赤みを帯びた髪をお団子にしている、中学校に上がり立ての少女、赤座あかりは、元気な女の子。
学校でも有名な良い子。良い子の代表。良い子の代名詞。良い子と言ったら、この子。
ある日、そんなあかりの下に、小包が。
「なんだろうこれ?」
クロイタチ宅急便で届いたそれ。要冷蔵というラベルが貼られている。もしかして蟹かもしれない。
そういえば、結衣ちゃんのとこにも蟹が届いたって言うし、なんてことを思いながら。
あかりは、その発泡スチロールの蓋を開けた。
――思えば、この時、どうしてそんなことをしたのか? なんで、お母さんが帰ってきてから開けなかったのか。自分にもわからなかった。
「う」
その中に入っていたもの。それは蟹だった。蟹に間違いなかった。
だが、足一本とは……。
これは、誰の嫌がらせなのだろうか? 誰かが主人公の座に嫉妬して? まさか?
「おい、もっと喜べよ」
「だ、誰?」
「俺だよ。発泡スチロールだよ。――実はな、俺は、魔術師マーリンの弟子で。この世界にやってきた魔王を倒してくれる魔法少女を探していたんだ」
あかりには理解不能だった。発泡スチロールが喋っている……。
そもそも口はどこなんだろう。探してみようかな。
でも、もし、万が一にでも見つけてしまったら、夢に出てくるかもしれない――それは嫌だなぁ。
「俺は、お前の願いを叶えてやった。だから、今度は、お前の番だ。さ、俺と契約して、魔法少女に――」
「ま、ま、ま、魔法少女だっってぇえええ」
玄関のドアが、うめき声を上げそうなくらい、勢いよく開かれた。ノブに手を掛けていたのは、目をキラキラと輝かせている少女だった。
その目と同じくらいの輝きを放っている金髪を、腰ほどに伸ばしている。
彼女は、あかりの一年先輩、年納京子。
どうやら、遠くから走ってきたようだ。
「はぁはぁ、魔法少女だって? あかり?」
「え、京子ちゃん?」
「どこ? どこ? あかり! どこにミラクるんがいるの?」
「えっと、ミラクるんじゃなくって、その発泡スチロールが――」
「ぐわはああああああああああああああああ」
突然の断末魔だった。
「「あ」」
京子の足下には、踏みつぶされて真っ二つに割れている、発泡スチロールがあった。
「あ……、あかりの蟹の足!」
あかりは、転げてしまった蟹の足を拾った。
一本だけだけど、なんだか嬉しそうだ。
「よくぞ、我が正体を見破ったな。小娘ども、かくなる上は、こうしてくれる」
発泡スチロールが膨張した。
もしかしたら、湿度か、何かの条件でそうなるのかもしれない、というような膨らみ方ではない。自ら爆発でもしようか、という膨らみ方だ。
中から、光が漏れてきた。
「ぶっはっはっは! これで、おしまいだ」
「そうはさせない!」
発泡スチロール大自爆の、強い光に包まれた。
その時、京子の前に人影が立った。
クリスマスツリーの先端にあるような星を付けたステッキを振るう。そのステッキから、青白い光が放たれ。爆発を封じ込めた。
「愛と正義の魔女ッ子ミラクるん、華麗に登場! 二人とも。大丈夫?」
「あれ、ちなつちゃん。どうしたの、その格好?」
あかりの同級生、吉川ちなつが、魔女ッ子ミラクるんの格好をしている。
もしかして、この前、無理やり着させられたことで、目覚めてしまったんだろうか?
「ほっ――――本物の、ミラクるんだあああああ」
「そう。私は、この世界に現れた、魔王を倒すためにやってきたんです。この発泡スチロールのようなものは、魔王の化身。本体もどこかにいるはずなんだけど。あの魔王は、少女から魔力を搾り取ろうとしていたから」
「うおおお。本物だ!」
「ちょっ、何するの! 離して下さい」
「ミラクるん~」
抱きついた京子と、ミラクるん(?)の反応を見ていたあかりは、首を捻った。
「もう、やめてって言ってるじゃないですか! 京子先輩!」
「うおぉぉ、ミラクるん~」
――あれ? ちなつちゃんだよね?
「おーい、あかりーいるー? って、なにやってんの、みんな」
また玄関が開いて、京子と同級生の船見結衣が現れた。
ミラクるん(?)に顔を近づけている、京子を見て苦笑いを浮かべていた。
「あ、ゆいちゃん、どうしたの?」
「ああ、そうだった。実は、蟹がさ」
「蟹?」
その時、蟹の足が、あかりの手の中でもぞもぞと動いた。
「え?」
あかりの手の内から逃れた蟹の足は、結衣の頭上に飛んでいき。
大きなタラバガニに変化した。ハサミを結衣の首筋に付けた。
結衣は、ひぃ、と短い悲鳴を上げる。
「結衣ちゃん!」
「結衣先輩!」
無意識に踏み出そうとしたミラクるん(?)の手首を、京子の手が取る。
振り返ったミラクルン(?)に向かって、京子は首を振る。
「ダメだ! ミラクるん。今行ったら、結衣が危ない」
「でも、どうしたら」
「こんな時こそ、あかりの力を使うんだ」
「え、あ、あかり?」
――も、もしかして、主人公にしか使えない強力な力が! そうだよね。主人公なのに、こんな扱いひどすぎるもん。きっと、なにか、特別な力が。
「うん。わかったよ。あかり、結衣ちゃんを救えるなら、なんでもする!」
「良く言った。さすがは、あかりだ」
「それで、あかりの力って?」
「あかりの持つ特別な力。それは――『存在感の無さ(ノーイグジステンス)』! その力は、かつて魔界を滅ぼしたと言われているほどの、強力なもの。自分の存在感の無さを、うつしてしまう能力だ。さぁ、行け、あかり」
自信たっぷりに人差し指を立てた京子。
だが、あかりは首を振る。
「無理だよ! 存在感がないのって、能力じゃないもん」
「ええい、時間がない。ミラクるん、そっち持って」
「はい」
「「せーの」」
右と左から足と手を持ち上げられたあかりは、抵抗も出来ずに、そのまま投げられる。
さながら、ボーリングのようだった。
「あ、あかり、主人公なのにぃいいいい」
――って夢を見たんだ。
ここは、旧茶道部を占拠して作られた「娯楽部部室」。
いつものメンバーが暇をもてあまして、机を囲んで、談笑していた。
そして、昨日見た夢のことへと触れる。
京子が、そんな夢を発表したのだった。
「おい、京子。本当だろうな、それ?」
「なんで、結衣先輩が蟹に襲われるんですか!」
呆れ顔の結衣と、頬を膨らませたちなつ。
気にするなと、京子は、ひらひらと手を振っている。
「まぁまぁ、夢の話しだし。でも、ミラクるんのちなつちゃんは可愛かったなぁ――――って、あかり?」
部室の端、座敷童のように体育座りをしていたあかりは、膝に顔を埋めながら、
「あかり、主人公だもん。――存在感がないのは、特別な力じゃないもん!」
ぐすりと目頭に涙を湛えたあかりは、顔を伏せる。
「ああ、すねちゃった。おい、どうするんだよ、京子」
「え? あたしのせい?」
「そうですよ。京子先輩が変な夢を見るから悪いんです!」
むーと納得しなかった京子だった。
だが、あかりの様子も気になってしまう。
しょーないかー、と口付いた京子は、おもむろに立ち上がって、
「あかり。気にすることはないって。ほら、あかりは、個性がないのが個性みたいなとこあるじゃん。……って、違う違う。ほら、こっちで遊ぼ」
差し伸べた京子の手を、雨の日の犬のような目でじっと見る。
と、そっと掴んだ。
「うん」
あかりは立ち上がって、みんなの元に帰る。
そんなあかりを迎えてくれるのは、みんなの笑顔だった。
あかりは、もう二度と京子ちゃんにそんな夢を見させないように、精一杯目立とう。そう思ったのだった。
ぽとり。
――――立ち上がったあかりの足下には、蟹の足が落ちていた。
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百合成分ゼロなのです。サーセン。
ってか、京子の一人称って何だっけ? 適当に書いちゃったけど……。
いやぁ、あかりのキャラは動かしやすい。むしろ、動かさなくて良い?
今度、上げるとしたら、日常のシュールギャグを実験してみたい。
読んでくださった方には感謝です。ありがとうございました。