だいずせんせいの持続性学入門

自立した持続可能な地域社会をつくるための対話の広場

50ミリシーベルト

2007-07-15 09:10:30 | Weblog

 先日X線CTの検査を受けた。がんが胃以外にもないか内臓全体をみるためである。医師はけっこう気軽に「ちょっとやってみましょうか」と言ったが、私は気が重かった。私は大学ではX線を使用する実験をやってきた。蛍光X線顕微鏡といって、X線を岩石に照射して、そこから出てくるX線(蛍光X線)でどういう元素がどこにどれだけあるか、ということを調べる装置である。その延長で、職場ではX線作業主任者というのをやっており、研究科の放射線障害予防委員会の委員長でもある。X線の装置にも詳しいので、CTという装置が一般のレントゲン撮影の装置よりどれほど強いX線を出すかもよく知っている。

 職場でX線を使う場合、万が一被曝した場合にそなえて、ルクセルバッチという放射線測定器を必ず男性なら胸、女性なら腹部につけなければならない。毎月業者に測定に出し、その記録は厳重に管理される。大学ならば、測定限界以下を意味するMが並んでいなければけっこうな問題になる。もちろん、私が放射線障害予防委員長になって以来、私の研究科の職員、学生でそのような事態はない。
 放射線の管理は法律で定められている。労働安全衛生法の下にある電離放射線障害予防規則である。これには、業務による被曝は年間50ミリシーベルトという放射線量までが認められている。どうしても被曝が避けられないのは原子力発電所やその関連施設であるが、ある年の被曝線量の合計が50ミリシーベルトに達すれば、その年はもう被曝をするような作業には従事できない、というのが法律の内容である。それ以上に被曝すれば、がんなどのリスクが有意に高くなるということだ。
 実は最近、EUの放射線リスク欧州委員会ECRRが勧告を出した。年間50ミリシーベルトという許容線量は大きすぎる、というものだ。その値ではすでにがんなどのリスクが避けられないということで、委員会では年間5ミリシーベルトを上限にするように勧告している。
 このように業務でX線を扱う場合には厳重な管理が行われている一方、病院での患者に対するX線検査による被曝はいっさい管理されていない。被曝によるリスクよりも、検査を行って病気を治療することの有効性が高い、という理由で法律的に被曝管理が免除されている。X線の検査をするときになにかバッチのようなものをつけることはないし、医師や放射線技師から被曝のリスクについて説明を受けることもない。(ちなみに、放射線技師はルクセルバッチをつけて仕事をしているはずである。)

 つまり、がんを治療しようとしてX線検査を行うことによって、逆にがんのリスクを高めているのではないか、という疑いがあるだ。
 がんというものは、私の理解によれば、一つの目に見える大きさのがんがあれば、他にも目に見えない大きさのがんや、がん一歩手前の遺伝子異常のある細胞がけっこうたくさんあると考えるべきである。放射線の照射はがん一歩手前の細胞の遺伝子をさらに変異させて本物のがん細胞に変身させてしまうリスクがある。

 というわけで、医師は気軽にX線CTをやってみましょう、と言うのであるが、私は気が重かった。それでも受ける気になったのは、一度便の色が赤黒かったことがあったので、もしや、と思ったからだ。胃以外にもがんがあるとすれば、それはそれで問題である。造影剤を入れたX線CTならば解像度が高く、異常の発見には有効だろうとも思った。被曝線量については、きちんと聞いておけば一応自分でリスク管理ができるとも思った。

 検査当日、被曝線量を教えて欲しいとお願いしてから検査を受けた。事前に造影剤を静脈注射で入れることの副作用については説明があり、同意書にサインをした。しかし、放射線被曝のリスクについての説明はいっさいなかった。
 装置のベッドに横になってから、担当の放射線技師が被曝線量について教えてくれた。「1回19.8ミリグレイで2回やります。ただこれは少なめの数字だと思います。」とのこと。「では全部で40~50ミリグレイですね。」と私が聞くと、そんなもんだと言う。「ところで、普通はミリシーベルトの単位で言いますよね。50ミリグレイというのは何ミリシーベルトに対応するのですか?」と私が聞くと、「いやあ、どうでしたっけね・・すいません、わかりません」とのこと。被曝線量を聞く患者はまずいないようで、どういうお仕事ですか、と聞かれた。説明すると、それならお詳しいでしょうと言われて、苦笑いである。
 正解はX線の場合は1ミリグレイが1ミリシーベルトということなので(この関係は放射線の種類によって変わる)、40~50ミリシーベルトという被曝線量ということになる。
 1回目の測定は機械がウィーンと言いながら10秒で終わった。そして造影剤の注射をしたあと、もう一回。ウィーン。あっけなく終わった。

 みなさん、もうおわかりですね。私はたった20秒の測定で、業務上で被曝が認められている一年間の上限値まで被曝したということだ。私は向こう一年間はもう絶対にX線検査は受けないつもりだ。それがいかに法律的には許されていたとしても。

 数日後に診察があり、検査の結果を聞いた。医師はモニター上で私の輪切り写真をマウスでかちゃかちゃやりながら、「そうですね~別に問題ないですね~」と軽く言った。私は複雑な気分だった。もちろん問題ないのはよかったのだが、問題がなさそうなのなら、気軽に検査しないでほしい、と思った。被曝リスクをちゃんと考慮して、それでも必要だ、という場合なのかどうか、きちんと患者に説明してほしいものである。 

 より深刻なのは、EUの委員会が勧告している年間5ミリシーベルトという上限値である。もしこれが妥当なら、X線CT検査というのは根本的に考えなおさなければならない。がんを治そうとして、がんをつくっているかもしれないからだ。

 みなさん、X線検査を受ける時は、必ず「今回の検査での被曝線量は何ミリシーベルトですか?」と受ける前に尋ねてください。まともに答えられないところで検査は受けないように。そして聞いた数値はメモしておいて、過去一年間の線量の合計が50ミリシーベルトを超えそうだったら、それでも必要な検査なのか、医師とよくよく相談してください。自分の身は自分で守るほかありません。
コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« にぎやかな静寂 | トップ | ん、消えた? »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
恥をしのんでお尋ねします (額田王)
2007-07-19 22:22:35
久しぶりにコメントさせて頂くのに、このような内容ではあまりにも恥ずかしいのですが…(皆さま、笑わないで下さい)
先生、「一年間の被曝線量の合計が50ミリシーベルト」とは、「全身」でしょうか?たとえば、1月に脳外科で脳X線CT、5月に歯科医で歯のX線1ヶ月に2度、7月に消化器内科で腹部X線CTを受診…なんてのは、どうなんでしょう?
「被曝」って、身体のどこかに照射されたら、それで全身に影響があるんですよね?単一の医療機関だけを受診しているわけではない私のような人間は、途方に暮れてしまいます…。
返信する
THANKS! (daizusensei)
2007-07-20 21:57:23
額田王さま>それ、私も悩みました(けっして恥ずかしいことではありませんよ!)。
原理的には、照射された部位ごとの累積ということです。ただそうすると、身体の部位ごとに同じ放射線量でも障害の効果は違うので、部位ごとにちがう係数をかける、という複雑な計算をしなくてはいけません。ですので、やはり目安としては、全部単純に足せばよいのではないかと思います。それで最後は医師と相談なので、その場で検討してみてください。
返信する
線源と時間 (マーム)
2007-07-23 21:19:15
初めて、投稿します。
X線などによる被爆は、人体に及ぼす影響が無視できないと思っています。自然界から浴びる放射線の1年間の被爆量が1-2ミリシーベルトといわれていますが、これに比べ、たった20秒で50ミリシーベルトですよ。時間換算するとその強さは自然界のものに比べなんと(50/2)*(365*24*60*60/20)=39,420,000倍ですよ。
なぜか、年間被爆量の話には、時間軸が抜けているんです。
昔から、自然界に放射線があって、中でもラドン温泉などはがん治療にも利用されてきています。温泉地のラドンガス濃度は、街中の5倍や10倍はざらです。それでも、誰も危険だと思わないし、実際、温泉地の人に癌が多いと騒がれたこともありません。
人間が人工的に作り出している放射線は単位時間当たりのエネルギー量が桁違いに高いので、細胞特に遺伝子などの受けるダメージが修復不可能な状態になっているということだと理解しています。
一律に5ミリシーベルトとか50ミリシーベルトとかではなく、線源の強さと照射時間を考慮して、考える必要があると思います。ブルーバックスの「人は放射線になぜ弱いか」近藤宗平著 を読むと良くわかります。やはり、レントゲンは恐ろしいですね。逆に、なんでもかんでも、年間被爆量という単位で、それを小さくするということもなんか変だと思います。規定値以上の自然放射線被爆地域の人は、どうすればいいんですかね。
どう思いますか?
返信する
THANKS! (daizusensei)
2007-07-24 22:37:15
マームさま>ご指摘のとおりと思います。がんなどになるリスクは被曝線量総量だけでなく単位時間あたりの線量(線量率)にもよるでしょう。またこれ以上ならリスクがあり、これ以下ならリスクがない、という閾値は存在しません。しかも広島、長崎への原爆投下による人々の障害という、まったくちがう状況のデータからの推測なので、年間50ミリシーベルトというのはあくまで目安にすぎません。

そういう意味であれば、ECRR勧告の年間5ミリシーベルトという方がよりましな、最新の研究成果をふまえた値なのでしょう。そしてこれが妥当ということになれば、X線CTも原子力発電所も運用が不可能になるでしょう。

このような放射線障害を考える上でやっかいなところは、これでがんになったかどうか、ほとんど検証できないことです。

額田勲『がんとどう向き合うか』岩波新書2007年には、X線CTをしてがんがないと診断されてからたった2年後に、進行して手遅れの肺がんが見つかって、いったいどういうことかと家族に詰問された、というエピソードがでてきます。著者は2年前には小さすぎて見えなかったのだ、と説明したそうですが、X線CTによる被曝ががん一歩手前の細胞の最後の一押しをした可能性もあるのではないでしょうか。そしてそれはある一人の病像からはけっして検証できません。

X線CTは放射線障害のリスクがあることを前提に、がんが相当に進行したことが明らかな状態で、かつ、治療の方針を立てるためにどうしても必要な場合に限るべきではないでしょうか。放射線障害のリスクが現実のものになるのに最低数年かかるとすれば、その時まで生きている可能性が問題になる場合です。がんがないことを確認するために行うのはやめてほしいと思います。
返信する

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事