総選挙 「投票の秘密」は守られているか / 平和憲法のメッセージ・水島 朝穂

2009-08-27 08:29:32 | 社会
総選挙の投票日が迫っている。今回の衆議院解散の「耐えがたき軽さ」や、政権公
約に「マニフェスト」という横文字を使うことへの違和感についてはすでに書いた。
これら政治や政党をめぐる問題とは別に、投票日を前にして、述べておきたいことが
ある。それは、どの党も「マニフェスト」で触れていない事柄、すなわち「投票所改
革」についてである。これは憲法上の問題を含んでいる。この国の今後を決定する総
選挙の投票日を前にして、「特別直言」として問題提起しておきたい。

 総務省によると、前回の総選挙では、全国53021カ所に投票所が開設された。
だが、世界には、まともに投票所を設けられない国もある。先週行われたアフガニス
タン大統領選挙では、タリバンの選挙妨害により、全国で800カ所の投票所が開設
できなかったという(『毎日新聞』8月21日付夕刊)。

 このニュースをドイツの新聞で探しているとき、ある写真に出会った。この写真を
見ていただきたい(FRANKFURTER ALLGEMEINE ZEITUNG
 VOM 21.8.2009)。ダンボールを重ねた粗末な投票記載台が4つと、
その横に投票箱と投票管理人が写っている。投票者の背後は壁になっていて、後ろか
らその手の動きは見えない。記載する時、全身が外から隠されるよう、ダンボールが
2段になっていて、しかも両側との間で一定の間隔がとられている。投票所が開設で
きない地区があり、また選挙の不正が横行し、投票結果の偽造すらあり得るという国
においてさえ、投票用紙に記載する際の配慮だけはきちんとなされている。これは驚
きだった。

 投票記載台という点だけで見ると、日本の投票所には重大な欠陥がある。

 投票所入場券をもって投票所に着く。まず選管の職員が有権者名簿で確認をする。
投票用紙が交付される。それを持って記載台に向かう。候補者の名前(あるいは政党
名)を書く、あるいは最高裁裁判官国民審査の場合は、該当裁判官の欄に×をつける
などして、投票箱に入れる。投票管理者(選挙管理委員会の職員)と投票立会人が椅
子に座って、それを見守っている。なんてことのない選挙風景である。だが、ここに
見過ごすことのできない問題がある。日本の投票所では、投票用紙に記載する際、
「投票の秘密」が十分に守られていないのである。

 まず、投票者の全身が丸見えである。手の動きも、立会人や選管職員から見える。
見ようと思えば、投票者が隣の投票者の手元を見ることもできる。だが、たいていの
人はそれをしない。女性の読者には恐縮だが、これは男性トイレの小用便器と似てい
るように思う。トイレで並んで用を足すとき、誰も隣の人のそれを見ることはしない。
でも、見ることは可能である。この何ともいえない変な恰好が、日本の投票記載台で
はないか。

 なお、早稲田にある某ホテルの宴会場フロアにあるトイレの小用便器は、ほぼ全身
が隠れるほどの大理石の柵で囲まれている。まるで小用ブースである。これだと、隣
に人がいるかどうかしかわからない。小用ながら、妙に落ち着いた気分になる。例え
は下品だが、投票所記載台には、このような配慮が必要ではないか。

 私の家の近くの投票所は、この40年あまり、町内の小さな公会堂が使われてきた。
広さは、横8.4M、縦7.7M、19.6坪。立会人・選管職員と記載台との距離
は2メートルほどしかない。投票立会人や投票事務をしている選管職員から、投票者
全員の手の動きが確実に見える(はずである)。投票に行くたびに、私は不快だった。

 あまりに距離が近いので、数年前、私はある「実験」を試みた。投票用紙に記載す
る前に、その場で一度後ろを振り返ってみたのである。すると、1人の立会人と目が
合った。記載が終わり、これまた2メートルも離れていない投票箱まで数歩を踏み出
す瞬間、その人を見ると、また目が合った。つまり数メートルの圏内で、立会人は、
投票する私の後ろ姿と手の動きを十分に見ることができたわけである。別に彼らは、
投票者の身体や手の動きにことさら注目して、何らかの「情報」を得ようとしている
わけではないだろう。多くの投票者も淡々と投票を終えている。しかし、設備として
「見ようと思えば見られる状態」が問題ではないだろうか。

 各国の投票風景を見てみると、カーテンによって全身が隠されるタイプが多いこと
がわかる。記載台(ドイツではWAHLLOKALという)でどのように書いたか
(手の動き)、何もしなかったか(白票)、は外から見えない。

 写真はドイツのバイエルン州の選挙風景である。地方色豊かな恰好をした男性が、
記載を終えて投票箱に向かっている。また、これは2005年ドイツ総選挙に関連し
たある新聞の一面である。カーテンの下に女性の足が見える。面白い構図なので保存
しておいたものである(DIE TAZ VOM 17/18.9.2005)。

 ドイツだけでない。グルジアの投票所の写真は、両側に軍人の足、真ん中に女性の
足が見える(ドイツラジオのサイトより)。ロシアの投票所の写真では、カーテンか
ら部下の兵士が出てきて、上官と「談笑」している(『シュピーゲル』より)。でも、
これはけっこう怖い。「おい、俺が言った候補に投票しただろうな」と確認している
かもしれないのだ。赤いカーテンのおかげで、部下は「入れましたよ」というような
表情をしている。でも、顔はどことなく引きつっているようにも見える。日本のよう
な記載台だったら、上官はこっそり覗き込むかもしれない。部下は白票では出せない。

 カーテンのないタイプもある。ドイツの学校の教室などに設置されるもので、大き
な目隠しと椅子がついている。座って投票する。そして目隠しで上半身が完全に隠れ、
他の投票者からも選管職員からも一切見えない状態で、投票用紙への記載を行う。こ
の目隠しは巨大だ。乳母車を置いて投票用紙に記載している母親の姿がわずかに見え
る。カーテンがない分、体や手の動きを見えにくくするため、大きな目隠しだけでな
く、他の記載台との間に適当な間隔がおかれている。

 すべての国の投票所を調べたわけではないが、少なくともいえることは、日本の投
票記載台は、「投票の秘密」に対して、あまりにも無配慮だということである。憲法
学では、「投票の秘密」はどのように理解されているだろうか。

 憲法15条4項は「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。
選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない」と定める。「投票の
秘密」の狙いは、もっぱら「誰に投票したか」について他者(公的機関のみならず、
社会的権力や私人を含む)から不当な圧力を加えられることを防ぐことにあるとされ
ている。それは具体的にどのように保障されているか。まず、「投票用紙には、選挙
人の氏名を記載してはならない」(公選法46条4項)とされている。つまり無記名
投票主義である。逆にいえば、「誰が」「誰に」投票したかが誰にもわからないこと
が原則になっている。

 次に、公選法52条は、投票内容の秘密を保障している。すなわち、「何人も、選
挙人の投票した被選挙人の氏名又は政党その他の政治団体の名称若しくは略称を陳述
する義務はない」。これは憲法15条4項の内容を、法律によって具体化したものと
いえる。

 さらに、「投票したかどうかについての秘密も含む」という形で、投票の有無もま
た、15条4項の「投票の秘密」に含めて解釈する説も有力である。これは自由投票
(任意投票)の原則とも関わる。投票が国民の義務とされる「義務投票制」の国もあ
る(オーストラリア、ベルギー、キプロスなど)。

 要するに、誰に投票したか、そもそも投票に行ったか、行かなかったかも含めて、
「投票の秘密」の内容をなしている。

 また、公職選挙法施行令32条は、投票所における投票記載場所の設備について、
「他人がその選挙人の投票の記載を見ること又は投票用紙の交換その他の不正の手段
が用いられることがないようにするために、相当の設備をしなければならない」と規
定している。設備面から「投票の秘密」保持をより実効あらしめようと意図したもの
といえるが、「他人が投票記載を見る」というのは、投票用紙の交換などとセットで
不正な手段にカウントされているので、これは当然、投票者相互の関係が想定されて
いると見てよい。投票管理者や投票立会人が見ることができる、ということは問題に
されていないように思われる。

 そもそも、「投票の秘密」には、他人が「投票の記載を見ること」がないようにす
ることに加えて、「投票に関わるボディーランゲージ(身体言語)」によって投票行
動が推知されないことも含まれるのではないか。口では何もいわなくても、体の動き
が誰に投票したかを「語ってしまう」ことがある。「投票の秘密」は極めてデリケー
トなので、知らず知らずのうちに侵害されるおそれがある。上記のような推知可能な
状態は、極力排除されなければならない。

 例えば、鉛筆を握らず、しばらく記載台の前に立ち、そのまま投票箱に向かえば、
「この人は白票で出すつもりだな」とわかってしまう。白票を出すことが分からない
ように、一度は鉛筆を握る動作をする人もいるだろう。かくいう私も、過去に投票し
たい適当な人物がいないので何も記載しないで投票したことがあるが、その際、背後
の視線を意識して、鉛筆を動かす仕種をしたのを覚えている。気分はよくなかった。
カーテンがあって、少なくとも上半身が隠れれば、そうした気遣いはいらない。

 それから、記載台の前で迷う人がいる。時間がかかっているだけ分、この人ははっ
きり決めないで投票所に来たことがわかる。投票立会人席には町内の有力者が座って
いて、地元の保守系候補への根回しがすんでいると思って、その投票者をみつめてい
る。だが、その人はなかなか投票しない。あとで「別の候補に入れたのではないか。
お前の店とはもう取り引きしないぞ」と有力者にいわれたという。露骨な公選法違反
だが、地方では立会人の目が怖くて、ビクビクしながら投票するという話を聞いたこ
とがある。

 分かりやすい例を挙げる。地方の小さな村の村長選挙で、二人の立候補者があった
と仮定する。候補者の名前は、一人が「小比類巻太郎左衛門」、もう一人が「林一」。
さて、投票記載台で、投票用紙にこの氏名を書き入れてみよう。書いている手の動き、
記載に要する時間、書きながら記載台にある候補者名簿に目をやるかどうか。前者の
候補者だったら、一度は確認するだろう。この一瞬の動作で、どちらに投票するかが
推知されてしまう。人口の少ない地域の投票所の場合、立会人もよく知っている人、
選管職員も知人という場合も少なくないのである。

 最高裁国民審査では、もっとはっきりわかってしまう。かつて、私の隣で記載しよ
うとしたお年寄りがソワソワした素振りをみせ、私に何かを話しかけようとしてやめ
て、記載台から一端離れ、また戻ろうとして、そのまま投票箱に入れるところを私自
身、目撃している。「国民審査の仕組みはですね」とそこで説明してあげることもで
きず、彼女が何も記載しないで投票箱に入れるのを見届けることになった。つまり、
彼女の投票内容が私には「わかってしまった」わけである。しかも、国民審査の場合、
人間の手が×をつける動きは、背後からすぐ分かる。隣の人の動きでわかる。見なく
てもわかる。つまり、裁判官9人全員に×をつける動作はきわめてわかりやすい。半
分でやめた。何もしなかった。その記載台にいる時間や動きで、すべて立会人や選管
職員、一般の人でもちょっと周囲を観察すれば、わかってしまう。これはやはりまず
い。

 ただ、実務的には、投票管理者や投票立会人から「見通せる」ように設備を配置す
ることが要求されているようである。「見通せない」ことの方が問題視され、投票者
をずっと見通して、不正がないかどうかを監視することに意味を見いだしているよう
である。

 最新の公職選挙法解説書には、投票所(39条)について、次のような説明がある。
すなわち、「投票記載場所については、投票の秘密の確保に注意し、他人の投票を見
ること又は投票用紙を交換すること等の不正な手段を防ぐこと〔前述した公職選挙法
施行令32条〕」が求められるとともに、「投票管理者及び投票立会人より見通しう
るように配置」することで、「投票所内のすべての行為を監視できるような設備が望
ましい」と(安田充・荒川敦『逐条解説公職選挙法(上)』ぎょうせい、2009年、
351~352頁)。

「投票の秘密」を破るのは、覗き見をしたりする投票者であって、投票管理者などは
秘密を侵す主体として想定されていないようである。管理者は「投票所内のすべての
行為を監視できる」といっているから、全身をさらして投票用紙に書き込んでいる姿
は、しっかり「監視」されているわけである。つまり、その「監視」のなかで、ある
投票者が鉛筆もにぎらず、そのまま白紙で投票したこともすべて「お見通し」となる。
これを「投票の秘密」が侵されたと考えることはできないか。

 憲法15条4項後段は「選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれ
ない」と定めている。「私的にも」という文言は、企業や社会団体などによる「投票
の秘密」侵害も想定している。例えば、こっそり投票をのぞかれて、それを地域で吹
聴されたり、あるいは会社の上司に報告されて、「あいつは会社に敵対する候補に入
れたぞ」といって社内で不利益を受けたりすることなどが挙げられるだろう。公選法
解説書の著者の発想では、投票の不正防止や、上記のような「私人」による「投票の
秘密」侵害の防止の観点から、投票管理者から「見通しうる」ということに積極的評
価が与えられている。

 だが、私は、投票管理者による「監視」が「投票の秘密」を侵害するおそれがある
のだという認識がここにまったくないことが問題であると思う。

 日本では、投票所の改革が必要である。全身ないし上半身が見えなくなるようにカ
ーテンを付けるか、ドイツのような記載台に深い目隠しをつけるかして、投票記載台
における体や手の動きを、他の投票者のみならず、投票管理者からも見えないように
することが必要だと私は考えている。「投票用紙をすり替えたり、不正が行われる」
ことを防止するという必要性は、憲法が要求する「投票の秘密」を実現するという観
点から、必要最小限のものに限定すべきだろう。投票時の「全身露出」は、この観点
から早急に見直されなければならない。

 なお、障がい者用の記載台があるが(1人用で1台2万円ちょっと)、これはけっ
こう目隠しが深い。一般の記載台は2人用で2万円程度。何とも貧弱である。この株
式会社「日本選挙センター」というところでは、ライトが付いているものも含めてい
ろいろと製造しているようだが、投票所記載台の規格は、省令等で定められているも
のなのだろうか。あるいは、各自治体の判断に委ねられていて、それぞれの選挙管理
委員会で、目隠しを大きくしたり、あるいはいろいろな工夫を加えたりすることも可
能なのだろうか。「日本選挙センター」という会社に、目隠しの大きな記載台を、し
かもドイツのように座って記載することができるものを特別に発注することは可能な
のだろうか。これは、関係機関に問い合わせてみたがわからなかった。

さ て、いよいよ投票日である。8月30日、投票所に行かれた方は、ご自身の地域
の投票所をしっかり観察していただきたい。何よりも、候補者名(政党名)を記載す
る瞬間、背後からとはいえ、他人にみられる状態にあることを実感するだろう。そし
て、やろうと思えば、隣の人の手元を覗くことができる(他人から覗かれる)状況を
確認していただきたい。そして、日本の投票記載台が「投票の秘密」について十分配
慮しているかどうかを、「現場」で考えていただきたい。選挙管理委員会や総務省な
ど関係機関は、外国の投票所の実態を調査し、投票所改革に直ちに着手すべきだろう。

 冒頭の写真をもう一度見てほしい。アフガニスタンの粗末なダンボールの投票記載
台から学ぶものは多いのではないか。

                    (みずしま・あさほ/早稲田大学教授)

*平和憲法のメッセージ「今週の直言」(2009/08/27)より、
 著者の了解を得て全文転載。URL http://www.asaho.com/jpn/index.html
*本文中の「写真」については、上記サイトをご参照ください


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4 コメント

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Unknown (Unknown)
2009-08-27 09:39:48
ただ、全く隠れる投票台にすると創価の思うツボだけどね。

奴らは、最初の一人が投票用紙を不正に持ち出し、投票所外で意中の候補者名を書き、次の投票人に隠し持たせ、投票する。その投票者は交付された白紙の投票用紙を持ち帰り、先程と同様に、投票所外で候補者名を記載して、さらに次の投票者に隠し持たせる・・・

これを防ぐには、ある程度の可視化が必要。
返信する
えぇっ、ほんと?? (Unknown)
2009-08-27 10:12:57
↑学会ってそこまでやるの…?
立会人の中には必ず学会が紛れ込んでいる!というのは知ってますけど。

そう、初めて選挙に行ったときから「なんで後から見てるの!?」と、とても嫌だった。
学会に所属してる人が、「『こんな人は嫌だ』っていう候補者にも、学会が押してる以上は絶対入れなきゃいけないの。『見られてる』から別の人を書くと手の動きでわかっちゃうし。それに、ここの地区は誰を入れるっていう割り振りも全部決まってて、(票が足りないと)犯人探しが始まって大変なことになるの」と、言っていた。

恐るべし学会…。
そこまでして票を取って、それで何がしたいの?




返信する
税金をワタクシに使ってらっしゃいます。 (既に、東京都辺りで問題化しました。)
2009-08-27 12:20:14
公明党の議員一斉辞職がソレですね。
確か、調査費でしたか?
他には余りまだ表立っていませんが。
返信する
追記 (本当に、自民は創価学会を切ったんですね…。)
2009-08-28 15:16:04
以前なら、こんな些細な(事実に基づく健全な)批判にも、一々右翼コメントが鬱陶しかったのに。
池田大作脳死説にも無反応だし。
降伏の科学へ乗り換えて、SMAPや山本リンダの選挙応援だけはちゃっかり受ける、しかしネット工作員は完全に離反した現状ですね。
ま、公明党の評判的には、ネット右翼と切り離された方が幸いか知れない。
そんなに応援する気持ちは無いですが、客観的に。
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