ノルウェーの作家、ヨースタイン・ゴルデルの『ソフィーの世界』は、各国で訳されベストセラーになりました。初版は1991年、そのころそのノルウェーに滞在していて、友人で画家のロルフなども、それを読みかけていました。トールはまた、哲学の話らしいが、それなら子どものとき学校で習ったよ、と。
児童文学として書かれたものですが、トールのいうとおりだと、あのナチス・ドイツの占領下に小学校では哲学を、ということになります。こちらの国では、たしかNHK出版から邦訳がでて、ここの書架にもどこかにあるはずですが、やはりたくさん売れて読まれました。ゴルデルは、そのころ来日されたようで、テレビのインタビューに、次のように応じていたといいます。
「大切なのは疑問をもつことです。『ソフィーの世界』は読者がそれぞれ大切なものを見つけるための本です。いわば哲学の入り口にすぎません。しかし、この本には、西洋哲学のことしか書いてありません。日本の若い人たちには、仏教や東洋の哲学を学んでほしいと思います」
ひとつ気になること、わたしには「イベント過剰の社会が思考停止の時代につながっているようだ」と、いかがですか。たとえば、地区の公民館報など目にしますと、少人数でお茶でも飲みながら話し合うとか、読書会、勉強会とか、それも大切なことと思われますが、このような時代に、ね。歌ったり踊ったり、コンサートもマラソン競技も、そのようなイベントもそれはそれでよろしいのですが。
児童文学として書かれたものですが、トールのいうとおりだと、あのナチス・ドイツの占領下に小学校では哲学を、ということになります。こちらの国では、たしかNHK出版から邦訳がでて、ここの書架にもどこかにあるはずですが、やはりたくさん売れて読まれました。ゴルデルは、そのころ来日されたようで、テレビのインタビューに、次のように応じていたといいます。
「大切なのは疑問をもつことです。『ソフィーの世界』は読者がそれぞれ大切なものを見つけるための本です。いわば哲学の入り口にすぎません。しかし、この本には、西洋哲学のことしか書いてありません。日本の若い人たちには、仏教や東洋の哲学を学んでほしいと思います」
ひとつ気になること、わたしには「イベント過剰の社会が思考停止の時代につながっているようだ」と、いかがですか。たとえば、地区の公民館報など目にしますと、少人数でお茶でも飲みながら話し合うとか、読書会、勉強会とか、それも大切なことと思われますが、このような時代に、ね。歌ったり踊ったり、コンサートもマラソン競技も、そのようなイベントもそれはそれでよろしいのですが。

コメント (1) |











