goo blog サービス終了のお知らせ 

因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

東京タンバリン『鉄の纏足』

2012-09-24 | 舞台

*高井浩子作・演出 公式サイトはこちら こまばアゴラ劇場 24日まで 伊丹市のAI・HALLでも公演あり
 劇団初見。対面式の客席にはさまれた狭いスペースが演技エリアになっている。側面にはバスケットボールのゴールが数個作られ、客席と演技スペースは可動式の金網で仕切られている。みるみるうちに客席通路にまで補助椅子が出て、ぎっしり満席の盛況だ。

 キャスト表には<ビデオ屋の店員>と<図書館>に、それぞれ登場人物がいて、同じ俳優名が記されており、複数の空間を人物が行き来するつくりである。どちらかといえばビデオ屋の場面に比重がかかっており、レンタルビデオ店のレジカウンターと、金網で仕切られた事務所、舞台袖奥の更衣室(ここは出てこない)を出入りするスタッフたちの人間模様が描かれている。

 主人公はこの日が初出勤の時田光である。33歳の独身。アメリカ留学の経験もあるらしいが、英語の心得があることが災いしたのか、いまだ定職につかず、現在交際中の彼女の紹介でこの店にバイトとして雇われることになった。時田と同い年の店長、社長の御曹司、あとは数人のバイトスタッフで切り盛りする店だ。「嫌みな店長」を嫌うことでスタッフたちの気持ちは一致してはいるものの、いっけん和気あいあいとしていながら、そこには小さな悪意による意地悪やいじめ、嫉妬心や猜疑心がちらりちらりと顔をのぞかせ、客商売という表の顔以上に、バックステージでもひたすら感情労働を強いられるという、過酷な現場である。しかもその内容がことさら取り上げて話し合って和解を試みるにはあまりに小さなことであり、主義主張や思想があるわけでもない。しかし生身の人間が集まる場では、ちょっとした勘違いによる誤解を放置したために、人間関係がとりかえしのつかないところまでいきついてしまうことも現実にはある。

 わかるなぁ、こういう感じは。と共感しながら、それにしてもこう次々と嫌な感じの人や出来事がこれでもかと続く描写に、次第に疲れを感じはじめた。

 もうひとつの劇世界である<図書館>は、前川知大のイキウメの舞台を思わせるSF的な様相を呈している。現実の図書館とはちがって、なかで働くスタッフは、貸出業務のほかに、ひたすら与えられた本を読むことが求められる。この設定については筆者がよく理解できなかったのであるが、ともかくわずらわしい人間関係はいっさいなく、スタッフは番号で呼ばれ、仕事に対する評価もない。<ビデオ屋>がおもての世界なら、<図書館>はうら、というか現実にはありえない、疲れ切った人々の妄想の世界とも思われる。図書館で本を読む人々は、ビデオ屋と同じ名字がついているが、男女の性別も性格もまったくことなるつくりになっていることもあり、両者の整合性、あるいは不整合性に劇的なおもしろさをみせる意図があるのかもよくわからない。

 本作は2007年に初演されたとのこと、当日リーフレットにはそのときに作者が記した挨拶文が掲載されている。ちょっとしたことでイライラし、「ぶっ殺す」と思っても我慢できる。理性や常識があるから。しかしいつ殺人者になるかわからない。「私は、どこかで誰かを殺した人よりも、私を傷つけた人の方が憎いです。私にとっての犯罪者は、私の目の前にしかいないんです」。平易なことばづかいであるが、憎しみや恨みや怒りが、行動に転化するかどうかのはざまにいる人の心情が鋭い刃物のように迫ってくる。

 個々の場面の対話は、そうとうの稽古を重ねたと思われる俳優の演技によって、実に巧みで繊細に示される。狭い演技エリアであるにも関わらず、可動式の金網を移動させながら、ふたつの空間を同じ俳優がまったく別人格のようにふるまいながら不気味な劇空間を構築していく様子もおもしろい。劇作家による会話術、俳優の演技ともに「巧み」であることはとてもよく伝わってくる。しかし最終的にこれらをどう提示するのか、どこへ持っていきたいのかがあいまいなまま、2時間休憩なしの観劇はいささか苦行であった。カーテンコールはなかったが、口うるさい女性客役の俳優が劇中の扮装のまま再び登場して、アンケートの協力や俳優との面会についてアナウンスするのには正直まいりました。

 劇作家が自分自身に巣くう悪意や殺意に対してどのように考えているのか、それを作劇にどう反映していくのかは興味深く、もう少し注意をはらってゆきたいと思う。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 秀山祭九月大歌舞伎/昼の部 | トップ | 葛河思潮社第二回公演『浮標... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。

舞台」カテゴリの最新記事