北野誠「永久追放」事件などから見えてきた問題・桂 敬一/JCJふらっしゅ

2009-05-07 08:04:05 | ジャーナリズム
 ◎◎ ネット時代とジャーナリズム不信の関係を考える(1) ◎◎
      ―北野誠「永久追放」事件などから見えてきた問題―

                日本ジャーナリスト会議会員 桂 敬一


 4月23日から3日間、草なぎ剛全裸事件情報でメディア・ジャック状態が生じた。
彼を懲らしめるどんな顛末がもたらされるのか、と見ていたら、何のことはない、警
察から釈放後の記者会見は、彼に対する同情と好感度を、かえって高め、幕引きにな
ってマスコミは、逆に大団円を提供した感じだ。

 この騒ぎの影で、やがてこの国に大災厄をもたらしかねない「海賊対処法案」が
24日、何事もなく衆院を通過した。新聞もテレビも、こちらはほとんどまともには
報じなかった。いや、草なぎ事件が発覚した23日の午前中、NHKだけは予定どお
り、海賊対処法案審議の衆院特別委員会を生中継した。しかし、多くの視聴者は、並
行した民放のニュース・情報番組の草なぎフィーバーのほうに引き寄せられた。巨大
なみえざる手が、実に巧妙にメディアを操り、このような状況をつくり出したようだ。

 郵政民営化選挙のときの「小泉劇場」は、その名のとおり、小泉首相のパフォーマ
ンスが生み出したもので、メディアは他愛なくその手に乗せられたものの、劇場の仕
組みは、みえみえだった。だが、「草なぎ劇場」と海賊新法隠しとなると、それがま
るで見えない。目立つのは、いいようにあしらわれたメディアと視聴者の人のよさ、
だらしなさだけだ。

 芸能人をめぐる騒ぎとしては、もう一つ、タレント・北野誠「永久追放」事件が気
になる。正確にいえばこの場合は、メディアが沈黙をつづけていることが不可解なの
だ。ことの発覚は、草なぎ事件よりずっと早い4月14日、ニフティの「最新ニュー
ス」で知った。

 21年もつづいていた、関西で人気の深夜ラジオ番組、「誠のサイキック青年団」
(ABC=大阪朝日放送)が3月8日の放送分で打ち切られていたが、所属芸能事務
所、松竹芸能が4月13日、今度は彼を、レギュラーのテレビ番組5本、ラジオ番組
2本のすべてから降ろし、無期限の謹慎処分にした、という。わからないのはその原
因、理由だ。

 松竹芸能も、また降板のきっかけをつくった、彼の持ち番組が多いABCも、とも
になにも処分理由を説明せず、本人に弁明の機会も与えなかった。そして表現の自由
に敏感なるべきマスコミが、この出来事にまるで触れないのだ。こうなると騒ぎだす
のがネットの住人たちだ。さまざまなブロガー、たくさんの2ちゃねらーたちがいろ
いろな噂や意見を書き込んでいた。それをみて気がついたのは、追放した側、追放さ
れた側のどちらに味方するかは問わず、この件を知っているくせに、また日ごろは表
現の自由について大口をたたくくせに、大きなメディアほどなにもいわないことに、
彼らが共通して怒っていることだった。

 彼らのいうことすべてを鵜呑みにはできない。だが、ネットのなかを飛び交う噂の
なかに、毒舌で人気を博してきた北野が、メディアの世界や芸能界に巨大な影響力を
及ぼし得る組織、あるいは団体の逆鱗に触れる言動を示し、その世界から追放の目に
遭ったのだとする、まことしやかな情報が相次いで飛び出してくるのが、気になった。

 実際、ブロガーたちが採録した番組「サイキック青年団」中の北野の発言メモを読
むと、彼がその手のエグイしゃべくりをけっこうやってきた経緯が、よくわかった。
そして、大きな力を持つ組織・団体の存在としては、芸能マスコミに睨みを利かせる
大手プロダクション「バーニング」、芸能人会員を多数擁するといわれる「創価学会」
の名前が、書き込みに頻出していた。

 前者の名は、4月16日発売の『週刊文春』・『週刊新潮』にも、出現した。不思
議なのは、タレントのゴシップ、スキャンダル好きの芸能マスコミ、テレビのワイド
ショーが、それでもなにもいわなかったことだ。週刊誌2誌のあと、内外タイムス・
日刊ゲンダイがようやく少し報じたが、大手一般マスコミは気付いてもいない風をつ
づけた。本当に知らないのか、知ってはいても、下賎な今様河原乞食ごとき、たった
一人のために、貴重な電波も紙面も使えないと、無言の態度を貫いて、りっぱな見識
を示したということか。

 高度にシステム化された芸能界にあって、北野のような芸人の生殺与奪の権は、所
属事務所やメディアががっちり握っている。そこに見限られたら、退路も進路もすべ
て断たれ、文字どおり生きていけなくなる。むごいことをするものだ。事実を調べ、
処分の是非を問うとともに、彼にも弁明の機会を与え、処分する側・される側それぞ
れに問題があれば、両者の責任の取り方や償い方についても議論を起こすぐらいのこ
とをやるのは、メディアの責務ではないかと思っていた。

 芸人もアーチスト、表現者の仲間だ。彼らの表現の自由を守ることは、ジャーナリ
ストの独立やその表現の自由を守ることと通底している。それに、芸能界やマスコミ
は巨大な組織・団体の力を恐れて触らぬ神に祟りなしの態度をとっている、とするネ
ットの無責任な非難に対しても、それは根拠のないものだと、調査報道を通じて進ん
で証明していくべきであろう。そうすることは、ネットに充満するマスコミ不信を解
消するためにも、そこに名前が出てくる組織・団体の名誉のためにも、有益なことで
はないか、という思いが頭から離れなかった。そう思っていた矢先、4月21日発売
の『週刊朝日』(5月1日号)がこの事件を大きく扱った。朝日の新聞本紙ではない
が、同誌はさすがにある程度の斬り込み方はしており、注目された。

 だが、結論的には、これもまた失望するものだった。同誌は、朝日放送が3月8日
の放送打ち切りは、「あの団体」から抗議されたためだ―「あの団体」とは「音自協」
(日本音楽事業者協会。全国約100の芸能プロダクションが正会員、約40の放送
・出版・レコード・広告会社が賛助会員)である、と認めたことを報じた。そして、
同誌が音自協から「朝日放送と松竹芸能に抗議書を送付した」と記された文書を入手
したことも、明らかにした。

 これで巨大な力を持つ組織・団体が音自協だということはわかった。だが、同誌の
報道は関連取材も踏まえ、北野誠のこれまでの発言が「芸能界のドンといわれる(バ
ーニングプロダクションの)周防郁雄社長を激怒させた」ようで、「これが業界を
『大騒動』へと突き動かしたようだ」と伝えるものだったのだ。これではネットの噂
の「バーニング」説を裏付けるだけだ。これでは、ネット内に氾濫する<「バーニン
グ」と「創価学会」はさまざまなかたちでつながっている>とする類の噂も、払拭さ
れるどころか、かえって疑惑の影を濃くするばかりではないか。

 そこをさらに追及しないで、「長きにわたる『発言』と引き換えに、北野は追放さ
れ」、音自協を退会した(させられた?)松竹芸能はさらに社内で「見せしめの処分
を下し」、朝日放送は音自協に「企画番組」を提供することになった、と幕引きを告
げるこの記事は、空しささえ感じさせるものだった。その最後の付け足しの部分は、
どう読んでも、自業自得なのだからしょうがない―でもなんとか頑張れ、と北野にい
うだけのもののようにしか読めなかった。見殺し同然ではないか。

 ネットのなかに後日、同じ芸能人仲間では、関西の落語家、桂ざこばが朝日放送の
4月14日深夜のテレビ番組に登場した際、「北野、がんばれよ」と叫び、局側スタ
ッフを凍り付かせた、とする情報を見つけた。また、その録画が動画サイトに投稿さ
れているというので、ユーチュブとニコニコ動画を開けてみた。たしかに該当する投
稿動画のトップ画面に、高座に上がった着物姿のざこばがマイクに向かっている姿が、
発見できた。

 ところが、再生マークをクリックしたけれど、画面は動かず、音声も出ない。代わ
りに文字メッセージが出てきた。「朝日放送株式会社さんから著作権に抵触するとの
申し入れがあったので、この映像は削除しました」。普段は、自社の番組がどのぐら
い投稿サイトで引用されているかのランクを気にし、自社番組の投稿動画がつぎから
つぎに投稿を生む、ねずみ算的な増え方を歓迎するテレビ局としては、異例の措置と
いえる。著作権違反が削除申し入れの本当の理由ではなかろう。都合の悪いものは消
したい、だから消させた、というだけの話ではないか。

 こういう身勝手なダブルスタンダードは、ネットのなかの住人たちには、もうばれ
ばれだ。それだけにかえってこのような姑息なやり方は、ネットの住人、メディア問
題に関心を寄せる、とくに若者のマスコミ不信を、いっそう募らせるだけに終わる。

 大メディアにおける、問題発生後の北野本人の登場は、ようやく4月28日。同日
夕方、本人が安倍彰松竹芸能社長に伴われ、大阪で記者会見に臨んだからだ。当日の
テレビ報道は未見だが、翌29日の在京新聞朝刊では、朝日が写真入りで第3社会面
に小さく報じたのをみかけた。

 また、テレビ朝日の朝のワイドショー、「スーパーモーニング」はかなり長い時間
を費やして話題にしていた。しかし、ネットを使わない読者、視聴者は、いきなりこ
んな本人の泣きじゃくる記者会見、「自分が悪かっただけなんです。すみませんでし
た。問題となるような、どんなことをいったかは、ここでいうとまた迷惑をかけるこ
とになるのでいえません」という話ばかりを繰り返し、社長も「外部からの圧力はあ
りません。自主的に行った処分です」というだけの場面を見せられみせられても、な
にがなんだか、まるでわからないのではないか、と思わせられた。

 だが、この記者会見が、草なぎ剛の24日夜の記者会見の3日後である点を考える
と、関係者のこの会見時期の選び方は偶然でなく、謝罪記者会見で好感度を回復し、
5月1日の起訴猶予や、さらには近い将来の番組復帰も見越せるようになった草なぎ
周辺の空気の変化を読み取り、これに学んで設定したものではないか、と思えた。い
ってみれば便乗懺悔だ。

 しかし、大メディアのいくつかが、惻隠の情からこれに協力してやっても、彼ら自
身が自分の手で北野舌禍事件の、表現の自由に関わる本質的な問題の解明に力を尽く
そうとしないのでは、ネット利用者はもちろん、新聞読者・テレビ視聴者をも、やが
てマスコミ不信に追いやるのみではないか、と心配だ。

 新聞の読者離れ、テレビの視聴者離れの進行は、凄まじい。競争相手はいわずと知
れたネットだ。これを新聞社・テレビ会社は、閲読・視聴時間をネット利用に奪われ、
購読料・広告費もまたネットに奪われるとする局面だけで問題にし、自分たちもネッ
トに進出して失地を回復しよう、と大わらわだ。だが、果たしてそれですむのか。む
しろ、北野舌禍事件に対してみられるように、大メディアがやるべきことをやらず、
不作為のままに闇のなかの巨大な力をもつだれかを利し、独りぼっちの弱者を見捨て
るような態度しかみせないことに、苛立ちや不信を募らせ、読者や視聴者がマスコミ
そのものから離れていっているのではないか。マスコミよりは、少なくともそうした
問題についてより多くの情報に接することができ、話し合いに参加もできるこちらの
ほうがましだと、彼らはネットに向かうようになっているのではないか。

 実際、草なぎ剛全裸事件の発覚当初にも、あのマスコミの、みずからつくり出した
ようなメディア・ジャック状況に対して、ネットのなかには、ソマリア海自出動をめ
ぐる政府与党の、「海賊対処法案」国会審議強行の画策を隠蔽する援護行動だと、メ
ディアを批判する書き込みが多数出現していた。メディアの側の意図はどうあれ、客
観的にはそうみられてもしょうがない状況は生じたのだ。

 憂慮すべきは、「もうマスコミは信じない。相手するだけ損だ。ネットのなかで信
じられそうな情報を探してものを考え、自分と同じような関心をもつ人と議論したほ
うが役に立つ」と思いだしている人、とくに若者が多くなっていることだ。

 私の憂慮は、それでは新聞もテレビも、それに出版も、やっていけなくなるとする
体の心配ではない。それらがなくなってもやっていけるのなら、それでもいいと、私
も思う。しかし、それではやっていけないのだ。

 相互に異なる感性や価値観をもつ多くの人間が取材・制作・編集に携わり、一つの
報道・言論媒体、文化的な表現媒体をまとめあげ、不特定多数の人にほぼ同時的に同
様のメディア体験を、日常的、習慣的に提供できるマスメディアの役割は、たとえな
にがしかの欠点はあっても、他をもって代えられるものではない。

 マスメディアがなくなり、あるいは多くの人間がほとんどマスメディアを利用しな
くなり、ネットに依存するものばかりが増えれば、人々は、せっかく築き、保ってき
た総合的で全体性をもったメディア・リテラシーを崩壊させ、他者と共生する社会や
運命を共にする歴史を、感じたり、認識する力を大きく欠くことになるのだ。

 そうなれば、多くの人が自分独り、あるいは小集団に立て籠もるだけの存在となり、
情報を一手に握れる巨大な組織・団体、権力の支配・介入の前に、一丸となって抵抗
することもできなくなる。思うがままの分断と支配を許すだけに終わるだろう。

 今必要なのは、マスメディアとネット、両方のよき部分、優れたところを相補的に
結合、いかにして自分たちの力にするかだ。それは、マスメディアの危機を自覚する
人にとっても、ネットをもっと積極的に発展させていくことを目指す人にとっても、
共通の課題となるはずだ。次回も、別の事例によって、そのことを考えてみたい。


*NPJ通信/「メディアは今 何を問われているか」より筆者の了解を得て転載
http://www.news-pj.net/npj/katsura-keiichi/20090503.html

*NPJ通信
http://www.news-pj.net/
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