さいえんす徒然草

つれづれなるまゝに、日ぐらしキーボードに向かひて

サイレント変異は時に雄弁に語りき

2007-01-29 23:58:36 | 分子生物学・生理学
 DNAに書き込まれたタンパクのアミノ酸配列の情報は、コドンという暗号を介して翻訳されます。コドンは3つの連続した塩基配列からなっており、それぞれの全64種類(4×4×4)のコドンがそれぞれに対応した20種類のアミノ酸と翻訳停止信号をコードしています。(コドン表)

 通常1つのアミノ酸に対して複数個のコドンが対応することになるので、コドンの中で対応アミノ酸を変えない点突然変異はコードタンパクの一次構造を変えることは無く、こうしたDNA突然変異はサイレント変異と呼ばれます。(例えばCCCがCCTに変異しても同じプロリンをコードします。) 

 米国立癌研究センターのKimchi-Sarfatyらは、こうしたサイレント変異でも場合によっては翻訳されるタンパクの機能に影響を及ぼす可能性があることを示しました。MDR1(Multidrug resistance 1)は薬物などの物質を細胞外へ排出する輸送ポンプの一種ですが、DNA上に書き込まれたサイレント変異がこのタンパクの各種阻害剤に対する感受性に対して影響を及ぼすようです。調べてみるとサイレント変異の起こった遺伝子産物では、どうやらタンパクの3次元構造が異なることが分かりました。この理由として、サイレント変異によってその部分がレアコドン(滅多に使われないコドン)に変わったために、(対応するtRNAの濃度が低いから)リボゾーム上でのタンパクの翻訳スピードがその部分で下がり、通常とは違う折りたたまれ方をしたのではないかということです。

 タンパクへの翻訳スピードがかわるとタンパクが適切に折り畳まれないことがあるとは以前から考えられていたようですが、今回のKimchi-Sarfatyの報告は初めての事例となるようです。これまでサイレント変異となる一塩基置換は機能に影響を与えないとして無視されがちでしたが、ひょっとしたら他のタンパクでも重大な影響を及ぼしているのかも知れません。


<参考>
A "Silent" Polymorphism in the MDR1 Gene Changes Substrate Specificity, C. Kimchi-Sarfaty et al., Science 315, 525 (2007);published online 21 December 2006 (10.1126/science.1135308).