生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

似顔絵描きの一生(6)

2013-11-11 12:47:55 | 童話
(6)

 娘の家をあとにすると、いつしか足が自分の生まれた村に向かっていました。
(父さんは元気かな。相変わらずお酒を飲んでいるんだろうな)
 窓から家の中をのぞくと部屋はきちんと片づけられており、人の気配がありません。隣の家から男の人が出て来ました。濃いひげが生えていたのですぐにはわかりませんでしたが、太い眉と大きな目をみてニコラだと気づきました。

「ニコラじゃないか。戦地からもどってきたんだね」
 ニコラは不思議そうな顔をしてジョエルを眺めました。
「ぼくだよ。ジョエルだよ」
「えっ、ジョエル! 大きくなったなあ」

 ニコラは自分より背の高くなったジョエルをみて驚き、肩を抱きしめました。二人はしばらく再会の喜びに浸っていましたが、ニコラがふと口をつぐみ、悲しそうな目でジョエルをみつめました。

「お前、あれから家を出て一度も帰らなかったんだって? 三年前お父さんは病気になって死んでしまったよ。ベッドの中でお前の名前をずっと呼んでいたんだぞ」
「お酒ばかり飲んで、ぼくのことを殴っていた父さんが、ぼくの名前を?」
ジョエルは不思議でなりません。
「父さんは、弱くて寂しがり屋だったんだよ。だからお酒がやめられなかった。ジョエルのことが憎くて殴っていたわけじゃなかったと思うよ」

 ニコラの言葉を聞いて、父さんに悪いことをしてしまったと思いました。三年前といえば、宮廷画家として王宮にいたころです。父さんのことなどすっかり忘れて王様に喜ばれる絵を描くことに夢中になっていました。(王様を描くことより大事なことがあったのに……)そう思ったとき、またあの人の姿が頭に浮かびました。

(7)

数年後、ジョエルはあの人に出会ったとき一緒にいた娘と結婚し、ふたりの男の子が生まれました。でも、あの人に会うことはありません。
ジョエルはあの人の姿を求めながら、似顔絵描きを続けていました。貧しい人からはお金をとりませんでした。
 
 六十年の月日がたち、ジョエルの腰はすっかり曲がってしまいました。奥さんは天国へいき、息子たちはふたりとも外国で暮らしていました。
 ジョエルはリュウマチという病気になって、絵筆を持つのも大変になりました。それでも絵筆を指にしばりつけて描いていました。あの人の似顔絵はずっとイーゼルの上に乗せたままです。あと、瞳の色をぬるだけで完成するのに……。

  ジョエルは自分のいのちが長くないことを知っていました。最後に絵を仕上げてから死にたいと願いました。
朝から雨が音をたてて降っていました。リュウマチの痛みがひどくて、ジョエルは横になっていました。何日も食べていませんでした。


つづく




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