原発とTPP 村は大ゆれ、都市も大ゆれ/朝日新聞・西井泰之(編集委員)

2011-06-19 12:14:30 | 社会


 農村は揺れに揺れている――。

 農民作家の山下惣一さん(75)が、生まれ育った佐賀県唐津市湊町(旧湊村)の実話をもとに、「いま、村は大ゆれ。」を書いたのは約30年前だ。

 農村にもささやかな消費ブームが押し寄せ、「徳さん」の家では、若嫁が買った2台目のテレビでひと騒動。農家は家族全員、同じ畑で働き、夜も一家だんらんが基本。だから「テレビは一家に1台でなくちゃ」。そんな徳さんの思いに「年寄りと若い者は趣味が違う。プライバシーちゅうもんがあるとよ」と若嫁は譲らない。

 「タツ婆(ばあ)さん」は、稼ぎのいい工事の仕事などに精を出し田畑の手入れをしない息子夫婦との折り合いがつかない。

 そんな時、激震が走った。自動車などの貿易黒字減らしを理由に米国から飛んできた牛肉・オレンジの自由化要求。日本の農業が国際化の波を受けた最初だった。

 「村」はその後どうなったのか。6月のとある日、山下さんを訪ねた。

 「またぞろTPP(環太平洋経済連携協定)とやらだ。関税をゼロにして工業製品の輸出を増やすのだという。やるならやってみろだ。安い輸入農産物がどっと来る。農業がさらに疲弊して困るのは誰なのか」

 「村」の大半はハウス栽培や牛の肥育などへの複合化で生き延びてきた。「地形的に規模を拡大できなかったのが逆によかった。東北の稲作農家のように、大規模化だ、担い手育成だとお上のいう通りやってきたところはうんざりだろう。いくらやったって、価格じゃ欧米にはかなわない」

 水田7反にミカン畑、梅や野菜も作り、自給する。残りは「村」の直売所で地元に売る。「人が年をとっただけで村は続いてきた。百姓は田畑があれば生きていける。農業はだめでも農家は生き残れる。“自衛”農家だ」。そんな山下さんの表情が曇る。「困ったことになったのは原発だ。福島のようなことが起きたらTPPどころか、生きるか死ぬかの話だ」。10キロほどの隣町に九州電力玄海原発が立地する。

実は「村」を支えてきたもう一つが「原発」だった。農産物自由化と前後して原発の運転が始まり、増設工事が続くなかで兼業が急増した。「徳さん」の家でも農業は長男が継ぎ、孫は原発作業員として働く。「村の果樹同志会」会長として、自由化阻止集会で国会議員を突き上げた「マスオ」も、結局はミカン畑を手放し、少し前まで孫請けの作業員だった。

 全国の原発を補修や点検で回り、日当は1万5千円。仲間を1人誘えば3千円の上前をもらえた。「農業をやるより何倍も稼げたし、借金も返せた」

 自由化におびえる農家に渡りに船のようにやって来た原発。だが、原発は救いでもなんでもなかった。玄海だけでなく刈羽(新潟)や伊方(愛媛)でも原発の運転再開をめぐり地域が揺れている。

 「原発とTPPは双子の関係」だと山下さんはいう。原発は経済成長のために推進されてきたが、過疎地や農家は成長から取り残された。「焦った過疎地は原発からのカネに頼らざるを得なくなった。TPPだって、都市や工業の成長が大事で地方や農業に犠牲を強いることでは同根だ」

 それでも経済が順調で、都市の所得が増えれば農産物は高くても売れた。良質の食材で食品工業や外食産業も成り立ち、都市の雇用も生んだ。だが成長が止まるとたちどころに袋小路だ。原発とTPPが「破局への両輪」のように「村」を追いつめる。

 右肩下がりの時代に、都市と農村、工業と農業の間の不信は解消できるのか。

 百姓よ、町に出て給料とりに――。

 本の中で、ガリ版刷りの個人誌でこう訴えていた「若い農業改良普及員」の宇根豊さん(60)は今、3反ほどの農地で作った米や野菜を、地元の民宿や契約する全国の約50人に直接、売っている。

 「買い手も生産者の顔が見えて安心だ。お互いがもうけや値段の安さで結ばれているわけでないから、TPPも別に心配はしていない」。農業を食の安全や環境、地域を守るものと位置づけ、都市の消費者が農産物を買って農村を支える関係に作り直そうというわけだ。こんな市場を通さない「半商品」の取り組みは各地で広がる。

 「市場や工業は優勝劣敗だが、農業は違う。誰かが棚田を放棄したら下の田は水が止まる。おまえがやめたら俺もやめなきゃという世界。だから農地を金もうけに使っちゃいかんとよ」と山下さん。

 成長から少し距離を置いて考えれば、「非効率」とされてきた小規模兼業農家や高齢農家の出番ができる。電力も、効率は悪いが安全な風力や太陽光などの発電所をそれぞれの地域に置いて「地産地消」の体制を作る。新エネルギーの買い取り制度などを拡充すれば、都市は不足分を地方から買える。ここは価値観の転換で、都市と農村の新しい物語を構想する時なのだろう。

 さて、都市は負担や不便をどこまで覚悟できるか。

 都市も大ゆれだ――。
*2011.6.19朝刊 コラム


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