感染症内科への道標

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トキソプラズマの治療

2018-11-08 | 微生物:ウイルス その他
【要約】
 原発性トキソプラズマ感染症は、通常無症候性であるが、一部の患者では、頸部リンパ節腫脹や眼疾患をきたすことがある。活発に増殖をするタキゾイドと、免疫系の活性に抵抗性のある組織シストの状態がある。胎児や、免疫不全者では重大な感染症をきたすこととなる。
活発に増殖するタキゾイドの段階を治療標的とするピリメタミンとスルファジアンの治療(pyr-sulf)の組み合わせはトキソプラズマ症の標準治療ではあるが、治療失敗率は依然として存在する。クリンダマイシン、アトバコン、クラリスロマイシン、アジスロマイシン、ST合剤あるいは、アトバコン+ピリメタミンなどを含む他のレジメンが利用可能ではあるが、いずれのレジメンも、pyr-sulfよりも優れた結果を示すレジメンはなく、潜伏期(組織シスト)の時期に有効なレジメンはない。
 また、眼疾患に対するレジメンの有効性も依然として不明である。
 複数の研究では、妊娠中のトキソプラズマ感染症のスクリーニング、母体の急性トキソプラズマ感染症に対するスピラマイシン加療、胎児感染を有する患者へのpyr-sulfによる治療が垂直感染予防および、先天性トキソプラズマ感染症(CT)の重篤化を避けることに有効であることが示されている。
 
【はじめに】
 トキソプラズマ症(Toxoplasma gondii)は、全世界の約3分の1におよぶ人類が感染しているとされる細胞内寄生病原体である。トキソプラズマのステージには、
・オーシスト
・ブラディゾイト(緩増虫体):潜伏期の組織シストも含む
・タキゾイド:活発に増殖する
 がある。
 人の感染症は、オーシストを食事や飲水の際に摂取するあるいは、組織シストの感染した肉を十分調理せずに摂取する、あるいは母子感染、臓器移植で感染した同種移植片を介して感染する。
 急性感染症の場合は、典型的には健常者では無症候性であるが、、頸部リンパ節腫脹や眼疾患を起こすこともある。
 ラテンアメリカで流行している病原性の強いトキソプラズマでは、免疫不全者では、重度の肺炎や播種性疾患を生じることもある。(死亡を含む。)妊婦では、妊娠中や妊娠直前の急性感染は母体が無症状でも先天性トキソプラズマ(CT)につながる可能性がある。
 潜伏期のブラディゾイトが、免疫不全者では、タキゾイドになり、急速に再活性化することがある。
 トキソプラズマ症の治療は、典型的には葉酸合成を阻止するジヒドロ葉酸レダクターゼであるDHFR(ピリメタミンやトリメトプリル)とフェリアミン(葉酸)を阻害するジヒドロ葉酸合成酵素(スルファジアン、スルファメトキサゾールなどのスルホンアミド)の2つの抗菌薬の組み合わせが含まれる。
 現在臨床現場で使用されている薬剤は、タキゾイドにのみ活性があり、潜伏期であるブラディゾイドを含む組織シストに対しては活性を示さない。

【抗トキソプラズマ治療薬の早期研究】
 抗トキソプラズマ薬の研究は1940年代から始まった。
●Fig1:トキソプラズマ治療薬の使用歴
1940年代
・スルファジアン
1950年代
・ピリメタミン+スルファジアン(pyr-sulf)
・スピラマイシン
1970年代
・クリンダマイシン
・ST合剤
1980年代
・マクロライド
1990年代
・アトバコン
●Fig2:トキソプラズマ治療薬の治療標的経路

【ヒトにおけるトキソプラズマ加療】
 米国では年間 約 85,000人の食事に伴うトキソプラズマ感染症が起こる。健康な来たアメリカやヨーロッパの成人の急性トキソプラズマ感染症は通常は無症候性であり、一部でリンパ節腫脹や発熱、疲労、脈絡膜炎、心筋炎、筋炎、肝脾腫を生じることがある。ほとんどが軽度の自覚症状のため、一般に治療は要しない。しかし、患者が持続的に不快な症状を呈したり、重度の症状を引き起こした場合は治療対象になる。
 南アメリカのように、病原性の高いトキソプラズマの報告もある。
・ST合剤(TMP成分 8mg/kg/日)の1か月間加療でリンパ節腫脹が優位に軽減したイランの報告(健常者46人の無作為化プラセボ試験)あり。
・pyr-sulfは大きなランダム化試験はされていない。
・HIV集団でのトキソプラズマ脳炎(TE)治療成績をもとに、免疫正常者でも、Pyr-sulf+葉酸、ピリメタミン・クリンダマイシン+葉酸、ST合剤での加療が考慮される。
・治療期間は治療経過等にもよるが、4-6週間が合理的だろう。
Table1:健常人(免疫能正常)のトキソプラズマ治療方法
【免疫不全者の治療法】
 HIV感染症患者では、CD4 数が100/mm3以下でトキソプラズマ脳炎(TE)を発症しやすくなる。他の症状(肺、消化管、眼、全身播種)は一般的ではないが、治療方法はトキソプラズマ脳症と同様である。TEは、通常は過去に感染し、潜伏感染していたブラディゾイトが再活性する。一般的な症状は頭痛、発作、精神症状や局所神経所見で、発熱は存在してもしていなくても良い。TEは未治療でいると死に至る疾患である。
 トキソプラズマの診断のために治療を遅らせることをしてはならない。
 進行したHIV感染症でring enhanceされる脳病変の鑑別疾患としては、リンパ腫、中枢神経感染症(細菌感染による膿瘍、ノカルジア、クリプトコッカス感染症)が含まれる。治療を早急に行うべき患者としては、トキソプラズマ IgG陽性、CD4数<100/mm3、トキソプラズマ予防がおこなわれていない患者が該当する。トキソプラズマ脳炎の場合、最終的に治療に反応する患者のうち、約85%が最初の1週間で反応し、90%が2週間以内に反応するため、治療開始後1-2週間で反応しない症例は脳生検をすべきだろう。
 進行したトキソプラズマ感染症では最適な治療にも関わらず治療反応性が悪いことがある。また、放射線画像の改善は臨床的改善よりも遅れており、必ずしも治療の失敗を意味するとは限らない。
●Table2:免疫不全者のトキソプラズマ治療方法
 トキソプラズマ脳症の治療でpyr-sulfの有効性が実証されているが、重篤な副作用もあり、治療中止になる症例もある。TE患者の60%でpyr-sulfの有害反応が認められ、45%で治療中止に至った。
内訳:白血球減少 40%、血小板減少 12%、皮疹 19%、発熱 10%。
白血球減少は治療中、どの時期でも起こしうる。(中央値 26日)一般にピリメタンに伴う血液毒性を最小限に抑えるためにフォリン酸(folinic acid)を追加投与する。フォリン酸(Folinic acid)は、葉酸(folic acid)とは異なる。
 pyr-sulfの副作用が多いために、代替案として検討されたレジメンがピリメタン+クリンダマイシンである。このレジメンは、pyr-sulfと同程度に有効と考えられ、欧州の他施設研究でもpyr-sulfと試験が行われている。
 ピリメタン+クリンダマイシンはpyr-sulfと比較して耐用性が高く、急性トキソプラズマ脳症の治療反応は有効であるが、治療の維持段階では再発を予防する効果が劣る可能性が示されている。
 2006年のコクランレビュー等も含めると、HIV感染症のTEの治療としては、
・pyr-sulf
・ピリメタン+クリンダマイシン
・ST合剤が候補となる。
 治療は、一般に導入療法は少なくとも6週間行い、その後維持療法を行う。再発のリスクは維持療法を行わない場合、50%以上ある。また、長期維持療法で、導入療法に部分的にしか反応しなかった神経症状をさらに改善させることもある。
 治療の終了は、抗レトロウイルス療法(ART)を行い、少なくとも6か月以上CD4>200 /mm3以上を維持すると、患者の治療反応に問題なければ維持療法を中止できる。
補足)
・TE患者は早期にARTを開始すべきである。
・TE患者にはステロイド投与は有害になる可能性があり、避けるべきである。
・PjP予防はトキソプラズマの治療で重複する。
【同種異系造血幹細胞移植(Allo-HCT)】
・Allo-HCTレジピエントは、HCT集団のトキソプラズマ感染症症例の90%以上を占める。主に、トキソプラズマの再活性化によりおこる。発症時期は、HCT後の初めの6か月以内に発症する。
そのため、トキソプラズマ予防はHCT前血清でトキソプラズマ陽性の高リスク期間中のallo-HCTレシピエントで推奨される。(allo-HCTレシピエントのトキソプラズマ感染症は治療されなければ、致死的になる。)
 Pre-HCTSP allogenic recipientsでは、移植後最初の6ヶ月で定期的に末梢血トキソプラズマPCRモニタリングを行うと、早期のトキソプラズマの再活性化を検出し、トキソプラズマ関連死亡率を低下させることが知られている。このような先制的アプローチはトキソプラズマ予防に耐えられない患者にも有用である。
【そのほか】
・固形臓器移植患者は、ドナーからの一次感染あるいは、レシピエントにおける船腹感染の再活性化として生じる。HCT患者ほど一般的ではない。トキソプラズマ感染症の治療は標準化されてはいないが、AIDS関連TEと同様に治療される。
・非移植、非HIVの免疫抑制患者
 悪性腫瘍や他のT細胞、B細胞免疫不全を有する患者で報告されている。
【眼トキソプラズマ(OT)】
 TEとは異なり、OTは免疫正常者にも生じ、後部ブドウ膜炎として一般に提示される。多くの症例は先天性トキソプラズマ(CT)の結果ではあるが、青年期・成人期になるまで、眼の徴候は明らかではない。後天性のトキソプラズマ感染症の場合は40歳以降で発症する。先天性トキソプラズマ感染症と同様に、脈絡膜炎は初期感染後、数か月~数年かけて発症する。
 先天性でも後天性でも、OTは50%以上の患者で再発を繰り返す。これらの再発は早急に治療しても視力低下をきたすことがある。
 急性OTの治療ではプラセボと抗菌薬の無作為二重猛犬試験では方法論的欠陥があり、治療効果の有用性が確立端切れていないため、専門家の間でのコンセンサスは確立されていない。治療の候補としては、pyr-sulfとfolonic acidまたはST合剤、硝子体内クリンダマイシン注射等が選択される。

 一方、急性または再発性の脈絡髄膜炎の標準治療後の抑制療法は、再発を予防することに有用であることが証明されている。
 免疫不全者のOTでは、全身療法で治療をすべきである。
【先天性トキソプラズマ感染症】
 免疫不全がない患者や、潜伏性トキソプラズマ感染症の妊婦は、全身性やCNS再活性化をきたさないため、胎児に感染を起こさない。一方、妊娠中または受胎時の初期感染では、胎児にトキソプラズマ感染症をきたすことがある。
 先天性トキソプラズマ感染症予防のために、一般に出産前に治療が行われる。
table3:妊婦や新生児のトキソプラズマ治療方法
・母体感染が妊娠14週よりも前に起こった場合
 スピラマイシン投与を行うべきである。(胎児への感染を防ぐ目的)
・胎児の感染が確認されるあるいは疑われる場合は
 Pyr-sulfで治療すべきである。
※ピリメタミンは催奇形性があるため、妊娠初期は避けることが望ましい。
 妊娠中の他の抗トキソプラズマ療法は役割が確立していない。
 CT患者では、治療に反応するため、早期に治療を行うべきである。

【予防】
●高リスク集団における一次感染予防
・生肉、カキ、貝、イリガイの摂取をさけ、野菜はしっかりと洗う。
・猫の糞便にはトキソプラズマオーシストが含まれているので、猫の糞便はトイレボックスを使用して毎日処理する。
・予防接種
・妊娠中のリスク要因は十分にはわかっていない。
【今後期待されること】
・毒性のない薬剤の開発
・薬剤投与アプローチの確立
・ブラディゾイトに有用な薬剤の確立
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