だいずせんせいの持続性学入門

自立した持続可能な地域社会をつくるための対話の広場

IPCC第4次レポート(1)

2007-02-17 22:23:09 | Weblog

 前置きが長かったけれども、それなりに心構えができたところで、2007年2月7日に発表されたIPCC第4次レポートの中で、第1作業部会の「政策立案者のための要約」をかいつまんで読んでみることにしよう。

 このレポートの内容の柱は二つある。過去100年間の温暖化の軌跡を確認することと、将来100年間の<予測>をすることである。全体として2001年に発表された第3次レポートの内容を覆すようなものはなく、その当時よくわからなかったものがデータや計算の蓄積によりはっきりしたものがあったり、より詳しく分かるようになったというものである。

 20世紀を通じての地球の平均気温の観測値は1950年前後に少し寒冷化するものの、全体としては温暖化の傾向をみせる。特に1970年代以降は右肩上がりである。それが人為的な影響によるものかどうかを検討している。スーパーコンピュータによる気候モデルを20世紀の条件で走らせる時に、自然の変動要因のみを入れて走らせた計算と、人為的な影響を含めて走らせたものをデータと較べる。自然の変動要因とは太陽の明るさの変化と火山噴火である。大規模な火山噴火は細かい火山灰が空中に漂って太陽の光を少しだけ遮るため、地球全体を数年間寒冷化させる効果がある。人為的な効果は化石燃料の燃焼による二酸化炭素の大気への放出や、森林破壊によって木を燃やすことによる二酸化炭素の排出などである。
 それら比較をみると、自然の変動要因だけでは70年代以降の温度上昇を説明できない。人為的な要因を加えた計算では誤差の範囲で実際の気温の変化をよく説明する(図SPM-4)。これは2001年に出された第3次レポートと同じ結論である。ただ、今回は地球全体の平均気温の変化だけではなく、六つの大陸別々に気温の変化と計算結果を較べていずれも人為的な要因を加えた計算では実際の気温上昇をよく説明するという結果が示されている。このことをもって、確かに人為的な要因による温暖化が発生しているという理解である。

 では将来の100年間の<予測>はどうか。2100年までに人類がどれほど二酸化炭素を排出するかを示すシナリオごとに、地球の平均気温の上昇カーブが示されている。それによれば、経済成長を第一にたくさん化石燃料を使うA2というシナリオでは、2100年で2000年時点に較べて3.4℃程度の温度上昇である。もっとも排出の少ないB1というシナリオでは1.8℃程度である(図SPM-5)。それに応じた海面上昇はA2シナリオで23cm~51cmの範囲、B1シナリオで18cm~38cmの範囲である(表SPM-3)。これは海水の熱膨張と山岳氷河の融解、グリーンランドの氷床のごく一部の融解によるものである。
 図SPM-6は世界各地の年平均気温上昇(2000年に較べた2100年の上昇温度)のようすを示している。これによると、海洋に較べて陸地の温暖化が顕著である。南極大陸ではA2シナリオで4~5℃程度の上昇である。特に北半球の温暖化が顕著で、北に行くほど温暖化するという<予測>である。A2シナリオでは北極圏の年平均気温の上昇は7~8℃程度である。
 降水量の変動の<予測>を示したのが図SPM-7である。12月から2月(北半球の冬・南半球の夏)と6月から8月(北半球の夏・南半球の冬)の2枚の図が示されている。これをみると、北半球の北部、ロシアとカナダの降水量増加がはっきりわかる。南極もかなり増加するという結果だ。一方、中緯度、低緯度地方は降水量減少の傾向を示すところが多い。アメリカもヨーロッパも減少傾向である。アフリカも概ね減少のようだ(特に南部アフリカ)。日本は微増というところか。
 この図には降水量変化の模様に重なって、ハッチのついた部分と白く抜かれた部分がある。同じ二酸化炭素排出シナリオでも、研究グループによって計算結果が異なる。ハッチのついた部分はおおむねどの計算結果も同じ増減の傾向をしめす部分である。ロシア、カナダ、南極がこの範囲に入る。白い部分は逆に計算によって増減の傾向がばらばらでいずれの傾向か判断できない部分で、低・中緯度に多い。 

 さて、これらをどう受け止めるか。ここからは私のコメントである。まず、将来の計算結果については、これらは原理的に検証できないものであるという認識をした上で、それでも現在考え得る最良の科学的成果を取り入れたものとして<信頼>に値するものと考えよう。必ずこうなる、というものではなく、今後私たちがどう行動するかを考えるときの一つの基準として受け止めるということである。

 計算結果をみると、温暖化の影響がもっとも強く表れるのが北極圏ということである。本文中には、夏の海氷の縮小がはげしくなり、晩夏には海氷が消滅するかもしれないと指摘されている。秋の結氷の時期が遅くなり、春の融解の時期が早くなるだろう。冬の氷の厚さは現在より薄くなるだろう。このことが北極圏の生き物と人々の暮らしにとってどれほどのインパクトがあるものだろうか。エスキモーは海氷を巧みに利用してアザラシ、セイウチ、クジラ猟を行っているのでこれに大きな影響がでるのは間違いない。ホッキョクグマも同様だろう。本文には永久凍土の融解もすすむと記述されている。内陸部の暮らしや生態系にも影響がでるだろう。
 一方、高緯度地方は全般に温暖化し降水量が増える。現在の生態系のバランスは崩れるだろうが、一方で、動植物の種類や数が増えるかもしれないとも思う。草原地帯で農業が可能になりシベリアやカナダ北部が一大穀倉地帯になる可能性もあるのではないか。
 中・低緯度地方では、その影響は場所毎にさまざまのように見える。降水量変化は、おおざっぱにみれば乾燥地域はより乾燥する方向に変化するようだ。特にアメリカ、ヨーロッパは不利のようだ。アジアでは北東アジアは有利、東南、南アジアは不利、という感じか。
 気象災害については、本文は台風・ハリケーン・サイクロンの強さは強いものが多くなる傾向だと記述している。温暖化によって海水温度が上昇するとともに、まったく独立の現象であるオゾン層の減退によって成層圏の温度が下がる結果、大気(対流圏)上下の温度差が拡大して、熱帯性の低気圧の勢力が増すという理解のようである。

 これらをざっと総合して想像をたくましくすると、温暖化することによって文明の中心がより北方にずれる、ということではないだろうか。現在はアメリカと西ヨーロッパが何といっても文明の中心であるが、22世紀においては、北欧、ロシア、アラスカ、カナダが文明の中心になるという想像ができそうである。アメリカ、西ヨーロッパは熱波や干ばつ、巨大ハリケーンによる被害を受けて疲弊するというイメージである。
 アジア、アフリカも全般的には状況は悪化するような気配である。これらの地域で人口が増大してピークに達し、厳しい少子高齢化社会に直面する21世紀の後半、温暖化の影響が追い打ちとなってますます貧困と社会的な困難さが深刻になるかもしれない。

 少々想像の度がすぎているかもしれない。ただ、温暖化によって世界の人々が一様に被害を被るというわけではない、ということは言えるだろう。場合によっては温暖化が有利に働く人々もでてくるのではないか。私はここに地球温暖化問題の本質があると思う。つまり、被害を被る人とそれをもたらした原因をつくった人が異なる場合、これは社会的不公正ということになる。おおざっぱにみて、原因者は現在の先進国、被害をより強く被るのは開発途上国、という構図になりそうである。
 途上国は貧困のために二酸化炭素を排出したくてもできない。先進国はもう十分豊かなのに、さらに便利で快適な暮らしをするためにより多くの二酸化炭素を排出する。その結果としての悪影響が途上国に現れるとしたら、途上国の人々は納得しないだろう。つまり、地球温暖化問題とは南北問題の一部としてとらえるべきというのが、IPCCレポートをひとつの判断基準として受け止めた時の私の考えである。

 これはあくまで私のとらえ方であり、ひとそれぞれ多様なとらえ方があってよい。みなさんはどうお考えになるだろうか。さまざまな違う立場の人々と対話をしてみたいところである。その上で、ひとりひとりがそれぞれ自分が温暖化問題に取り組む理由を考え、ある種の切実さを感じた上で取り組みをはじめてほしい。それはIPCCレポートを読むことによって自動的に与えられるものではないのだ。
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3 コメント

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読み方、伝え方 (Miekli)
2007-02-21 12:54:08
環境と経済は対立するものから共存するものに変わってきたのは、社会が進歩した面もあれば、環境は儲かると、欲望の方向が変わっただけという面もあります。環境に関わる活動を担う者として、「正しさ」に留意しなければならないと思っています。政治を動かさなければ、環境は良くならないのですが、政治を動かすのは、私たち有権者であり、情報を読み解く力と、正しく伝えるための洞察力が必須と思っています。IPCC第1作業部会概要版をどのようにとらえるかの示唆を有難うございます。気候変動は色々な昔話に中に残っており、私たちが住む八事層にも人類が経験してきた歴史が残っています。大垣まで海岸線が前進した6000年前の温暖期(海面上昇5m)も遠州灘の沖まで海岸線が後退した寒冷期(海面下降120m)も日本人の祖先は経験してきたわけですから、私たちの子孫も何とか生きて行くでしょう。
国連職員に世界の様々な問題で何が一番重要かとの中学生の問いに「戦争」との答えがありました。軍事費を削減すれば、環境の問題にも予算をとれるからです。発生から半世紀を過ぎたのに、認定されたのは数万人のうちわずか3千人。私たちはこの日本の身近な問題さえ未だ解決する力が不足しています。湾岸戦争とアフガニスタンとイラクに支出した数兆円があれば仮に2万人の認定患者全員に5千万円ずつの医療を含む補償をしても「(日本の赤字国債残高に比べれば)わずか」1兆円ですから、更に様々な問題を解消してゆくことができたはずです。私たち日本人の税金の10%が軍事費に使われているということは、それを受け取る人たちがいて、産業があるということです。
温暖化防止の観点からは、将来の放射性廃棄物やウラン資源枯渇の問題には目を向けない「原発推進」が力をつけてきています。日本の将来を憂えてというのではなく、原発設備の建設と維持により金儲けの機会があるからです。
温暖化により、恩恵を受ける地域と被害を受ける地域とがありますが、化石燃料から再生可能エネルギーへの移行という方向は世界共通とすべきでしょう。
1993年にイギリスで「持続可能性」という耳慣れない言葉に初めて接したとき、日本の環境運動との方向の違いを感じました。「温暖化防止」ではなく「持続可能性」という漸く日本に定着した言葉を中心に考え、行動することが有効と思っています。
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訂正 (Miekli)
2007-02-21 18:35:43
今日の午後の私の投稿中、「発生から半世紀」の前に「水俣公害」を加えてください。水俣病患者の作る甘夏みかんの産直「水俣みかんの会」が名古屋で活動を始めて30年を過ぎました。蜜柑農家の高齢化の中で「自分たちが苦しんだ農薬を使わない」甘夏みかんが、今年も今週末には名古屋に届きます。
お問い合わせは「わっぱん」のわっぱの会 052-916-3664 E-mail:wappa@wappa-no-kai.jp です。
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THANKS (daizusensei)
2007-02-24 11:26:19
Mekliさま>温暖化問題はそれだけを取り出しても理解できなくて、一つはエネルギー利用の持続不可能性の問題の一部として、もうひとつは南北問題の一部としてとらえなければならないと思います。この点については、また記事にしますね。
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