『 皆様、どうぞお入りください ^^; 』
またもや、支配人が場を仕切りだした。突然の、“紫織”の自己紹介に面食らういつつ、皆席に着く。経済連の会長職の叔父とやらが、乾杯の音頭を取るようだ。ソムリエが金色に泡立つジャックセロスをグラスに注ぐ。少し甘めで、まるで極上のトパーズのようなスパークリングは食前酒でもある。その場の全員のグラスに注がれた所で、音頭がとられる。
子供の頃から紫織をみてきた親戚にとって、紫織が全く男っ気がなかったのを良く知っている。そこに、業界一のキレもので、モデルのようなルックスの速水真澄と、見合いしたとあって、鷹宮家は一族あげてお祭り騒ぎになっていた。
早速、経済連の会長職の叔父の乾杯の音頭は取られる。
『 えー、では、ここに並んで座る、とってもお似合いの御両人の幸せを祈って・・・ 』
満面の笑顔でグラスを高々と持ち上げた所で、“紫織”いや、入れ替わった“マヤ”の怒声が飛びだす。どうやら、〝とってもお似合いの〟という言葉が癇に障って、我を忘れたようで・・・。
『 冗談やめてください! お似合いじゃないですから、こんな年の離れた人!! 』
思わず言ってしまってからマヤはハッとする。恥ずかしくて、真っ赤な顔でそんな発言が飛び出たのだが、今ここにいるのは、“紫織”である。隣の真澄は、中身がマヤである事は分かっていたので、ショックを受けて、表情は氷ついている。
そんな二人の様子に、同席している親戚たちは冷や汗がでるが、そこは老練であり。
大臣をしているとかいう、白髪の叔父がとりなす。
『はははは(^_^;) 照れているんだな、ははははは・・・』
笑って場を濁していく、政治の世界で良く使う手だ。 エキサイトしすぎた“マヤ”は、ジャックセロスの入ってグラスを持ち上げると、ぐいっと一気のみする。タンっとグラスを置くと、二杯目の催促と思ったソムリエが慌てて“マヤ”のグラスにジャックセロスを注いだ。それも、一気に飲んでしまうと、さすがに酔いも回ってくる。
が、今日のマヤの使命は全うしなくていけないのだ。大事な事を思い出し、“マヤ”はすっくと立ち上がり、左手は腰に、右手一指指は真澄に向ける。一同は、人形のようにおとなしい紫織が突然ワインを一気のみしたり、食事の席でいきなり立ち上がったりしている事に驚いて固まっている。
でも、良いがいい感じに回ってきている“マヤ”に、そんな空気は読めるはずもなく。そもそも、普段のマヤならこの程度の飲酒で簡単に酔ってしまう事はないが、いかんせん、この体は深層の令嬢、鷹宮紫織である。一気のみに、腰の力が抜けそうな間隔になり、腰にあてていた手を慌てて、テーブルについた。
『 いいですか?速水さん!! 世の中には、一生懸命がんばっても、夢がかなわないひとがいるんです。・・ヒック・・・ 』
しゃっくり混ざりで突然はじまった“紫織”の演説に、さっきまで大声でワイワイやってた親戚たちも静まりかえった。
『・・・聖子さんって知ってます? 一つ星学園の卒業生の聖子さん! ・・ヒック・・・ 彼女、大都に契約切られて、それでも、歌ってんですよ! 道で! ロード!! こーゆー人、いるって事、肝に銘じて下さいよね!!!』
アルコールに不慣れな、“紫織”の体のそこまでだった。椅子に座るように意識を失うと、突然大きなイビキを掻き始め、焦った親戚によって、鷹宮紫織の体は撤収されていった。
と、同時に、従業員の休憩室に運ぶ込まれたマヤが目を覚ました。付き添っていた、若い女の従業員が安堵しているのが視界に入る。
『あの・・・、ここ・・・?』
まだ、頭がぼうっとする。マヤは優しげな従業員の女に尋ねる。が、それとほぼ同時に。
鷹宮一族から突如、解放された真澄は勢いよくドアをあけたかと思うと、マヤの傍に駆け寄る。
『あれ、速水さん??』
どうやら、マヤは紫織を体が入れ替わった間の事を覚えていないようで、聞くと、階段から落ちかけた紫織を助けようと階段を駆け上った所で、記憶は途切れているようだ。
そして、紫織が担ぎこまれた鷹宮家では・・・
“どうも、紫織は真澄くんとの年の開きが嫌らしい”
“ワインを一気のみするほど、真澄くんが隣にいるのが耐えられなかった”
“冷血な仕事ぶりに我慢ならないようだ”
と、親族会議が開かれた。勿論、翌朝気が付いた紫織は、そんな事は記憶がないのだが。
こんな騒ぎで、早めのお開きになったレストランから、真澄はマヤを白百合荘に送り届ける事にした。そして、その車中、恐る恐るマヤに尋ねる。
『 ・・・いや、なんだ、君の、名前・・は? 』
真澄の様子は変だけど、マヤは紫織に入れ替わった事など知らない。だから、普通に答える。
『あたしの名前は北島マヤです。』
とたんに、マヤのおなかが、クーと小さく鳴った。真澄は、そんな音を聞き逃すはずもなく。
『クック・・、そういえば腹が減ったな、何か食べて帰ろう。 』
真澄は、運転手に店名を告げ、自分達を降ろした後は、帰社するよう指示を出す。今夜は、マヤに、夢をかなえられなかった歌い手の話を聞くために・・・。
«続»