メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

小川洋子「まぶた」(短編集)

2016-05-04 10:39:29 | 本と雑誌
まぶた
小川洋子 著 2001年刊行、2004年に新潮文庫
 
八つの短編、著者の作品を読むのは初めてで、全体に共通したトーンがあり、どきっとさせる仕掛けはあるが、その文章とともにエンターテインメントとしても満足できるものとなっている。
 
冒頭の「飛行機で眠るのは難しい」は特に場の設定、人間関係、その展開が優れている。またこの作品も含め、最後は主人公(私)が何かをうけとめ(理解し、許容し)、それで眠れるという流れになるもの、それと同等に読み取れるものがいくつかある。
「中国野菜の育て方」、「お料理教室」などは、こまってしまう最後になるのだが、ここでも読者には何かが残る。
 
「匂いの収集」だけは、最後の少し前からちょっと結末は推測できるものの、ぞっとする。タイトルの「まぶた」は読んでいる方がだんだん困っていくのだが、最後は女性の生理的な感覚に呼応するものなのだろうか、ちょっとわからない。描写、文章はいいけれど。
「詩人の卵巣」、「リンデンバウムの双子」はそれぞれヨーロッパのどこかとウィーンの、不思議な家族のこれまでを聴いているうちに、主人公の何かが解けていく過程が見事である。
 
ところで今回読もうとしたきっかけは、日経新聞にこの短編集に入っている「バックストローク」が紹介されていたことである。私も水泳をやるので、主人公の弟がバックストロークが得意で将来を嘱望されていたが、あるとき突然左手がのびたまま動かなくなってしまう、という作品がどんなものかという興味であった。ここで左手は動かなくなっても、右手だけで背泳ぎは出来るし、ターン(これはかなり難しい)もできる。そして選手としての望みは絶たれても、弟は特に手がつけられなくなるわけではない。この主人公(姉)は大戦時の捕虜収容所を旅行で訪れたとき、そのそばにあったプール跡で、囚人が作り収容所の看守と家族が使ったことを知り、そこで気持ちが悪くなり、以前家にあったプールと弟の記憶の話になる。
 
この二つのプールの意味するところはよくわからない。短編に入れるにはあまりにも大きい話のようにも思える。作者が「アンネの日記」の愛読者であることは知っているけれど。こう言っても、私は「アンネの日記」を読んだことはないが。
弟は今でもある施設で健在であることが最後に明かされる。そして収容所で気持ちが悪くなった主人公はホテルに帰って休もうということになる。結果として、他人がいろいろ考えること、心配すること、思い、それらにかかわらず人は生きていくのかもしれない、ということが、読んでいる私には受け取れる。
 
作者の文章は、言葉とくに名詞を的確に選び、形容詞は少数の明解なものにとどめているように見える。ちょっと大げさだし、一見似合わないが、ヘミングウェイみたいと最初感じた。
 
ところで、私はバックストロークが苦手だし、好きではない。

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