庭の一角に小豆島からやってきて植えられたオリーブの苗木が年月を経て高木となった。おしゃぶりを口にしていた乳児に久方振りに会ったらヘラクレスみたいな大男に変貌していたような感じだ。高さ3メートル以上はゆうにありそうだ。このままだと、ジャックと豆の木みたいに上へ伸びて巨木になりかねない。ほどほどの高さということで2・5メートルの高さに抑えよう。伸びすぎた一部の枝をチェーンソーで切り落とす。
オリーブの枝が顔のそばをかすめて地面にどさりと落ちていく。オリーブの木の精にしてみれば、わたしの顔に一撃を食らわしたい心境だろう。今まで何の制約もなく枝を、幹を、根っこを好き放題に伸ばしてきたのだから。ある日、きこり気分の男がやってきてチェーンソーを使って枝を切り落とそうとしている。
落ちた枝の中に黒い実のようなものが1個付いている。ほかにも2個見つけた。ピーナッツを黒いチョコレートでくるんだみたいだ。どんぐりの大きさでもある。オリーブの実だ。ありえないよ。オリーブはオスの木とメスの木がそろって初めて実を付ける。庭にあるのは、オスかメスかは分からないが1本だけ。男が出産して子どもができたようなものだ。
いったいどういうことなのだろう。突然変異? それともある日一瞬だけ雌雄同株となり実を結んだのか。生命を存続させ、子孫を残そうという意志的な働きがあったのか。手のひらにオリーブの実3個を乗せて眺める。生命力の跳躍。驚異を成し遂げたDNAと生命の連続を共有してみたい。そうだ、オリーブ湯に入ろう。
湯船にオリーブの小枝3本を浮かべる。葉は大人の小指半分ほどの大きさだ。表は深い緑色、裏は白い。香りは特にしない。葉肉は薄いが手触りは硬い。水面に浮かんでいた3本の小枝を沈めてみる。腰回りにまとわりついてくる。なかなか浮かび上がらない。そんな気がした。もしや、この小枝たち、メスだったのか。晴れの日も雨の日も孤閨をかこってきた乙女たちよ。今宵は添い寝ならぬ添い風呂と参ろう。晩秋の夜伽、これもまたよし。