イスラエル 建国祝えぬユダヤ人も/ヤコブ・ラブキン モントリオール大教授(歴史学) ほか

2010-04-21 00:01:53 | 世界
イスラエルという国がしばしば「ユダヤ国家」と呼ばれるように、同国をユダヤ人と結びつけて考える人は多い。
20日の建国62周年記念日を迎え、日本の人々は、ユダヤ人がダビデの星と、白、青の国旗の下に
結束して
いると思うかもしれない。
実際には建国を祝わないどころか、祝うものなど全くないと考えるユダヤ人もいる。
超正統派のユダヤ教ラビ(宗教指導者)は、建国の基盤となった世俗的政治イデオロギーであるシオニズムを
根源的に拒絶している。
いわく「ユダヤ教徒がほかの民族を抑圧することは(神から)禁じられている。イスラエル建国はパレスチナ人に
対する征服、抑圧によって実現したのだ」と。
シオニズムの生成期に、多くのユダヤ人は、反ユダヤ主義者らを利するとしてシオニズムを拒絶した。
反ユダヤ主義者がユダヤ人を自国から排除しようとするなかで、シオニストはユダヤ人をイスラエルに
集めようとしたからだ。
同国は、建国60年以上たったいまも自国をホロコーストからユダヤ人を究極的に守る存在と位置づける。
だからこそ、世界中のユダヤ人コミュニティーに、ユダヤ人が唯一安全に暮らせるのはイスラエルしかないという
恐怖感を植え付けようとしている。
実際には同国はユダヤ人にとって最も危険な場所になっている。
100人を超す英在住のユダヤ人有力者は、建国60周年の際、英紙ガーディアンにこう寄稿した。
「国際法に違反する民族浄化に従事し、ガザ地区の一般市民に途方もない集団的な懲罰を加え、
パレスチナ人の人権と国家建設への渇望を拒み続ける国家の建国記念日を祝うことはできない。
我々が祝うのは平和な中東においてアラブ、ユダヤ双方の人々が平等に暮らすときだ」
マハトマ・ガンジーはかつて「暴力によって得られたものは、暴力によってのみ維持される」と洞察した。
悲しいことに、イスラエルはまさにこの原則の通りになっている。
軍事大国イスラエルによる兵器関連の輸出額は、1人当たり人口比でみれば世界一だろう。
同国で影響力を持つ人々が和平に関心を持たないのは至極当然なのだ。
イスラエル批判を反ユダヤ主義と見なす勢力からの圧力に直面しながら、本来なら伝統的なユダヤ的
価値観である平和や公正といった理念をイスラエル、パレスチナ双方にもたらすための手助けを世界の人々に
求めるイスラエルの平和団体もある。
イスラエル批判は反ユダヤ主義とは異なる。
ユダヤ人迫害の歴史的重荷を持たない日本は、罪滅ぼし的な西側諸国とは異なる視点でイスラエルを
見ることができるはずだ。


ヤコブ・ラブキン
45年、サンクトペテルブルク生まれのロシア系ユダヤ人。
著書「トーラーの名において シオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史」(平凡社)の出版を機に来日。

*2010.4.20朝日新聞

トーラーの名において シオニズムに対するユダヤ教の抵抗の歴史
   

第1章 いくつかの指標
第2章 新しいアイデンティティー
第3章 “イスラエルの地”、流謫と帰還のはざまで
第4章 武力行使
第5章 協調路線の限界
第6章 シオニズム、ショアー、イスラエル国
第7章 破壊の予言と存続のための戦略

平凡社 (2010/4/2)

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ヒロシマと世界:悲劇は特権を与えない/ヤコフ・ラブキン
■ヒロシマと世界:悲劇は特権を与えない
ヤコフ・ラブキン氏 モントリオール大学歴史学教授(カナダ)

悲劇は特権を与えない

都市の大量破壊や住民の大量殺りくは、第二次世界大戦から始まった。私が子ども時代に住んでいた建物の半分は、レニングラード包囲による爆撃で破壊されていた。子どもだった私たちは、その廃虚で遊んだ。子どもにとって、すべてが遊び道具に変わった。

こうした子ども時代の思い出が後日、ベルギーで私の子どもたちと一緒に自転車に乗っていたときによみがえってきた。広大な空間が、何十万という兵士たちの墓で覆われていたのだ。これらの墓は、フランスやドイツ、カナダ、インド、その他多くの国の政府から第一次世界大戦に送り出され、戦死 した兵士たちのものであった。「何のために戦ったの?」
と末息子が尋ねた。「答えるのは難しいね」というのが私の答えであった。実際、私たちはどのように戦闘が行われたかについては詳細を知っているが、なぜ始まったのか、何の目的で何百万人もの命が失われたのかについては知らないのである。

昨年の夏、私は末娘をベラルーシのボブルイスクへ連れて行った。そこは1941年、進攻してきたドイツ軍が私の父の祖父母をはじめ、ユダヤ人の住民全員を銃殺した場所である。父にはドイツ人を悪魔のように思う十分な理由があった。が、決してそうはしなかった。レニングラードでの900 日に及ぶ包囲戦を耐え抜いたにもかかわらず、戦争を賛美
することもなかった。宗教教育の機会を奪われたソ連市民ではあったが、父はユダヤ教の伝統を守り続けた。私は伝統的ユダヤ教が戦争とどのようにかかわっているかについて学び始めたとき、このことに気付いたのである。

武力の行使

ヘブライ語聖書が暴力的イメージであふれているという事実にもかかわらず、ユダヤ教の伝統は非暴力的である。ユダヤ教の伝統は戦争賛美とはほど遠く、聖書で説かれた勝利とは、軍事的武勇をたてることではなく、神への忠誠こそが重要な要素だとされている。その主たるメッセージは、「人間は 武力により栄えるにあらず」(サムエル記上2章9節)で
ある。破壊や悲劇は軍事的脆弱(ぜいじゃく)さの表れではなく、むしろユダヤ人が犯した罪への天罰だと考えられている。敵を許すというわけではないが、この伝統は報復よりも内省を、他者への非難より己の向上を強調している。

19世紀以降、ヨーロッパのユダヤ人の間で、民族としてのアイデンティティーを考えるうえで重大な変化が起こった。伝統を重んじる者もいたが、ほかの人たちは宗教的慣習を捨て去り、シオニズム(ユダヤ人国家建設を目的とする運動)を信奉した。このシオニズムは、ヨーロッパのナショナリ ズムに誘発された政治運動であり、20世紀への変わり目
に明確な形をとることになった。ユダヤ教の伝統への明らかな反逆であるシオニズムは、土地に根ざし、その土地のために戦う筋骨たくましい、自己主張の強い、感傷的でない人間をつくりだそうとした。

これは伝統的なユダヤ教的価値観からの劇的な逸脱であった。シオニズムは、当時ユダヤ人への暴力が頻発していた中央、東ヨーロッパで多くの支持を得た。一方で大多数のユダヤ人知識階層とユダヤ教の指導者であるラビは、その当時シオニズムをにべもなく拒絶した。中には、パレスチナにユダ ヤ人のための国家を建国すれば、新たな悲劇を生み出すだけ
だと忠告する者もいた。

しかし、そうした声に耳を傾けるユダヤ人の数は次第に少なくなっていった。とりわけヨーロッパでナチスによるユダヤ人の大虐殺が行われた後はそうであった。欧米列国は、ユダヤ人大虐殺に加担した国も、無関心であった国も、ヨーロッパのユダヤ人たちがパレスチナへと旅立ったことに安堵 (あんど)し、そこにもともと住んでいた人々や周辺国の反
対にもかかわらず、シオニストたちが別の国家を建設するのを支持した。

哲学者のハナ・アーレント、神学者のマーティン・ブーバー、哲学者のアーネスト・サイモン、物理学者のアルバート・アインシュタインら少なからぬ著名なユダヤ人たちが、シオニズム運動が信奉する排他的な民族国家主義の危険に警鐘を鳴らした。それゆえ、第二次世界大戦後、これらの人々 は、パレスチナに住むアラブ人もユダヤ人も含めたすべての
人々のための共通国家構想を支持したのである。

不断の紛争

しかし、シオニズム運動を支配する人々は異なる教訓を引き出した。ナチスによる大量虐殺は、ユダヤ人の軍事力が脆弱(ぜいじゃく)であったがゆえに起きたというものであった。彼らは軍事キャンペーンを大々的に繰り広げ、パレスチナに住む約80万人ものアラブ系住民を難民にすることで、 平和へのすべての希望を打ち砕いてしまった。こうして新国
家イスラエルは、不断の紛争を抱えるに至ったのである。

このような結果になることは予測されていた。1948年の第一次中東戦争が終わる前に、アーレントは慢性的に軍事力に依存する民族支配体制を打ち立てることの危険を予見していた。

「仮にユダヤ人がこの戦争に勝利したとしても、…『勝利した』ユダヤ人は、強い敵意に満ちたアラブ人たちに囲まれて生活し、永遠の脅威にさらされるであろう国境の中に引きこもり、自己防衛に没頭することになるであろう。…そして、どれほど多くの移民を受け入れることができようとも、どこまで国境を広げていこうとも、この国は敵意に満ちた近隣諸国に数の上で比較すべくもない少数派として生き続ける運命を背負うことになるのだ」

これらの言葉が持つ真実性はかけらも失われていない。現実にイスラエルの圧倒的な軍事力は、今も平和をもたらしてはいない。核兵器は自爆テロからバスの乗客を守れず、占領下のパレスチナ人を取り締まるうえでほとんど役に立たない。核兵器が近隣のアラブ諸国に対して使用されることも想像 し難い。

近隣諸国はイスラエルに脅威を与えようという意思も、そうするに足るだけの通常兵器による軍事力も持ち合わせていない。しかし、イスラエル人は自国の振る舞いが中東全域、そしてイスラム世界に引き起こしている侮辱の念に気付いているがために、存亡の危機を常に感じ続けているのだ。そし て現在の脅威はイランである。

イランの脅威

イランの指導者たちは核兵器を開発する意図はないと言い続けている。しかし、多くのイスラエル人はイランの核攻撃を恐れ、こうした現在の苦境をホロコーストにたとえる人々さえいる。イスラエルの核兵器は「使用不可能」だとして退けながら、イランがイスラエルの中心部に向けてミサイル攻撃 を仕掛けることに恐怖心を抱き、死傷者数はナチスのユダヤ
人大量虐殺の犠牲者数に匹敵するだろうと予測している。

イランは約300年にわたり他国を攻撃したことはなく、地政学的な見地からの議論ではこうした脅威は信じ難い。それゆえ、2006年に現イラン大統領を新たなヒトラーのように描き出す大規模な宣伝キャンペーンが始まったのだ。このキャンペーンを繰り広げているのは、ベンジャミン・ネタ ニヤフ(現首相)、アビグドル・リーバーマンらイスラエ
ルの右派政治家たちである。彼らは欧米の国々に存在するイスラエル支持の圧力団体から援助を得ている。こうした圧力団体は、キリスト教とユダヤ教のシオニストからなる連合体である。

イランに隣接するイスラム国家のパキスタンは、イスラエルと同じように核拡散防止条約(NPT)に加盟していない。そのパキスタンは現実の核兵器保有国であり、政権は極めて不安定である。

アーレントが予見したように、イスラエルが今までの姿勢を変えず、1948年以来パレスチナ人に対して行ってきた不当な行為を正そうとしないのであれば、存亡の危機がなくなることはないであろう。

ところが、歴代のイスラエルの指導者たちは、この基本的な不当行為に対処し、紛争が政治的性格を持つものであると認める代わりに、パレスチナ人たちの抵抗は、彼らの文化や宗教に根ざしていると非難してきた。これは世界中の右派政権が信奉する「文明の衝突」の議論を補強するものだ。このよ うな政府が、世界中で無条件にイスラエルを支持する基盤
を形成していても不思議はない。しかし、こうした政府の態度が、これらの国の市民によって共有されているわけではない。

明らかにホロコーストに対する集団的罪悪感を政治的に利用することには、もはや以前ほどの効力はない。世論調査によれば、世界中の人々は軍事力を行使したり、軍事増強を追い求めたりすることを特徴とする国々を否定的な目で見る傾向がある。日本やドイツがより肯定的に見られる一方で、習 慣的に軍事力を使うイスラエルや米国は否定的な目で見られ
る国々に含まれているのだ。

私が子ども時代に遊び場とした廃虚も、そして広島の廃虚も、人間がいかに誤りやすい存在であるかを証明している。それはアメリカ人でもドイツ人でもなく、すべての人類に共通して言えることである。また、悲劇はその犠牲者たちに正しい行為をとらせるわけでもない。ホロコーストの遺産を受 け継ぐ者たちであり、ユダヤ人を代表する集合体だと主張す
るイスラエルが慢性的に犯す暴力行為は、このことを疑問の余地なく証明している。

中東に平和をもたらすには、イスラエルをナチスの大量虐殺の集団的犠牲者であり、ユダヤ人の歴史の悲劇的結果として扱うことをやめなければならない。そしてイスラエルを独自の歴史、利害、価値を持った国として見るべきである。

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ラブキン氏 プロフィル
1945年9月、旧ソ連レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ。レニングラード大学卒業。1972年、モスクワのソ連科学アカデミー歴史学研究所で博士号(歴史学)を取得。1973年にカナダへ移住後、宗教研究所でユダヤ教を研究。このほか、モントリオール、ボルティモア(米)、パリ(仏)、エ ルサレム(イスラエル)で、ユダヤ教指導者のラ
ビによる個人指導を受ける。科学と政治、科学と全体主義、科学と宗教に関する著作が多い。中東紛争を含む国際問題について、紙面やウェブサイトで論評記事などを多数発表している。近著『トーラーの名において―ユダヤ教内部からのシオニズムに対する抵抗の歴史』はフランス語、アラビア語などに翻訳され、英語版では2006年にカナダ総督省を受賞。

http://www.yakov.rabkin.ca:80/?page_id=1188
(中国新聞09年5月25日)
(2009年5月25日朝刊掲載)


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ユダヤ教徒のヤコブ・ラブキンさんが近著『トーラーの名において』(平凡社)の日本版刊行記念で3度目の来日を果たし東京、大阪で講演しています。著書を読むと、私たちの「ユダヤ人」意識がユダヤ教の真髄を知らずに、いかにシオニストやイスラエルの宣伝するイメージに毒されているかがわかります。またユダヤ教を民族的な政治闘争に転換して暴力的人種主義的なシオニスト国家を建設しているイスラエルが、いかにユダヤ教に反するものであるかが手に取るように解明されています。

パレスチナ連帯・札幌 代表 松元保昭


ユダヤ教徒がシオニズムに反発する理由/ヤコブ・ラブキン

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