感染症内科への道標

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下気道感染症検査ガイドライン 

2010-02-19 | 微生物:診断・検査法
CUMITECH 7B
松本哲哉、満田年宏、柳原克紀 訳

2008年1月医歯薬出版株式会社より出版。2000円。


臨床的特徴と病原体 
人の口腔咽頭には、多数の好気性菌と、同程度の嫌気性菌が存在している。歯肉溝の中では、嫌気性菌が好気性菌の10倍を上回ることもある。健常者では喉頭より下の部位での細菌の定着はわずかであるが、慢性肺疾患や気管内挿管を要するような患者では増加している。保育園に通う子供やその親は、肺炎球菌やインフルエンザ菌が定着する頻度が増加する。正常な口腔咽頭内細菌ソウはグラム陽性菌を主とするが、抗菌薬による治療を受けていたり、数時間入院している急性期の患者や、習慣的なアルコール依存、糖尿病患者、施設に入所中の高齢者ではグラム陰性桿菌の割合が増加する。 

定着菌を肺胞内に誤嚥することが、肺炎を引き起こす原因として最も一般的である。誤嚥が起こる前には、しばしば良性の細菌群から侵襲性が高い菌あるいは耐性菌に細菌ソウが変化している。このように変化した細菌が、ウイルス感染や抗菌薬使用などの際に下気道に落下する。不顕性の誤嚥は健常者でも普通に起こり、通常は粘膜線毛機構により排除される。下気道に微生物が到着する機序としては、それほど頻度は高くないが、エアロゾルが吸入が2番目に挙げられる。離れた感染病巣から菌が血行性に肺に運ばれることが、下気道感染に至る3番目の機序として挙げられるが、これは非常にまれである。

検体採取法と輸送法
上気道ぬぐい液
肺炎マイコプラズマ、肺炎クラミドフィラを検出するためには、咽頭を激しく擦過して、咽頭ぬぐい液を経口的に採取する。小児からの場合や、百日菌咳菌を検出する場合に、鼻咽頭ぬぐい液を採取してもよい。

喀痰 
喀痰は、下気道での炎症に関与している微生物と、炎症反応の結果として肺内で産生される宿主の細胞成分や蛋白成分、他の分泌成分との複合物である。口腔内常在菌の混入を最小限にするために、義歯があればはずさせ、検体を採取する前に水でうがいをするように指導するべきである。検体採取後はできるだけ早い処理が必要である。重要な病原菌の減少と定着細菌ソウの増加が共に認められる。最大2時間が許容範囲である。

気管吸引物 
検体材料としては喀痰と同等である。

気管支洗浄液 
質は喀痰や気管内吸引物と同等であると考えられる。

気管支肺胞洗浄
大量の検体が得られ、下気道検査診断に最も多目的に使える検体である。

グラム染色の評価と報告 
大部分の文献は、下気道分泌物の培養よりも喀痰のグラム染色の方が臨床的に有用であることを支持している。肺炎球菌性肺炎を診断する上で、感度57%,特異度97%。インフルエンザ菌性肺炎の場合は感度82%、特異度99%であった。他の研究でも同等。 
グラム染色と臨床所見により80%の症例で推定診断が可能。 
100倍の視野あたり<25個の扁平上皮細胞が見られる喀痰の場合、一緒に実施された経皮気管内吸引物の培養結果と79%の割合で相関。それに対し扁平上皮細胞が>25個の場合はわずか27%の相関であった。多くの臨床からの提出喀痰は低品質である。
結論として、喀出喀痰と吸引気管分泌物の表面は上気道の常在菌で汚染されるので、鏡検による検体のスクリーニングを行うことで誤った情報を提供する可能性を減らし、培養検査の診断上の有用性を高めることができる。臨床的に意義のある検査結果を提供するうえでの大幅な改善は、グラム染色によるスクリーニングの実施を通して実現する事ができる。

下気道感染症における細菌培養結果の評価
人工呼吸器関連肺炎の治療に気管・気管支分泌物の培養は限られた価値しか持たない。実際、気管・気管支分泌物は上気道に存在している微生物により通常汚染されており、これらの検体を培養しても意味はなく、かえって誤った結果を導き出す。高品質の喀痰と気管支吸引物の培養は臨床上重要な情報を提供することができる。

プロトコル:Q-スコア・システム 
起因菌になる可能性がある病原体として、S.aureus, S.pneumoniae, Streptococcus, H.influenzae, 腸内細菌科、その他の好気性菌、および通性嫌気性グラム陰性桿菌、M.catarrhalis, Neisseria meningitidisが挙げられる。酵母はCryptococcus neoformansが分離されない限り、起因菌の可能性がある病原菌とはみなされない。
好中球0:扁平上皮細胞がいたらQ0 検体処理を行わない
好中球1(1-9個/低倍率視野):扁平上皮がいたらQ0
好中球2(10-24個/低倍率視野):扁平上皮-1ではQ1(病原菌を1菌種だけ精査する:グラム染色で観察された菌に規定する)、扁平上皮-2以上でQ0
好中球3(≧25個/低倍率視野):扁平上皮-1ではQ2(2菌種)、扁平上皮-2ではQ1(1菌種)、扁平上皮-3で、QO

プロトコル:Q234システム 
グラム染色に基づいた呼吸器検体の培養検査のプロトコル 
2菌種の病原菌が発育した場合は最終同定と薬剤感受性試験まで実施し、4菌種の病原菌が発育したら全ての菌の簡易検査と他の迅速検査を共に同定を行うが、薬剤感受性試験は実施しない。培養で3菌種の病原菌が発育したら、直接塗マツ標本のグラム染色で観察された菌との関連性を基に精査を行う。同じプロトコルにQ345システムにも用いられているが
各基準にもう1菌種の病原菌の精査が加わっているだけである。

プロトコル:白血球との関係
その検体を受理可能かどうかの細胞学的な判断は、喀痰のグラム染色を100-120倍で拡大しつつ、以下の3つの基準に従って行われる。 
A. 多核白血球>25, 上皮細胞<10個<br>
B. 多核白血球>25, 上皮細胞<25個<br>
C. 多核白血球>10個/上皮細胞1個(比率 10:1)
検査室では地域や自施設の患者の傾向に基づき、喀痰の受理を判断するこれらの基準のいずれかを選択すればよい。受理基準のいずれも満たしていない喀痰検体は拒否しなければならない。受理可能な検体は、油浸で1000-1200の倍率の下で観察される。
塗マツ標本は、上皮細胞に付着した菌ではなく白血球に関連した優位な細菌の形態型の存在についてチェックされなければならない。(貪食)。グラム染色法による菌の定量評価の結果は、感染症との関係性のうえで重要視されてはならず、また報告してはならない。むしろ、白血球との関係が起因菌との関連においてより高い予測の基準となり、こうした関連性の報告は有用である。


急性気管支炎 
急性気管支炎は、ウイルスによる上気道感染後に二次的に細菌感染症として起こるか、あるいは特殊な病原体、とりわけ百日咳菌、肺炎マイコプラズマ、肺炎クラミジアのいずれかによる一次感染の結果として起こる可能性がある。
百日咳菌:正常常在菌ソウの一部とはみなされず、もし臨床検体中にこの菌が存在していたら治療の適応となる。通常の分離培地に発育できないグラム陰性桿菌。主に毒素が関与しており患者の1%は神経学的後遺症を起こすリスクを有している。
肺炎マイコプラズマ:百日咳と同様に、常在菌とはみなされず、患者から病原体が検出されれば抗菌薬療法の適応となる。無症候性感染も高率に起こると考えられている。マイコプラズマに感染した患者の約10-15%だけが細気管支炎や肺炎を発症する。
肺炎クラミジア:偏性細胞内寄生性のグラム陰性微生物。クラミジアは常在菌とはみなされない。肺炎マイコプラズマと同様に肺炎クラミジアは喘息および神経学的合併症(おそらく自己免疫による)の発症に関わってくる。動脈硬化への関与を示唆する多くのデータがある。咽頭炎、喉頭炎、副鼻腔炎をおこすことがある。
細気管支炎:本疾患は一般的に乳児のRSウイルス感染症によって起こる。気管支炎から下行性に細気管支炎に進展する事があり、特に肺炎マイコプラズマでおこりやすい。

急性肺炎 
肺炎球菌は上気道に定着する。抗菌薬を投与する前の段階で実施された調査では、成人で40%, 小児ではされにそれを超える比率で肺炎球菌が鼻咽頭に定着していたことが示されている。保菌の平均期間は成人では6週間。実質的にすべての小児は生まれてから2年の間に、少なくても1回は肺炎球菌を保菌する。肺炎球菌は莢膜多糖に基づいて80以上の血清型に分けることができる。脾摘患者は本菌による感染を発症後、12-18時間で急に死亡することがある。
黄色ブドウ球菌:市中肺炎の3-14%、院内肺炎の2-33%を占めている。成人では本菌の鼻腔の定着率は20-40%に達する。一生の間に80%の人は黄色ブドウ球菌を一次的に保菌する。介護労働者は鼻咽頭に黄色ブドウ球菌を保菌しやすい。黄色ブドウ球菌の吸入に伴う市中肺炎は、一般にインフルエンザウイルス感染の二次合併症として起こる。それとは対象的に、院内肺炎は誤嚥または挿管に引き続いて起こる。黄色ブドウ球菌による肺炎は、すぐに空洞化が起こり、10%の患者は膿胸に進展する。黄色ブドウ球菌は膿胸の重症な原因菌であり、全体の約3分の1は本菌によって起こっている。 

誤嚥性肺炎 
通常、誤嚥は宿主の防御機能によってうまく処理される。通常の細菌除去のメカニズムが損なわれているか、大量の誤嚥が起こった場合に呼吸器感染が成立しやすい。通常誤嚥を起こしてから数日を経て徐々に発症する。院内感染として起こる誤嚥性肺炎では、嫌気性菌および好気性菌の両方が常に存在し、黄色ブドウ球菌やさまざまな好気性菌、グラム陰性桿菌などの日和見病原体が含まれている。
腸内細菌科:肺への侵入は、主に口腔や咽頭部に定着している細菌の誤嚥によって起こり
血行性の菌の播種は誤嚥より少ない。一般的に院内感染として起こりやすい。大腸菌による気管支肺炎は、約3分の1の患者が膿胸を形成し高い死亡率を示す。
モラクセラ・カタラーリス:ヒトにのみ定着し病原性を示す。インフルエンザ菌と肺炎球菌について、細菌性副鼻腔炎の3番目に頻度が高い原因菌である。高齢者の市中肺炎の10%の原因菌となっている。
髄膜炎菌:健常成人の鼻咽頭に定着できる。髄膜炎菌感染は、最近この菌を保有するようになった人に起こっている。
インフルエンザ菌:人固有の細菌であり。咽頭の常在細菌ソウの一部である。
緑膿菌:湿潤環境を好む。入院患者の場合は、緑膿菌の保有率が50%を上回ることがある。
アシネトバクター属:健常な成人や幼児に定着し、病院職員の皮膚にも持続的に定着している。
ステノトロフォモナス・マルトフィリア:環境中に広く生息。気道に容易に定着しやすい。日和見病原体である。
レジオネラ:40の菌種が含まれており合計64の血清型に分かれる。自然界では環境中の水源に生息しているが、その菌量は比較的すくない。口腔や咽頭の保菌は確認されていない。
慢性肺炎:高齢で衰弱している人は慢性壊死性肺炎を発症するリスクが高く、通常、グラム陰性桿菌が特に起こりやすい。
プロピオニバクテリウム・プロピオニクム(Propionibacterium propionicum)
放線菌症の原因菌であり、口腔および泌尿生殖器粘膜の常在菌の一部である。放線菌(Actinomyces isralii)と形態的に区別することが困難となる。口腔や咽頭から本菌を誤嚥することが、呼吸器感染の通常の感染経路である。
ノカルジア属菌:好気性の放線菌属に属している細菌であり、世界中の正常な土壌細菌ソウを構成している重要な菌である。
ロドコッカス・エクイ(Rhodococcus equi):土壌細菌であり、多くの草食動物の腸の中において環境中に拡散される。肺感染例では、多くの局所合併症が起こりうる。空洞化が半数の症例に起こり、胸水は約20%で起こる。
類鼻疽菌(Burkholderia pseudomallei):通常細菌内寄生性のグラム陰性桿菌。東南アジアの流行地域の土壌と淡水の環境に分布している腐生細菌である。大部分が無症状であるが、皮膚局所の感染や肺感染が起こりうる。

嚢胞性線維症患者からの呼吸器系の培養
黄色ブドウ球菌の保菌率は18歳までに52%までに上昇し、成人の時期は全体を通じて減少する。18歳までに80%のCF患者は緑膿菌に感染する。セパシア菌群、S.maltophilia, アクロモバクター属を含む多剤耐性のブドウ糖非発酵菌、非結核性抗酸菌、アスペルギルス属などの真菌である。

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