三浦和義関連・二重の危険の禁止は国内原則です/前田 朗

2008-03-06 17:31:19 | 社会
このところ刑事裁判における二重の危険の禁止が話題になっています。
私が見た複数の新聞記事は完璧に間違いだらけでしたが、友人の話ではTVに出ているタレント弁護士もいい加減なことばかり話しているようです(私は見ていませんが)。他方、ネット上ではニセ「ジャーナリスト」がデマを撒き散らしています。
【前田 朗】

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(0)用語

「二重の危険」――以下では、double jeopardy, ni bis in idemをさします。一事不再理と特に区別せずに使用します。

「国内原則」――同じ国家の中での二重の危険を禁止した一般法原則。

「外国判決条項」――外国判決にも二重の危険の禁止を及ぼす見解や条項。

(1)憲法原則



刑事裁判における二重の危険の禁止は、もともとアメリカ憲法上の権利等として形成されてきました。修正第5条です。これは「アメリカ憲法上の権利」ですから、アメリカ国内にしか適用されません。日本の刑事裁判権とアメリカの刑事裁判権は別です。



日本国憲法39条も二重の危険の禁止です。「日本国憲法上の権利」ですから、日本国内にしか適用されません。



多くの諸国の憲法に二重の危険の禁止が規定されるようになっていますが、それはいずれも「国内原則」です。「外国判決条項」ではありません。

他方、カリフォルニア州には「外国判決条項」があったのが、近年の法改正によって「外国判決条項」は削除されたそうです。一部の報道は、「カリフォルニア州法の該当規定そのものが法原則である」という誤った前提に立って、原則が削除されたとか、原則の適用が制限されたとか言っていますが、完全に誤りです。二重の危険の禁止はアメリカ憲法上の原則ですから、その原則を削除するなどということはありません。そんなことをすれば憲法違反です。「外国判決条項は原則には含まれないから削除できた」のです。

(もっとも、最近の法改正なので、2003年無罪確定の三浦さんの件に適用できるかどうかは議論の余地があります。不利益変更の遡及適用の可否で、これは別の論点ですが、面白い議論になるかもしれません。)

また、やや古い文献ですが、サムヒューストン州立大学教授だったロランドV.デル=カーメンの『アメリカ刑事手続法概説』(第一法規、1994年、原著はブルック出版、1991年)は、次のように述べています。

「1985年の事件で連邦最高裁は、二重の統治機構の原則により、2つの州による同一事実に対する連続的起訴は修正第5条の二重の危険に対する侵害とはならないと判断した(ヒース対アラバマ事件)。」(同書406頁)

「連邦最高裁は二重の危険の主張を退け、二重の統治機構の原則により、被告人
の1つの行動が2つの統治機構それぞれの法律を犯してその平和と尊厳を侵害し
た場合には、被告人は二重の危険の観点から見て2つの異なった犯罪事実を犯し
たことになると述べた。」(407頁)

(2)国際人権法

自由権規約(市民的政治的権利に関する国際規約)14条7項に二重の危険の禁止があります。自由権規約は、批准した当事国における国内人権の保障を求めた条約ですし、14条7項自体、「それぞれの国の法律および刑事手続きthe law and penal procedure of each country」ですから「国内原則」です。

 米州人権条約8条4項も二重の危険を定めていますが、この条約も各国における国内人権を求めたもので、「国内原則」です。

 欧州人権条約第七議定書4条1項にも同様の規定があります。重要なので引用します。

「何人も、その国の法律および刑事手続きに基づいて既に確定的に無罪又は有罪の判決を受けた行為について、同一国の管轄下での刑事訴訟手続きにおいて、再び裁判され又は処罰されることはない。」

No one shall be liable to be tried or punished again in criminal proceedings under the jurisdiction of the same State for an offence for which he has already been finally acquitted or convicted in accordance with the law and penal procedure of that State.

なお、世界人権宣言とアフリカ人権憲章には関連規定がありません。

国連人権高等弁務官事務所が国際法曹協会IBAの協力を得て出版した専門家研修シリーズ九号『司法運営における人権――判事、検事、弁護士のための人権マニュアル』(国連、2003年)には、次のように書かれています。

「同一犯罪について二度裁かれない権利は、ひとつの同一国における最低基準として、国際法によって保障されている。」

The right not to be tried twice for the same criminal offence is guaranteed by international law, as minimum within one and the same State.

Human Rights In The Administration Of Justice, A Manual on Human Rights for Judges, Prosecutors and Lawyers, United Nations, 2003. p.300.

(3)国際刑法

1998年の国際刑事裁判所規程20条は一事不再理を規定しています。ICCが裁いた事件についても、他の裁判所が裁いた事件についても一事不再理を定めています。たとえば、日本の裁判所で戦争犯罪として裁かれた事件をICCが裁くことはできません。しかし、20条は、A国で裁いた事件をB国で裁けないとは定めていません。そんなことはICCとは関係ありませんから、規定するはずもありません。それに、ICC規程は1998年に創設された新しい条約であって、ICCだけに適用されるものであり、それ以外に適用される国際慣習法として確立したものではありません。ICC規程はもっとも重要な国際文書ですが、国際刑法の一般原則を定めたものではありません。戦争犯罪や人道に対する罪といった特定犯罪に限られます。しかも、まだほとんど適用されていない規程ですから、これが国際慣習法になったということはありえません。



たとえば、現代国際刑事法の大家として知られ、旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷所長でもあったアントニオ・カッセーゼの著作『国際刑法』は、二重の危険の禁止を、国内原則(internal ne bis in idem principle)とそれ以外に分けて説明しています。国内原則としての二重の危険の禁止は国際慣習法として確立しているが、それ以外は国際慣習法とはいえないとされています。

Antonio Cassese, International Criminal Law, Oxford, 2003. p.319.



カッセーゼによると、1976年のイタリア憲法裁判所判決は、ゼナロ事件で、二重の危険の禁止は外国判決には及ばないとしています。さらに、1987年にイタリア政府代表は、国連において、同様の主張をしています。また、1990年のシェンゲン条約54条には二重の危険の禁止が規定されているそうですが、同55条は、自国の領土で行われた事件についての外国判決に二重の危険の禁止は及ばないとの宣言ができるとしているようです(カッセーゼの319-320頁)。

旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷法務官だったアレクサンダー・ザハールとアムステルダム大学教授のゲラン・スルイターの著作『国際刑法』も、二重の危険の禁止について、同一国内での禁止と、各国裁判所とICCの関係での禁止について説明しています。二国間で禁止されるとは言っていません。

Alexander Zahar & Goeran Sluiter, International Criminal Law, Oxford,2008. p.29-30. p.317-318.

さらに、1998年のローマ会議に参加した諸国の法律顧問たちが出版した、トリフテラー編著『国際刑事裁判所ローマ規程註釈』の20条の註釈でも、インミ・タルゲレン(どういう人かは知りませんが、どこかの法律顧問です)が、「(二重の危険の禁止は)一般にひとつの管轄権内だけに効力を有するとされている。国際人権条約、地域的条約ならびに普遍的条約の関連規定は、二つ又はそれ以上の諸国に関して二重の危険の禁止を保障していない。」と明言しています。

その根拠として、タルゲレンは、自由権委員会(市民的政治的権利に関する国際規約に基づいて設置された人権委員会)の1986年の決定、UN Committee for Human Rights, A.P.v. Italy, B202/1986.を掲げています(私自身は見ていませんが)。

Immi Tallgeren, Article 20, in: Otto Trifterer (ed.), Commentary on the Rome Statute of the International Criminal Court, Nomos Verlagsgesellshaft, 1999. p.423.

(4)結論

外国判決について二重の危険の禁止が及ぶという「外国判決条項」は、国際法
(国際人道法、国際刑法)の要請ではありません。国際慣習法として確立してい
るのは「国内原則」です。

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http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/0381c4200fc3c0919408ff067b9c67b8

http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/099ffff333444fcd003ebe9b34c1ea45


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1 コメント

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出発点が違うのでは? (felis_silvestris_catus)
2008-03-18 22:37:58
こんばんは
「二重の危険」あるいは人権とは、憲法によって初めて与えられる恩恵、したがって憲法が変われば容易に剥奪され、失われる権利なのでしょうか。誤った出発点からは、どれほど緻密に論理を組み立てても、誤った結論にしか到達できないように思います。
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