ガラスの御伽噺

ガラスの仮面、シティ-ハンタ-(RK)、AHの小説、BF
時代考証はゼロ
原作等とは一切関係ございません

あたしの名前は鷹宮紫織 ~6【完】~

2019-04-14 12:00:00 | ガラスの仮面

   『 皆様、どうぞお入りください ^^; 』

またもや、支配人が場を仕切りだした。突然の、“紫織”の自己紹介に面食らういつつ、皆席に着く。経済連の会長職の叔父とやらが、乾杯の音頭を取るようだ。ソムリエが金色に泡立つジャックセロスをグラスに注ぐ。少し甘めで、まるで極上のトパーズのようなスパークリングは食前酒でもある。その場の全員のグラスに注がれた所で、音頭がとられる。

子供の頃から紫織をみてきた親戚にとって、紫織が全く男っ気がなかったのを良く知っている。そこに、業界一のキレもので、モデルのようなルックスの速水真澄と、見合いしたとあって、鷹宮家は一族あげてお祭り騒ぎになっていた。

早速、経済連の会長職の叔父の乾杯の音頭は取られる。

   『 えー、では、ここに並んで座る、とってもお似合いの御両人の幸せを祈って・・・ 』

満面の笑顔でグラスを高々と持ち上げた所で、“紫織”いや、入れ替わった“マヤ”の怒声が飛びだす。どうやら、〝とってもお似合いの〟という言葉が癇に障って、我を忘れたようで・・・。

   『 冗談やめてください! お似合いじゃないですから、こんな年の離れた人!! 』

思わず言ってしまってからマヤはハッとする。恥ずかしくて、真っ赤な顔でそんな発言が飛び出たのだが、今ここにいるのは、“紫織”である。隣の真澄は、中身がマヤである事は分かっていたので、ショックを受けて、表情は氷ついている。

そんな二人の様子に、同席している親戚たちは冷や汗がでるが、そこは老練であり。

大臣をしているとかいう、白髪の叔父がとりなす。

   『はははは(^_^;) 照れているんだな、ははははは・・・』

笑って場を濁していく、政治の世界で良く使う手だ。 エキサイトしすぎた“マヤ”は、ジャックセロスの入ってグラスを持ち上げると、ぐいっと一気のみする。タンっとグラスを置くと、二杯目の催促と思ったソムリエが慌てて“マヤ”のグラスにジャックセロスを注いだ。それも、一気に飲んでしまうと、さすがに酔いも回ってくる。

が、今日のマヤの使命は全うしなくていけないのだ。大事な事を思い出し、“マヤ”はすっくと立ち上がり、左手は腰に、右手一指指は真澄に向ける。一同は、人形のようにおとなしい紫織が突然ワインを一気のみしたり、食事の席でいきなり立ち上がったりしている事に驚いて固まっている。

でも、良いがいい感じに回ってきている“マヤ”に、そんな空気は読めるはずもなく。そもそも、普段のマヤならこの程度の飲酒で簡単に酔ってしまう事はないが、いかんせん、この体は深層の令嬢、鷹宮紫織である。一気のみに、腰の力が抜けそうな間隔になり、腰にあてていた手を慌てて、テーブルについた。

    『 いいですか?速水さん!! 世の中には、一生懸命がんばっても、夢がかなわないひとがいるんです。・・ヒック・・・ 』

しゃっくり混ざりで突然はじまった“紫織”の演説に、さっきまで大声でワイワイやってた親戚たちも静まりかえった。

    『・・・聖子さんって知ってます? 一つ星学園の卒業生の聖子さん!  ・・ヒック・・・ 彼女、大都に契約切られて、それでも、歌ってんですよ! 道で! ロード!! こーゆー人、いるって事、肝に銘じて下さいよね!!!』

アルコールに不慣れな、“紫織”の体のそこまでだった。椅子に座るように意識を失うと、突然大きなイビキを掻き始め、焦った親戚によって、鷹宮紫織の体は撤収されていった。

と、同時に、従業員の休憩室に運ぶ込まれたマヤが目を覚ました。付き添っていた、若い女の従業員が安堵しているのが視界に入る。

    『あの・・・、ここ・・・?』

まだ、頭がぼうっとする。マヤは優しげな従業員の女に尋ねる。が、それとほぼ同時に。

鷹宮一族から突如、解放された真澄は勢いよくドアをあけたかと思うと、マヤの傍に駆け寄る。

    『あれ、速水さん??』

どうやら、マヤは紫織を体が入れ替わった間の事を覚えていないようで、聞くと、階段から落ちかけた紫織を助けようと階段を駆け上った所で、記憶は途切れているようだ。

そして、紫織が担ぎこまれた鷹宮家では・・・

    “どうも、紫織は真澄くんとの年の開きが嫌らしい”

    “ワインを一気のみするほど、真澄くんが隣にいるのが耐えられなかった”

    “冷血な仕事ぶりに我慢ならないようだ”

と、親族会議が開かれた。勿論、翌朝気が付いた紫織は、そんな事は記憶がないのだが。

こんな騒ぎで、早めのお開きになったレストランから、真澄はマヤを白百合荘に送り届ける事にした。そして、その車中、恐る恐るマヤに尋ねる。

    『 ・・・いや、なんだ、君の、名前・・は? 』

真澄の様子は変だけど、マヤは紫織に入れ替わった事など知らない。だから、普通に答える。

    『あたしの名前は北島マヤです。』

とたんに、マヤのおなかが、クーと小さく鳴った。真澄は、そんな音を聞き逃すはずもなく。

    『クック・・、そういえば腹が減ったな、何か食べて帰ろう。 』

真澄は、運転手に店名を告げ、自分達を降ろした後は、帰社するよう指示を出す。今夜は、マヤに、夢をかなえられなかった歌い手の話を聞くために・・・。

 

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わたしの名前は鷹宮紫織 ~5~

2019-04-14 11:00:00 | ガラスの仮面

真澄やドアマンの二人、駆けつけた支配人が凝視するなか、先に気が付いたのは、紫織だった。さすがのマヤも、紫織の下敷きで倒れたせいか、まだ意識が戻っていない。

  『あ・・・、あれ?? あたしが倒れてる???』

皆が見ている中、紫織が素っ頓狂な事を言い出す。あまりの事に、真澄は腹が立った。

確かにココにマヤがいた事は、腑に落ちない。でも、マヤは倒れたあなたを助けようと下敷きになったんじゃないか!と。でも、真澄は何も言えない。彼は今、“仕事中”である。そして、気を利かせた支配人が、真澄に切り出した。

  『速水様、もうすすぐ、あのお二人も到着されます。お嬢様方が落ちたのは、敷地の芝生でございますし、このお嬢は、気が付かれるまで、こちらで介抱いたしますから、速水様と鷹宮様はどうぞ、お部屋へご案内致します。』

今からくる、“あの二人”とは、鷹宮家の縁で今夜の席を設けられる事になった、紫織の叔父の外務大臣と、これまた紫織の叔父の経団連会長だ。今夜は、鷹宮の本家の唯一の跡取りである、紫織の婿候補がどんな男が見に来たという形である。

しかし、真澄は意識のないマヤが心配でならない。おまけに、隣で呆然とたっているだけの紫織から、マ:をいたわる言葉の一つもない事が腹ただしい。 しかし・・・

   『 あの、速水さん 』

“え?”と真澄は紫織を振り返る。初めて会った時から、彼女が自分を呼ぶときは、『真澄様』、だ。おかげで、秘書たちなどが、自分の呼び方び気を配り、速水社長としか呼ばれなくなってしまっている。確かに、鷹宮紫織は、背後にある権力のみまらず、美しく聡明で控え目な上に、どこか真の強さはあり、真澄の結婚相手としては不動の第一位だ。真澄自身、自分の結婚相手として選ぶべき最高の女性である事も理解そいている。気持ちの問題はあるけれど・・・。

   『 なんでしょうか? 紫織さん? 』

ポーカーフェイスで張り付けた笑顔で、真澄を紫織を見る。だが・・・、その紫織の顔が引きつっていて。

   『 あの、あたし、紫織さんなんでしょうか? 』

声は鷹宮紫織だ。でも、その話方は、紛れもない、あの・・・、

   『 ・・・ま、まさかと思うが・・・、』

真澄は慎重すぎるほどに言葉を選ぶ。こんな事は現実と思えなくて。しかし、考える時間もなく、時計は19:00を差し、二台の黒塗りのセダンが、間をおかずに入ってきた。支配人は、駆けつけていた他の従業員にマヤをタンカで店内に運ばせると、何事もなかったように、二人の新たな来客を迎える。

   『いらっしゃいませ、お待ちしておりました。』

支配人が、新たな客を出迎えるや否や、それぞれの車から、紫織の叔父と、その妻たちが下りてきた。

   『 おお! 紫織! まさかお前がここで出迎えてくれるとは・・・。いつも席について待っているのに。そこにいる、真澄くんのおかげかな? 』

全く状況を知らな紫織の親戚たちは、病弱で立って客を迎える事などなかった紫織が、わざわざ入口の外で自分達を待っていた事がうれしいらしい。

しかし、呆然と立つ、真澄と、“紫織”は、この状況について行っていない。紫織に近づいてくる、恰幅の良い”叔父”とやらに、思わずあとズサリした。

   『紫織?』

心配気に、大臣をしているとかいう頭の禿げた男が紫織をのぞきこんだ。

   『 あの、違います、あたし、マヤです! 』

真澄以外の一同全員が、“は?” と怪訝な顔をしている。しかし、真澄の切り替えは早かった。“紫織”の腕を、自分の肘でつつき、小声で

   “違うだろ?”

と言う。“紫織”はそんな真澄の落ち付いた様子に、はっとする。冷静になれば、身に着けているドレスもハイヒールも宝石も、先ほど見た鷹宮紫織が身に着けているもので。人間、開きなおると、切り替えが早いのか・・・。“紫織”はとっさに、気転(?)を利かせた。

   『私の名前は、鷹宮紫織です。』

落ちた衝撃は、宇宙の神秘でマヤと紫織を入れ替えたらしい。

 

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わたしの名前は鷹宮紫織 ~4~

2019-04-14 10:00:00 | ガラスの仮面

 

マヤが潜む、高級レストランの敷地に、黒塗りの大型セダンが入ってきた。まだ七時には少し早いが、マヤもそんなに長く真澄と話すつもりはない。頑張ってもデビューも出来ないまま大都に切り捨てられた存在を知ってほしいだけだ。一言文句言ったら、さっさと撤退するつもりである。

だが・・・

ドアマンがあけた車から出て来たのは、真澄一人ではなかった。真澄が、車から降り立つ相手に差し出した手に、白い手を添えたのは、見覚えのある女性。

大都芸能の前で、真澄と一緒に車中に消えていった、美しく上流階級に匂いのする女性。居合わせた水城からは、真澄の見合い相手と聞いている。名前は、鷹宮紫織とか・・・。

あの、真澄が見合いなんて、どこか半信半疑だったが、どう見てもこんな高級レストランじゃ、本命デートで。真の前を、寄り添うように大理石の階段を上っておく二人の姿に、思わず植木の後ろから身を乗り出してしまう。

  『 キャアッ! 』

突然現れたマヤの姿に、女は悲鳴をだして、マヤを汚らわしいとでもいうように見る。見たことがあるような気がする、少女のような女は、何度目かの真澄とのデートで、大都芸能で待ち合わせした時、真澄の第一秘書の水城と話をしていた娘である事に思い当る。

いかにも庶民的な小娘が、真澄の第一秘書と親しくしている空気が一瞬でみてとれ、不快に思っていたのだ。女の勘とは、怖いもので。真澄には、この女を近づけたくないという思いが出る。

隣に立つ男は、誰もが振り返るような長身と渋いマスクの持ち主で。頭も運動神経もよいうえに、立ち回りもそつなく、自分のような男慣れしていない女性へのエスコートもスマートで。紫織というその女は、何度かしか会っていない真澄に既に夢中であった。

しかし、真澄といえば・・・

   『 マヤ!! 』

驚愕の目で、小娘を見ているではないか。見つめあう二人に、今夜の主役であるはずの紫織の存在は薄くなっている。そんな、微妙な空気であるが、マヤは握った手に更に力を入れ、聖子の件を直訴しようと、片足を大理石の階段にのせた。

しかし、マヤは何も口にできなかった。紫織が急に体の力が抜けたように、後ろに倒れそうになる。マヤに見合い相手と二人きりでいる所を見られて、呆然としていた真澄は瞬時の反応が遅れてしまう。そんな真澄の前に、階段を駆け上がったマヤが紫織そ支えようと、紫織が倒れてくるくる下に回るが、当の紫織は、逞しい真澄に抱きかかえられるように助けられ、目の前の小娘に見せつけるつもりだったので、全体重でマヤに向かって落ちていく。

真澄や、そばにいたドアマンが階段から落ちていく二人の女を助けようと近づくが、咄嗟に近づいた真澄の手はは宙をさまよう。

レストランの入り口の前に、美しい深層の令嬢と、普段着姿の少女のような女が重なるように横たわっていた。

 

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わたしの名前は鷹宮紫織 ~3~

2019-04-14 09:00:00 | ガラスの仮面

流石に稽古着ではまずかいかと、白百合荘に戻りマヤはブラウスをミニスカートに着替えた。それでも、あんな高級店に入れる訳じゃないけど、真澄は店に入る前に捕まえればいい。少し早めに行って、真澄が来るのを待ち構える事にする。

もちろん、自分が直訴した所で、あの冷血漢でゲジゲジの速水真澄が、聖子に救済の手を差し伸べるとは思っていない。それでも、聖子のように歌手を目指してレッスンを続け、大都に捨てられた者が存在する事を、言ってやらないと気が済まないのだ。

そして、時刻は 18:47。マヤの安物の腕時計だから多少の誤差があるかもしれないが、そろそろ速水が訪れる時間だろう。だが、このレストラン、やたら広い。しかも、店への入り口は門の中で、白い大理石の大きな階段がある入口は、車で横付けして入店するようで、長身のドアボーイが二人体制で立っていた。

  ---- ひええ (^_^;) なに?! この宮殿みたいなレストラン!!---

マヤの心の声である。

今からこんな場所であの速水真澄と対峙しなければならないのである。自分で蒔いた種とはいえ、水城にまで啖呵を切ってここにいるものだから、後にも引けない。

仕方なく、マヤはこっそり敷地に入る事にする。後ろの通用口らしきところから、門をよじ登って中に入り、建物の際に連続して植えられ丸く剪定されたカイヅカイブキの後ろを四つん這いですすんでいくと、ちょうど大理石の玄関の脇にたどり着いた。二人のドアマンは正面を見ている。背後のマヤは気づいていない様子にホッとする。

とりあえず、マヤはそのまま真澄の到着を待ち、潜む事にした。

 

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わたしの名前は鷹宮紫織 ~2~

2019-04-14 08:00:00 | ガラスの仮面

 

  『 いらっしゃい、マヤちゃん。』

受付からマヤの到着が水城もとに連絡が入ると、水城は即、マヤを社長室に招いた。しかし、肝心の主は不在だが。

マヤの怒りなどどこ吹く風で。いつだって冷静なのだ、この秘書はマヤの怒りの理由を探る事にする。

  『 こんにちは、水城さん! 速水さんどこですか?(怒) 』

みるからに怒り心頭のマヤを観察しつつ、水城は考えをめぐらす。今のマヤはアルディス役の大成功で、次の役のオファーも沢山きており、中にはこっそり真澄が推薦したオファーだって入っている。それに気づいた所で、感謝されども怒られる筋合いはないはずで。

真澄はマヤとの約束を果たし、彼女の名前を冠した大きな花輪も日生劇場に飾らせだってした。大都芸能社長・速水真澄からの花輪の価値が、今後のマヤの芸能活動に大きくプラスになる事くらい、さすがにマヤでも理解しているだろう。かつて大都に所属しながら、とんでもないスキャンダルで芸能界を追われた過去を持つマヤにとって、この花輪は再びマヤに芸能界の門戸が開かれた事を公にするものだったから。

マヤが怒っている理由が全く分からないし、最近の真澄はマヤとあまりあってすらいない。・・・それは、“あの仕事”に忙しくて。最近の真澄は、妙に暗い。仕事に影響が出ているわけではないけど、日々げっそりした表情で勤務されると、毎日顔を突き合わせなくていけない水城だってゲンナリする。怒っているマヤには申し訳ないが、久々の豆台風の襲来は水城にとってちょっとした息抜きになる。

  『 まあ、マヤちゃんおちついて?ミルクティーでも飲んでいかない? 』

こんな事言ったら、ますますマヤが怒るのは予想つくのだが、ついからかってしまう。いつも、マヤに絡んでは怒らせるボスもこんな気持ちなのだろうかと思った。

  『 お茶なんて結構です! 水城さん、速水さんどこに隠れているんですか? 』

分刻みのスケジュールに動く、大都芸能の社長が社内でかくれんぼする訳はないのだが・・・。つっこみたい気持ちを水城は噴き出しそうな笑いともに抑える。

  『 社長は仕事で外出中よ。今夜は予定も入っておいでだから、社には戻らないの。用事なら私が聞いて伝えておくわ? 』 

しかし、マヤは直接、真澄に訴えないと気が済まないらしい。

  『 結構です! 夜って、接待とかですか? その前に会えませんか?! 』

子犬のようにキャンキャンくってかかってくるマヤを見つめながら、水城は美しくネイルされた右手の人差し指を、彼女の顎にあてる。考え事をする時にふと出る彼女の癖だが、仕事中にこんな仕草を出すことはない。こんな時でもマヤは、人をどこか無防備にさせる不思議な魅力の持ち主だろう。

水城はすっとマヤから視線をそらすと、窓を見た。そこからは、硬質な都会の風景がひろがる。人はそんな都会のジャングルの中で、必死に生きている。何か目指す者、その日をただギリギリ精一杯に生きる者。普通の人間なら、前者は真澄を、後者はマヤとみなすだろう。

   ---- でも・・・ ----

水城は、実際はその逆のような気がしてならない。

水城は無表情で執務にあたる真澄を想う。いつもなら、“ありがとう”位は言ってコーヒーを受け取るのが真澄なのだが、今朝は無言で。コーヒーは口つけられずに冷め、それすら気づかずに真澄は仕事で外出していった。外出先では、慣れたポーカーフェイスでいつも通りを装っているが、社長室ではジメジメとして空気を放出していて。

水城が吐息を吐くようにふっと笑みを浮かべる。マヤはこんなに怒っている自分を前にしてリラックスしている水城に気づき、少し気がそがれた。次の事ば出てこない。

そんなマヤに、水城は一枚の上を渡す。プリントしたその書類には、高級レストランのHPから印刷したアクセス方法の案内で。

  『 マヤちゃん、社長は今夜7時にここを訪れるわ。私からあなたに言えるのは、今がこれが精一杯よ。』

マヤは受け取った紙を見た。プリントしただけの紙すらからも、レストランの高級感がにじみ出るようで、少し戸惑う。それでも、マヤは下唇をきゅっと噛むと、水城の方に顔を向けた。

  『 ありがとう。水城さん。』

まっすぐなマヤの瞳はいつも気高い。何者にもこびず、思いのまま人生を生きる姿はいつも清々しくて。水城は落ち着きを取り戻し、社長室から出ていくマヤの後姿を脳裏に焼き付けた。

                                        〈続〉

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わたしの名前は鷹宮紫織 ~1~

2019-04-14 07:00:00 | ガラスの仮面

 

  今日も、北島マヤは怒り心頭だ。

  先日、久しぶりに一つ星学園で同じタレントクラスだった歌手候補の同級生と偶然に出会ったのだが、その彼女と出会ったというのが早い!安い!ウマい!で有名な某牛丼屋の店内であった。マヤは地下劇場で練習中の月影が一角獣のメンバーの為にテイクアウトの牛丼の買い出しに来ていたのだが、レジにいたのは紛れもなく、歌手候補だった同級性の女で。高校の頃は、自慢の長い髪の毛のケアに余念のない華やかな美しい少女だったが、牛丼屋のレジに立つ彼女は確かに目鼻立ちはそこそこに整っているものの、あの頃の輝くような印象はない。

  『・・・! マヤちゃん? 』

マヤの方こそ、よれよれのトレーナーに昔から穿いている色のさめたジーンズ姿なのだが、もともと普段の彼女には芸能人オーラがなかったせいか、すぐに気づいたようだった。ちなみに、彼女の名前は、“聖子”という。これな、本名でデビューすれば別の名前が与えられるはずだった。

  『聖子ちゃん! 久しぶりね! 』

マヤも驚く。彼女、聖子はマヤが高校時代に芸能界を追われた後、高校生活に復帰した時、優しくしてくれた数少ないクラスメイトだ。そんな女は歌手志望で大都芸能に所属し、日々レッスンに励み、デビューを心待ちにしていたはずであり。大都芸能のレッスン棟でも。何度か遭遇したこともある。確か実家は神戸で、東京へは夢をかなえる為に単身で状況し実家からの仕送りを頼りに一つ星に通学していた。

  『 はい、牛丼12個、大盛りは、7個でよかったのよね? 』

聖子はマヤとの偶然の再会に動揺しつつも、日々の生活の為のバイトをないがしろにする訳もなく、店員の仕事をこなす。マヤの方こそ、高校時代に一世を風靡した少女女優として、全国に名を知らしめ、あっという間に芸能界から消えたと思われていたのに、最近はあの姫川亜弓と幻の名作・紅天女の主役継承をめぐるライバルとして週刊誌に時々名前もあがっている。今の聖子には、観劇などできる経済的余裕はないが、先だて千秋楽を迎えた、日生劇場の『二人の王女』は大反響であった事も知っていた。

  『 ありがとう、ええと、4,800円・・・。』

マヤは千円札と小銭を財布から取り出しながら、気になって尋ねる。

  『 聖子ちゃん、歌、やめちゃったの? 』

マヤの価値観の中では、聖子が歌手になっていないことが大切なのではなく、あんなに好きだった歌をやめてしまった事が気がかりで。大都芸能なら、聖子のデビューを後押しする事など造作もない事だと思うし、なぜ、牛丼屋で働いているのだ??

  『 ・・・気にかけてくれてありがとう、マヤちゃん。』

聖子は回りの従業員や客に気を使うように、顔を俯かせて小声で話しだす。

  『 歌手、あきらめきれなくて・・。親も神戸に帰って来いって、仕送りも止められて・・。でも、歌うの好きでバイトが終わった後、ギターもって駅前で歌ったりしてるんだ。 今、私のステージは路上なの。 』

俯いてはいるが、聖子の瞳は輝きを失っていない。今も、歌うのが大好きなのだ。でも、なら何故大都からデビューしていないのか? 聖子は、容姿もそこそこ良いうえに、ギターも結構うまい。音楽の才能もあって、自分で作曲もしていたようだった。

  『 どうして大都やめちゃったの? 嫌なことあった? 』

マヤは大都のやり方を痛いほど身を持ってしている。タレントは商品で、利用できるだけ利用して金を儲ける連中だと。おまけに、やめたいと思った所で、簡単にやめさせてくれないし、スケジュールはぎっしりで、天の輝きの沙都子役の頃は睡眠時間が一日2時間なんて事はざらだった。俯き加減の聖子にマヤはいたたまれない。どれだけ聖子はこき使われたのだろう・・・、と。あの、鬼社長の顔が浮かぶ。

  『 もしかして、こき使われた?! 大都はお金もうけしか考えないんだから!! 』

マヤの頭の中の、速水真澄の顔がニヤリを笑ったようで。なんだか、マヤは勝手に怒りが込み上げてくる。そんなマヤに聖子は苦笑した。

  『 ・・・ちがうの、マヤちゃん。私、デビューできなかったの。実家の仕送りも止まって、レッスン料も払えなくて。大都、解雇になっちゃって。最近は、歌って踊れるグループの方が人気出やすいらしくて、・・・。』

それを聞いたマヤは体が震える。わなわなを震えた手で持つ牛丼の入ったビニール袋がカサカサを音を立てた。なぜ、・・・?なせ、こんな?! こんなに歌を愛している彼女を大都は切り捨てるのか!! 

マヤは牛丼を地下劇場に届けると、怒り心頭のまま、悪の本拠地である大都芸能へ向かっていった。

                                      〈続〉

  

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