goo blog サービス終了のお知らせ 

アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

Live At The NEC

2014-11-29 13:09:13 | 音楽
『Live At The NEC』 Anderson Bruford Wakeman & Howe   ☆☆☆☆

 アンダーソン・ブラッフォード・ウェイクマン・アンド・ハウ、略してABWHのライヴ音源。要するにクリス・スクワイア抜きのイエスである。事情を知らない人のために補足すると、アルバム『Big Generator』発表後ヴォーカルのジョン・アンダーソンはイエスを脱退、ソロアルバムの制作に取りかかるが、その時にイエス歴代メンバーであるブラッフォード、ウェイクマン、ハウが参加する。そしてこのメンツこそ『こわれもの』『危機』制作当時の黄金メンバーということで、アルバムはジョンのソロではなくABWHとして発表され、いわば「元祖イエス」としてABWHツアーが敢行された。この「元祖イエス」と「本家イエス」が両立した時期を、イエス南北朝時代と呼ぶ。南北朝の関係はお互いに訴訟で争うまでにこじれたが、その後めでたく統合され、アルバム『ユニオン』は南北朝統合イエスの作品として発表された。

 歴史の勉強はこれぐらいにして、この『Live At The NEC』はその「元祖イエス」ことABWHのツアー音源である。ここで大事なのは、これは映像でリリースされているABWHライヴ『イエス・ミュージックの夜』とは別の公演だということ。ただし、セットリストはまるっきり同じである。じゃあ一緒じゃねーかと思ったら大間違いで、クリス・スクワイアの代わりにベースを弾いているのが『イエス・ミュージックの夜』ではジェフ・バーリン、こちらではトニー・レヴィンという違いがある。そして、私に言わせればこの違いはセットリストどころではない、あまりにも重大で決定的な違いなのである。

 そもそもABWHのスタジオ盤でベースを弾いているのがレヴィンということもあるけれども、もっと分かりやすくいうと、このABWHはイエスのフロント・チームとキング・クリムゾンのリズムセクションが合体したフォーメーションになっている。こんな恐ろしいことが実現したのはこの時以外にない。そしてスタジオ盤ではサポート要員ということでおとなしかったレヴィンが、このライヴでは凶暴な存在感を発揮している。はっきり言って、このディスクの価値はそれだけだ。が、イエスやクリムゾンのファンにとってはそれだけで充分にお釣りが来るはずだ。

 音質は海賊版なみに悪い。特にジョンのソロ・パートでは乱れが多い。コンサートはジョンのソロ、ハウのソロ、ウェイクマンのソロと一人ずつ登場し、「Long Distance Runaround」の2コーラス目でようやく全員が揃う演出になっている。演奏はABWHの4人にベースのレヴィン、加えてサポートメンバーとしてギターとキーボードが一つずつ。黄金時代のメンバーを売り物にしているだけあって、『こわれもの』『危機』のナンバーを、スタジオ盤に忠実に再現しようという意図が見て取れる。

 さて、「Long Distance Runaround」に続きABWHの「Birthright」がフルメンバーで演奏されるが、スタジオ盤ではどうってことなかったこの曲も、ブラッフォード・レヴィンのリズム隊が迫力を増していてなかなか良い。やはり、曲の進行とともに存在感を主張し始めるレヴィンのうねるスティックにしびれる。ガブリエルのライヴみたいだ。そしていよいよ『危機』からのナンバー「And You And I」だが、これはリズムセクションがおとなしいせいか歴代イエスの演奏と大差なく、ABWHならではの面白みには欠ける。次の「All Good People」も前半のアコースティック・パートは同様だが、後半ではサポートメンバー二人のソロもフィーチャーし、なかなか特色あるバージョンになっている。サポートメンバーのキーボード・ソロなんて、下手するとリック・ウェイクマンよりいいんじゃないかと思う。

 ちなみにこのライヴでのウェイクマンはいつも通り手癖全開で弾きまくっているが、デジタルシンセ丸出しのチープな音がどうしても好きになれない。そういう時代だったんだろうが、もうちょっとどうにかならなかったものだろうか。ついでにいうと、ビル・ブラッフォードのドラムもサンプリング音丸出しで今聴くとつらいものがある。デジタル音はよほどうまく使わないと耳障りだが、イエスはお世辞にもデジタル音の使い方がうまいとはいえない。このライヴの減点ポイントだと思う。

 さて、次は目玉の一つである「Close To The Edge」。なんといってもブラッフォード入りのライヴ演奏はこれが初、というありがたさだ。で、結論から言うとこの「Close To The Edge」は歴代イエスの生演奏の中でも、もっとも異色な「Close To The Edge」になっている。ブラッフォードのドラミングがアラン・ホワイトとまるで違うことに加え、先に書いたサンプリング音の氾濫、そして不気味にうねるレヴィンのベースがその原因だ。SEのトラブルではないかと思える長いイントロに続き演奏が始まるが、バシャッ、バシャッというヘンなスネアの音とレヴィンの柔らかい重低音の組み合わせが、過去のどの「Close To The Edge」とも違う異質さを際立たせる。スネアの音が途中で変わるのはご愛嬌だが、曲が進むにつれ、ブラッフォードの入れるオカズがアラン・ホワイトとまるで違うことに驚く。レヴィンのベースは基本スクワイアのコピーだが、ところどころに見せる遊び心がいい。ただし、最後の盛り上がり部分は意外と音が薄く、期待したほどではなかった。

 次はABWHの「Themes」に続き、5分間のブラッフォード・レヴィンのデュオ。これが凄まじい。この瞬間だけ会場の空気がキング・クリムゾンに一変する。イエスのフロント三人の懐古的色彩は一切なく、現役感がバリバリに漂ってくる。レヴィンはファンク・フィンガーズと指弾きを組み合わせ、それまでの遠慮をかなぐり捨てたとんでもないプレイを披露している。どうやって弾いているのかさっぱり分からない。途中でどうもスラップらしいことをやっているが、だとすれば非常にレアなプレイだ。たった5分間だが、ブラッフォード・レヴィンのファンなら絶対に聴き逃せない演奏だろう。

 そしてレヴィンの変幻自在のスティックが聴ける「Brother Of Mine」、リズムセクション抜きのバラード「The Meeting」とABWHの曲を挟み、もう一つの目玉である「Heart Of The Sunrise」。「Close To The Edge」と並んで「元祖イエス」を象徴する曲だが、本アルバムで演奏されるイエス楽曲中、ベスト・テイクはこれだと思う。その理由はブラッフォードのドラムである。このコンサートにおけるブラッフォードのプレイは実に気まぐれというか、力がこもった演奏とおざなりな演奏が混在しているが、この曲では非常にしっかりしている。特にクライマックス部分の畳み掛けるドラミングは迫力充分で、非常に劇的な「Heart Of The Sunrise」になっている。イントロ部分でレヴィンのベースがたっぷりフィーチャーされているのも嬉しい。欲を言えばもっと自己流に崩して演奏して欲しかったが、まあところどころ見せてくれる遊びだけでも充分に面白い。

 続く「Roundabout」はレヴィンのファンク・フィンガーズがスラップみたいに聴こえることとブラッフォードのパーカッション演奏の端正さで、なんとなくフュージョンっぽい音だが、それ以外には特にどうということはない演奏。ただし、さすがに全員安定感があり、丁寧だ。「元祖」たる由縁だろう。「Starship Trooper」もヘンなキーボードのイントロを付けたり途中に「Soon」を挟んだりと勿体をつけているが、歴代イエスの演奏と大差はない。が、歌が終わりインストゥルメンタルのコーダに入ると、やはりリズムセクション部分が異様である。ブラッフォードのなだれのようなドラム、ブインブインうねるベースとまるで「デュオ」のこだまのような音を一瞬奏でた後、ウェイクマンとハウのソロへ移行するが、そのバックでもスクワイア+ホワイトとはまるで異質なリズムを組み立てている。そしてラストはABWHの「Order Of The Universe」。躍動感のある演奏で、終盤のドラムソロが地鳴りのような迫力があり、ジョンの声もよく出ている。これもスタジオ盤よりはるかに良い。

 興にまかせて細々書いてきたが、総括すると、ABWHは良くも悪くもイエスの歴代ラインアップ中、もっとも特色ある演奏を聴かせるチームと言っていいと思う。先に書いた通り、レヴィンの参加によってクリムゾンのリズム隊を内包することになったということもあるけれども、やはりブラッフォードとアラン・ホワイトのドラミングがほとんど正反対といっていいほど違うことが大きい。いささか気分にムラがあるにしても、やはりアラン・ホワイトでは絶対ありえないフィルや譜割りのセンスには唸らされる。もしブラッフォードが『危機』以降もずっとイエスのドラマーだったら、イエスはどんな音楽性を発展させ、どんな演奏を残しただろうかと思わずにはいられない。
 
 そしてレヴィンの個性もまた強烈だ。クリス・スクワイアも強烈な個性の持ち主なので、この二人が交代することによる変貌は激しい。私はABWHの日本公演を観たが、「遥かなる思い出」の2コーラス目で最初のベース音が鳴り響いた瞬間、鳥肌が立ったことを覚えている。レヴィンは指に二本のドラムスティックをつけたファンク・フィンガーズで演奏していたが、その重量感、そしてスラップより更にアタックの強い音はまったく素晴らしかった。スタジオ盤よりはるかに自己主張するベースラインも良かったし、何より、レヴィンの持ち味であるあの独特のうねりには本当に痺れた。やはり、稀有なロック・ベーシストである。

 そういうわけで、音質の悪さを始め色々と欠点もあるものの、この音源は私のようなファンにとってはかなり魅力的だ。言うまでもなく、イエスやレヴィンのファン以外にはオススメしない。しかしこれを聴くと、どうしてレヴィン入りABWHの演奏を映像で残してくれなかったかと悔しくて仕方がない。貴重な映像となったことは間違いないのだ。レコード会社の猛省を促したい。



最新の画像もっと見る

2 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

コメント日が  古い順  |   新しい順
ありがとうございます (安部OHJI)
2014-12-02 03:39:46
とても詳しい解説で、ぜひ聴いてみたくなりました。
ありがとうございます。
返信する
Unknown (ego_dance)
2014-12-04 10:49:50
拙文がお役に立ったのであれば何よりです。ぜひ、聴いてみて下さい。
返信する

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。