WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

ヴィーナス&マース

2009年01月24日 | 今日の一枚(W-X)

◎今日の一枚 223◎

Wings

Venus And Mars

Scan10002

 懸案の仕事がやっと一区切りついて、今日は達成感と解放感でいっぱいだ。大音響でJazzを聴こうと家路を急いだわけだが、結局再生装置のトレイにのせたのは古いロックアルバムだった。なぜかそういう音楽を聴きたい気持ちになったのだ。いくつかのアルバムをつまみ食い的に再生した後、今日はこれをじっくり聴きたいと思ったのがこのアルバムだ。

 ポール・マッカートニー & ウイングスの1975年作品『ヴィーナス & マース』、ジミー・マッカロク(g)と、ジョー・イングリッシュ(ds)を加えた5人体制で制作されたウイングス4枚目のアルバムだ。ロック史上に燦然と輝く名作『バンド・オン・ザ・ラン』のあとをうけた作品である。『ヴィーナス & マース』をきちんと通して聴くのは何年ぶりだろう。このアルバムに接したのはほぼ同時代だったが、今聴くとなかなか良くできた作品であるということを再認識する。若い時分に繰り返し聴いたときより、このアルバムの優れているところが見える気がするのだ。完成度としては、『バンド・オン・ザ・ラン』に勝るとも劣らないのではないか。ポップで、メロディアスで、キャッチーな曲が並び、ホール・マッカートニーのソングライターとしての面目躍如といった感じだ。曲の配列も考え抜かれている。

 しかし、CDで聴くとやや冗長な感じがするのは気のせいだろうか。やはりこれはレコード時代の作品なのだという気がする。A面とB面の間の「一休み」は、思いのほか重要なのものだったのではなかろうか。特に、トータルアルバムを意識して作られた作品においては、それがどうしようもないほど顕在化することがある。音楽アルバムを聴くという行為は、曲そのものを聴くということと同時に、聴く者がどのように「時間」を過ごすのかという問題でもある。A面とB面というのはいわば「チャプター」なのであり、我々はその間にトイレに行き、コーヒーを淹れ、レコードを裏返すという儀式を行い、あるいは一旦そこで聴くのをやめたものだ。その時間は、耳を休め、反芻して感想を整理し、これからの展開について想像力を膨らませるための、重要なものだったのではないだろうか。1960年代後半以降のアルバムには、LPレコードという媒体の特質を意識して制作されたものが意外と多い。A面とB面がそれぞれ何らかの意味で完結し、まとまりをもっているのである。その時代のアルバムをCDで聴いて、ちょっとした「違和感」を感じた経験があるのは、私だけではないだろう。

 私のもっていた『ヴィーナス & マース』のレコードは、多くのビートルズ関係のLPとともに散逸してしまった。私が大学生で実家にいなかった頃、ビートルズに興味をもった年下のいとこたちが持ち去ってしまったのだ。今も残るビートルズ関係のLPは、10枚程度である。もう一度、このアルバムをLPでちゃんと聴いてみたい。今日しばらくぶりに『ヴィーナス & マース』を聴いて、私は考え込んでしまった。