反戦の視点・その86 オバマ米大統領のプラハ演説をどう読むか(2)/井上澄夫

2009-08-13 20:29:40 | 世界
新聞記者として長く原爆報道に携わり、広島市長を務めた平岡敬氏は、厳しく
こう指摘している。
 「なんと言ったかね、あれは、THE UNITED STATES HAS A MORAL
RESPONSIBILITY TO ACT.行動に対する道義的責任っていう。ですから結局彼は認
めていない。やっぱり僕は、謝らせなきゃいかんと思うんです。で、今、広島は
ですね、オバマに来てくれてなこと言ってますね。来て何するんですか。ああい
う、その広島のね、甘ったっるさってのを僕は嫌いなんですよ」(8月6日の中
国放送)
 平和宣言について広島市立大学広島平和研究所の浅井基文所長はこう語ってい
る。
 「オバマっていうのはですね、核廃絶論と核抑止論の間の真ん中に立っててで
すね、ちょうど振り子の中心にいる、やじろべえみたいなもんで、どっちに行く
かなあという状況だと思うんですよ。一番今求められていることは、核廃絶論の
私たちの主張とか政策とか、そういうことを主体的に強める努力をするというこ
とであって、オバマ頼みっていうのはですね、むしろそういう努力に水を差す、
私たちの主体的努力をも安易な楽観論でですね、弱めてしまうことすら懸念され
るわけです」(出典、上に同じ)。

●対テロ戦略の一環としてのオバマ流「核廃絶論」
 私たちはプラハ演説中の次の部分を、《今、続けている侵略戦争の正当化》と
して凝視し、声を挙げねばならない。 

 「米国が攻撃を受けたとき、(中略)、何千もの人々が米国の国土で殺害され
たとき、NATOはそれに呼応しました。アフガニスタンにおけるNATOの任務は、大
西洋の両側の人々の安全にとって不可欠なものです。私たちは、ニューヨークか
らロンドンまで各地を攻撃してきた、まさにそのアルカイダ・テロリストを標的
とし、アフガニスタン国民が自らの将来に責任を負えるよう支援しています。私
たちは、自由主義諸国が、共通の安全保障のために提携できることを実証してい
ます。」(Ⅰ、19節)

 オバマ大統領は米軍を増派して、アフガニスタンとパキスタンで戦火を拡大し、
民間人を殺し続けている。その米軍に「呼応」しているのが、NATO軍で編成する
ISAF(国際治安支援部隊)である。米軍が拡大中の戦闘はブッシュ前政権以来の
対テロ戦略の発動に他ならず、ブッシュ前大統領のイラク戦争に強く反対してホ
ワイトハウスの主になったオバマ大統領は、イラクからの撤兵を遅らせる一方で、
アフガニスタンを「主戦場」にしつつある。(本シリーズ「反戦の視点・その8
5 激化し拡大する「オバマの戦争」に正面から対決しよう!」を参照してほし
い。)
 「アフガニスタンにおけるNATOの任務」とはタリバーン掃討作戦のことである。
ブッシュ前大統領はブレア前英首相とともに、2001年10月、当時アフガニ
スタンを実効支配していたタリバーンがアルカイダをかくまっているとして、同
国に先制空爆を始めた。それによりタリバーンは一時期支配力を失ったがすぐに
復活し、米国政府の傀儡(かいらい)であるカルザイ政権を攻撃している。米軍
やISAFが「アフガニスタン国民が自らの将来に責任を負えるよう支援」している
とは、戦後米歴代政権が使い古したレトリックで、拡大する侵略戦争の実相を隠
すイチジクの葉にすぎない。ベトナム侵略戦争の際も米国政府はベトナムへの軍
事介入の根拠を「南ベトナムの自立を支援するため」と繰り返し主張したのだっ
た。
 オバマ大統領が「核兵器のない世界」を語るのは、「管理が不十分な核物質」
がアルカイダの手に渡り、それで米国が攻撃されることを避けたいからである。
パキスタンの「イスラム過激派」を無人武装偵察機で越境攻撃するのは、パキス
タンが保有する核がアルカイダの手に落ちることを警戒しているからである。つ
まり彼の「核廃絶論」は米国を防衛するための対テロ戦略の文脈に置かれている
のであり、そこから一歩も出るものではない。
 湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争などで戦費が爆発的に増大して国
家財政が破綻した「アメリカ帝国」は、すでに一極構造の極たりえない。世界の
多極化が進み、「ユニラテラリズム」(単独行動主義)など過去の夢のまた夢で
ある。だからオバマ大統領は、ひたすら同盟諸国との「連携」を推進する協調主
義を押し出さざるを得ない。だが、その外交戦略がめざすところは、「世界の安
全保障」やら「共通の安全保障」などではない。NATO諸国を含む「自由主義(同
盟)諸国」に米国防衛の責任を負わせることなのだ。
 彼が、一方で「全世界的な不拡散体制が持ちこたえられなくなる時期が来る可
能性がある」とNPT体制崩壊の危機を説きながら(Ⅸ)、他方で「米印原子力協定」
の調印によって同体制を骨抜きにしていささかも恥じるところがないのは、彼に
とっては米国の防衛とサバイバル(生き残り)がすべてに優先するからである。

●核廃絶に向けて私たちが進むべき道
 だから私たちに問われているのは、言うまでもなく、「オバマジョリティー」
(オバマ大統領を支持する多数派)に加わるか加わらないかではない。核廃絶の
道筋は別のところにある。以下の記事を注意深く読んで欲しい。

《広島市の平和記念公園。原爆投下から52年を迎えた1997年8月6日午
前9時前。原爆死没者慰霊式・平和祈念式が終わると、来賓として出席していた
橋本龍太郎首相が広島市長の平岡敬に語りかけてきた。
 「市長さん、気持ちは分かるが、そんなことできっこない。あなたは米国の怖
さを知らないんだ」。平岡は「何が怖いんですか」と問い返したが、それ以上の
言葉はなかった。
 平岡はこの日読み上げた平和宣言で、日本政府に「『核の傘』に頼らない安全
保障体制構築への努力」を呼び掛けた。平和宣言が「核の傘」脱却を求めたのは
初めてだった。橋本は式典後の会見で「日米安保を基盤とした安全保障の仕組み
は必要」と述べ、被爆地の願いを即座に拒絶した。
 「これでは思考停止じゃないか。米国ににらまれると、日本の首相は務まらな
いということなのか…」と12年前のエピソードを回想する平岡。市長在任中の
8年間で政府の圧力を感じたのはこの時だけではなかった。
 95年11月、核使用の違法性を審理していたオランダ・ハーグの国際司法裁
判所(ICJ)で、平岡は長崎の伊藤一長市長とともに「国際法違反は明らか」と陳
述した。
 陳述のためハーグへ向かう数日前、平岡は外相の河野洋平から突然の電話を受
けた。「市長さん、政府の方針をご存じですか」と切り出し、「国際法違反」の
訴えを取り下げるよう求める河野。平岡は「そうは行きません。これは基本的な
問題なので」と押し返した。
 「日本の究極的な安全保障を米国の核に依存しておきながら、その存在自体が
『違法』だと言うのは、どう考えても矛盾じゃないか」。平岡の陳述直前まで外
務事務次官だった斉藤邦彦は、政府が核使用を違法と主張できなかった理由を、
米国の核の傘に求めた。》

(2009年6月8日付『共同通信』)

本稿の筆者は本シリーズ「反戦の視点・その83、核実験を批判する資格につ
いて」でこうのべた。その引用をもって結語とする。
 《(核クラブの)米英仏ロ中とインド、パキスタン、イスラエルの計8カ国が
保有する核弾頭は2万3千3百発以上、うち使用可能な弾頭は約8千4百発だが
(出典:スウェーデンのストックホルム国際平和研究所〔SIPRI〕の2009年版
年鑑)、核が拡散する世界で、核廃絶の大義を主張できるのは、核兵器を保有し
ないか、他国の「核の傘」に依存しない国だ。日本は今は核武装していない。し
かし韓国とともに米国の「核の傘」で守ってもらうことを、冷戦期も、冷戦後も、
軍事的安全保障の根幹としてきた。自国は米国の核に依存していながら、近隣諸
国の核武装は許せないというのは、いかにも身勝手な理屈である。/歴史に「if」
(もしも…であったら)はないというが、仮に戦後日本が日本国憲法をそのまま
実現して他国に少しも脅威を与えない平和な国であったなら、隣国の「ミサイル」
の発射や地下核実験でいきり立って「戦争も辞さぬ」というような発言が(麻生)
首相の口から飛び出すことはなかったにちがいない。「唯一の被爆国」神話はと
もあれ、この国はヒロシマ・ナガサキを経験した国として、北朝鮮(朝鮮民主主
義人民共和国)に核開発をやめるよう説得できる道義性を保ち得たはずである。
/東北アジアの軍事的緊張をなくす方法はある。周辺諸国の軍備状況に一切かま
わず、日本が一方的に武装を解除し、日米安保条約を破棄して米軍を撤退させる
ことである。自衛隊を非武装の実現に向けてどんどん縮小し、沖縄からも「本土」
からも米軍に出て行ってもらう。そうすれば、日本の前科を忘れない近隣諸国は、
世界に向けて誓約した日本国憲法の前文と9条が空手形ではないことを確信して
安心し、善隣友好を発展させるにちがいない。》

 (2009・8・13記)
    
【追記】
 8月9日、田上富久長崎市長が読み上げた平和宣言のうち、オバマ大統領のプ
ラハ演説に触れた部分を紹介し、8・6ヒロシマと8・9ナガサキの中間、今年
の8月8日(日本時間)に米軍が「核抑止力の再生」のために何をしたかを伝え
る記事を引用する。特にコメントは加えない。

 ■長崎平和宣言から
 ◎今年4月、チェコのプラハで、アメリカのバラク・オバマ大統領が「核兵器
のない世界」を目指すと明言しました。ロシアと戦略兵器削減条約(START)の交
渉を再開し、空も、海も、地下も、宇宙空間でも、核実験をすべて禁止する「包
括的核実験禁止条約」(CTBT)の批准を進め、核兵器に必要な高濃縮ウランやプ
ルトニウムの生産を禁止する条約の締結に努めるなど、具体的な道筋を示したの
です。「核兵器を使用した唯一の核保有国として行動する道義的な責任がある」
という強い決意に、被爆地でも感動がひろがりました。
◎長崎市民は、オバマ大統領に、被爆地・長崎の訪問を求める署名活動に取り
組んでいます。歴史をつくる主役は、私たちひとりひとりです。指導者や政府だ
けに任せておいてはいけません。
 世界のみなさん、今こそ、それぞれの場所で、それぞれの暮らしの中で、プラ
ハ演説への支持を表明する取り組みを始め、「核兵器のない世界」への道を共に
歩んでいこうではありませんか。

■8月9日付『朝日新聞』の記事「米軍 核軍縮とズレ」から
 オバマ大統領が「核なき世界」をめざすと表明した米国だが、現場の米軍は、
むしろ核抑止力をてこ入れする動きを見せている。8月7日にはミサイルや爆撃
機による世界全域への核攻撃を統合する新軍団が発足した。一方、核戦略の司令
塔となる戦略軍は、新たな時代の下での核抑止のあり方を探る異例のシンポジウ
ムを開いた。オバマ政権の誕生で核軍縮路線が勢いづく中で、抑止力維持を理由
に新たな核兵器開発をめざす「抵抗勢力」の思惑もちらつく。
 幅7メートルもある巨大な星条旗が掲げられた。迷彩服に身を包んだ軍人たち
が壇上に真剣なまなざしを向ける。式典会場わきの滑走路には、強い日差しが照
り返す中、B52戦略爆撃機が駐機され、核搭載ができるというミサイルや爆弾が
並んでいた──。
 米南部ルイジアナ州のバークスデール空軍基地で8月7日(日本時間8日)、
米空軍の「グローバル戦略攻撃軍団」の発足式典が行われた。
 オバマ大統領は今年4月、プラハ演説で「核兵器のない世界」をめざすと掲げ
た。だが、7日の式典で空軍幹部らが強調したのは、プラハ演説の別の側面だっ
た。「大統領は『核兵器が存在する限り、安全で効果的な核抑止力を維持する』
と明言した。これこそ、我々にとって基本線となる任務だ」。新軍団司令官のク
ロッツ中将は、軍人ら約千人を前に力説した。
 米空軍が新軍団を創設するのは28年ぶりのことだ。これまで別々の指揮系統
下にあった地上発射型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)と、B52、B2といった戦
略爆撃機による核攻撃を一括して指揮する拠点として設けられた。
 ドンリー空軍長官は式典で、「我々の核攻撃態勢の再生にとって画期的な出来
事になる。今日は歴史的な日だ」とあいさつ。冷戦終結とともに存在感が薄れた
核抑止力の「再生」を誓った。


反戦の視点・その86 オバマ米大統領のプラハ演説をどう読むか(1) /井上澄夫

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2 コメント

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オバマ幻想をぶっ飛ばせ! (中島)
2009-08-20 00:50:05
オバマ賛美に対して、8月6日早朝から抗議が行われた。
言葉ではなく、行動が求められている。
秋葉が作りだす被爆者とアメリカ軍最高司令官との和解が、田母神とそれを取り巻くファッシスとにつけ入る隙を与えた。つけ入る隙があると勘違いさせた。田母神の講演会は一時間を超える講演会への抗議行動で、ヒロシマから拒否された。被爆者が日本の核武装の尖兵にされることなどありえない。
返信する
ほう?ガチな反対者か。でもまだ甘い。戦略が弱い。 (軍産石油複合体を合法的に痛めつける方策は?)
2009-08-20 14:14:15
防御じゃないんだよ、考えるべきはさ。
攻勢に打って出るべきなの!
軍産石油複合体を合法的に痛めつける方策を考えないといけないんだよ。
正義の御旗は常にコチラ側に在るんだからさ。
大体、日本の外務省は国際的な被爆基準をワザと低めに極々限定的な方向へ誘導とか、姑息な事は随分として来たよ。
だからって、そうそうズッと米国政府へロビー活動を延々続けて来た訳じゃない。
ロビーは最近に始めた事だし、オバマ核軍縮に反対したロビーは恐らく、F22売却が絡んでないか?
米国側の勢力としてはさ、イスラエルのロビーが極最近目の敵にされたじゃない?
ソレで多分、ロビーで美味しい目を見て来た連中がアル意味「干された」状態に在って、F22とか核軍縮とか格好のネタになってると思うんだよね。
富は中毒みたいなもので、無くなると禁断症状だからね。
殆ど何も考えてないような欲ボケ日本人は、奮い付きたくなるような絶好の鴨だよ。
田母神は恐らく、陸幕調査部調査第2課調査別室経由のマリオネットだ。
カネの流れを洗わないといけない。
ツケ入る隙とか、可愛い事を言ってちゃいけません。
攻撃を考えないと駄目。
合法的な。
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