ピース・ダイアリー

競わないで、奪わないで、争わないで。
分けあって、話しあって、助けあって。
この世が、そのようであったらいい、と。

大切なものを

2012年02月15日 08時52分06秒 | 日記
 ノルウェーの作家、ヨースタイン・ゴルデルの『ソフィーの世界』は、各国で訳されベストセラーになりました。初版は1991年、そのころそのノルウェーに滞在していて、友人で画家のロルフなども、それを読みかけていました。トールはまた、哲学の話らしいが、それなら子どものとき学校で習ったよ、と。

 児童文学として書かれたものですが、トールのいうとおりだと、あのナチス・ドイツの占領下に小学校では哲学を、ということになります。こちらの国では、たしかNHK出版から邦訳がでて、ここの書架にもどこかにあるはずですが、やはりたくさん売れて読まれました。ゴルデルは、そのころ来日されたようで、テレビのインタビューに、次のように応じていたといいます。

「大切なのは疑問をもつことです。『ソフィーの世界』は読者がそれぞれ大切なものを見つけるための本です。いわば哲学の入り口にすぎません。しかし、この本には、西洋哲学のことしか書いてありません。日本の若い人たちには、仏教や東洋の哲学を学んでほしいと思います」

 ひとつ気になること、わたしには「イベント過剰の社会が思考停止の時代につながっているようだ」と、いかがですか。たとえば、地区の公民館報など目にしますと、少人数でお茶でも飲みながら話し合うとか、読書会、勉強会とか、それも大切なことと思われますが、このような時代に、ね。歌ったり踊ったり、コンサートもマラソン競技も、そのようなイベントもそれはそれでよろしいのですが。
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バレンタインとは

2012年02月14日 11時04分31秒 | 日記
 きょうは、バレンタインデーとかいい、コマーシャリズムはチョコを売ろうとしているようです。そこで、気になること、日本人はそれでよかったか。

 このまえ、「慣わしも床しさもまた遠のいて節分の夜豆まきの声なく」と詠んだりしましたが、それでよかったか。おもては曇天、これから降雨あれば、乾燥注意報も消えますか、ね。お元気で。
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宗教か哲学か

2012年02月09日 08時46分13秒 | 日記
 イスラエルで暮らしておられる、Galiko美恵子さんが、『人民新聞』の2010年1月25日号に、こう書かれていました。

「イスラエルの法律は、18歳以上の者に対し身分証の常時携帯を義務づけている。警察官は常に身分証の提示を要求し、持参していないと罰金だ。身分証には、ユダヤ教徒か否かが明記され、ユダヤ教徒は『ユダヤ教』、イスラム教徒やキリスト教徒は、星が7つか8つ並んでいる。イスラエルでは、仏教は宗教ではなく、フィロソフィー(哲学)なんだそうだ。ちなみに、私の宗教欄には『日本人』と記されている」

 仏教は哲学という、それはいいと、わたしは。いずれの信者でもありませんし、なにかを信じこまないようにと、わたしは。信じることは狂うことにつながり、狂信ということばもあり。それでも、なにかを信じて安らぎをというのなら、わたしはわたしを信じたい。おのれが身につけた哲学を、良心というもの、それを。COといい、それはコンシエンシャス・オブジェクション、良心的拒否のこと。

 なにを拒否するのか、兵役を、兵士となって戦場へゆくこと。「ルイ・ルコワン」で、検索してみてください。このまえ、このブログに書いたものがでてきますが、フランスでたずねた老人のこと、もう40年あまりまえのことです。お元気で。
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おだやか日曜日で

2012年02月05日 08時45分36秒 | 日記
 スリランカ上座仏教長老の、アルボムッレ・スマナサーラさんが、こう書かれています。

「あらゆる生命にとっての『苦』は、『生老病死』の四つです。すべての生命は、生まれ、老い、病み、死にます。人間には乗り越えがたい苦しみですが、それは同時に、生きることそのものでもあるのです」

 ブッダは、「諸行はまさに無常である」(生じて滅びる性質を持つ)という、「変わらないものは何一つありません」と。

「この真理を発見したブッダは、『では、我々はどうしたらいいのか?』ということについて、次のようにと説いてます。『生じて滅びるそれらから、こころを静めるのが安楽である』、つまり、自然も会社も人も変わり続けるという真理を認め、どんな変化も当然のこととして受け容れられるようになれば、苦しみは乗り越えられ、心が安らぐとというのです」

 そのあとに、「安定を求める私たちは、毎日の生き方において、安易に『安心感』に陥りがちです。世の中はすべてがずっと刻一刻変わり続けているのですから、私たちは毎日を注意深く生きなければなりません」と。

 このところ、風の強い日があったり、乾燥注意報など。けれども、きょうはスマイリング・サンデー、おでかけ日和。みなさん、お元気で。
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この世は苦であるか

2012年02月02日 10時01分57秒 | 日記
 作家で、天台寺名誉住職の瀬戸内静聴さんが、こう書かれていました、あの雑誌に。

「お釈迦さまは、この世の一切のものは虚妄であると断じておられます。三月一一日の東日本大震災、それに伴う福島第一原発の事故を、いったい誰が予測できたでしょうか。誰もが予測していなかったことが、現実になった。これがまさに、この世の姿なのです」

「人間は生まれてきたら必ず死にます。死ぬために生まれてくると言ってもいい。幸福が永遠に続かないように、命も永遠ではないのです」

「世の中は常に変化し、人生には予期せぬことが起こり、そして、人間は必ず死ぬ。こう覚悟しておけば、度胸が据わります。大変な災害に遭おうと、会社をリストラされようと、『ああ、これこそ世の習い』と感じることができれば、あわてふためくことはありません」

 そのあとに、「お釈迦様は、『この世は苦である』とおっしゃいました」と。あしたは節分、いかがですか。
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聖句から・11

2012年01月22日 12時00分29秒 | 日記
 これはまた、白鳥春彦さんが紹介している聖書のことばで、あの雑誌の特集から。

 自分の仕事を心から楽しむ。
 これ以外に人の幸せはない。

 勤勉に自分の畑を耕す人、
 自分の仕事にまじめに
 励む人はいつも豊かで、
 あり余るパンを持っている。
 しかし、愚かな怠け者は
 ただ妄想を
 追っているばかりだ。

 さて、どうでしょう、このわたしなどは。「怠け者には福がある」などと書いたりしていて、いけませんか。あの空間放射線量、変わりませんね、いつもこのあたり毎時0・07〜8マイクロシーベルトくらいで。
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聖句から・10

2012年01月10日 08時47分02秒 | 日記
 これは、小池龍之介さんが紹介されている、ブッダのことばです。

 私はかつて、「自分」よりも
 愛しいものを探して
 世界中を
 求め回ったけれども、
 「自分」より愛しいものは
 どこにも見つからなかった。
 それは他者にとっても同じこと。
 人も動物も細菌も、
 あらゆる生き物にとって
 「自分」がいちばん愛しいもの。
 生き物はみんな、ナルシスト。
 ゆえに自分を愛しいと思うなら、
 他の生き物を
 傷つけないように。

 きのうも、そしてきょうも、快晴で無風。けれども、ひとまわりでかけるのを、ためらっています。「小屋から田舎から」か「みどりの里から」、そのような原稿を書きかけていまして。新聞の県版の「おくやみ」欄に目をとおすと、知人が亡くなったようで、95歳でした。
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聖句から・9

2012年01月07日 15時13分37秒 | 日記
 きょうから3連休で、今年の成人の日は、あさって月曜日。若い人たちに、聖書のことばを。

 若者たちよ、今の若さと
 溌剌さを思う存分に
 楽しむがいい。
 この若さが溢れる日々の中で
 心から幸福を味わえ。
 おまえたちの心の望むままに、
 おまえたちの目が望むままに
 楽しむがいい。
 痛みと悲しみを遠ざけ、
 若くあること今のうちに
 楽しめ。しかし、これだけは
 決して忘れるな。
 おまえたちのすることを
 神はすべて見ている。
 そして、神の裁きを
 受けるのだということを。

 よく晴れて、乾燥注意報、そしてきょうはかなりの西風。ひとまわりしたいのですが、どこにもでかけませんだした。
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聖句から・8

2012年01月05日 09時09分25秒 | 日記
 松の内というのは、松飾りをそのままにしておく、元日から七日まで、または15日までなのだそうです。ノルウェーで、クリスマス・ツリーを据えおくのは、きょう5日までで、子どもたちはホールに集まってツリーまつりを。

 苦しみや心痛から逃げては
 何も解決しない。しかし、
 すべてを受け入れて自分なりに
 懸命に対処するならば、
 やがては大きな収穫となって
 戻ってくる。そのときに状況は
 すべて新しくなっているが、
 自分自身もまた
 新しく大きくなっている。
 これはまた、
 人生の面白さでもある。困難と
 その克服があるからこそ、
 人生はドラマチックなのだ。

 これは、聖書のことば、から。そう、悔いのない人生を、やがて他界へ旅立つその日まで、と。
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聖句から・7

2012年01月03日 12時59分35秒 | 日記
 天台宗の大アジャリという、酒井雄哉さんは、次のようなブッダのことばを。ここで、「島」とは「法」とは、どのような意味なのでしょう。

 今でも、またわたしの
 死後にでも、
 誰でも自らを島とし、
 自らをたよりとし、
 他人をたよりとせず、
 法を島とし、
 法をよりどころとし、
 他のものをよりどころと
 しないでいる人々が
 いるならば、かれらは
 わが修行僧として最高の
 境地にあるであろう

 また、「およそ つくられたものは 無常である。どうして (滅びないことが)  あり得ようか」とも。「無常」という、その意味は、どなたか。みなさん、安らぎの日々を、ね。
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聖句から・6

2012年01月02日 08時14分12秒 | 日記
 作家で、元外務省主任分析官の佐藤優さんは、聖書のことばをいくつか次のように。

 わたしは
 自分の望む
 善は行わず、
 望まない悪を
 行っている。

 知恵が深まれば
 悩みも深まり
 知恵が増せば
 悩みも増す

 受けるよりは
 与える方が
 幸いである

 人生は短く
 苦しみは
 絶えない

 ひとしおの寒さ、冬至を過ぎて少しずつ日が長くなりますが、ただいま真冬。けれども、冬来たりなば春遠からじともいい、わたしは外気とあまり変わらない1度〜マイナス1度くらいの寝間で寝ています。けさの起床は、6時でした。
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聖句から・5

2012年01月01日 11時07分41秒 | 日記
 二つの寺院で住職をされている小池龍之助さんは、「超訳ブッダの言葉」から、次のように。

 過去を思い出して
 悲しむことなく、
 未来を空想してぼんやりもせず、
 ただ、「今、この瞬間」へと
 心が専念していれば、
 君の顔色は活き活きとして、
 ぱーっと晴れやかになる。
 もしも君が、心をうっかりさせて、
 過去や未来という
 非現実に心を溺れさせるなら、
 やがて心も身体も
 グッタリしてくる。
 まるで刈り取られたあとに
 しなび始める草みたいに。

 新しい年が明けました、おめでとうございます。まもなく正午、午後には晴れるという予報ですが、いま雲がかかってお天道さまを拝めません。この国の、これからの1年も、後半には晴れ晴れとしたものにできるか。どなたも、お元気で。
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聖句から・4

2011年12月30日 11時11分41秒 | 日記
 作家で、「超訳 ニーチェの言葉」など書かれた白取春彦さんは、次のような聖書のことばを紹介されています。

 満足を知らずにさらに
 より多くの富を欲しがる人は、
 いざないと罠に落ちるのだ。
 彼らは愚かで恥知らずな
 欲望に膝を折り、
 いつのまにか堕落し、
 ついには滅亡の道を歩む。
 すべて悪を生む根は一つ。
 いつも金にとらわれる心である。

 あした、大晦日、飾らないで装わないで、あたらしい年を迎えたいものです。
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聖句から・3

2011年12月29日 08時57分13秒 | 日記
 スリランカ上座仏教長老の、アルボムッレ・スマナサーラさんは、次のようなブッダのことばを。

 友よ。わたしは
 立ち止まるときに沈み、
 あがくときに
 溺れるのです。
 わたしは、このように
 立ち止まることなしに、
 あがくことなしに
 激流を渡ったのです

 そして、「命は苦でできている」とも、その「苦」とは「生老病死」、「諸行はまさに無常である」とも。
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聖句から・2

2011年12月28日 09時44分33秒 | 日記
 作家で、キリスト教徒の曽野綾子さんは、新約聖書から次のようなことばを。

 目が手に向かって
 「お前は要らない」
 とは言えず、
 また、頭が足に向かって
 「お前たちは要らない」
 とも言えません。
 それどころか、
 体の中でほかよりも
 弱く見える部分が、
 かえって必要なのです。

 作家で、住職の瀬戸内寂聴さんは、法句経のことばから、次のように。

 「一切の形成
 されたものは
 苦しみである」
 (一切皆苦)と明らかな
 知慧をもって
 観るときに、
 ひとは苦しみから
 遠ざかり離れる。
 これこそ人が清らかに
 なる道である。
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