おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

ヨセミテを歩く

2016-07-08 | Weblog
ヨセミテはサンフランシスコからほぼ真東へ300キロほどの地に広がっている国立公園である。名前の由来はグリズリーなどの巨大な熊のことを指すネイティブアメリカンの言葉からだとか。昔も今も熊の生息地であり続け、のほほんとしてハイキングなどをしていると危険な目に遭うこともあるらしい。サンフランシスコは人間がたくさん棲息し、鉄の橋やビル、ケーブルカーなど人工物でいっぱいだが、ヨセミテは高さ1000mの岩山をはじめ、氷河が削り出した渓谷や樹林、滝と川といった豊かな自然に満ちている。

サンフランシスコから足を延ばそう。徒歩も選択肢にあるが、あえて選択しない。到着する前に疲労困憊して倒れる可能性があるから。大人の遠足は省エネを旨とする。バスを足代わりに使う。沿道にはカリフォルニアの農地が広がっている。葡萄、ピスタチオ、アーモンド、トマトなどの野菜畑が車窓を流れていく。道路も広いが、空も広い。景観も四方八方に広がっている。国土が大陸の上に乗っかっているという感じだ。シエラネバダ山脈に近づくにつれて標高は上がり、周りの景色に岩山と樹林が増えてきた。

心地よく晴れた週末、ヨセミテに至る道路沿いの小さな町でなにやらお祭りがあっていて多くの人出があり賑わっている。天気もいいことだし、しかも週末だ。ヨセミテにでも行ってみるか。アメリカ人たちがそう思ってもちっとも不思議でないほど絶好の行楽日和だった。公園入り口まであと1キロという所で渋滞に巻き込まれた。前方はマイカーが数珠つなぎになっている。まったく動かない。車道の右手には川が流れている。マーセド川だ。白波が轟音を立てて岩肌に当たり下流に向かっている。車道と川面までの落差は10mほどあるだろうか。雪解け水が奔流となっている。夏場になると水量が激減し川底が露呈する。歩いて渡ることができるほどに風景が一変してしまうという。

車の列は止まったままで動かない。下車してカメラで周囲の風景を取り始める女性や公園入り口へ向かって歩いて行く若い女性連れ、なにやら小用でも足すのか沿道沿いの樹木の中に入り込む男性も出る始末。5mほど進んで10分以上停車したような感覚が続く。これが延々と繰り返される。バスの運転手はもう少しで公園入り口なんだがとか言っているが、もう少しの距離がちっとも縮まらない。退屈しのぎに車窓から沿道の岩山を見上げる。中腹の樹木が焼け焦げたようになった一帯がある。落雷による山火事の跡だそうだ。

けっこうな待ちぼうけを受けた思いが広がるうちに、やっと公園入り口が見えた。パークレンジャーと呼ばれる公園スタッフの女性たちが数人立っている。つば広の丸い専用帽子を被っていて凛々しい。アスファルト舗装した道路が公園内に何本も延びている。渋滞するほど並んでいたマイカーの群れは森のあちこちに吸い込まれるように分散駐車している。それが気にかからないほどに一帯は広々とした景観と深い森林に覆われている。ヨセミテ公園の広さ約3080平方キロのうち車道や歩道、キャンプ場など整備されているのは、ほんの5%ほどだ。来訪者のほとんどが5%のヨセミテワールドでひと時を過ごす。そのわずかな場所に最初の1歩を踏み出すべく、わたしはバスから降りた。今まで見たことがない、ここにしかない世界が眼の前に広がっていた。2本の足はヨセミテを踏みしめて歩きだした。
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