置”)が記載されています。彼の発見したこれらの形質を支配する遺伝子のうちDNAの塩基配列が明らかになっているのは現在までたった二つだけだったようですが(どれとどれかは知りません)、今回英国の研究者らによって3つ目として“種子の色”の表現形に関わる遺伝子が新たに単離されました。

  メンデルの発見した遺伝子座はエンドウの種子の色が黄色か緑になるというものです。彼らは最初、牧草種である Festuca pratensis というイネ科植物の緑色色素が分解されないsgr (stay green)という表現形に着目し、染色体上にマップしました。その後 F. pratensis の近縁種で、全ゲノムの解読が既に完了している稲 Oriza sativa で染色体上の同じ領域を探索し候補遺伝子を絞り、シロイヌナズナ Arabidopsis thaliana でRNA干渉法による機能解析を行って特定しています。実験をエンドウマメ Pisum sativum に戻し、メンデルの発見した表現形とこの遺伝子は分離せずに一致すると最終的に確かめられたそうです(種子が緑になるものはsgr遺伝子の発現が少なくなるようですが、その原因が何によるものかは原著論文を読んでも良く分かりませんでした…)。

  彼の論文から141年経ち、遺伝子の実体に関する知識やそれを扱う技術は劇的に進歩しましたが、未だに彼の発見した形質のうち半分以上がまだ遺伝子として単離されていないというのが何かロマンのようなものを感じます。今回の研究の著者らは、残りの4つについてもあと数年以内に明らかになるだろうと期待しているようです。

 <参考>
 Gene Behind Mendel's Green Pea Seeds Finally Identified(Scientific American)
 Cross-Species Identification of Mendel's I Locus, Ian Armstead et al., Science 5 January 2007:Vol. 315. no. 5808, p. 73 DOI: 10.1126/science.1132912