ピットブルのハヤコ

ハヤコとかあさん

喜びと不憫

2016-01-31 | かあさん

昨日のこと。

私は休日、ハヤコには朝起きた時に言う、「はちゃん、かあさん今日はお休みだ。でもね、夕方からいないけど・・・」

朝一番からは夕方から出かけなくてはいけないことは、一言だけでしつこく伝えなかった、ハヤコが私の行動ひとつひとつに警戒とか我慢をするかもしれないと思い、どこか口を濁した。

夕方出かけるまでは、いつもの部屋でまったり、ゴロゴロ。

そして、夕方が来る、私はハヤコに話す、「かあさん行かんといけんところがあるんよ、ちょっと行ってくるからな、はちゃんはね行かれんの、ごめんな、はちゃんはね、お留守番しといて、行かれんの、ごめんね。」

 

私の場合、休日の夕方から出かけて夜になって帰るということは滅多にないのだが、ハヤコは、自分がついて行かれないと理解する、いつも私はハヤコの判断能力には感心する。

夜になって帰宅すると、ハヤコが、気が狂ったように喜んだ。

ただ嬉しいことと、我慢の解放によるものか、心が爆発して、体も暴発してしまう、私を避けながらビュンビュン右左、ドコドコ後ろ前と駆ける。

私は、「ごめんねーごめんねー」と、ハヤコに笑顔で言いながら、感情を発散してスピードが落ち着いたところで体を撫でまわす。

そして今日、私はまた休日。

特別な用事はない、昼前になってハヤコに声をかける、「はちゃん、お出かけするか、かあさん出かけよう思うんだけどさ、はちゃんも行こう、今日ははちゃんも行けるよ、…車で待つけど」

ハヤコは、自分も行けることをすぐに理解する。

いつもの休日と同じ会話だというのに、今日のハヤコは、理解した途端、いつも以上に飛び跳ねて喜んだ。

心が喜びで興奮している、それが思いきり体から溢れたようだ。

 

私は思った、「昨日置いて行かれたの、よっぽど我慢してたのかなー」と。

昨日の夜の我慢を、今朝もまだ引きずっている感じがしてならなかった。

 

ハヤコは、いろいろな場面で、自分が行かれないことがあることを理解しているが、決して、平気な訳でないんだろうな。

あまりに喜ぶ姿は、少し、不憫に感じてしまうくらい、ハヤコは私を必要としてくれている。


「自画自賛」

2016-01-28 | かあさん

私が教えてもらっている写真の会で、春にちょっとした写真展をすることになった。

写真の会は、素人目の私からしても、かなり自由度があり、レベルの高低や興味の範囲が広く、同好会、文字通り、カメラを基に好き好んで集まった会。

私は、その会で、素人なりに、ゆっくりしたペースで勉強になっている。

さて、写真展に向けて、時間が少なく、今からの写真も必要だが過去の写真をも必要と、見直してみた。

 

見直していると、じんわり感じるのだけれど、「思い出」とか「オモロイ」写真ってのはたくさんあるけれど、切り取りたいと思っている「一瞬」ってのは、たくさんないわ。

それでも、写真を教えてもらいはじめた今と、全くのカメラオート撮影で偶然が偶然とも感じていなかった少し前でも、違いがあることにちょっと気が付いた。

それは、写真がキレイに撮れるとかの前に、「意図」、が生まれているか。

 

決して今が「意図」ある写真を撮れているわけでないけれど、少しは焦点が狭まっているのかなと、「自画自賛」したくなった。

つまらぬ、うぬぼれだ。それを、楽しむ私。

被写体のハヤコは、カメラの光やシャッター音、気に入らない、カメラが放つ光や音だけでなく、黒いカメラ物体そのものを私が手にした途端に、興が冷めることも知っているが、ハヤコは気が付いていないことがある。

私がカメラを手にしているのはハヤコがいるからだということを。

たぶん、それは、ずっと、ハヤコには理解してもらえないだろうな。


2016-01-25 | かあさん

あちこちあちこち、日本全国雪雪雪の予報が躍る。

昨日、大雪警報が出されているというのに、警報地域に向かってみた。

最初に目指した地域の随分手前で、危険を感じ、折り返す。

普段なら積雪を期待もできない地域、雪がどんどん深くなりかけている、早々に退却の判断。

だというのに、折り返しに寄った場所でのたった5分、写真にはとうさんとハヤコが真剣に遊んでいる姿が写っていた。

 

ああ、呑気だなぁ。

深刻さや若干の焦りをも感じさせない、マヌケなショットだ。


偏見

2016-01-23 | かあさん

私の職場の上司は、犬を飼っている。

 

一人の上司は、ハヤコが我が家に来るときから、ハヤコがピットブルという犬種だということを知っている。ハヤコのことをハヤちゃんと呼び、私がハヤコを大事にしていることも、よく知っている。そして、ハヤコを見知らぬ人には私が飼っている犬を「猛獣」だと、わざと説明しながらうっすら笑う。

もう一人の上司は、ハヤコの存在を知って一年にもならぬ、ハヤコがハヤちゃんであるだけで、ハヤコの犬種をしらなかったらしい。ついこの間、ハヤコの犬種を聞くから、ピットブルだと答えた。

 

そこで、一人の上司がニヤリと笑いながら「猛獣ですよ」と説明する。

もう一人の上司は、「ハヤちゃん」と「猛獣ですよ」の説明が結びつかないようだ。

私は、笑っていた。

職場における犬飼同士の会話、当然、犬飼であるから気になったのだろう、もう一人の上司は、次の日、「ネットでみた」と驚いた顔をして言う。

一人の上司は、「そうでしょう、猛獣なんですよ」と、笑う。

私は、「ええ、力は強いですよ」と、笑う。

 

もう一人の上司は、「本当に飼育が禁止されている国があるんだぁ」、「話盛ってるのかと思っていた」と、知らない世界を見ちゃった顔をしてしみじみ言う。

私は、笑いながら言う、「いかんっ、偏見を持ってしまうっ、ネットで調べちゃいけませんっ!!」

そして、やっぱり、一人の上司は、「猛獣でしょ!?」と、ハヤコに親しみを込めて笑っている。

実際、ネットで調べると、ピットはなかなかの紹介っぷりである。

 

それを、全て、偏見だとか、誤解だとか声高々に反論するつもりはない。

なにせ、マヌケなハヤコでさえ、力はとても強く、精神も強い。

 

偏見というのは、悪い意味でしか捉えられないのかもしれないけれど、ハヤコは全く気にしていない。

私は、そんなハヤコが、可笑しくて、大好きだ。


理由

2016-01-16 | かあさん

ようやく寒くなってきた。

散歩に行く時間、日中以上に冷え込み始めている。

 

昨日だったか、シゴトから帰った私を喜んで迎え出ているハヤコに、ジジイが言葉をかける。

「ぶーちゃん、寒いけん散歩に行くな。」

どういう理由なんだ、寒いから散歩に行くなと言う。

 

ジジイが口にする理由に呆れはするも、実際に、寒いから散歩に行かなかった。

そういう日が、冬は、ある。


2016-01-07 | かあさん

私が写真を教えてもらっている先生は、私が撮ったハヤコの写真を「愛」がある写真と言う。

それは、決して高度なものでない、写真自体に技術とか理論とか、知識があっての域には到底達していないということである。

先生はプロだ、私はど素人だ、だけれども、私が撮るハヤコを、「愛」という言葉で、ハヤコを見てくれる。

 

さて、ど素人が撮っている写真ではあるが、それでも先生が言うことが僅かでも分かる時がある。

 あ?

 いったい何が?

キレイな写真が撮ってみたいと、足を止めてシャッター切ってみるけれど、撮った一枚、自分で意図が分からない。

ところが、何だこりゃのはずの一枚に、ハヤコがいるだけで、撮れた一枚が揺れる。そんなショットがある。

 

もしやこの一枚に「ハヤコがいなかったら?」写ってるハヤコを抜かして見ようとしてみる。

駄作以上の駄作になる。

 

「愛」だと先生が言うのは、ちょっとわかる、ハヤコがいるからこその、絵だよ。


迷惑

2016-01-06 | かあさん

本日のとうさんの出勤は遅くてよいらしい。

とうさんがいつ起きるのか、いつごはん食べるのか、何食べるのか、あまり気にならない私である、自分の出勤の準備にせっせと朝の時間を使う、ハヤコは私に何を言われるわけでもなく、のっそりとまだ寝ているとうさんの部屋に移動していったのは見た。

ドアが全開のとうさんの部屋の前を通ると、あんまりにハヤコが自由で当たり前のように寝ているので、またも忙しい朝だというのにカメラを手に取ってしまった。

パシャリパシャリとシャッター音が、ハヤコのまったり薄眠りの邪魔をしたのだろう。

まるで、人間のように、こちらに迷惑そうな顔を向けた。