おはようヘミングウェイ

インターネット時代の暗夜行路。一灯の前に道はない。足音の後に道ができる。

オリーブ湯につかる

2010-11-29 | Weblog
最初に断わっておくけれども、オリーブオイル湯ではない。これはべっとりと潤いのある肌になるのだろうが、遠慮しておこう。オリーブの小枝を2つ、3つを湯船に浮かべて風情を味わってみようとの試み。菖蒲湯があるならばオリーブ湯があってもよかろう。

庭の一角に小豆島からやってきて植えられたオリーブの苗木が年月を経て高木となった。おしゃぶりを口にしていた乳児に久方振りに会ったらヘラクレスみたいな大男に変貌していたような感じだ。高さ3メートル以上はゆうにありそうだ。このままだと、ジャックと豆の木みたいに上へ伸びて巨木になりかねない。ほどほどの高さということで2・5メートルの高さに抑えよう。伸びすぎた一部の枝をチェーンソーで切り落とす。

オリーブの枝が顔のそばをかすめて地面にどさりと落ちていく。オリーブの木の精にしてみれば、わたしの顔に一撃を食らわしたい心境だろう。今まで何の制約もなく枝を、幹を、根っこを好き放題に伸ばしてきたのだから。ある日、きこり気分の男がやってきてチェーンソーを使って枝を切り落とそうとしている。

落ちた枝の中に黒い実のようなものが1個付いている。ほかにも2個見つけた。ピーナッツを黒いチョコレートでくるんだみたいだ。どんぐりの大きさでもある。オリーブの実だ。ありえないよ。オリーブはオスの木とメスの木がそろって初めて実を付ける。庭にあるのは、オスかメスかは分からないが1本だけ。男が出産して子どもができたようなものだ。

いったいどういうことなのだろう。突然変異? それともある日一瞬だけ雌雄同株となり実を結んだのか。生命を存続させ、子孫を残そうという意志的な働きがあったのか。手のひらにオリーブの実3個を乗せて眺める。生命力の跳躍。驚異を成し遂げたDNAと生命の連続を共有してみたい。そうだ、オリーブ湯に入ろう。

湯船にオリーブの小枝3本を浮かべる。葉は大人の小指半分ほどの大きさだ。表は深い緑色、裏は白い。香りは特にしない。葉肉は薄いが手触りは硬い。水面に浮かんでいた3本の小枝を沈めてみる。腰回りにまとわりついてくる。なかなか浮かび上がらない。そんな気がした。もしや、この小枝たち、メスだったのか。晴れの日も雨の日も孤閨をかこってきた乙女たちよ。今宵は添い寝ならぬ添い風呂と参ろう。晩秋の夜伽、これもまたよし。
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教養の底に沈めておくべきこと

2010-11-24 | Weblog
リベラルアーツもしくは素養のための時間の蓄積を日常的にしておくこと。


【ユイスマンスさかしまを読み終える】

郊外の一軒家で好きなものに囲まれ、好きなことをする生活の行く末はいかに。


【マイケル・ムーアの映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」をDVDで観る】

全米ライフル協会長のチャールトン・ヘストンの自宅に、銃殺された少女の遺影を置いて立ち去るという行為とその結果。


【温泉で足湯に浸かる】

靴を脱ぎ、靴下を下ろし、ズボンの裾を捲り上げ、足先から浸し、足首を入れ、膝下までつかる。15分ほどで足が芯から温もる。そして心も。


【マンモグラフィー検査に同行する】

拷問具を使うようなやり方はどうにかならないのか。


【親類の飼い犬が亡くなる】

急性腎炎となり自宅で介護したのちに安楽死の措置。年齢12歳。ペットの葬祭業者に火葬してもらい、遺骨は自宅で保存。元気だったころに体を撫でてあげた手ごたえと優しい目をした表情を思い出す。


【ワイン談義】

1人で呑んだらおいしくない。あくまで料理の引き立て役。ソムリエより呑ムリエがいい。


【バスト99、草食系男子です】

生活習慣病予防健診結果通知票のデータあれこれ。中性脂肪、LDLコレステロール(悪玉コレステロール)、尿酸が基準範囲を超えていた。10年以上前からしっかりと引き継がれている。今回こそは大政奉還したかったのだが。


【目のかすみ、目の疲れに】

ドラッグストアで目薬を買い物籠に入れてレジで精算する際、店員から指摘される。「こんなんじゃだめですよ。これにした方が絶対いいですよ」。医薬品のロートV40aと相当高めのものを持ってきた。「うちで1番いいのはこれ」。言いなりになって購入する。よく効く気がする。


【電子レンジ調理】

肌寒い朝は温かい料理ということで電子レンジで温めまくる。ホットトマトって最高! ニンニクも皮つきを丸ごとチン。ほやほやでうまい。玉葱をスライスしたものもチン。やわやわにゴマドレをかけてぺろり。焼き芋も簡単で感嘆! 野菜を片っ端から試してみよう。


【北風が吹く秋日和】

青空で空気は澄んでいる。書くこと、食べること、愛すること、旅すること、……。いろんなことを想うのに最適の時間。


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ポール・マッカーセットケー

2010-11-23 | Weblog
山登り用の杖と言うか、スティックと言うか、ポールを自作した。

1組は自然木の木切れ、すなわち枝切れを山中で探し当てた。バネを生かすための弓なり度と、しなり度を試して選びぬく。握りの頭部分をノコギリで切って平らにして持ちやすくする。仙人棒と名付ける。

もう1組は笹竹を使った。口径が同じ大きさのものをそろえて長さを合わせた。地面につく部分には椅子の足に使うゴムをはめ込んで滑り止めとする。こちらは真っ直ぐで若木なので青二才ならぬ青二棒と命名。

使いやすさは仙人棒が青二棒に勝る。上り坂でもバネが推進力となって体を前へ押し出してくれる。もっとも柔軟体操の補助具として使うのには青二棒が便利だ。竹刀として素振りもできる。背中がかゆければ、こりこりっと心地よく使える。まっ、ポールの自作についちゃ、まかせといてな。


左が青二棒、右が仙人棒。  仙人棒の見事なそり。名刀の趣きがある。



このしなりがバネとなる。



気持いいほどに真っ直ぐな青二棒。足に履いたゴム靴が大地をしっかりグリップする。
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そばを打つ

2010-11-22 | Weblog
人生のある日ある時、男は突如そばを打ちたくなる。

なにゆえに?

そば粉からつくって食べてみたいから。自作自演して食す愉しみ。

どうやって打つ?

そば打ち歴20年の師匠に教わる。

おいしいそばとは?

口当たり、歯ごたえ、舌ざわり。

材料は?

北海道産そば粉400グラム、打ち粉適量、冷水240cc。水道水は塩素が入っているから不可。

道具は?

包丁、麺棒、打ち板、金べら、ふるい。

順序は?

そば粉と水で練る「つぶし」から始まり、練ったそば玉から空気を抜く「へそ出し」、手で押さえながら丸くする「丸のし」、麺棒を使ってそば玉を小判型から四つだしへ、最後に厚みを調整する「本のし」、そして包丁で切っていく。

つぶしとは?

粉に水を加えて練ることで粘土状の塊、そば玉をつくる作業。柔らかさの度合いは「耳たぶ」ぐらいが目安。耳たぶぐらいの柔らかさ、けっこう難しい。

本のしまでの作業の意味は?

厚さ2ミリのそばの面をつくること。まさに麺づくり。平らに伸ばしていくのに麺棒を使う。そば粉に水が加わり粘土状になり、麺棒でぺったんこにしながら小判型から正方形へ形を整える。この変貌はそば打ちの醍醐味であり、そば玉が生き物のように形を変えていく。芸術家にでもなった気分に浸れる。

包丁でそばを切るのは楽しいか?

そば打ちで最高の瞬間かもしれない。目の前でいわゆる「そば」が出来上がってくる。自らの手でそばを誕生させたのだ!

切った後は?

沸騰したお湯の中に入れて1分半から2分ほどゆがき、さっとすく上げて水で冷やす。食べる分だけ丼に入れ込んでつゆを加え、ネギ、ワカメ、カマボコを乗せる。

うまかったか?

十割そばを自らつくって食べる。混じりっけなしの純粋そば、うまくないはずがない。手間暇かけてつくりあげること。これはもはや愛情だ。機械でつくってはいけないのである。





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花魁道中

2010-11-14 | Weblog
なんだ、なんだ、この人だかりは? お金でも落ちてんのかいな。えっ、おいらん道中があるってか。貧乏が板についたおいらとしちゃ、火事と喧嘩と花魁を見物するのが今生の愉しみなんだ。そりゃ見なくちゃな。

そんで、そんでよ。おいらんはどこにいるんかいな? おいは知らんって下手なしゃれは飛ばすなよ。あいたたた、おいらが先に言っちまったか。

なに、なに。ここらあたりでしばらく待ってろってか。息すること以外、今日はとくにすることもないもんなあ。ちょっくら待つとするかいな。

キャーメラマンって言うんかいな。ほんとに多いなあ。おいらにはそんな高級なもんはいらないもん。頭の中にしっかりと焼き付けるからよ。いちいち紙とかに焼きつける必要なんていらないからよ。いつでも見たいときに頭の中を駆け巡れば見れるってことよ。出来が違うんだな。キャーメラマンって言う連中が持ってんものとはな。

兄ちゃんたちよ、キタ、キタ、キタッーって騒ぐなよ。2ちゃんねるじゃないんだから。タケノコみたいに背だけ伸びやがって。おいらの前に立つと見えないだろうが。そんだ、そんだ。どいてくれりゃ文句はないんだ。

兄ちゃんたちは線香1本も持たないだろうな。線香5分の1で昇天だな。なんのことか分からないってか。線香1本も知らないんか。色街に子どもは立ち入り禁止。さあ、帰った、帰った。おいらん見物なんで百年早いぜ。そういや、龍馬もここ長崎・丸山界隈で遊んだんだなあ。

なんだ、あのどよめきは? キタ、キタ、キタッー! おいらんたい! それも2人! わおっー! 兄ちゃんたちよ、見たか、見たか、見たか。おいらんだよ、おいらん。生まれて初めて見たんだよ。なに、静かにしてくれってか。兄ちゃんたちよ、生きることは恥をはかくことだ。この胸の鼓動を言葉と行動でそのまんま表すんだよ。いいか見ておけ、おいらんに直訴するぞ! お手合わせ、ぜひとも、よろしくお願いします! 一生のお願いです! 兄ちゃんたちも手伝え! おいらのために直訴しろ!

そんで、おいらの記憶は直訴したところでぷっつんと途切れちまった。いったい何があったのか。目を覚ましたら長屋の我が家さ。顔や体のあちこちが痛いしな。看病してくれている八っつぁんが教えてくれた。

おいらん道中のさなかにおいらは飛び出して行って土下座し、たわごとを叫び続けたらしい。そんで勧進元の若衆らから捕り抑えられ、道中から引きずり出されて裏手に運ばれボコボコにされたらしい。しっかりと気絶させられた揚げ句に路傍の溝の中に蹴落されたらしい。これが顛末だってよ。

直訴した後のことはまるっきり記憶がないが、直訴した前までのことはしっかりと覚えているぜよ。なんせ、キャーメラマンが持っている機械よりも上等のもんが頭ん中に入っているからな。おいらの頭ん中を覗いてみるかい。にんげん見世物小屋だな。右耳から覗きこめよ。おっと、お代はいただくからな。安くないぜ。転んでもただでは起きないぜよ。いい性分じゃろ。岩崎弥太郎みたいになれるかな、おいら。


しずしずと、あでやかに階段を下る花魁 


 
高下駄をどうぞ


 
高さ30センチはありそう



外八文字で歩く花魁



たちまちにして人々が群れる



高嶺の花の色香は最高である



ボコボコにされる直前に頭ん中に焼き付けた最後の画像。もう2度と直訴はしません。

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秋の山行 多良岳金泉寺へ

2010-11-11 | Weblog
肉体的に平穏な日々に苦難という活を入れてみる。鉄人レースほどではないが、急峻な山道を登ることにする。舞台は佐賀、長崎両県にまたがる多良岳。初回の挑戦として山頂までには20分という位置にある金泉寺を目指すことにする。こんこんと金が泉のごとくに湧いてくる。そんなことを夢想させる寺の名ではある。

長崎県大村市の黒木というところから登り始める。同行の士はわたしを含めて13人。男性7人、女性6人の混成チームだ。父親の形見の杖を持参した女性もいた。杖に文字が彫り込んである。四国・石槌山登山記念。山好きの父親の思いを胸にしまっての山行を寡黙な夫が後押しする。「僕たちは初心者だから」と謙遜していた夫婦はガイド役に負けないくらいの健脚だった。「とても初心者には思えないですよ」。こう声を掛けると、「いえいえ、初心者なんです」と控え目に応じる。


遅れる男にかまわず山登りする女たち

ノルディックウオーキングセミナーで得た知識を基にしたポール、いわゆる杖を持参した。伐採された枝を再利用したものだ。2本で1組。少しばかり弓なりになっている。4つ足歩行の実戦だ。快適にして楽ちん。他の登山者はアルミ製のポールを1本持って山登りをしている。久しぶりの山歩き、それも急な登り道で足場も岩ばかりとあって息が上がる。スースー、ハーハーとラマーズ法を試す。産婦の気持がよく分かる。苦しーい! 途中、何度か休憩が入る。全身から汗が吹きでる。長袖を脱ぎTシャツ姿になる。傍らの女性がうらやんで言った。「男の人はいいわねえ。すぐに脱いで軽装になれるから」。淑女に返礼しなくては。「脱がれていいですよ。わたしは全然気になりませんから」。笑いはなかった。山に艶笑冗句は似合わないようである。


ラマーズ法は登山には向かないことがわかった

登り口から1時間半をかけて金泉寺山小屋に到着する。山小屋の薪ストーブの前に陣取り、燃えていく木に見入る。炎のゆらぎにぼんやりとする。そばの登山者がソーメンに餅を入れ込んで食事をしている。実においしそうだ。こちらも持参のサラダ巻き寿司を頬張る。あっちの山がどうした、こっちの山がこうしたと登山者同士が山の情報交換をしている。紅葉の見ごろなどが耳に入ってくる。薪ストーブの周りで耳寄りな話が飛び交う。


金泉寺本堂。金の泉と訓読みする人は煩悩の塊です

金泉寺は平安時代、空海がこの地を見い出し開いた寺だという。本堂は日ごろ閉めてあるが、われわれ一行のために管理人が開帳してくれた。千手観音が祀ってあり拝観する。写真も撮ってよいということで数枚を収める。十年ほど前まで境内には地蔵の石仏がたくさんあったそうだが、盗難に遭ってなくなってしまったという。仏像を盗む。こんな罰あたりな人にも、いわんや悪人をや、となるのだろうか。


一期一会の仏縁、ここにあり

千手観音の手のひらには目が描かれている。それはあなたを見通すということではなく、慈悲をかけるための目だという。あなたを温かく見守るための目だ。秋になって突如として山登りが頭に浮かんだのは、この目に出会うためだった。ここまで登ってこなければ掌の目を見ることもなかった。登山途中に青息吐息の目にあったのも仏縁なり。仏教説話的な感慨にふけりながら遠くに目をやると、音無き山あいで生を謳歌する紅葉の景色があった。


深まりゆく秋にこれからを想う
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ハーレーフェスティバル うどんをすすりながらカントリーを聴く

2010-11-07 | Weblog

11月6、7の両日、長崎市内の港沿いの公園にハーレーダビッドソンの一団が集結した。単発でも、集団でもモーターサイクルの中で最も絵になる鉄の馬は男気と色気を街中や会場で存分に振りまいた。乗り手の男たちはサングラスにしろ、革ジャンにしろ、ブーツにしろ強面だ。女たちもハーレーに負けないくらいに艶やかだ。陸軍士官学校出身でハーレーダビッドソンジャパン社長のクリスチャン・ウォルターズも姿を見せ、幅30センチほどの板の上を超低速でハーレーを操りながら走行するイベントで腕前を披露していた。リッチなオーナーたちの楽しいお祭り、それがハーレーフェスティバル。

堂々としたハーレーの勇姿3景



アメリカ色むんむんのハーレーに合わせるように、会場を音楽で盛り上げるのはアメリカ色むんむんの和製カントリーミュージックだ。お目当ては斯界のトップリーダー・チャーリー永谷の歌と演奏。熊本在住のチャーリーはもちろん日本人だ。演奏外でインタビューなどに応じるときは恥ずかしがり屋の日本人そのものでか細い声だったりするが、舞台に上がり演奏が始まると様になってるカウボーイハット姿と同様、本場ものとしか思えないカントリーミュージック英語で聴衆を魅了する。アメリカ人なんかは頭とお尻をふりふり踊りだしてしまうほどだ。

秋の日差しを浴びながら生演奏を聴く。これぞ大人のピクニック。


アメリカ色むんむんの音楽が流れる中、露店で注文したのは天かすうどんに稲荷3個。チャーリーのカントリーミュージックを聞きながら、日本色むんむんのうどんをすする。アメリカ中西部の景色を思い浮かべる一方で、醤油味のつゆが喉元を下っていく。和人にはハンバーガーやホットドッグより、うどんに稲荷、おにぎりがよく似合う。何回食べても飽きない。そんな幸せな体質になっている。

男心をくすぐるいい顔してるね。

女に負けじとセックスアピールするマシン

 

 

 

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楽しい健診

2010-11-04 | Weblog
年に1度の定期健診を受ける。受付の女性に濃い緑色のセロハン袋に入った検便キットを問診表とともに手渡すと、検査項目の書類が入ったクリアファイルを差し出された。受付の女性2人がマスクを付けていたので尋ねる。「風邪でも引いたの?」。こんな質問をする受診者は初めてだったのだろう。「いや、あのう」と口ごもった。

「そうなんです。風邪引いたんです」。とは答えにくい場面だ。斟酌すべきだった。深追い質問はせずに「お大事に」と声を掛けた。後で分かったのだが、健診を担当した医師や看護士のほとんどがマスクをしていた。そうだったのか。受診者からのもろもろの感染を予防するための措置だったのだ。「あなたたちにうつされないようにするためなんです!」。とは言えないな。確かに口ごもるはず。

胸のレントゲン撮影だ。「はい、おはよう!」。先手を取って元気に挨拶する。こんな挨拶をする受診者は初めてだったのだろう。「おっ、はようございます」。気おくれしたような声が返ってきた。四角い撮影用機器の上部に顎を乗せ、機器を両手で抱くようにして抱擁する。別室にいる技師が操作をする。合成音と思われる女性の声で指示する。「息を大きく吸って止めてください」。指示通り息を大きく、大きく吸って止める。陸に上げられたフグのごとく、ぱんぱんに膨らんだ風船のごとく、新弟子検査で胸囲を大きく見せたがる相撲取り志願者のごとく、わたしの肺は拡張しきった。

別室から技師が出てきた。終わりを告げるためだと思ったが違っていた。「すみません、そんなに大きく膨らませなくてもいいですから」。こう言って機器からはみだした上半身を正常な位置に戻した。「もう1度撮り直します。小さく吸っていいですから」。肺の膨らみをリセットして小さめに膨らます。「息を止めてください」。合成音の女性の声が再び聞こえた。思ったより止めていた時間が長いような気がする。技師が別室の扉を開けながら声を掛けた。「今度はよかったですよ」。陰の声。ふうー、やれやれ。

バリウムを呑んでの胃の撮影では、女性スタッフが念押しで尋ねた。

「昨夜から今朝にかけては何も食べてないですよね」

「クラムチャウダーを少々」

「食べたんですか?」

「と思いましたけど、ぐっとこらえました」

安堵した表情の女性スタッフは胃を膨らます顆粒剤と水を手渡す。一気に呑み干す。さあ、バリウムの出番だ。

「今年は何味ですか?」

「バニラです」

「去年はイチゴとかレモンとかありましたよね。希望は抹茶なんですが」

「今年はバニラだけです」

この後、わたしの体は宇宙飛行士の訓練よろしく、機器の上で右に2回転したり、仰向け、うつ伏せ、逆さまなど弄ばれることになる。「ゲップは我慢してください」と言われるたびに、ゲップをしたくなる誘惑にかられるのはなぜだろう。

尿採取、検眼、心臓などの検査の後、生活習慣病の問診に入る。マスク姿の眉目秀麗な女医が担当だ。傍らのノートパソコンにはわたしの病歴や体重、身長、血圧などのデータが映し出されている。

「前回の健診から病気をしたり、新たに治療を受けていることはありますか」

「ありません」

「煙草は吸っていますか」

「吸っていません」

「お酒は呑みますか」

「ええ」

「週に何回ぐらいですか」

「毎日です」

「毎日どれくらいですか」

「グラス1杯の赤ワインです」

「赤ワイン?」

「ボルドーです」

女医の澄んだ瞳に表情が走った。それは言葉にし難いものだった。脳内のどこかが反応したような感じだった。彼女の脳内に瞬間的に流れた思い。それは「!!!……ワオ!」

採血が健診の最後だった。わたしの言葉に嘘はなかった。やっぱりボルドーだ。うっとりするぐらいにフルボディ!





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ノルディック・ウオーキング もうひとつの杖道

2010-11-01 | Weblog
歩くことは前へ進むことである。よって歩行という行為は文字通り進化することを欲する。より負担を軽くし、効果を高める方法を探し始める。

進化の枝の1つにノルディック・ウオーキングが現れた。スポーツ店主催のセミナーに出掛けてポールを使った歩行を体験する。スキーのストックと同じようなものだ。哲学的に言えば、自然と地面を相手にした杖道だ。

インストラクターの男性に付いていく。スポーツ店の前を出発し街中の川沿い、公園の中、図書館の前、市役所の横を歩いていく。普段の歩行に合わせてポールの先端を地面に軽く突き、後方へ押しだす。最初は歩行とポールの歩調に違和感があるが、慣れてくるとポールの存在が薄れてくる。多分、時間を掛けて使い慣れると四足の人間に変容するだろう。蜘蛛のように素早い歩きができるに違いない。

ポールのシャフトはアルミ合金材、重量は左右合計で480グラム。価格は税込みで9450円。シャフトの色合いもブラック、レッド、オレンジ、グリーン、イエロー、ブルー、ホワイト、花柄ピンクなどとしゃれている。専用グローブやポールケースなどアクセサリーも豊富だ。

ここで発想する。市販品にはないポールが欲しい。既製の存在から進化していくこと、すなわち自分で創ろう。山中を歩きながら探そう。自然が創りだした枝にアートという魔法を施そう。笹竹が群生している場所も知っている。いい棒に当たるまで歩こう。歩くことに楽しみがまた1つ加わった。
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