ずぽらな主婦の日記(アルコール依存症夫との日記)

アルコールに溺れ、専門病院へ2回入院。自助グループへつながらずついに46歳で生涯を終える。2011年までの日記

6月25日( 木)わんこ一周忌

2009-06-25 23:17:32 | 日記帳
家を出てもうすぐ3週間。
最初の頃はたびたびメールが送られてきて、そのたびに不快な思いをしたのと同時に、なんか全然別居の主旨理解できていないパパに対して落胆もした。
最大の問題点は、子供たちが慣れないところで生活をしなければならないことで、ストレスを感じ、母に強くあたったり、怒りっぽくなったりで一時は、『こんなんでいんだろうか』と、考えても見た。

母は母で、朝から夜遅くまで子供がうるさいので、静かで穏やかだった生活が一変、70歳前にしてバタバタな生活でかなりお疲れぎみである。

明日から10日ほど妹夫婦のところへ行く。

母にはのんびりしてきてほしいです。

私は今週もどっぷり 野球です。

がんばらねば(^o^)v

6月2日(火)体育祭

2009-06-02 22:04:15 | 日記帳
土曜日雨のため延期になった娘の体育祭が今日実施された。

今日はパパの通院日。

・・ということは午前中は家にいないのです。

体育祭は午後から・・・ということで、別居準備を進めるべく休暇をとって、朝から荷物の整理。

衣類はどうにかまとまった。


できれば今日にでもと思ったが・・子供たちへの説明もきちんとしていないので、今日は見送り。

しかし、パパが医者から帰ってきたので、話をした。

離婚届にサインをしてほしいことをお願いした。

突然の申し出に、パパはあたふた。

考え直せないか。


私は、もう一緒に暮らすことが耐えられないことを伝え、私にも健康な生活を送る権利を主張した。


パパは、俺はどうやって暮らしていけばいいのか・・・・と、困惑。


給料が9月から6割になってしまうのに、どうすればいいのかと。


とりあえず、半年分くらいは公共料金引き落とし口座にお金は用意したので、あとは、職場の貯金に手をつけず、がんばって半年+αで職場へ復帰できれば、その後の給料とボーナスは保証されるのだから大丈夫なはず。

あと、共済から給料が下がった部分の基本給の約2割分の補填がさかのぼって1年半分支給されることになったので、それが出れば貯金に手を出さず、住宅ローンははらっていけるはず。

あとは、踏ん張って復帰するのみである。

私のほうが生活は厳しいかもしれないぞ。


それで、奮起できなければ、住宅ローンが焦げ付き、家は転売することも考えなければならない。


私が中学校へ言っている間に、パパは媒酌人に相談。

先ほど、私は媒酌人と二人で話をしてきた。


媒酌人は、離婚だけは子供が結婚するまでは我慢しなさいと。

別居は仕方ないと、理解を示してくれた。

そして、あさってくらいにパパと話をするそうだ。

パパは私には、離婚届は出してもいいが、家を出るのだけはふみとどまってほしいと懇願した。


私は、どちらかといえば、一緒に暮らすことが非常に辛いので、別居はまず必須条件としている。


夜、娘と息子にきちんと話をし、私と一緒に母のところへ行くことを納得してもらった。

急な展開となったが、土曜日息子の参観があるが、この日には移動しようと思っている。


パソコンも無い、母の家なので、不自由があるかもしれないな。

子供にも、通学時間が少しかかってしまったり、不自由をかけるけれど、一発勝負に出ることを皆で気持ちをひとつにすることができたようだ。