Fis-dur日記帳

博士課程院生Fis-durの日常

何とかなる人、ならない人

2014年05月29日 | Weblog
大学院生を見ていると、どうにか糸口を見つけられる人と
どうにもならない人がいます。

私が指導してる大学院生は、色々やっているうちに
自分自身でマウスの大きな変化を見出しました。
そういうほうが自信になりますので、実に結構な流れです。
データが派手なので教授も既にウハウハです。

別の大学院生は、基礎研究者としてのセンスは皆無ですが
患者検体をたくさん集めて、下手でもできる実験をし
何とか活路を見出しました。
当人も「基本は臨床医、ちょっと実験して学会発表に行く」
くらいのほうが合っていそうです。
大学院で過ごす中で自分に合った道を見出した感じで
これはこれでストレスと自尊心の割合が保たれそうです。

また別の後輩は、最初から器用な感じでしたが、
一つ一つ着実に進んでいる感じです。
元々のセンスが良いのでしょう。

だいたいの共通点を挙げると、
・指導者に頼らず自分自身で何とかしようと努力する
・ポジティブシンキング
というのが共通点です。
休日や夜は家で漫画を読んだり、ゲームをしたり、
ラーメンを食べ歩いたりするのも共通点です。
誰一人、朝早くから働くハードワーカーでもありません。

その一方で、ずっと糸口が見つからない人たちもいます。
ハードワーカーで、何でもきちんとしているので気の毒です。
真面目すぎるとかえって良くないのかもしれません。


さらに驚くべき逆説的なこととして、
・元から研究者志望で早めに大学院へ進学した人がうまく行かず
・臨床医として数年過ごし、とりあえず研究を一度体験してみるか、
 くらいの大学院生のほうが良い結果が出る。
という現象が頻繁に起きています。
普通は前者のほうが一生懸命努力し、当然伸びそうなものですが・・。
もしかすると(医者または研究者)ジュニアたちが前者で、
後者は親が医者でも研究者でもない一代目たち、というのが原因でしょうか。

発見

2014年05月24日 | Weblog
今日は一つ、目新しい発見がありました。
どんな分野の分子生物学者に見せても
「それは何か重要そうな経路だね」と思ってもらえそうなデータです。
理学部の先生たちに見せたら何て言うか、楽しみです。

次に何を検討するべきかについては
すぐ考えがまとまり、論文や資料も揃えましたが
興奮してなかなか読む気になれません。

アカハラ

2014年05月23日 | Weblog
研究室内で後輩が研究成果を発表しました。
教授のつっこみも厳しかったですが、
私もつっこみたい気分になりました。
(が、精神的に参ったらよくないのでやめておきました)。

・実験データが美しくない
(測定誤差が多い、画像にノイズが多い、
 差がはっきりしないデータが多い)
・自分がしている研究の意義について
 本人自身がしっかり考えているという一生懸命さが
 あまり伝わってこない
・論理性が甘い
・考えの視野が狭い
というあたりが、教授をイラッとさせたのでしょう。

それなりの年齢、学年の人ですので
少し厳しいことも言いたくなってしまいます。
実験が下手ならば(周りに上手な人がいるのだから)
自分でも上手になろうと努力すべきです。
自分自身の研究がどういう意義を持つか、
どういう不足があるのか、それは日頃から
自分自身が一番気にかけることです。
伸びようという一生懸命さが感じられないと、
ビシッと言いたくなりますね。

大勢の前で厳しく問い質したり、知識不足を明らかにすると
いまどきアカハラになるんでしょうか。
手落ちを指摘するときは建設的な批判を、
知識不足に対して修正コメントをするときは
淡々とわかりやすく説明するように心がけていますが、
あまり弱った相手を叩くと良くないかも知れませんね。
今日は黙って流しておきました。

困った患者さん

2014年05月15日 | Weblog
「私、薬剤師ですから!」と何回も繰り返すわりに
病気のことはおろか、薬の効き目さえ理解していない
困った患者さんが来られました。
薬の強弱くらい理解しておけと言いたくなりました・・。

大袈裟に自分の症状を訴えるのですが
身体所見として緊急性が全く感じられませんでした。
一応レントゲンなど撮ってみましたが正常です。

診断は風邪でした。
大騒ぎするので、はっきり言って大迷惑でした。

若手への賞

2014年05月14日 | Weblog
小さな賞ですが、一つもらえることになりました。
研究室の大学院生たちも代々なにかは受賞していますので
一応もらえるほうが嬉しいです。

受賞講演として発表をすることになりますが、
「このような賞を頂きまして有難うございます」
なんて初めに言うのでしょう(マナーですね)。

学会賞というものについて考えてみると、
築き上げた業績を評価するような賞であれば
確かにそれなりの先生たちが受賞しています。
でも、学会や研究会で若手にポッと与えられる賞って
本当にその演題が一番優れていたのか
大分疑問に感じることも多いです。

そういう風に思いますので、
私も受賞したことには感謝の意を示しつつ
でも受賞したからって自分の演題が一番良かったとは限らない
という気持ちも保ちつつ、頂くことになります。

でもまあ、聴衆が嘆息するような講演にしてみせますよ(笑)

博士課程(医学)というところ

2014年05月11日 | Weblog
最近思ったこと。
医学系大学院は松屋でもマッキンゼーでもありうる。

医学系研究科の博士課程でどんな力がつくかは
本人の意志により、すごく大きく左右されます。
同じ研究室にいても卒業時には雲泥の差が出ます。


医学系の博士課程は、医学部など6年制大学の卒業生か、
修士課程卒の人であれば誰でも入学できます。
(一応入学試験はありますが、極めて簡単なものです。)
さて、博士課程に進学した人がどうなるかは
基本的に自分しだいです。
勉強しなくても、難しい課題にチャレンジしなくても、
様々な手技をマスターしなくても、誰にも怒られません。
指導教官に言われた通り、手だけ動かして実験していても
バイオ系の場合はまあまあデータは出ます。

指導教官が極めて優秀な人物であれば
その人をひたすらまねるというのも一法であるはずですが、
実際にはそれほど大した者でないことが通常です。
よって「自分自身で伸びていける学力・意欲・継続性」しだいで
大学院でどれくらい成長するかが決まります。


若い医師が博士課程進学を勧められる時の決まり文句として
科学的思考ができるようになるとか
違う視点から物が見られるようになるというのがありますが、
はっきり言います。
自然科学研究を通じて、別格に優秀な人間に変わる人など
「国公立大医学部卒の医師」全体を対象とした場合、
100人に1人くらいです。
旧帝大医学部卒でも10人に1人とまでは厳しい。
まーとりあえず研究も体験してみた、というくらいが大半です。

冒頭の松屋でもマッキンゼーでも・・について。

まず松屋のバイトレベルの大学院生とはどういう者か。
・実験手技は先輩から言われたとおり覚える
・しかし実験の理論的背景については全く勉強しない
・自ら実験を計画する力が弱い
・研究分野の背景を正しく速く学びとる能力がない
→毎日実験はするけれど、頭は全く鍛えられないハカセの出来上がり。
 試薬やキットに頼って実験しているだけの大学院生など、
 準備された肉を焼いて盛り付ける松屋のバイトと変わりません。
 (もちろん松屋でも肉はきちんと焼けていて有難いのですが
 自分の頭で物事を変えていくことはできないという意味です。)

マッキンゼーレベルというのはどういう者か。
・実験手技を正確にこなし、その理論的背景を完全に理解しており
 さらに自分の注意力や集中力など様々なパラメータを考慮して、
 最適な実験計画を自ら組める。
・自分が検討したいことについて、どのような実験をすれば
 最短の時間的、金銭的コストで行えるのか計画できる。
・興味の対象となる研究分野の背景を、短時間で正確に学習できる。
・自ら目にした現象やアイデアを、言語化・概念化して
 他者にプレゼンすることができる。
・英語の論文執筆能力が高い(文章力・構成力・外国語修得能力)。
・解決困難な課題に対し、解決の糸口を見出すことができる。
・粘り強く漸進すべきなのか、いったん回頭すべきなのか、
 適切に判断するセンス・論理的能力・総合的判断力。
・世界中の誰もしたことがない実験を生み出す能力。
・五里霧中に道を見出しゴールまでたどり着く精神力

マッキンゼーetc.に勤めた経験はありませんのでイメージですが、
コンサルティングファームのエリートが鍛えられる能力と
結構重なっているのではないかと思います。