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それぞれがそれぞれの立場で脱原発

2012年05月03日 | 脱原発
菅直人オフィシャルブログ「今日の一言」より

孫に原発を残さない同盟 2012/05/02

団塊世代も孫を持つ世代。孫に原発を残さない同盟を考えている。長年の友人で市川房枝選挙以来の同志の長谷川俊英氏にも相談を持ちかけている。

大学で、職場で、近所で、猫の話題と同じように脱原発を話し合おう。誰かに期待したり、誰かを批判するのではなく、自分ができることを実行し、その事を話題にしよう。

議員の皆さんへの忠告をひとつ。
原子力村はなかなかしたたか。多くの議員の心理は敵を作らないこと。原子力村はそこを突いてくる。小泉さんのように、わざわざ敵を作ることまで勧めないが、敵ができることを恐れると、何時の間にか原子力村に取り込まれる。これは私自身の反省。


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正直で、まっすぐで、いい意味で、全然政治家らしくない菅前総理。
この日の日記も、共感しきり。
菅さんのすべてが完璧だったと言えなかったのは、よくわかるけれど、気づいたら即、変える。それは菅さんのいいところだと思う。
いいとわかっていても、自分のしがらみや保身のためにそれができない、そんな政治家が多すぎる。



わたちの話も原発の話もしてにゃ



猫の話をするように、脱原発について話し合うこと。

それぞれが、それぞれの立場で。
デモに行ったり、のぼり旗立てて訴えることができない人だって多いと思うし、ましてや経産省の前でハンガーストライキをするなんて誰でもできることじゃない。

でも、そこまでしなくたって、「原発事故はまだ収束してないよ」とか、「核廃棄物は何十万年も始末に困るんだよ」とか、猫の話をするように、家族や友人と話せばいいと思う。
「原発、やっぱりだめだよね」と感じた人々のその思いは、きっと時代の空気にしみ込んでゆくだろう。

誰かに期待したり、誰かを批判するのではなく…というところも共感する。

もし、本気で脱原発を願うなら、まず自分がその意志を持ち続けること。
誰かへの過度な期待は、その人にゆだねるあまり、自分で考えることを停止することにつながる。
また、誰かを批判するのはたやすいけれど、自分の怒りにまかせて誰かを批判しても、その怒りはいずれ自分に返ってくるだけで、何も解決しない。

菅さんは、民主党代表選でも同意のことを言っていた。
それぞれが国民に付託された議員であること。それぞれが独立した個人なんだから。
○○チルドレンとか、○○ガールズとか、マスコミや世間からは、安易に言われてしまうけれど、たとえ経験が浅い議員であっても、指示待ち君になるな、一人の個人として、どう思うか、どう感じるか、どうすべきなのか、自分の意志を持つ、そして自分ができることを実行する、それを忘れないでほしいと言っているのだろう。

それらはそのまま、国民にも当てはまると思う。
国をつくっているのは、国民一人一人の意思だと気づくことだと思う。政治のことなんかどうだっていい、とか、自分は関係ないとかそう思っていないだろうか。
「黙っておれについてこい」的なリーダーを待ち望んで、よくわからないのに、大言壮語を言う人を、あとさき何も考えず支持していなかったか。
お任せでも大丈夫な国であるならば、むしろそのほうが気楽でいいのかもしれないけれど、みんながぼんやりしているうちに、この国の利権構造は国民のためだけじゃなくなっていた。

それと、最後にあらためて「議員の皆さんへの忠告」として、原子力村へ取り込まれないように、と書かれている。

特に野田総理。
野田さんは、各方面との円満な関係こそが政治家としてうまくやる道だと、考えていらっしゃるかもしれないけれど、3・11を経験した日本は、過去と同じには戻れない。過去のやり方は踏襲できない。
怖がっていたら、だめなの。
勇気を出して、原子力村と対峙し突破しなければならないと、3・11の出来事が教えてくれている。それが無理だと思うなら、次の選挙は負けるだろう。
ジャンル:
東日本大震災
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