kan-haru blog 2012 2008年2月に移設時の蒲田駅西口
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京急蒲田駅の変遷
京急蒲田駅は、1901年(明治34年)2月の開通時には、京浜国道(現第1京浜国道)の道路上に蒲田駅が開業し、翌年の6月に蒲田と穴守間の穴守線(現空港線)が開通した時には、大森と穴守間の直通運転が行われましたが、同年9月には穴守線用の折り返し用のループ線が設けられました。
1923年(大正12年)4月に専用軌道となり、本線上り線ホームと本線下り線・穴守線終点ホームの2本のホームが造られて、駅舎は品川方下り線ホーム側に設けられ構内踏切で上り線ホームと連絡していました。なお、穴守線の複線線路は、上下線の2本の線路が京浜国道の踏切を通り、構内で穴守線終点ホームへの分岐と、上下本線へのわたり線路で合流が行われました。また、蒲田駅の駅名は、1925年(大正14年)11月に京浜蒲田駅に改称されました。
1945年(昭和20年)4月の大戦の空襲で京浜蒲田駅は戦災で被災し、駅舎を川崎方に移設し、線路の構内配線を単純化して、穴守線終点ホームと穴守線下り線路が接続し、わたり線路は穴守線上り線路と本線上り線路が接続し、穴守線の上下線路は京浜国道の東側に同上り線路から下り線路への分岐線路が設けられました。なお、本線の上下線路間の分岐は、1923年当時に設けられた川崎方に向けた上り線から下り線の分岐線路を使用しました。
京浜蒲田駅配置図1946年
1965年(昭和40年)11月に本線の8輌編成の運行によりホームを伸延し、空港線との渡り線を品川方に移設し、構内踏切を廃して跨線橋が新設しました。
京浜蒲田駅配置図1966年
1987年(昭和62年)6月に、京浜蒲田駅を京急蒲田駅に改称しました。1993年(平成5年)4月の羽田(現天空橋)開業により、空港線列車は本線直通となり1番線ホームを8輌編成に延伸し、上下線列車を1番線ホームの1本で対処の上、本線上り列車は下り線を横断するという、大変なダイヤ編成(「大森町界隈あれこれ 京浜急行ダイヤ 京急蒲田駅の神業運行」参照)となりました。1995年(平成7年)7月には、京急蒲田第1踏切を廃し、地下道として本線上下線ホームを12輌編成に延伸しました。
1998年(平成10年)11月には、羽田空港駅が開業して、横浜方面からの空港線乗り入れが開始しました。(京急の駅 今昔・昭和の面影 100余年間に存在した全駅を紹介 佐藤良介 JTBキャンボックス 2006年3月1日2刷発行から)
京急蒲田第1踏切が廃止され地下道に変わる(左:京急蒲田地下道西口入り口、中:京急蒲田地下道通路、右:京急蒲田地下道東口入り口20121020)
下り線高架化前まで使用の1、2番地上ホーム
京急蒲田駅の1、2番線下り地上ホームは、京急蒲田高架駅の築造のため、2005年05月に空港線の新1番線ホームを第一京浜国道側際の現在位置に設置し、先ずは空港線の線路のみを新ホームへ移設されました。当初は、移設前ホームの2番線は移設せず、新旧ホーム間は板張りで連結され幅広のホームとなりました。次いで、2006年11月には、ホーム間の板張を外して、2番線下り線も新ホーム側に移設され(「大森町界隈あれこれ 京浜急行の高架化 京急蒲田駅付近(第1回その1)」参照)ました。ホーム間の連絡通路は上り線ホームと下り線ホームとの中央部では跨線橋で連絡して東口改札口は跨線橋上に設けられ、また両ホームの南方にも地下道連絡通路も設けられて、西口改札口は上りホームから出入りし、東口改札口は跨線橋上に設けられています。
京急蒲田駅の地上ホームの移設(2006年11月)(再掲)
2007年12月には高架化工事により旧2番ホームは撤去され、上り3番新ホームが第1京浜国道方に仮設され、上り線線路が仮設ホームに移設しました。これにより、ホーム間連絡通路が変更となり、跨線橋と旧3番ホームの地下通路は廃止となり、跨線橋の北方に東口改札口を設けた地下通路が新ホーム間に築造され、両ホームにはエレベータが新設されました。また、2本目のホーム間通路として、跨線橋の南方に新地下通路が設置されました。
京急蒲田駅の地上ホームの移設(2006年11月)(再掲)
2007年12月2日に京急蒲田駅の高架化工事に備えて旧3番上りホームを撤去した、1、2番線ホーム上から見て(「大森町界隈あれこれ 京浜急行高架化 京急蒲田駅仮上り線ホーム移設(第4回その1)」)参照撮った当時の写真を再録します。
2007年12月2日に京急蒲田駅1、2番線ホーム上で撮影の当時の写真(左上:ホーム南端から横浜方面を望む、中上:ホーム中央から3番ホームを望む、右上:ホーム北端から呑川橋梁上のホームを見る、左下:品川方設置の地下道通路への階段、中下:横浜側設置の地下道通路への階段、右下:地下道への工事中のエレベータ20071202)(再掲)
連絡通路は、1、2番ホームと3番ホーム間を、2本の新設地下道通路で連絡し、北方の1本の地下道通路は京急蒲田駅東口改札口に接続した連絡通路が設けられました。また、旧3番ホームにある京急蒲田駅西口改札口との連絡通路は、新旧の3番ホーム間に連絡橋を設けて結ばれました。
当時の上下線ホームと東西改札口間の連絡通路(左上:東口改札出口に直結した地下道通路、中上:東口改札出口、右上:京急蒲田駅東口出口、左下:新旧3番ホーム間は連絡橋で結ばれる、中下:西口改札口は在来の改札口利用、右下:在来の京急蒲田駅西口20071202)(再掲)
・蒲田駅西口
京急蒲田駅西口は、連続立体交差化工事の進捗に伴い、2008年2月24日から元西口改札から約15m北方に移設(「大森町界隈あれこれ 京浜急行の高架化 京急蒲田駅付近(第7回)」参照)されました。
京急蒲田駅西口移設
新西口改札は、京急蒲田高架駅を建設するために、元本線3番線ホームを撤去する必要上、本線移設3番線ホームから直接に西口改札に出られるように新設されました。
京急蒲田駅新西口(左:構内から改札出口を見る、中:西口改札入り口を見る、右:閉鎖された旧改札口20080227)
京急蒲田駅付近の高架化工事
2008年5月18日に、京急蒲田第2踏切南ほうから同第9踏切北方までの間に上り線仮高架橋の環八通り立体交差高架橋が開通し(「大森町界隈あれこれ 京浜急行の高架化 京急蒲田駅付近(第9回その2)」参照)、環8通りをはじめとしてこの間の4か所の踏切が下り線のみとなり交通渋滞を緩和しました。これに伴い、先だって京急蒲田駅の南(川崎)方の上下線と空港線ホームを西側に湾曲させて移設され(「大森町界隈あれこれ 京浜急行の高架化 京急蒲田駅付近(第9回その1)」参照)ました。
京急蒲田駅上下線ホーム南方の湾曲移設(左上:移設前の下りホーム、中上・右上:移設後の下りホーム、左下:移設前の上りホーム、中下・右下:移設後の上りホーム20080518)
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毎月1日付けのIndexには、前月の目次を掲載しております(10月分掲Indexへ)
・カテゴリー別Index 大森町界隈あれこれ 京浜急行関連総目次 : 2011年前期版、2011年後期版、2012年前期版、2012年後期(2)版 へ
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京急蒲田駅の変遷
京急蒲田駅は、1901年(明治34年)2月の開通時には、京浜国道(現第1京浜国道)の道路上に蒲田駅が開業し、翌年の6月に蒲田と穴守間の穴守線(現空港線)が開通した時には、大森と穴守間の直通運転が行われましたが、同年9月には穴守線用の折り返し用のループ線が設けられました。
1923年(大正12年)4月に専用軌道となり、本線上り線ホームと本線下り線・穴守線終点ホームの2本のホームが造られて、駅舎は品川方下り線ホーム側に設けられ構内踏切で上り線ホームと連絡していました。なお、穴守線の複線線路は、上下線の2本の線路が京浜国道の踏切を通り、構内で穴守線終点ホームへの分岐と、上下本線へのわたり線路で合流が行われました。また、蒲田駅の駅名は、1925年(大正14年)11月に京浜蒲田駅に改称されました。
1945年(昭和20年)4月の大戦の空襲で京浜蒲田駅は戦災で被災し、駅舎を川崎方に移設し、線路の構内配線を単純化して、穴守線終点ホームと穴守線下り線路が接続し、わたり線路は穴守線上り線路と本線上り線路が接続し、穴守線の上下線路は京浜国道の東側に同上り線路から下り線路への分岐線路が設けられました。なお、本線の上下線路間の分岐は、1923年当時に設けられた川崎方に向けた上り線から下り線の分岐線路を使用しました。
京浜蒲田駅配置図1946年
1965年(昭和40年)11月に本線の8輌編成の運行によりホームを伸延し、空港線との渡り線を品川方に移設し、構内踏切を廃して跨線橋が新設しました。
京浜蒲田駅配置図1966年
1987年(昭和62年)6月に、京浜蒲田駅を京急蒲田駅に改称しました。1993年(平成5年)4月の羽田(現天空橋)開業により、空港線列車は本線直通となり1番線ホームを8輌編成に延伸し、上下線列車を1番線ホームの1本で対処の上、本線上り列車は下り線を横断するという、大変なダイヤ編成(「大森町界隈あれこれ 京浜急行ダイヤ 京急蒲田駅の神業運行」参照)となりました。1995年(平成7年)7月には、京急蒲田第1踏切を廃し、地下道として本線上下線ホームを12輌編成に延伸しました。
1998年(平成10年)11月には、羽田空港駅が開業して、横浜方面からの空港線乗り入れが開始しました。(京急の駅 今昔・昭和の面影 100余年間に存在した全駅を紹介 佐藤良介 JTBキャンボックス 2006年3月1日2刷発行から)
京急蒲田第1踏切が廃止され地下道に変わる(左:京急蒲田地下道西口入り口、中:京急蒲田地下道通路、右:京急蒲田地下道東口入り口20121020)
下り線高架化前まで使用の1、2番地上ホーム
京急蒲田駅の1、2番線下り地上ホームは、京急蒲田高架駅の築造のため、2005年05月に空港線の新1番線ホームを第一京浜国道側際の現在位置に設置し、先ずは空港線の線路のみを新ホームへ移設されました。当初は、移設前ホームの2番線は移設せず、新旧ホーム間は板張りで連結され幅広のホームとなりました。次いで、2006年11月には、ホーム間の板張を外して、2番線下り線も新ホーム側に移設され(「大森町界隈あれこれ 京浜急行の高架化 京急蒲田駅付近(第1回その1)」参照)ました。ホーム間の連絡通路は上り線ホームと下り線ホームとの中央部では跨線橋で連絡して東口改札口は跨線橋上に設けられ、また両ホームの南方にも地下道連絡通路も設けられて、西口改札口は上りホームから出入りし、東口改札口は跨線橋上に設けられています。
京急蒲田駅の地上ホームの移設(2006年11月)(再掲)
2007年12月には高架化工事により旧2番ホームは撤去され、上り3番新ホームが第1京浜国道方に仮設され、上り線線路が仮設ホームに移設しました。これにより、ホーム間連絡通路が変更となり、跨線橋と旧3番ホームの地下通路は廃止となり、跨線橋の北方に東口改札口を設けた地下通路が新ホーム間に築造され、両ホームにはエレベータが新設されました。また、2本目のホーム間通路として、跨線橋の南方に新地下通路が設置されました。
京急蒲田駅の地上ホームの移設(2006年11月)(再掲)
2007年12月2日に京急蒲田駅の高架化工事に備えて旧3番上りホームを撤去した、1、2番線ホーム上から見て(「大森町界隈あれこれ 京浜急行高架化 京急蒲田駅仮上り線ホーム移設(第4回その1)」)参照撮った当時の写真を再録します。
2007年12月2日に京急蒲田駅1、2番線ホーム上で撮影の当時の写真(左上:ホーム南端から横浜方面を望む、中上:ホーム中央から3番ホームを望む、右上:ホーム北端から呑川橋梁上のホームを見る、左下:品川方設置の地下道通路への階段、中下:横浜側設置の地下道通路への階段、右下:地下道への工事中のエレベータ20071202)(再掲)
連絡通路は、1、2番ホームと3番ホーム間を、2本の新設地下道通路で連絡し、北方の1本の地下道通路は京急蒲田駅東口改札口に接続した連絡通路が設けられました。また、旧3番ホームにある京急蒲田駅西口改札口との連絡通路は、新旧の3番ホーム間に連絡橋を設けて結ばれました。
当時の上下線ホームと東西改札口間の連絡通路(左上:東口改札出口に直結した地下道通路、中上:東口改札出口、右上:京急蒲田駅東口出口、左下:新旧3番ホーム間は連絡橋で結ばれる、中下:西口改札口は在来の改札口利用、右下:在来の京急蒲田駅西口20071202)(再掲)
・蒲田駅西口
京急蒲田駅西口は、連続立体交差化工事の進捗に伴い、2008年2月24日から元西口改札から約15m北方に移設(「大森町界隈あれこれ 京浜急行の高架化 京急蒲田駅付近(第7回)」参照)されました。
京急蒲田駅西口移設
新西口改札は、京急蒲田高架駅を建設するために、元本線3番線ホームを撤去する必要上、本線移設3番線ホームから直接に西口改札に出られるように新設されました。
京急蒲田駅新西口(左:構内から改札出口を見る、中:西口改札入り口を見る、右:閉鎖された旧改札口20080227)
京急蒲田駅付近の高架化工事
2008年5月18日に、京急蒲田第2踏切南ほうから同第9踏切北方までの間に上り線仮高架橋の環八通り立体交差高架橋が開通し(「大森町界隈あれこれ 京浜急行の高架化 京急蒲田駅付近(第9回その2)」参照)、環8通りをはじめとしてこの間の4か所の踏切が下り線のみとなり交通渋滞を緩和しました。これに伴い、先だって京急蒲田駅の南(川崎)方の上下線と空港線ホームを西側に湾曲させて移設され(「大森町界隈あれこれ 京浜急行の高架化 京急蒲田駅付近(第9回その1)」参照)ました。
京急蒲田駅上下線ホーム南方の湾曲移設(左上:移設前の下りホーム、中上・右上:移設後の下りホーム、左下:移設前の上りホーム、中下・右下:移設後の上りホーム20080518)
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