アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

クレオパトラ(その1)

2009-08-19 23:43:26 | アニメ
『クレオパトラ』 山本暎一/手塚治虫監督   ☆☆☆

 これは1970年に公開された虫プロのアニメーション映画で、いわゆる「アニメラマ」三部作の二作目である。このアニメラマ三部作はアニメといっても完全に大人向けで、エロティックな描写が非常に多い。乳首とかそういうのは普通に出てくる。

 私はこの『クレオパトラ』というアニメが大好きで、昔から繰り返し観ているのだが、これをここで単純に紹介してお薦めしにくい事情がある。というのは、この作品にはオリジナル・バージョンと短縮版の二種類存在するのだが、私が好きなのは短縮版の方なのである。ところが現在DVDで発売されている『クレオパトラ』はオリジナル・バージョンのみで、短縮版を観ることは困難だ。

 ちょっと詳しく説明すると、私が最初にアニメ『クレオパトラ』を観たのはTV放送だった。まだ子供の頃だ。時間帯が夜11時とか12時とかやたら遅い時間だったのがすでに怪しいのだが、子供の私は気にせずに遅くまで起きてこれを観た。そして衝撃を受けた。まず、何といってもエロティック描写が衝撃的だった。単にエロなだけでなく、手塚治虫の絵でエロというのが衝撃だったのである。濃密なエキゾチズムにもやられたし、凝りまくった映像表現にもびっくりした。さらに、美人の代名詞とも言うべきクレオパトラが整形美人で本当はブスだった、などという突拍子もない設定をはじめ、あちこちに出てくるシュールなアイデアにも驚いた。そしてもちろん、手塚治虫ならではの重厚かつ悲劇的なドラマに感動した。富田勲の幻想的な音楽もインパクト絶大だった。こうしてアニメ『クレオパトラ』は私にとって忘れられない映像体験となった。

 しかしまた観たいと思っても願いはかなわず、年月は流れ、社会人になってからようやく近所のレンタルビデオ屋でVHSビデオを見つけた。いやーこれは珍しい。早速レンタルした。「子供の頃見たから感動したけど、今観るときっとしょぼいだろうな」と思いつつ。ところがどっこい、やっぱり面白かった。そして子供の時と同じように感動した。これは傑作だと確信した私はビデオをダビングし、友人たちに「このアニメはすごいぞ」と見せて回る日々を送ったのである。

 すでにお察しの通り、私が子供の頃観たテレビの『クレオパトラ』、そしてビデオの『クレオパトラ』はともに短縮版だった。アニメラマ三部作がDVDで発売された時私は飛びつくようにして買い、『クレオパトラ』を観た。そして愕然とした。それは私が知っている『クレオパトラ』ではなかったからだ。私が知っている『クレオパトラ』は最初から最後まで古代エジプトの物語だったが、オリジナルの『クレオパトラ』はそうではなく、未来人がタイムスリップで過去に飛び、クレオパトラの調査をするという話になっている。冒頭とエンディングが未来の場面になっているが、この未来場面があまりにもしょぼく、つまらないのである。蛇足としか思えない。実写と絵を合成するという手法も見づらいし、今となっては古臭い。第一絵が手塚治虫じゃない。伝統的なアニメの手法で描かれた中間部分はあれほど美しいのに、雲泥の差だ。中間部分にも未来人にかかわる描写がチラホラあるが、短縮版ではこれらが全部カットされていて、かつ音楽の入り方なども変えられているらしい。

 で、DVDのオリジナル版を観た私の結論。未来人部分は全部不要。ない方がいい。従って短縮版の方が断然良い。

 それはお前が最初にそっちを観たから思い入れがあるだけだろう、と言われるかも知れない。確かに多少はそれもあると思う。しかしそれを別にしてもやはり短縮版の方がまとまりが良く、全体に統一感がある。タイムスリップ云々の設定は無駄なだけでなく邪魔だし、なんといっても画面が醜い。そう思った人が他にもいたからこそ短縮版が作成されたに違いないのである。DVDの解説にこの別バージョンの存在について触れ、「わざわざ短縮版にした目的については不明な部分も多い」と書かれているが、私にとっては明らかだ。というか、もともとなんであんな余計な場面を付け足したのか理解に苦しむ。

 だからここに明確にしておきたい。この『クレオパトラ』は素晴らしい作品で、私見ではその真価は短縮版でこそ味わえるのだが、DVDでオリジナル版を見る場合は話が古代エジプトに飛ぶまで評価を保留していただきたい、そしてピラミッドの上に立つリビアが眼下のローマ兵に向かって「エジプトから出て行けー!」と叫ぶあの見事な場面、あれ以降の未来場面も再び評価を保留して欲しい。この条件下においてのみ、私は声を大にして言いたい。本作は傑作である。だからこのレビューでは泣く泣く評価を☆三つにしたが、短縮版であれば☆五つである。

 それにしても残念だ。DVDで短縮版も見られるようにしてくれればよかったのに。正直、このオリジナル版で初めて本作を観る人が短縮版と同じ感動が得られるとは思えない。編集というのはそれほど作品の印象を変えてしまう、ということが良く分かった。

 さて、ここまで長い前置きでした。次回は作品の内容について書きたい。

(次回に続く)


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