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因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

こまつ座&ホリプロ公演『組曲虐殺』

2009-10-17 | 舞台

*井上ひさし作 栗山民也演出 小曽根真音楽・演奏 公式サイトはこちら 天王洲 銀河劇場 東京公演は25日まで その後兵庫、山形へ続く。
『エリザベート』のデビュー以来、井上芳雄にはいささか度を越した、自分でも赤面するほどの思い入れがある。しかしここ数年は自分の演劇趣味がどんどんディープになるにつれ、帝劇や日生劇場へはすっかり足が遠のいてしまった。今回も井上ひさしの新作と聞いただけで「やめておこう」と引いたし、あまり馴染みのない銀河劇場へどうしても・・・という気持ちになれなかったのだが、どういう心の変化だろうか、行くことを決めたのは?

 小林多喜二のことを知ったのは、小学5年生のときだ。確か『第二次世界大戦前夜』という題名の本だった。小学校高学年から中学生向けに書かれたもので、日本がアジアを侵略し、人々にどんなことをしたか、どのようにして第二次世界大戦が始まったかを、ノンフィクションと物語形式を織り交ぜながらわかりやすく、しかも容赦なく記されてあった。学校の社会科の授業では教わることがなかった数々に自分は衝撃を受けた。中でも特高の拷問で殺された小林多喜二の話は最も恐ろしく、10歳の子供の小さなアタマを占領し、心を震え上がらせるには充分であった。知らなかった、日本はアジアの人たちにこんなひどいことをしたのだ。同じ日本に住む人たにも、違う考えを持つ者を力ずくで押さえつけ、残酷な方法で殺したのだ。先生たちはこんなことは教えてくれなかった。ごめんなさい、アジアの人たちごめんなさい。嫌だ嫌だ、こんな大人たちは、こんな国は嫌だ・・・と友達にも周りの親たちにも言えず、どうしてこんな恐ろしい本を読んでしまったのだろうと呪わしくさえ思ったのだった。
 小林多喜二は自分にとって一種の鬼門のような人物であったかもしれない。それを爽やかで汗もかかないようなイメージの井上芳雄が演じる。「組曲」というからにはミュージカル形式なのだろうか。

 休憩をはさんで3時間あまりの上演中、自分は実に愉快で、時折深く心に突き刺さるような辛いものも何とか受け止めることができた。カーテンコールでは一階席はほぼ全員がスタンディングとなり、二階席の自分は立たなかったけれども一杯の拍手を贈った。出演者の皆さんの表情の晴れやかなこと、こちらまで嬉しくなる。30歳に満たずに暴力的に生涯を断たれてしまった青年と、彼と交わった人々に、作者も演出家も俳優も、本作に関わった方々は、からだごとぶつかって今夜の舞台を作り上げたのだと思う。冒頭の「小林三つ星堂 パン店」の歌は浮き立つように楽しく、終幕の「カタカタ廻る、胸の映写機」のくだりは心に染み入るようで、メロディも歌詞もうろ覚えのまま、さっきからこの箇所だけ何度も歌っている。

 センチメンタルになっては劇評は書けないのだが、今夜は舞台の余韻に浸りたい。本を抱えてうずくまっていた10歳の子供は少し救われたのだ。

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