一所懸命

信長の野望オンライン天翔鯖で活動中です
まあ、まったりやってます

焼肉うまい

2006-03-29 23:04:51 | 日常生活

仕事終った後に会社の同僚3人と焼肉を食べにいった。
29日で肉の日らしく、通常値段より安いセットがあったのでそれを頼んだりした。
他にも小物をいろいろ頼んだ。

私は焼肉ではレア(あんまり焼けてない状態)が好きなためどんどん肉を網に乗せては取って食べていった。
結構な量があったが、みんな一杯食べていた気がする。
ほんとは早めに来て欲しいチヂミとキムチの盛り合わせセットが後半で来りもしたがw
最後はビビンバや冷麺を食べてしめた。

ちなみに一緒に焼肉食べた同僚達はみんな結構なゲーム好き。
いろいろとゲーム談義をしていた。
ま、「最近のRPGはレールの上をただ進むだけであんまりやる気にならん」と言うのには激しく賛同だったな。
あとはいろいろと昔のゲームの話しをしたりした。
それから信長の野望(オフゲのね)シリーズでどれが好きとかそんな話しもした。

あとFF12はそこそこ面白いって言ってたので、買って来ようかなあ。

とりあえず終了

2006-03-28 20:31:35 | 信長の野望オンライン

まだアカウントは微妙に残ってますが、とりあえず信長は休養に入ることにしました。
まあ戻るとしたら東西戦とかそういった気の利いたイベントやるころかなあと思います。

このゲームの和風な雰囲気は結構好きだし、システム面も嫌いじゃないんですがね。
とは言ってもこのゲームの現在の状況だと、ゲームを続けるモチベーションが上がってこないし、これから今より良くなりそうな見込みが全くなさそうだしね。

約2年半の間にいろいろと楽しい経験させてもらってことには感謝です。
知り合った多くの方々に感謝


とりあえず、他のネトゲみつけて1からやる時間と気力もないので、しばらくはゲームはオフゲを少しやる程度かな。
それとこのブログをどうするか…

とりあえず
みなさま お疲れ様でした


信長の野望オンラインについて

2006-03-24 12:56:43 | 信長の野望オンライン
このゲームをはじめてからだいたい2年半くらいになりますかね。
自分にとって初めてのネトゲであり、最初の頃は刺激的なことが一杯でした。
西国実装後はなんとなく伊賀に来てみました。
まあそこでいろんな人と知り合い、いろいろな経験を共有できました。
合戦では今も昔も弱くて負けてばっかりで、苦しいことばかりでしたが、それはそれで楽しかったです。
何故か議長をやるはめにも成りましたしね。


議長職を退いた後、課金切れるまでの間に合戦や国勢などから離れて、純粋にこのゲームを楽しんでみようと思いました。
野良で根クエに挑んだり、気心の知れた知人と小人数徒党でのんびりとした狩りをしたりと…
感想としては思った以上に楽しく、まだまだこのゲームでも楽しめることがあるのだなあと思ったりはしました。

まあこのゲームの現状には色んな問題があります。
職・特化のバランスや複アカ前提なシステムなため個人の経済格差そしてRMT…
そうは言っても1番なんとかして欲しいのは合戦仕様です。
特に小国にいれば実感できるのかもしれませんが、勝つためには楽しめないってこと。
結局取りつきオンラインになってしまい、それを支援および妨害する行動が全てとなってしまう。
そして有利なほうがどんどん有利になっていき、劣勢な方は一矢すら報いることができない。
ゲームなのに楽しめない…

あと伊賀についてはですが、もともと人が少ない国なのですがこの時期なためか、自分含めた引退・休養者が結構でています。
さらに周囲の外交情勢が伊賀にとって厳しい動きになってるみたいです。
残った人達でなんとか盛り上げていっていただきたいと思います。
とりあえず草葉の陰から見守ってますよ。

あと議長って役目はやってみないとわからないかもしれないですが、想像以上に大変で、結構な労力がかかりストレスも貯まります。
それゆえ、新議長さんに過度な負担がかからないようにみんなもサポートしてあげてください。

それでは皆様は引き続き戦国の世をお楽しみ下さいませ。

タイムリミット

2006-03-22 09:59:53 | 信長の野望オンライン

ちなみに現在のアカウントの残り期間は

1アカ目 侍・陰陽・??   3/30
2アカ目 巫女・薬師・鍛冶  4/7
3アカ目 僧・忍者・??   3/23
まあ実質的に侍の1アカ目が切れたらそこで終了かなと思ってます。
というわけであと1週間となりました。

昨日はイザナミ行けてる知人達が私の根クエ手伝ってやるよという話しになったのですが、時間も遅くなりそうだし、メンバーも微妙に揃いそうになくて、更に私以外みんな手伝いってのはさすがに悪いなあと思って遠慮しときました。

というか根クエ行く予定前に知人忍者2人と私の忍者の合計3人で忍者砦へ遊びにいきまして、忍者3人でワープ先ポイントで闇忍とか忍術師とか忍犬とかを狩ったのですが、これがなかなか楽しかったです。
途中でそれぞれソロしたりしたしねえ。

侍ソロは結構いろいろやったのですが、忍者ソロもなかなか楽しいですね。
侍ソロは待ち主体、忍者ソロは攻め主体なのかなあ。

このゲームも合戦とか国勢とかを離れてみるとまだまだ楽しめることもあるんだなあと改めて思いました。

侍で黒雷挑戦

2006-03-20 23:26:49 | 信長の野望オンライン

最近根クエで武士道の募集が多いので侍の方がイザナミ近いのかなあと思い侍で挑戦することにしました。
ログインしたら割合すぐにお誘いがきたので行ってみることに。
編成は武士道侍(私)・鎧鍛冶・鉄砲鍛冶・忍者(特化失念)・雅楽神主・医術薬師・仏門僧
最近では結構オーソドックスな編成みたいですが、なんか雅楽・医術・仏門はほとんど特化指定な気がしますね。
まあ黒で仏門は分かるけど他はそんなにこだわらなくてもと思ったりします。

でもって挑戦。
結果は2戦2敗
結構いい感じだったけど、7を倒し3を倒しかけな時に詠唱韻>蘇生>魔の祝福・参で振り出しにもどり、結局負けました。
感想としては何故武士道を募集するのかという理由が分かった気がしました。
自分で言うのも何なのですが、高レベルで装備がしっかりした武士道は強いですね。
武士道がまとめて釣って鍛冶屋が守護するという、昔は良くあったパターンですね。
もちろん滅却張ってるので武士道に抜けてもへっちゃらです。
ただ盾に専念すると(一所と滅却のくりかえし)サポートにほとんど回れないんですよねえ。
ただ中途半端にサポートに回ろうとすると滅却維持できなくて下手すれば死んで全滅の危機になります。
そうなると術止めする忍者さんが超大変と言うわけで。

鍛冶屋の時は太極陣に怒りの滅魂を重ねて1体づつ撃破だったので楽でしたがね。


と言うわけで、引退前イザナミ計画はちょっと無理そうな感じですね。
でも根ボス挑戦はいろいろ時間かかって大変ですが野良でのいろんな人との触れ合いも会ってなかなか面白いものでした。

伏雷挑戦

2006-03-19 23:22:30 | 信長の野望オンライン

引退前にイザナミ計画ということで鍛冶屋で伏雷いってきました。
勧誘希望出してたら野良で誘われて挑戦。
編成は刀鍛冶(私)・武士道侍・忍法忍者・雅楽巫女・仙論陰陽・仏門僧・医術薬師
結果は、、、、惨敗でした。
雷雲招来きつ過ぎですねえ、、、、
術で押されまくって回復が追いつかずあっさりと全滅でした。

黒は結構あっさり勝てたのでイザナミも近いかと思ったら、これはきついわね。
はやくも頓挫しそうですねw


鍛冶屋で黒雷撃破

2006-03-18 17:02:22 | 信長の野望オンライン

今回は信長のお話。

引退する前に根クエを進めたいなあと思ってる今日この頃。
侍・鍛冶屋・忍者・巫女は析雷までは終わってるんですが、黒雷には前に何度か挑んだのですが勝てなかったのですよ。
といっても前に挑戦したのは半年くらい前ですがね。

とりあえず侍か鍛冶屋のどちらかで挑戦したいなあと思っていました。
武将戦なら侍での立ち回りはそれなりに自信あるのですが、根ボスはまた勝手が違うため、まずは割合立ち回りが楽そうな鍛冶屋(特化刀)で挑むことにしました。

とりあえず稲葉山で「黒雷希望」で待ってますとお誘いが来ました。
編成は刀鍛冶(私)・鎧鍛冶・武士道侍・雅楽神主・医術薬師・仏門僧・陰陽道陰陽。
神主さんと武士道さんはお手伝いでした。

というわけで現地へ向かいます。
黒までは誰も死ぬことなく到着。
戦っている徒党いまして合計2徒党。
その徒党が負けたためうちらが挑戦です。

基本的には真・太極陣に怒りの滅魂撃を重ねて1体ずつ確実に殺していくやり方。
何度か霧散霧消や防御呪霧が来てピンチになりましたが大崩れすることなく1回目で撃破に成功しました。
前衛はみんなはしっかりした装備だったし、徒党内の連携がばっちり取れていたいい徒党でした。
陰陽さんは攻めの時の太極とサポートのときの催眠や低速呪霧としっかり状況判断できる人だったし、僧さんと薬師さんの回復の連携もばっちりだったし鎧鍛冶さんは堅かったしねえ。

自分の場合は刀鍛冶で程よく怒りのダメージを蓄積させると言うのがなかなか難しいですね。

次は伏ですね。
引退前にイザナミいけたらいいんですがね^^


ところで趣味というか気まぐれで書き始めた日本の歴史シリーズ、想像以上に長くなりそうなんで別の場所に移転させようかと検討中です。

平清盛と源頼朝・鎌倉幕府の成立~その1~

2006-03-17 20:34:40 | 日本の歴史について

というわけで、平清盛という人の出番になります。
この人に関する詳細はこちらでも。
まあ簡単に言うと武士と言う身分で初めて天下をとった人です。
清盛はどうやってその権力を高め、維持しようとしたかと言いますと、まずは一族一門の官位を引き上げみんな高位にしました。
そして自分の娘を天皇の妃にしてその子供を天皇にしました。(これが安徳天皇)
つまり、摂関家藤原氏の真似をしたんですね。
しかしこの清盛に多くの武士達は失望しました。
自分達の為の政治をやってくれなかったからですね。

また旧勢力といえる院や上級貴族たちも、この成り上がりの平家に対していい感情を持っていません。
と言うわけで「平氏にあらずんば人にあらず」言うまで栄華を誇った平家には、滅亡が目に見えていたわけです。
実際に清盛の死後あっさりと平家は滅んでしまいます。

とは言っても平家自体は西国を中心に大きな勢力を持っていました。
何故そんな簡単に滅んだのでしょうか?

ここで源頼朝の登場です。
まあ詳細はここででも。

まだ平家の全盛時です。
摂津源氏の源頼政という人が以仁王という後白河法皇の皇子を奉じて平家打倒の兵を上げました。
ところがすぐに鎮圧されました。(ちなみに頼政が討たれた場所が宇治です)
このときに各地の源氏に「平家撃つべし」と言う内容の令旨が回りました。(令旨とは親王の命令書みたいなものかな)
それにより各地の源氏が蜂起するのを恐れた平家が源氏追討令を出します。
まあこれが結果的にやぶ蛇になり各地の源氏が蜂起することになります。
「どうせ討たれるなら一か八か兵をあげるぜ」ってことでしょうかね。
そして源頼朝は伊豆で蜂起。
源氏の嫡流として毛並がよく、政治能力に優れた頼朝のもとに各地の武士が集まっていきます。
まあ詳細を書くと長くなるので省きますが、最初は石橋山で敗れましたが九死に一生なところで逃亡に成功し、その後体制を立て直した後は連戦連勝でした。
しかしすぐに都に上ることをせずに鎌倉を拠点に力を蓄えました。
またこの時に頼朝陣営に日本史上最高の能力を持った武将が加わりました。
その名は言うまでも無く源義経です。
平家の滅亡は頼朝の命を受けた義経の手によっておこなわれることになります。

長いんでここで中断。
次回に続く

平安時代から武士の起こり

2006-03-17 16:31:24 | 日本の歴史について

今日は思いっきり趣味のお話し
わたしは実は結構な歴史マニアなのですよ。
という訳でそういった話しをたまには少々
かなり独断と偏見が混じってますので突込みどころは満載でしょうがねw
戦国時代のお話しをしようと思ったんですが、それにはいろいろ前置きが必要。

歴史と言うものは断片的な1シーンを掘り出してみるのも面白いんですが、大局的に全体の流れを見るとよりいっそう理解が深まります。

歴史というものを大局的に見ると、
天皇>貴族>武士
基本的に権力ってのこう言った流れで動いていますね。
元々天皇を補佐する立場であった貴族がいつのまにか権力を握っている。
まあどこの国の歴史でもよくある話しなのですが、日本が他の国と決定的に違うのは、どれだけ権力を握った人間がいても決して天皇にはならなかった(なれなかった)と言うことです。
藤原道長も源頼朝も北条泰時も天皇になろうなんて考えすらおきなかったのですよね。

話しが横道に大分それましたねえ。
真面目に語るならば聖徳太子の時代から順を追って話したいとこですが(まあそれでもいいんだけど)
その辺は略しまして、主に武士について。
今回は、武士とはそもそもどの様にしておこったかと言うことについて話しましょうか。

時代は平安時代あたりから話しましょうか。
中央は藤原氏を中心にした貴族たちがいわゆる摂関政治というのを行ってました。
でもこの藤原さん達は端から見るといい加減な政治(本人たちは真剣だったのだろうど)をやってました。
こで荘園という物がでてきます。
この当時の日本ってのは律令制度でした。(厳密には明治に入るまで律令制度だったんだけどね)
律令制度ってのは公地公民でして土地は天皇のものでした。
ところが、やっぱり土地ってのを自分で持ちたいなあという意識があったため、三世一身法そして墾田永年私財法というのができました。
これによって開墾した土地は自分で所有できるようになりました。
とは言ってももちろん税金を払わなければいけません。
ところが上級貴族のには自分の財を増やすために自分の土地(まあこれを荘園と呼ぶわけで)を免税になるようにしました。
ここで、主に地方に拠点を置いている下級貴族の人は自分の財を増やすために何をしか?
自分の土地の名義を上級貴族の名前にしてその上級貴族に手数料を払うことにしました。
こういった土地の領主を荘官といい、こいった荘園を寄進地系荘園と呼びます。

う~ん歴史の教科書っぽいことを書いてますね。

こういった荘園は爆発的に増えていきます。
そうなると国に収められる税金が減り、上級貴族の懐に入ってくる手数料がどんどん増えていきます。
しかし実際に政治を行っているのがその上級貴族なため、なかなか改革ができません。
しかしながら国に収められる税金は減ってくるわけですから、まともな政治ができな
くなってきます。
こういった状況なので、中央政府に対して「ふざけるな~」って思う人達が出てくるわけですね。
例えば藤原純友の乱・平将門の乱などなど。
まあ実際は自分達の土地所有権の確保というのがでかい要因なんですよね。
平将門は自らを新皇と名乗りに関東8州の独立をうたい各地の国司を襲ったりしましたが、結局は失敗に終りました。
またこの頃に地方の土地を開拓してた人達がが自衛のために武装したのが武士の起こりみたいです。
と思ったらこちらとか調べてみると諸説あるみたいですね。

たしかに清和源氏や桓武平氏といった在京の武士たちは、地方土着の武士とはいろいろ違う感じがありますね。
ちなみにこの清和源氏や桓武平氏(有名なのは源義家・平清盛などなど)は主に上級貴族などの護衛をしてました。
まあ貴族達のガードマンといった役割ですかね。
保元・平治の乱では主力として戦ったりしてました。

もともと日本では平安時代の始めのころに桓武天皇が軍事を廃止してしまったため律令制度のなかのちゃんとした役職としての武官ってのがありません。
とは言っても治安維持のため武力は必要なため、武士という階級がいつの間にやら生まれてきたわけです。

あといつのまにか日本では殺生を生業にしてる人達を蔑視する習慣?があります。
そのため上級貴族達は武士という存在をあんまり快く思っていなかったのでしょうねえ。
侍って言葉はさぶらう(従うと言った意味)の言葉が語源。

平安時代末期では京在住の武士というのは上級貴族のガードマンをしてました。
また地方在住の武士は土地を開拓しながら近隣の武士とその土地の争いをしてました。

そしてその武士の最大の望みは自分の土地所有の権利をしっかりと見とめてもらうことでした。
ところが京の貴族達は腐敗しきっていて頼りにはなりません。
それどころか彼らは自分らを犬のように思っています。
という訳で全国の武士達は解放者を待ち望んでいたわけです。
ここで平清盛そして源頼朝の登場となるわけです。

書き始めると終らないねえw
次回に続く

戦国無双2

2006-03-16 20:37:36 | その他のゲーム

戦国無双2を最近良くやってます。
まあコーエーのゲームは我ながらよく買ってますなあ。

今作は使用できるキャラがおおいので全キャラ出すのがちょっと大変でした。
ストーリーとかは突っ込みどころが満載ですがね。


まあこのゲームやってると

この漫画を読みたくなったのは私だけでしょうか。
原哲夫万歳w