ガラスの御伽噺

ガラスの仮面、シティ-ハンタ-(RK)、AHの小説、BF
時代考証はゼロ
原作等とは一切関係ございません

赤い髪の伝説〜8〜前世編

2017-08-08 17:20:01 | シティーハンター

それはまるで、香の気が変わらぬようにと言わんばかりだった。

その日、徳川筆頭家老から槇村家に仕向けられた使いは、荷物持ちを入れて総勢23名。その使いの中には5人もの剣の達人も入れられている。彼らは見るからに獰猛そうで。

何が何でも香を大奥に連れて行こうという大奥総取締、滝川の想いがそのまま表れたような一行であった。

香は慣れ親しんだ家、兄、義姉、長く槇村家に仕えて来た者、地域の者たちと、碌々別れの時間もとらされぬまま、金糸の見事な打掛を羽織らせられると、徳川の家紋が付いた黒光りする籠に、押し込まれるように乗せられた。

槇村家の周囲には、多くの人々が押し寄せ成り行きを息を止めるように見守っている。皆、香が連れて行かれるのが辛くて仕方ないのだ。

香はじゃじゃ馬だが、とても優しく美しい。香を知る者は皆、老若男女問わず、香が大好きだった。

冴羽家からは、ミックの助と、妻のかずえ姫の姿も見える。かずえ姫は相当泣き腫らしたようで、目は充血していた。右手を固く握りしめ胸元にあてなから、香を連れ去る一行を睨むように見ている。

しかし。なぜかここに肝心のリョウの助の姿はない。

勿論、ミックの助も、秀幸の助も、リョウの助の姿が無い事には気づいていた。

そして、リョウの助が、何か香の為に行動を起こそうとしているかもしれない事も、容易に想像できたけれど・・・。

互いに何も言わなかった。

・・・互いに・・・。

できる事なら、リョウの助と香には、二人手を取り合って逃げて欲しいと願っている。

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その頃、リョウの助は、社務所の中、全裸に着物をかけられた状態で寝ていた。それでも、社務所の窓から強い日光や、野鳥の声がけたたましい。

リョウの助は、ようやく目を覚まし、そしてすぐさま愕然とした。

『香ッ!!!』

しかし、そこには香も、香が身に着けていたものも何もなくて。

まるで、リョウの助が最初から一人でいたような錯覚になる。

途端に、リョウの助は青ざめた。

この日の高さなら、時は正午に近いはず。いつもなら道場生や師範たちの稽古をつける声や、竹刀と竹刀があたる音でにぎやかなはずである。

何故、誰もいないのか。

何故、これほど静かなのか。

リョウの助は、急いで着物を着るや否や、社務所を飛び出した。

そして、江戸城下へ続く一本道めがけて駆け出して行った。

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その頃、徳川の籠に揺られながら、香は髪の毛に隠していた小さな包み紙を取り出した。リョウの助を眠らせる為に使った薬である。

この包み紙、中身はリョウの助を眠らせた眠り薬である。ただし、この薬。一舐めなら、効きの良い眠り薬だが、半分以上飲んで寝れば再び目覚める事の無い劇薬で。

香は、槇村家に初めて書簡が届けられた日、こっそり冴羽家のかずえ姫の元を訪ねていたのだった。

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その日も、いつものようにかずえ姫は自身専用の調合部屋で薬の材料をすりつぶしていた。

『あの、かずえ様?』

そろそろ夕方にさしかかるであろう頃。香はこの部屋に現れた。

時々、香はここへも遊びに来ていたので別段かずえは驚かずに香を迎える。しかし、今日の香は様子がおかしい。今にも泣きそうな顔をしていた。

『香さん、どうしたのかしら?お顔色が優れないわ。月の物かしら。お腹が痛いの?』

かずえは医者の家の出で。香の様子に、まずは体調の状態を気に掛ける。

『いいえ、いいえ、かずえ様。・・・ワタクシに・・・、あの眠り薬を下さいませ。』

香は懇願してくる。

しかし、かずえはその様子に違和感を覚えた。

確かに、眠り薬は時々処方するが、今まで一度も香に処方した事がない。

そもそも、あの薬。

一舐めなら良い睡眠をもたらすが、耳かき一杯程度では手術の麻酔薬になり、薬包紙半分程度では二度と目覚めぬ眠りに導く劇薬でもあるのだ。

こんな不安げな表情の香に簡単に処方するのは気が引ける。

『ねえ、香さん、あの眠り薬はあなたも知ってのとおり、とても強い作用なのよ?誤って多く含んでしまえば、取り返しがつかないの。なぜ、あの薬が必要なの?』

問い詰めるかずえに、香は観念した。正直に言うしかないであろう。香は両手で顔を覆うと声を殺して泣き出す。初めて見る香の泣き姿に、かずえは驚くが、気丈にその華奢な背中をさすってやりながら香が口を開くのを辛抱強く待った。

しかし・・・。

香の口から出てきた言葉は。

--“今日、大奥から書簡が届きました。ワタクシを大奥に入れたいと”

--“ワタクシは公方様の側室になるそうです。” 

--“大奥には、正妻も大勢の側室もいて” 

--“ワタクシは公方様の慰みものになり、二度と大奥から出られない・・・。”

かずえは香の話のあまりの重大さに血の気が引いていく。

そして、最後に香は言ったのだ。

『ワタクシが大奥に行かなければ槇村家はおとり潰です。でも、ワタクシは・・・、皆から引き離され、大奥でやって行ける自身もない。』

かずえには何も言えなかった。

香は、義弟のリョウの助に思いを寄せているのは感づいていた。

それに、家族や温かい仲間に囲まれて生きてきた無邪気な香が大奥でやっていけるとは到底思えない。

しかし。

それでも。

徳川家は絶対の存在で、徳川家の申し出を断ることはできる事ではない。

『かずえ様、お願いです。どうしても耐えられなくなれば、誰にも迷惑をかけずに消えたいのです。かずえ様、・・・お願いです。』

泣きながらかずえにすがる香に、かずえは結局何も言えなかった。ただ、ただ、悔しい思いしかない。

かずえは泣く泣く、香に一包みの眠り薬を託した。

香はそれをたもとに忍ばせると、涙を袖で拭いて槇村家に帰って行った。

それから、ほんの数日後。

香は徳川家筆頭家老の使いのものに連れて行かれてしまった。

                                        «続»


赤い髪の伝説〜7〜前世編

2017-08-08 14:58:24 | シティーハンター

※赤い髪の伝説〜7〜前世編は、少し大人の表現が入ります。苦手な方は飛ばして下さいね(^^;)

 

槇村家が眠れぬ夜を過ごしている頃、リョウの助はそっと屋敷を抜け出し、槇村邸にひっそり忍び込んでいた。

幼い頃より、お互いに行き来しているので簡単にはいる事ができる。リョウの助は、香の部屋の障子に手をかけ、わずかの音もたてず、ゆっくりと障子を開けていった。

しかし・・・。

部屋には、香どころか、寝ていたはずの寝具も無い。

でも、リョウの助には香の居場所が分かった。

こんな悲しい夜に、香が一人で泣くなら・・・。

森の中の神社しかない。

リョウの助は、そっと槇村邸から抜け出すと、全力で森の中心に向かって走って行った。

森の中はフクロウの声や、鹿やタヌキの獣の気配しかしない。それでも、今夜は満月で、煌々と輝く月は木漏れ日のように森を照らす。

リョウの助は駆けながら、今後の算段についてその明晰な頭脳を激しく働かせていた。

兄ミックの助の話では、明日にも香は大奥へ入る準備の為に、使者につれて行かれるという。それは、リョウの助にとって、とうてい耐え難く、絶対に阻止せねばならない。

そして。

ほどなくリョウの助は神社につくが、香の姿は無い。しかし、閉じられた社務所の中から押し殺すような鳴き声が聞こえてきた。

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『うッ、うう・・・。』

娘らしい鶯色の小袖を着た香は、その社務所で一人声を殺して泣いていた。槇村邸で涙すれば、兄の秀幸の助が、この縁談を無いものにしようと、無理をするのが目に見えている。

これから生まれてくる赤子や、兄と冴子の夫婦の幸せを思うと、香は自分が大奥に行くしかないのだと決意せざるを得ない。だから、こっそりと今だけ、最後の涙のつもりと、ここにきて泣いているのである。

『香?』

『・・・!リョウの助?!』

リョウの助は、社務所の扉を開けると、中に入ってきた。そして、何も言わず香に近づくと、座り込んで動けないままの香りを包むように抱きしめる。

抱きしめられた香は、リョウの助の着物越しに感じる、体温も匂いもひどく愛おしい。

震える手をリョウの助の背に回す。香は、このように男子と体を合わせるのは初めてで。その圧倒的な逞しい肉体と熱に、背中に回した手に力が籠る。

そんな香を、リョウの助は一層力を込めて抱きなおすと、言葉を紡ぎだした。

『なあ、香。俺は冴羽家の次男坊で、いつか、ここをでていかなきゃならない。そして、おまえも槇村家から嫁がねばならない。』

香の体が、おびえるようにびくっと震える。

そんな香を、リョウの助は、あやすように頭を撫でながら続ける。

『・・・冴羽家はちったあ領土も広がったが、俺が分家するほどの土地は無い。俺は、武士の道を捨てて、商人になるつもりだ。』

そこまで聞いてようやく香は、リョウの助の肩に押し当てていた顔を上げた。その眼は泣き腫らし、夜目にも痛々しい。

『リョウの助・・・、ここを・・・、新宿村を・・・、離れるの?』

やっと香は口を開く。

『ああ。大阪で剣術仲間の実家が大きな庄屋をしている。まずはそこに世話になりながら、商売をするつもりで最近は根回ししていたが・・・。』

リョウの助は、実は前々より冴羽家から独立する事を考えていた。リョウの助は、逞しい長身に、二枚目の容貌、さらには優れた剣術家であり、娘しか生まれない武家より婿入りの話が山のように来ていた。中には冴羽家を超す名家からも来ているが、そんな話に乗る気は更々ない。

『香、お前の話は兄のミックの助から聞いた。』

リョウの助は、ゆくゆく店を持とうと計画していたのである。

女物の鮮やかな反物と、かんざしなどの小物、そして甘味処が一つの屋根に入る小売りの店。これなら、母娘、娘同士と来店しては長く店にとどまって買い物してくれるだろうし、将来的には問屋もしたいと思っているのである。

だが、この度の、江戸城からの香への申し出で、リョウの助は計画を少し変更した。

『・・・リョウ・・・』

香の声は掠れている。

『香、俺はお前を愛している。お前も同じ気持ちなら、俺について来て欲しい。』

リョウの助は真剣だ。リョウの助と、香は、まっすぐに見つめあう。

リョウの助は話を続ける。

『大阪は、徳川の影響が強い。勿論、大阪で一旗揚げる計画に変わりはないが、ほとぼりが冷めるまで、二人で京都に行こう。』

香は目を見開く。先ほどまで、絶望しかなかったが、今は愛しいリョウの助が自分を抱き抱え、夢を語ってくれる。

そんな香から目をそらさず、リョウ助のは続けた。

『京都へいっても、徳川の影響は強いだろう。でも、帝の膝元なら、なんとかなるかもしれん。京都にかつて父が命を助けた、西九条家という帝側近の公家がある。そこの一人娘、沙羅は俺もなんどか会った事があるんだ。まだ、沙羅殿は幼いが、西九条家を実際に仕切っているのは彼女だ。きっと、力になってくれる。』

香は、リョウの助のそんな申し出が、信じられないほど嬉しい。思わず、リョウの助の背に回していた手を強め自分の体をリョウの助に押し当てた。

すると、リョウの助は、右手を香の頬に添え、少し熱い吐息を吐く。香は、そんなリョウの助を見つめ、その吐息を受け止める。

リョウの助の右手が、香の髪の毛に深く入ってくると同時に、香の唇に己のも合わせる。

17才のリョウの助、15才の香。

二人の初めての口づけだった。

まだ幼さすら残る二人だが、抱きしめあった体は互いの体温を交換し、体の軸が締め付けられるような喜びに侵されていく。

二人はお互いの唾液を吸い取るように、深く深く口づけし、やがてお互いに着ていた物を脱ぎ去った。実は、夜這いの名人と思われていたリョウの助だが、実際に肌と肌を交わす事はこれが初めてで・・・

夢中で香の体に触り、本能から男と女の営みの仕方を探っていく。

そして、やがて。

リョウの助の荒い息と、香の痛みと歓びから溢れる嬌声が社務所を満たしていく。脱いだ着物の上で、若い二人は必死で交わった。

そして・・・。

香はリョウの助に気づかれぬよう、こっそり白い粉の包みを脱いだ着物のたもとから手繰り寄せ、舌で一舐めする。

『リョウ・・・』

香は両腕で、リョウの助の頭を抱きしめながら、リョウの助を床に寝かせるように横たわると、彼女はリョウの助の口に、自らの舌を深く差し入れて口づけした。

---苦い---

リョウの助は、香の深い口づけを受けながら、薬のような苦味を感じた。が、それ以上に香が深く差し入れた舌と唾液は甘く、この行為を止められない。

そして、リョウの助は意識を手放した。

                              «続»

 

 

 


懐かしくて、その後 «番外編SS» 〜変わられていく、あなた〜

2017-08-08 10:26:49 | ガラスの仮面

久しぶりに、真澄の伊豆の別荘に呼びだされた聖は、白いアウディを走らせていた。台風がちょうどさった後で、空気は新鮮な潮の香りを含んで爽快である

真澄の別荘につくと、聖は勝手知ったものでスペアキーで中に入ると、真澄がいると思われるリビングに行く。しかし、大きく放たれた窓は、レースのカーテンが海風にあおられているだけで、誰もいない。

『・・・真澄様?』

ソファのローテブルに、頼まれていた調査資料の入っている茶封筒を置く。耳が慣れてくると、波しぶきが岸壁にあたる音にまぎれて、他にも水音がしてきた。

聖は開け放たれた窓から続く、広いベランダへ出て、その音の出所を探す。すると、ほどなく、その音の主は、下の方で見つかった。

水音の中でも、聖の車の到着はエンジン音で分かっているのだろう。真澄は振り返り、屈託のない笑顔を向けてくる。

手にはホースが握られ、先端からは水の飛沫が別荘の庭木に向けられていた。台風の後とは言え、この暑さである。水をかけらた木々は瑞々しさを増し、太陽に光を受けて反映しあう水滴は、植物の緑いろを一層鮮やかにしていた。

『早かったな、聖。コーヒーをいれよう。』

手元で水を止めると、真澄は階段を上り、聖のいるベランダに上ってくる。そして、不思議そうにポカンとして自分を見る聖を認めると、満足そうにニヤリと笑った。

『聖、どうした? まるで、マヤみたいな表情だそ。』

真澄は、いつも自分以上に隙のない腹心の部下、聖が、驚きの表情をしているのはなかなか見物と思う。

『ま、真澄様。まさか、あなたが水やりなど・・・。いつも別荘番に任せておいででしたのに・・・。』

そう、真澄は植物に水をやるような男でなない。

別荘にくるのは、集中して仕事を片付けたい時、逆にリラックスして酒を飲みたい時、あとは聖と密会するとき。その三点に限られる。

それに、こんな風にイタズラッコのような瞳で自分に笑いかけるなど今まではなかった。

聖は真澄の申し出をうまくすり抜け、自分で二人分のコーヒーを入れる。これ以上真澄のペースで過ごすと、聖だって調子が狂う。

『ったく、お前は義理堅いな。』

聖の入れたコーヒーを優雅に口に含みながら、真澄はゆったりとソファに腰かけている。聖は、オットマンに腰を掛け、さりげなく真澄を観察しながらコーヒーに口をつけた。

真澄は連日の激務を潜り抜け、最近は少し落ち着いてきたらしく、前回真澄と面会した時にあった目の下のクマはなくなっている。そして、変わりにあるのは、人間らしい真澄のくつろいだ表情だ。

『恐れ入ります。ただ、お茶請けの菓子がなくて。途中で、買ってくるのでした。』

しれっとした表情で、聖がそんな事を言うものだから、真澄も応戦だ。

『酒のツマミに冷えた板チョコが旨いのを最近知ったが。コーヒーは、やはりこれだけでいい。』

真澄が食べ物の話をするのは本当に珍しい。ポーカーフェースのまま、聖はまた驚く。

『マヤ様なら、コーヒーよりもクッキーを欲しがると思いまして。』

さっき、真澄からでた“マヤ”の名前をスルーした聖だが、直球を投げた。

そんな、聖に、真澄の態度はいつになく自然で。それは、演技でもなくポーカーフェースでもなんでもないように見える。

『クッキーか・・・。あの子には一缶じゃ足りん、二缶だな。それから、ミルクに砂糖。聖、今度、ここに来るとき買ってこい。』

わざわざ簡単な買い物を自分に頼む真澄に、聖は安堵のため息をつく。

真澄は変わった。あれほど人を寄せ付けず、影の部下の自分にすら隠し事を抱えているような男だったのに・・・。

今、彼は人との間に無理をした距離間を必要としていないように見える。人間としての芯の強さが感じられるのだ。

聖は直感した。

恐らく、近いうちにここにマヤを招くのだろう。

クッキーのお使いは、真澄から聖への“心配するな”、のメッセージだ。

でも、やはり聖は心配で。

女の子が来るのなら、こまごま準備が必要だと思うのだ。ペットじゃないんだから、クッキー・ミルク・砂糖じゃ済まされない。真澄は、そういう所に気が回りそうにないので、聖はちょっと焦る。

流石に、今、そこまで真澄に進言すれば、せっかく進みかけた話も後退しそうで・・・。

冷めかけたコーヒーを眺めながら、聖はこっそりとこの伊豆の別荘に用意する女の子の必需品の品々を検討するのであった。

                                          «完»


赤い髪の伝説〜6〜前世編

2017-08-08 10:18:48 | シティーハンター

その日の夕方、書生たちと竹刀を振り回していたリョウの助が屋敷に戻ってきた。

リョウの助は、冴羽家の人間として偉ぶることもなく、書生にも分け隔てない対応をしていたので人望があった。いつも帰宅は、ワイワイガヤガヤと若者たちに囲まれ、にぎやかなものである。

『リョウの助さま、今日もお見事でございました。・・・でも、今日は・・・、香さま、お見えににりませんでしたね。』書生の一人がリョウの助に話しかける。リョウの助も、珍しく稽古に来なかった香を気にかけていた。

『槇村家にはそろそろ赤子も生まれる。忙しいのかもしれんな。』

なんでもないようにリョウの助は答える。

誰よりも香の不在を気にいているリョウの助だが、相変わらず素直になれなくて。周りの書生たちもリョウの助の不器用さには苦笑いだ。

この年にして、“種馬”とあだ名までついている、モテモテの若君は。唯ひとり、香姫には手も足もでないらしい。

しかし、そんな楽しげな空気を切るように、冴羽家次期当主にして嫡男、ミックの助が出てきた。表情はこわばり、氷のようだ。

『リョウの助、足を洗ったらすぐに私の部屋に来なさい。』

それだけ言うと、ふいッと踵を返していってしまう。

タライに汲まれた水で、リョウの助の足を洗っていた年配の女中は、その件を知っているようで。手ぬぐいでリョウの助の足をぬぐいながら、早くミックの助の部屋に行くよう促した。

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その頃、槇村家は葬式のような重い空気に包まれていた。それでも、そんななか、いつも皆を励ますのは香だ。

『兄上様、そのようなお顔をなさらないでください。』

秀幸の助と、妻の冴子を前に朗らかに話始める。

『香は武士の子です。公方様に嫁ぎ、きっと、立派に、お世継ぎを産んで見せます。』

そんな香を辛そうな顔で見つめながら、秀幸の助は重い口を開く。何しろ、香が生まれてくる赤子や槇村家存続の為に大奥に行く決心をしている事は明らかで。そこには、香の夢も希望もない。それに・・・。

『明日早々、御家老様より使者が来て、お前は城下の屋敷に入らなければならない。・・・もう、リョウの助とは絶対にあえないのだそ?』

香もリョウの助に負けず劣らず恋愛に不器用であったが、秀幸の助も冴子も、香がリョウの助を慕っていることに気づいている。

それでも、香は態度を変えない。

『槇村家の娘に生まれて本当に幸せでした。香は他の娘よりも、自由をたくさんいただきました。この、愛する槇村家が、未来永劫繁栄する事が香の一番の願いです。』

まるで、香は心を殺したようだと、二人は思う。

槇村家ではその晩、誰も食事をとることもなく、ただ寄り添い、後ろ髪をひかれがら各々床についたのであった。

                                           «続»