3・11の衝撃、人生って何か考え込まされた/孫正義

2011-07-30 08:52:28 | 社会
■主筆・若宮啓文が迫る 孫正義さん=ソフトバンク社長

 「3.11」の大震災後、ソフトバンク社長の孫正義さんは被災地支援のため私財100億円などを寄付し、脱原発を表明するとともに、太陽光発電をはじめ自然エネルギー推進の先頭に立っている。その真意はどこに。若宮啓文主筆と語り合った。

     ◇

 若宮 孫さんは震災に個人で100億円を寄付し、引退するまでの役員報酬の全額寄付も表明したので、度肝を抜かれました。続いて太陽光発電事業の推進で大活躍。イメージが変わりましたが、天の啓示でもあったのでしょうか。

 孫 3・11というのは、僕の生涯で、日本の災害として未曽有のものでした。大きなショックを受けて人生観も考え込まされた。そもそも人生って、事業って、自分にとっての本業って何なんだろうと。

 創業以来、自分の本業とまったく関係ないことに手を染める気持ちは一度もなかった。あくまでも本業の情報革命をどうなし遂げるか、しか考えませんでした。今回初めて、自分の本業とはまったく違うけれど、自分が少しでもかかわらなければいけないと思ったのです。本業は増収増益で過去最高の利益と売り上げを達成し、とても順調にいっている。でも、かたや目の前で嘆き苦しむ人たちが大勢いる中で、我々だけ利益を出し続けていて、人間としていいのかと。非常に疑問がわいたわけですね。

 若宮 地震の当日はどこに?

 孫 東京の本社で会議中に大揺れして、テレビのニュースを見たら、目の前で津波が押し寄せる状況だったので、もうぼうぜんとして。

 若宮 新聞社は大変でした。現地でも大勢取材にあたったけれど、携帯電話がマヒして連絡はとれず、せっかくの原稿もなかなか送れない。とくに被災地で基地局の電源がなくなると、お手上げだと感じました。これはソフトバンクの本業ですね。

 孫 被災地で我々の基地局も津波で流されたり崩壊したりはしましたが、少なくともそれらの復旧はいち早くできた。満足しない部分はありますが、震災前の状況にはほぼ戻った。今年と来年、さらに補強して1兆円規模の設備投資をし、全速力でネットワークを強化します。

 若宮 被災地にはいつごろ?

 孫 3月22日。福島の避難所を訪ねました。

 若宮 原発からの避難所ですね。

 孫 ええ。福島第一原発は当時まだ非常に緊迫した状況でした。これで収束するのか、それともさらなる爆発があって何倍も悲惨な状況になるのか、まったくわからなかった。避難民の方々も、福島県の中の避難所にとどまっていること自体が僕には心配で仕方なく、見に行って、一日も早くもっと遠くに避難した方がいいんじゃないですかと、涙ながらに訴えたんです。

 若宮 ちょっと失礼なことを聞きますが、孫さんは3・11の直後に建設株を大量に売買して、100億円を大きく上回る利益を得たといううわさが経済人の中にあります。

 孫 いや、まったく事実無根。初耳です。僕はソフトバンク以外の株を持ってないですから、基本的に。

 若宮 ためにするうわさですか。

 孫 そうですね。

■自然エネルギー、リスクをとって呼び水役に 孫

 若宮 これまで原発に関心はなかったそうですね。

 孫 まったくゼロでした。ゼロ。そもそも自分の本業以外にはあまり興味がなくて。原発は安全なんだと多くの日本人もそう思っていたと思うけれど、専門家が世のため人のために安全に電力を起こしてくれていると思い込んでいましたからね。

 若宮 私は立場上、いささか悩むことはありましたが、こんなことになろうとは思いもせず、やはり大きなショックを受け、反省もしました。そういえば、子どものころ大人気だった鉄腕アトムのエネルギーは原子力で、妹の名はウラン。日本人の大半はそれを変に思わなかった。

 孫 そうそう。僕が小学生のころテレビではやり始めたんです。

 若宮 今度の事故は津波対策が間違いだったので、原発そのものは維持すべきだとの主張があります。

 孫 普通、人間ってミスを犯すと思うんです。考え違いも時々ある。想定できなかった過ちは仕方ないという部分もあるかもしれないが、一度大きな事故を起こして、それをまた懲りずに繰り返したら、今度はもう想定外という言いわけは絶対に通じないと思うんですよ。

 では、文明の利器として飛行機に乗らないのか、自動車に乗らないのか、事故は起きるよ、という人がいますが、それらを使うか使わないかは個人の判断に全部選択権がある。でも、原発はそこに住んでいる母親たちや子どもたちにとって、ほとんど選択権がないですよね。

 若宮 それに、原発事故は一過性の悲劇では終わらないから怖い。そして膨大な放射性廃棄物もどうするのか。日本の核燃料サイクルはうまくいかず、答えは出ていません。

 孫 最終処理の方法をだれも明確に言えない状況で、それをつくり続け、未来の子どもたちに、あんた方が勝手に解決してくれと。

 若宮 フィンランド映画「100000年後の安全」を見ましたが、自国の地下に廃棄物の巨大な墓場をつくっている。しかも、放射性物質が出なくなる10万年後まで未来の人類が地下を掘り返さぬよう安全の担保で真剣に悩んでいる。縄文時代から今日まで1万年というから気の遠くなる話ですが、ああいうのを世界中でつくるのか。

 孫 もし日本に埋めたとして、地震で破裂して出てくるなんてこともないとは言えない。完全な安全の想定というのは難しい。しかも、起きてしまったら取り返しがつかないかもしれないのだから、少なくとも国のリーダーは責任ある配慮をしなければ。原発擁護の人たちの声って結局、集約してみると、お金の話ですよね。経済論。それだけでしょう。

 若宮 大半はそうですね。

 孫 電力はほかの方法だっていくらでもつくれるのに、要はお金の問題で、原発に頼らないと安く電力を安定的に供給できないと。一言でいえば、それだけだと思うんです。

 最近はCO2(二酸化炭素)の排出量がそれに付加されていたけど、CO2を出さずに発電できる再生可能エネルギーが広がっていくのに合わせて、しばらく頼らざるを得ない火力などを徐々に減らしていけば、非常に危険な原発に対する依存から脱却することは時間の問題でできるのではないか。心底、そう思うんですね。

 若宮 朝日新聞の社説特集も同様の提言をしました。ただ、太陽光で原発1基分を発電するのに山手線の内側ほどの面積のパネルが必要だといわれます。これは簡単ではない。

 孫 いま35道府県が賛同してくれてますが、土地はある。大規模工業団地として造って9割も遊んでいるような用地、産業廃棄物の埋め立て地、かつての塩田などです。耕作放棄地も全国に40万ヘクタールあり、それだけで山手線内の60倍。それに風力、地熱、バイオ、潮流や波力など、いろんな自然エネルギーを適材適所、ベストミックスでいけばいい。

 若宮 太陽光をはじめ自然エネルギーはコストも高いのですが。

 孫 エネルギー政策は国策として50年単位くらいで考えないと。化石燃料は今後、高騰していく。一方、例えば太陽光はハイテク技術だからコストダウンする。おそらく10年くらいで発電コストが逆転し、残り40年は自然エネルギーの方が安い時代が来る。電力の資源の9割を国外に頼る現状では自給率も上げねばならず、答えは一つだけ。そのときに先駆者として世界への輸出国になるのかどうかが大きな分かれ道です。原発が安いというのも、実は事故の補償コストを入れる前の話です。

 若宮 孫さんは安い中国製パネルの輸入を考えているとか。

 孫 勝手に誰かが言うだけです。

 若宮 いま日本製パネルは高いけど、大量発注すれば大きくコストダウンできて産業も興せる。東北再生にもつなげられませんか。

 孫 その通り。全体のコストでパネルなどの部材が6割で、その7、8割が国産になるでしょう。土木部分を含めた人件費が4割で、ほとんど日本人が働く。すると全体の9割近くは日本人が雇用され、日本の技術が使われる。コストはほとんど日本人の雇用という形で払われる。

 若宮 自治体が土地提供などで協力しても、発電事業の収益は9割以上をソフトバンクがとるそうで。

 孫 それも誤解がある。大変な設備投資や運営費が必要で、利益が出る保証はまだないし、仮に利益が出ても、すべて再生可能エネルギーに投資します。ソフトバンクの株主に配当したり、本業に流用したりは一切しません。

 若宮 なるほど。もっとも、他の企業が参入してくるためには、ビジネスとして成り立たないと。

 孫 そもそも電力会社は上場会社で収益を上げる目標でやっている。今度の再生可能エネルギー特別措置法案も、自然エネルギー産業に企業が参入し、永続し拡大していける法案でないといけない。買い取り価格や年限もそうならないと、慈善事業家だけが無理して入ってきて産業として広がらない。我々は呼び水としてリスクを取ってきっかけづくりをやるけど、本業はあくまでも情報革命。早く本業に戻って専念したい。再生可能エネルギーでもうけるつもりはさらさらないのです。

■意気込みに期待、投げ出さないで 若宮

 若宮 自民党の谷垣禎一総裁に会ったら、金融再生委員長だったとき、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)を買収した孫さんに持続的な経営を約束してもらったのに、売り抜けられたと不信を語ってました。

 孫 あのときは3社で一緒に日債銀を救済することになり、一応それができたのですが、こちらがブロードバンド革命のための資金が必要になり、泣く泣く手放した。売り抜けたのではなく、オファーのあった三井住友フィナンシャルグループにお任せする方が銀行の発展にもよいと判断したのです。

 若宮 今度もうまくいかなかったら、さっさと引き揚げちゃうんじゃないかと悪口を言う人もいます。

 孫 最初から「きっかけづくりしかしません」と言っているのです。悪口を言う人は、何をしても言うんでしょうが。

 若宮 デンマークは70年代の石油危機から風力発電に力を入れてエネルギーの自給を果たし、風力発電の製造輸出で経済を興しました。日本は石油危機で原発に拍車をかけましたが、今回の危機は日本も五十年、百年の計を考えるチャンスですね。

 孫 この百年くらい人間の歴史はエネルギーを求めて国家が戦争してきた。次の百年もエネルギーを求める戦争がないとも限らないほど、国家にとって重要な原動力です。その中で化石燃料の資源が徐々に枯渇していく。原子力にも大きな問題がある。すると、自然エネルギーを活用した新エネルギーに切り替わっていく。風力とソーラーはこの20~30年、世界で毎年20~30%ほど伸び続け、ますます加速するでしょう。そんな見通しのきく産業は、ほかにあまりない。日本が何に成長の活路を求めるか。なぜ、国を挙げてそこに真っ先に参入しないのでしょう。国を挙げて原発1基をベトナムに売っていくら売り上げが立つんですか。何社がそれでもうかるんですか。

 若宮 だから、孫さんは経団連から嫌がられるんでしょうね。

 孫 経団連は、原発を輸出しないと国の経済が成り立たないみたいな話をするけれど、もっと大きなそろばんをはじかないと。日本国民の将来の食の安全とか、土地の安全とか、空気の安全とか、将来もっと大きな産業になる芽を摘んでしまわないように。

 若宮 内村鑑三は著書「後世への最大遺物」の中でお金持ちになる才もたたえ、問題はお金を社会のためにどう残すか、どう使うかだと説きました。大いに期待しています。

(構成・若松潤、写真・鈴木好之)

■そん・まさよし 57年生まれ。米カリフォルニア大バークリー校卒。81年に日本ソフトバンク(現ソフトバンク)を設立。日本テレコムやボーダフォンを買収するなどして通信事業を広げ、プロ野球球団も手に入れた。米フォーブス誌の2011年版世界長者番付によると、総資産は日本人トップの81億ドル(約6300億円)。
■再生可能エネルギー特別措置法案
 太陽光や風力、水力、地熱などで発電された電気について、全量を一定額で買い取るように電力会社に義務づける「全量固定価格買い取り制度」の実現をめざす法案。買い取りにかかった費用は利用者の電気料金に転嫁される。電気を確実に固定価格で売れるため、事業上のリスクが減り、太陽光や風力などの発電へ新規参入が増えると期待されている。買い取り価格などは経済産業相が決める。法案成立が菅直人首相の退陣条件の一つになっている。


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3月22日 福島の被災地訪問

4月 3日 義援金として個人で100億円の寄付を表明

5月14日 菅直人首相と会談

6月12日 首相官邸の自然エネルギーに関する懇談会出席

6月24日 株主総会で自然エネルギーによる発電などを定款の事業目的に追加

7月13日 全国35道府県と政策提言などを行う「自然エネルギー協議会」を設立

7月27日 17政令指定都市とも「指定都市自然エネルギー協議会」を設立


*2011.7.30朝日新聞朝刊


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