図書館の新刊本コーナーはガチガチの硬派あり、ソフトとろとろの軟派ありと、公平公正を旨とする選定者の生真面目さが際立って面白い。装丁も色とりどりの凝った金満組から超低予算を思わせる雑で手抜きな貧鈍組まで出版社の羽ぶりがよく分かる。
何十冊も展示された新刊の中でひと際目立つ本がある。なんと美しい色合いなんだ。若草色というか、葉先を出したばかりの新芽の色というか。視線は外れることなく、足は吸い寄せられて、腕は伸びて、その本は二つの手の中に納まった。
羽ばたく鳥が銀色で小さく描かれている。白鳥か。装丁は売れっ子の根本有華だ。書名と著者がフランス語と日本語で書かれてある。「アデン、アラビア ニザン」と「名誉の戦場 ルオー」。ルオーは知らなかったが、ニザンなら知っている。あのポール・ニザンだ。1940年、35歳であっけなく戦死してしまった作家。
僕は二十歳(はたち)だった。それが人生でもっとも美しいときだなんて誰にも言わせない。
最も印象に残る書き出しの文学作品のひとつだ。その余韻は何年たっても褪せることはない。むしろ自らが馬齢を重ねたことをひしひしと実感させられる。映画エデンの東の中のジェームズ・ディーンが永遠に若いように、ポール・ニザンも作品の中で文学的若々しさは不変のままだ。
「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 全24巻」の1冊だ。刊行予定の他の作品もなかなか面白そうだ。「存在の耐えられない軽さ」(クンデラ)、「アフリカの日々」(ディネセン)、「疾走者」(カフカ)、「クーデタ」(アップダイク)、「賜物」(ナボコフ)、「黄金探索者」(ル・クレジオ)……。個人編集だから好きな作家たちを集めた贅沢な全集でもある。
「アデン、アラビア」という作品、最後まで読みおおせた人は意外と少ないとか。ドストエフスキーの「罪と罰」あるいはトルストイの「戦争と平和」に挑んで途中で討ち死にして読了するように、書き出しから5ページほど読んで、ブレイクタイムを取ったが最後、そのまま本棚に収まるか図書館へ返却となるかいずれかの確率が極めて高い作品でもあるという噂もある。
確かに書き出しはじっくりと何度も読んだ。なかなかいい。その後は確かに噂の存在を確認することになる。ニザンが呼んでいる。おーい、どこにいったんだよ。アデンはこっちだぞ! 途中で読みたくなくなったなんて誰にも言わせないぞ。戻って来いよ。もう1度言うぞ。戻ってこい!
何十冊も展示された新刊の中でひと際目立つ本がある。なんと美しい色合いなんだ。若草色というか、葉先を出したばかりの新芽の色というか。視線は外れることなく、足は吸い寄せられて、腕は伸びて、その本は二つの手の中に納まった。
羽ばたく鳥が銀色で小さく描かれている。白鳥か。装丁は売れっ子の根本有華だ。書名と著者がフランス語と日本語で書かれてある。「アデン、アラビア ニザン」と「名誉の戦場 ルオー」。ルオーは知らなかったが、ニザンなら知っている。あのポール・ニザンだ。1940年、35歳であっけなく戦死してしまった作家。
僕は二十歳(はたち)だった。それが人生でもっとも美しいときだなんて誰にも言わせない。
最も印象に残る書き出しの文学作品のひとつだ。その余韻は何年たっても褪せることはない。むしろ自らが馬齢を重ねたことをひしひしと実感させられる。映画エデンの東の中のジェームズ・ディーンが永遠に若いように、ポール・ニザンも作品の中で文学的若々しさは不変のままだ。
「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 全24巻」の1冊だ。刊行予定の他の作品もなかなか面白そうだ。「存在の耐えられない軽さ」(クンデラ)、「アフリカの日々」(ディネセン)、「疾走者」(カフカ)、「クーデタ」(アップダイク)、「賜物」(ナボコフ)、「黄金探索者」(ル・クレジオ)……。個人編集だから好きな作家たちを集めた贅沢な全集でもある。
「アデン、アラビア」という作品、最後まで読みおおせた人は意外と少ないとか。ドストエフスキーの「罪と罰」あるいはトルストイの「戦争と平和」に挑んで途中で討ち死にして読了するように、書き出しから5ページほど読んで、ブレイクタイムを取ったが最後、そのまま本棚に収まるか図書館へ返却となるかいずれかの確率が極めて高い作品でもあるという噂もある。
確かに書き出しはじっくりと何度も読んだ。なかなかいい。その後は確かに噂の存在を確認することになる。ニザンが呼んでいる。おーい、どこにいったんだよ。アデンはこっちだぞ! 途中で読みたくなくなったなんて誰にも言わせないぞ。戻って来いよ。もう1度言うぞ。戻ってこい!